貴族ずるくない?
「ただいまー。リーゼおるー?」
「はい。なんでしょうか」
家に帰り、扉を潜ると同時にリーゼを呼んでみた。
すぐに返事が来ると思っていなかったから少し驚いたけど、どうやらリビングの掃除をしていたようで、わざわざ玄関まで来てくれた。
「あー。ごめん、忙しいところに。まさかすぐに出てくるとは思ってなかったわ」
「ちょうど近くを掃除していましたから。それで、何かご用でしょうか?」
「えっと、欲しいものがあるねん。それがライテ小迷宮伯なら持ってるか手に入れられるはずやから、お願いしたいなーって」
「ご主人様なら手に入れられる……風氷の魔道具でしょうか?」
「ん?なんそれ」
「え?冷たい風が出る魔道具ですが……。この季節に重宝するので、そちらをご所望かと……」
例の氷の魔石を使った魔道具だろう。
確かに外を歩くみんなは暑がっている。
日差しが強くて肌が焼けるからで、獣人は毛皮に熱がこもるため体温が上昇する。
あまり風呂が好きじゃないガドルフとベアロですら、家にいる時は毎日お風呂に入っている。
水だけど。
ちなみにキュークスはぬるめ。
「ちゃうねん。それに使われてるはずの氷の魔石が欲しいねん」
「氷の魔石ですか?確かにある程度は納品されていますが、他の魔道具にも使っているので融通できるかどうかはわかりません」
「まぁ、そらそうやな。使ってるものいきなりくれって言われて渡せるわけないし。あ、お金は払うで?」
「えっと、少々お待ちください」
リーゼは持ち歩いている鞄から、羽ペンとインク壺に羊皮紙を取り出して机に並べた。
そしてエル様からの依頼と記載して、ウチの要望を書く準備を整える。
「必要な物は氷の魔石ですね。使用用途はどういったことにでしょうか?」
「スライムを凍らせるねん。凍るかわからんけど。ほんでスライムの皮を集めるねん」
「スライムの皮を?何に使うのでしょうか?」
「卵を運ぶ入れ物に使えるかもと思って。育ててる村から運んでる途中に割れるんやろ?あと、牛乳を冷やして持ってくるのも狙ってるで」
「卵は確かにそうですね。牛乳も村からここまで運ぶ間に傷んでしまいます。ですが、エルさんであれば購入できますよ?」
「え?!でも、市場には売ってないで?」
ウチが買い物に行くのは市場だ。
他に買えるとなると、大通り沿いの商店になるけれど、あまり食材を取り扱っている店はない。
あっても塩漬け肉や野菜などの保存が効くもので、ほとんど武具や日用品に服屋など、販売にスペースがいるものばかりだ。
「エルさんはご主人様の後援を受けています。そのため、貴族や豪商の方が出資している都市内の畜産区画で卵や牛乳、チーズも購入できますよ」
「へ?都市内の畜産区画?なんそれ?」
街の中で牛や鶏、ヤギを飼っている場所があるらしい。
もちろん周囲に民家はなく、小さな林を挟んで放牧できる場所を確保していて、すぐ後ろは街を囲んでいる壁になる。
そこは貴族や豪商が出資して管理者を雇い、運営している特別な区画で、牛肉や鶏肉、牛乳に卵を効率的に得るために作られている。
豚はリトルボアやホーンボアがいるため飼育しておらず、取れた食材で使いきれない分を管理者が消費したり出資者の商人が裕福な人に売っている。
乳はチーズに加工していて、それも出資者が優先的に買い取れるようになっていた。
運搬状況に関係なく、安定して食材を手に入れるためにこうなったそうだ。
・・・お金があればそんなこともできるんか。やっぱもっと稼がんとな!牛乳に卵、それにチーズや!トッピングにするだけでも話題になるで!
「ご案内することはできませんが、この件はご主人様にもお伝えしておきますね。必要な数を教えていただき、こちらから持ち込む形になると思います」
「直接買うのは無理なん?」
家で消費するだけなら問題ないけど、屋台で使うならリーゼに運んでもらう数より多く必要になる。
それなら直接買いに行ったほうが数も交渉できて効率がいいはずだ。
余ってる分を全部買うつもりはないけど、早いうちに売り切れないようできるだけたくさん買いたい。
「区画に入れるのは出資者と、出資者から許可を得た者のみとなります。エル様がご主人様から許可を得ることができれば直接買うこともできます」
「エルだけに得るってか?」
「はい?」
「なんでもないで。じゃあ許可もらえるかも聞いてほしいな」
「かしこまりました。直接買うのは屋台で使用するためですか?」
「せやけど。屋台のこと知ってるんや」
「はい。組合からご主人様に報告があり、こちらでも話題になりました。何人か食べに行ったそうですよ」
「へー。それは知らんかった」
リーゼのようなお仕着せを着た人は見たことないから、私服で来たのだろうか。
あるいはウチが屋台に出てない時に来たのかもしれない。
ミミには変わったお客さんが来たら教えてもらえるよう伝えているけど、今のところ順番待ちで喧嘩した人ぐらいしか報告がない。
「ご主人様も食べに行ったそうですよ」
「え?!小迷宮伯が屋台に来たん?!」
「購入したのは別の者ですが、近くのテーブルで食べたと聞いています」
「えぇ……。貴族が来る場所ちゃうやろ……」
ビシッとキッチリした服を着て、護衛や使用人をゾロゾロ連れた貴族が屋台に来る光景を思い浮かべた。
並んでいる請負人は順番を譲り、ポールとミミが緊張しながらお好み焼きを焼く姿もだ。
それこそ報告があってもいいものだけど、やはりミミポールからは何も言われていない。
「エル様はご存じないのですか?迷宮伯は全員自分のパーティをお持ちです。若い頃は自領の迷宮に潜って研鑽を積むのです。今回も請負人として迷宮に潜る格好で伺ったはずですよ」
「ほー?小迷宮伯が迷宮に潜って戦う?想像できへんな……」
領主が武器を持つのは、どこかと戦う時だと思ってる。
そう考えると迷宮の魔物でもおかしくないのかもしれないけど。
何となく領地に攻めてきた魔物や他の領地の人と戦うイメージがある。
迷宮伯はその街しか領地がないらしいけど、それについてはいまいち理解できていない。
「爵位を継ぐ条件が、パーティを結成してその時点の最下層を攻略するというものなのです」
「それウチが聞いて大丈夫なん?ウチも小迷宮伯になれるん?」
「あ、すみません。ご主人様のお子様の中でという条件もあります」
「そりゃそうか」
変な質問をしたと反省した。
そして、今のライテ小迷宮伯は、仲間と共に当時最下層だったメイズスパイダーを倒して、継承権を得たらしい。
その時の仲間は今も請負人をしていて、小迷宮伯の依頼を中心に色々な活動をしている。
街の治安維持以外にも、小迷宮伯が信頼できる人として各地へ書類を届けたり、他の迷宮に潜って素材を集めたりなど、活動は多岐にわたる。
本人たちも、迷宮攻略後はそういった生活になるのを承知でパーティを組んだそうだ。
どうやら依頼領地は別で給金も出ているみたい。
「あれ?もしかしてウチにジャイアントスライム倒す魔道具作ってほしい依頼って……」
「……ご子息の攻略が理由かもしれませんね。ただ、魔石で街が潤うのも間違いではありません」
「あー。裏の目的があったっちゅうわけやな。悪いことやないから別にええけども……。どうせなら言って欲しかったわ。やる気が違うやんやる気が」
今のウチの気持ちは「できたらいいな。やり方は思いつかんけど」である。
これが継承権に関わると聞いていれば「できることは色々試してみよう」に変わる。
どちらにせよ、今のところできることがないから結果は変わらないかもしれない。
それでも、心持ちは大事だ。
「それでは、本日の掃除が終わりましたので失礼します。こちらの件もお伝えしておきます」
「よろしく〜」
羊皮紙と鞄を持ったリーゼを見送り、リビングへ戻った。
とりあえず卵と牛乳は手に入りそうだから、今のうちに思いついたものを書きだしておく。
小麦粉に牛乳と卵を入れてベチョベチョにしたものを、鉄板で平らに焼くだけの簡単な手順で、完成したらハチミツをかけて食べる。
果物の果汁を煮込んだソースをかけてもいいかもしれない。
実物を見たら他にも思いつくかもと考えながらミミの帰宅を待っていると、日が暮れる前にリーゼがやってきた。
「卵と牛乳、チーズに氷の魔石を持ってきました」
「早ない?」
「食材の融通は料理長判断です。どうやらお好み焼きにハマっているそうで、組合の料理長と一緒に色々作っています」
「知り合いなんや」
「ご主人様の元パーティメンバーです」
「なるほど。そういう繋がり」
領主の元で料理長をしているぐらいだ。
各地を巡る間もパーティの料理担当として腕を奮っていたのだろう。
そして、組合の料理長なら美味しいものや新しいメニューに目がないから、料理の話で盛り上がって仲良くなってそうだ。
ウチに対しても、何か新しいメニューはないかと何度も聞いてくるし。
「氷の魔石もくれるんやな」
「はい。そちらは侍従長からです。スライムの皮を使った卵の持ち運びができるならば、他のことにも応用できるため、是非挑戦してほしいとのことです」
「おー。期待されてるなぁ。5個もええの?」
「はい。余裕を持って手配していますので、5個であれば問題ないそうです」
「おおきに。代金はいくら?」
「ライテ小迷宮伯家からの支援となりますので不要です。ただし、畜産区画への立入許可は得れませんでした。そのため、買出し依頼を作成する際に、卵なども個数を指定してお書きください。指定量を融通できるかは分かりませんが」
「わかった!めっちゃ助かるわ!」
話が終わるとリーゼは牛乳やチーズの塊を取り出し、キッチンにある半地下の収納庫に入れた。
そこは外より冷えていて、1壺であれば2、3日保つらしい。
もっと多くの牛乳を保管するなら、氷の魔石を使って冷やす魔道具が必要になる。
卵も同じように収納庫に入れてから、リーゼは帰って行った。
「せっかくやし、今日の夕食に卵食べよ。試作する分以外にも十分あるし」
それからお昼寝にしては遅く、お夕寝にしては早い微妙な睡眠を取るとミミが帰って来た。
アンリはチェリッシュの手伝い、ガドルフたちは依頼で出払っていて帰りは遅い。
ウチとミミだけで夕食になるから、卵を2つ使って混ぜ合わせ、フライパンで綺麗に焼いたものに料理長直伝のトマトソースをかけた。
ちなみに調理は全部ミミがした。
ウチは指示だけ。
「美味しいんだよー!!」
「美味っ!綺麗に焼けてるし、トマトソースがめっちゃ合うな!」
「これも屋台で売るのだよ?」
「いや、売らないんだよ。卵が高いからなぁ。売るにしても一つの卵でたくさん作れる何かにしてやな」
「わかったんだよ!ミミ頑張るんだよ!」
「期待してるで!」
ミミ自身にも、メキメキと上がっていく料理の腕にも。
どうやらミミは犬の半獣として鼻が効くようで、料理の進捗や食材の状態を、嗅ぐだけである程度わかるらしい。
料理長はそれに興味を示して色々なことを教え、ポールはミミに負けまいと研鑽を積んでいる。
結果、数日で落ち着くと思われたお好み焼き屋台は、今もなお人気店のままだ。
「明日は屋台が終わったら試作するから組合行くで」
「わかったんだよ。楽しみなんだよ〜」
明日は卵と牛乳を使った甘いものを作ることになった。
ただ、問題が一つある。
・・・料理名何にしよ。
少しすると帰ってきたらアンリやガドルフたちに卵や牛乳、チーズを手に入れたことを伝えたけれど、反応はあまりなかった。
アンリとキュークスはその後に話した甘味に興味を示し、ガドルフは美味ければ何でも良く、ベアロは酒のつまみになればいいと少しだけチーズを割いて飲む程度。
一気に減らなかったことにウチは喜んだ。




