スライムの皮は人気
問題なくジャイアントスライムを倒して迷宮を出た。
今回は5つに分裂するのを待つことにしたので、合間に凍らせれるかも試している。
しかし、凍らせるには魔石の数が足りず、表面から少しだけ凍らせた部分を抉り取るぐらいしかできなかった。
その結果、ビッグスライムよりも皮が分厚いことと、魔石には属性があるのに皮には属性がないことがわかった。
氷の魔石1つでビッグスライム3体、4体しか凍らせられないから、分かれたとしてもビッグスライムより大きなジャイアントスライムを凍らせるには最低でも10個以上必要になるだろう。
そして、分裂したら一体ずつウチがハリセンで叩いて終了となった。
ちなみに、変質したスライムには遭遇していない。
「これは形が変やけど、属性ひとつしかないから普通の魔石と同じ扱いでええんよね?」
「そう。わたしが確認してる」
「ふーん。まぁ、くっ付かんし、しゃーないか」
手の上には分裂したスライムの魔石のうち一つが転がっている。
球体が5つに分かれたため、底が丸くて先端が尖っている塔のような形だ。
残りはチェリッシュとアンリが持っていて、それぞれ光にかざしたり、手の上で転がしたり色々試していた。
前回の分はいつの間にかアンリが回収したあと、家に持ち帰ってきていて、組合の許可は取っているからとウチの宝箱に入っている。
今回取得した分は、研究のために欲しいと言われているから、組合で確認して問題がなければチェリッシュに渡すつもり。
くっ付いていると譲渡も販売もダメだけど、分かれていたら問題ないのは一つの属性だから。
複数属性になるだけで扱いが難しくなるそうだ。
「あ、エルちゃん!おかえり!」
「おー。エイミさんや。ただいま〜。またパンケーキ食べてるん?」
「そんな目で見ないでよ。仕事終わりの一杯みたいなものだよ」
「まぁ、ええんやけど、そんなに食べてると……太るで?」
「動いているから大丈夫!ほら!お腹もしっかり筋肉でしょ?」
「ムキムキやな!」
エイミはぺろっと革鎧の下に着ている服を捲り上げ、お腹を見せてきた。
無駄な肉のない引き締まった白いお腹には、しっかりと筋肉の線が入っている。
ウチが感心して見ているとエイミのパーティメンバーの1人、カレリーナが勢いよく服を戻してから人前で肌を出すなとエイミを叱る。
周囲でパンケーキを食べている女性の中にはお腹をつまんでいる人もいて、さらに受付側や受付の奥で事務作業をしている女性陣は元気がなくなってしまった。
そんなにパンケーキを食べているのか。
事務作業中の太ったおじさんが、悲しそうに自分のお腹を眺めているのは見ないことにした。
「エルちゃんはスライム階層に行ってたんだよね?何か変わったスライムいた?」
「おらんかった。でも、面白いものは手に入れたで」
「なになに。美味しいもの?」
「残念ながら食べられへんわ〜。これ!スライムの皮!ぶにぶにした感触がめっちゃええねん!」
「おぉー!触ってもいい?」
「ええで!」
エイミにビッグスライムの皮を渡す。
その間に道中に集めたスライム以外の素材を、アンリが買取窓口へと提出してお金に換える。
それを人数で割り、残った素材を割り振ったり買い取ったりする。
今回は値段が付かないスライムの皮なので、ウチとチェリッシュで山分けだ。
興味があるのかアンリとスティングも少しだけ手に入れている。
「良い感触だね。何か使い道があるの?」
「カバンの持ち手とか、背負い袋の背負い紐に巻くと負担が減るな。武器の持ち手には微妙らしい。握った時の感触が気持ち悪くなるんやって」
「あー。確かに剣を握るのにこのぶにぶにした感じは嫌だなー」
「あとは防具の内側に貼って、衝撃を和らげるのはどうかって話も出たな」
「ふむふむ。それは良い案だと思うけど、冷たいのが気になるかな」
「間に入れたりすればええんやろか」
「それよりもわたしはこう使いたいかな」
エイミは腰を浮かして、ぶにぶに揉んでいたスライムの皮を椅子と小ぶりなお尻の間に入れた。
そしてそのまま腰を落とす。
エイミのお尻を受け止めたスライムの皮は、揉まれていた時と同じように凹み、重さの分お尻が沈み込んだ。
「おおぉぉぉぉぉ……良い」
「ホンマに?ウチもやるー!」
組合に置かれている椅子は、すべて木で作られていて背もたれのない丸い椅子だ。
会議室には背もたれ付きの木の椅子、組合長の部屋で布貼の椅子になるけど、木に布を貼っただけだから座っても固い。
貴族なら布や皮を何重にもして座り心地が良い椅子を買えるけれど、庶民では背もたれ付きが贅沢品になる。
布を貼りたければ着古した服を分解して、繋ぎ合わせて付けるだけだ。
端切れや古布を中に入れれば座り心地のいいクッションになる。
エイミはそれと同じように、スライムの皮を置いただけだ。
「おぉ〜。ええなこれ。馬車の移動が楽になるかもしれへん」
「それいいね!わたしこれ欲しい!」
「そんなに良いものですの?わたくしも試してみても?」
「ええで。むしろ感想聞かせてほしいわ」
急遽始まったスライム皮のクッション利用品評会。
受付や解体の人たちは仕事があるため参加できず、請負人の相手をしながらチラチラと見ている。
そんな視線を受けるのは食事処でパンケーキやトマトパスタなどを食べていた人たちと、請負人の相手をしない受付内の事務の人。
後は受付をパーティの1人に任せた残りの人たちだ。
代わる替わるスライム皮が置かれた椅子に座り、触って感触を確かめている。
中には二つ折り、三つ折りと皮を重ねて座れるか試している人もいる。
その結果、ビッグスライムの皮は二つ折りが丁度よく、三つ折りにするとバランスを崩すけれど、体重の重い獣人には三つ折りの方が良いということがわかった。
考えてみれば体格に合わせて、使うものの質を変えるのは当然だった。
「ジャイアントスライムの皮はどうしよな?」
「ちょっと分厚すぎるねこれ」
「ビッグスライムの皮を6枚ぐらい重ねた厚さよ。クッションにするよりもベッドにした方が良いんじゃないかしら」
「それや!」
エイミとカレリーナが揉んでいたジャイアントスライムの皮を受け取り、床の隅にぺらりと敷いた。
靴を脱ぎ、這ってその上へと寝転がる。
「ふぉぉぉぉぉ。ウチこれ好き。あ、ビッグスライムの皮も取って」
「はいこれ」
「おおきに」
ビッグスライムの皮を三つ折りにして頭の下へ。
その形をウチの頭に合わせるように、優しく受け止めてくれる。
しかも、スライムの特性なのか、少しひんやりしているのが、この暑くなった時期には気持ちいいだろう。
柔らかく凹むジャイアントスライムの皮は、ウチの体に沿ってピッタリと沈み込む。
体を動かすときに貼り付くということもなく、何の抵抗もなく寝返りもできる。
仰向けになりながらぶにぶにと感触を楽しんでいると、羨ましそうに見下ろしてくるエイミと目が合った。
「気持ちよさそう……」
「これめっちゃええで」
「やめなさいエイミ。エルちゃんだから許されるのよ」
スライムの皮に手をついて徐々に傾き始めたエイミを、肩を掴んでカレリーナが止めた。
これだけ人が多い場所で寝転がれるのは、子供の特権だ。
しばらくごろごろした後、ひとまずジャイアントスライムの皮は持ち帰ることにした。
そして、ビッグスライムの皮はというと……。
「頼む!売ってくれ!俺の尻を守るために!」
「いいえ!これはクッションにするのよ!あんたは立って過ごせば良いのよ!」
「これがあれば馬車移動が楽になります!是非とも販売はわたしの商会で!」
「専売は許さんぞ!これは広く売ってこそだ!」
「枕にも使えるのね!わたしも欲しいわ!」
取り合いになりそうな勢いだった。
請負人は自分で使うことを、商人は売ることを目的として、お互いの主張をぶつけ合っている。
・・・これどうしよかな。全員ハリセンで叩いたら静かになるけど……。




