紹介制度
少し年上なだけの失礼な少年にガキ呼ばわりされて、ほんのちょっぴりミジンコ程度に頭にきたけど、言い返したらスッキリした。
満足げにふんっと鼻息をついたら、見ていた食事処の請負人数人がこちらにやってきた。
「なかなか肝の座ったお嬢ちゃんだな!」
「将来大物になりそうだ!」
「言われっぱなしじゃないのはよかったぞ!」
「でも、言い返すときは相手を見て判断しないとダメよ」
「おおきに!気をつける!」
大柄な男性3人とほっそりとした女性のパーティが、通り過ぎながら声をかけていく。
全員薄らと笑っているので、いい見せ物になってしまったみたい。
言われた内容からすると、ウチの対応は間違っていたわけではないようなので、ひとまずよしとする。
「今後は組合内で言い争うのはやめていただきたいのですが……」
「今回は向こうから因縁つけてきたから仕方ないわ。それに、請負人が舐められたらいいように使われて終わりよ」
「それはそうなのですが、できれば注目を浴びる前に止めていただきたいところです」
「1人で対応できるか見たかったの。悪かったわ」
キュークスの返答に苦笑するミューズ。
どうやら請負人同士のいざこざは、数日に一度は発生していて、口論で済めば軽い方、掴み合いから殴り合い、数人を巻き込んでの乱闘になる事もあるそうだ。
手が出た時点で職員が止めに入るのだが、日常的に体を動かす請負人と、事務仕事が中心の職員では上手く止められないことが多い。
最近は解体担当の職員を呼ぶか、他の請負人に食事や飲み物を報酬に止めてもらっているそうだ。
「それで、さっきの子達は?」
「少々お待ちください」
ミューズが3人組の相手をしていた隣の受付の人と話し始めた。
その人も普通の人で、明るい茶色に少し鋭い目をしている。
真面目にしているだけなのに、少しキツイ印象がある美人さんだ。
ミューズはほわっとした優しい印象なので、2人が並んで受付にいると華やかな印象を受ける。
その他の受付はおじさんなのも影響して、一層華やかに見える。
「あの3人は本日見習い申請のために、少し離れた農村からこの町に来ました。よくある口減らしですね」
「そう。なら、あの3人は兄弟でも下の方なのね」
「はい。三男2人と四女だそうです」
「家族から育てても土地を渡せないので、請負人になれとでも言われたんでしょう。よくある話よ。そして、緊張しながら申請したところ、自分より年下が推薦されているのを見て不満が爆発……これもよくある話ね」
「そうですね。大人でも自分より待遇のいい年下を見たら嫉妬することもありますから。だからといって、いきなり絡んでいい理由にはなりませんけど」
「その通りよ」
農村で家と畑を継ぐのは決まって長男で、次男は補佐を担当しつつも長男に何かあった時の予備扱い。
三男以降は男児が生まれなかった家への婿候補となるが、魔物に襲われないために結界の中にしか畑が作れないので家が増えない。
そうすると狩人や何かしらの職人になって、村に定着するか出ていくしかなくなる。
女児の場合は嫁入りによって家の結びつきを強くするために育てられることもあるが、こちらも家の数が増えない以上出て行く者が現れる。
その結果、3人組のような請負人見習いが生まれるのだ。
そんな事情がある村から街に出てくるため、資金も乏しく苦労や不安も多い。
・・・八つ当たりしてまう気持ちもわからんでもないけど、境遇はどうしようもないからなぁ。受け入れた上で改善するしかないんや。生きてるだけで儲けもんやのに心象悪なることするのはあかんで。
「紹介状の件ですが、固有魔法について職員に伝える必要はありません。戦闘方法を教える教官には伝えた方が活かし方を教えてもらえるかもしれませんが」
「ほうほう」
・・・ウチの固有魔法を活かす方法を一緒に考えてくれたら嬉しいな。今のところ普通なら危険なところに突っ込んでいくぐらいしか思いついてない。怪我しないと感覚でわかるけど、怖いもんは怖いから、そこもどうにかなるといいなぁ。
「紹介のメリットですが、通常手空きの教官に指導してもらうのですが、その教官を指定することが可能になります。こちらは相性がいい方がいれば受付にお伝えください。他には組合から貸し出せる武具や道具類をある程度優先します」
「んー?」
「例えですが夜に行う依頼があったとします。この場合、魔道具か油や蝋燭を使うランプが必要なのですが、エルさんが依頼を受けた時点で1つ確保されます。それを使用しない場合は別の方用になるというものです」
「依頼に必要な物が借りやすくなるってこと?」
それは助かる。
依頼をこなすためにもいろいろな道具がいるだろうけど、それを全て揃えるとなるとたくさんお金が必要になるだろう。
武器で畑は耕せないし、荷運びする袋で掃除はできない。
「そうです。もちろん貸出料は頂きますが、全てを揃えるとなると見習いの稼ぎで買える金額には収まりません。ランプであれば油や蝋燭などの消耗品にも費用がかかりますし」
「お金は大事やもんなぁ」
「そうですね」
頷きながらのウチの発言に苦笑するミューズ。
キュークスも呆れた顔をしていたけど、別に変なことは言ってないはずだ。
細かい道具については、必要になった時に自分で買うと決めている。
開拓村への支援物資から、飲み水を入れる皮袋やロープ、蝋燭などの日常で消費する物は少しだけ受け取っているのもあるし、何もかも買ってもらうのは何も返せないウチが耐えられない。
「その他にも組合の提供している宿舎の個人部屋が優先的に使えたり、希望の講習を個人で受けることも可能です」
「へー。そんなに優遇してもろて組合は大丈夫なん?」
「問題ありません。ある程度組合へ貢献して頂いている方に限り、紹介ができるようになっています。請負人であれば依頼の達成状況。商人の方々の場合は、素材の買取や依頼の発注頻度など様々ですが」
「ほうほう。少し優遇するから優秀な人がいたら勧誘してくれってことやな」
「有体に言えばそうですね」
商売や依頼で各地を周りながら、将来有望な人を請負人にする。
その結果、依頼をこなせる人が増え、承認が求める素材が増え、それを使った商品や商売が盛り上がり民の生活が豊かになる。
もちろん紹介を受けて目をかけたからといって必ず大成するわけではないので、効果は微々たるものだが、長年続けることで優遇の幅が広がり、請負人を目指す者はあわよくば紹介してほしいと考えるようになっている。
あの3人組も、村に来た商人や請負人に紹介を頼んだが、却下されて、今回通常の方法で申請している。
「紹介することで商人や請負人にとってのメリットってなんなん?」
「紹介した人が珍しい素材を獲得して組合で買取をした場合、商会の規模や距離にもよりますがある程度優先して購入可能になります。また、見習いの方が請負人として独り立ちして3年無事に活動できた場合、組合から謝礼金が出ます」
「素材の優先と謝礼が貰えるなら、普段の依頼や購入を頑張るってことか〜」
「その通りです。そして請負人の場合ですが、後進の力を見抜く能力があることが認められ、一定数の紹介により引退後に組合職員として教官になれる可能性が高くなります。他にも優先して他業種に推薦することもあります」
「組合に良くしてくれたから、引退する時の面倒も見るよってことやな!」
「はい。元請負人が教えるので、新人の請負人でもある程度の能力が保障されるようになり、依頼の達成率も上がるようになりました」
「よくできてるな〜」
「長年の積み重ねですね」
紹介という制度がある事で、組合だけでなく請負人と商人にもメリットがある。
安定した職業じゃない分、将来の補償は魅力的やろうし、後輩がいる事で自分は別の依頼を受けられるようになる。
・・・何と無くやけど制度ができた理由が思い浮かぶわ。人が足りないとか新人が使えない時代があったんやろな。どうにかして底上げをしようとした結果がこれなんやろうけど、ダメな部分を補うのは大変やったんやろな。知らんけど。
「それで、紹介状に書かれている素材の買取についてなのですが、今行いますか?魔石や牙などの細かい物でしたらこちらで、解体が必要な物や大きい物は左手の商談スペースの奥にある買取スペースになります」
「ウチが持ってるのはスライムの魔石やからここで!はい!」
「はい。それでは査定を行います。…………とても高品質の魔石です。一つ銀貨2枚で4つなので銀貨8枚になります」
「おおきに!」
「こちらこそいい素材をありがとうございます。こちらからは以上となります」
「は〜い!じゃあ2日後の2の鐘までにここに来るなー!」
「はい。お気をつけて」
「ミューズ色々ありがとう」
ミューズに手を振りながら請負人組合を後にした。
・・・ウチの稼いだ初めてのお金や!キュークスとお昼食べるのに使ってもええやろか。




