お好み焼き屋台『エミール』開店!
組合で話し合ってから迷宮に2回潜った。
鉄板の注文は簡単にできたけれど、コテは試作を何度か重ねる必要があった。
魔道具は弟子のランディに相談していると、作業しながら話を聞いていた師匠のランディが参戦してきたから、ここぞとばかりにウチのやりたいことを伝えた結果、開発に時間がかかってしまった。
その結果、だんだん暑くなり麦が身をつける育みの季節も進み、外を出歩くと強い日差しを受けるようになった。
獣人たちは毛皮の都合で暑くなりやすく、外の変化によって気温が変わらない迷宮へと避難しがちで、普通の人たちも飲む水の量が増えている。
そんな中、ウチは平然と散歩に出かけ、元気いっぱいにお好み焼き屋台に関する進捗を確認していた。
固有魔法は強い日差しを受けてもぽかぽか程度に抑えられて、眩しい中でも大変過ごしやすかった。
家ではウチの背中が取り合いになるほどだ。
「いらっしゃい!」
「い、いらっしゃいませだよ!」
「らっしゃい!」
そんなことがありつつも、屋台の準備は問題なく行われて、今日が開店日だ。
ウチとミミとポールの名前を取って『エミール』と名付けた屋台は、他の屋台と違って正面の壁にデカデカと店名を描いている。
そして、最初のお客さんは屋台について話していた日に、食事処で話を聞いていた請負人たちだった。
彼ら曰く、試作品は全て組合の職員で消費されたせいで地獄だったとのこと。
そんな請負人たちは肉スペシャル、野菜スペシャル、トマトスペシャルをそれぞれ1枚ずつ、人数分注文した。
そして、近くにあるスープの屋台でも注文して空いているテーブルへと向かった。
「いやー。まさか1種類増えるとは思わんかったわ」
「へへっ。せっかくだしトマトソースを使ってみたかったんだ」
「トマトソース美味しいんだよ!」
メニューに増えたトマトスペシャルは、野菜スペシャルに使っている一部の野菜をトマトに変えただけでなく、完成した後にトマトを潰して植物油と塩にハーブで整えた、特製ソースをかけたものだ。
驚くべきことに、これは料理長ではなくポールが考えたものだった。
料理長はいろいろな具材を試すことに集中していたけれど、作れるものの中から組み合わせられるものがないか探したポールの発想が良かった。
見習いだから種類が少ないことが幸いしたのだろう。
それを見た料理長や他の料理人たちは、トマトソースの研究で手伝ったらしい。
「野菜スペシャルください!」
「俺は肉スペシャル3つ!」
「まいど!やさスペ1、肉スペ3入りましたー!」
「エル。狭いから繰り返さなくても聞こえてるぞ」
「どんどん焼くんだよ!やっぱりお肉が人気なんだよ!」
3人で動いても余裕のある屋台の正面には大きな鉄板がある。
その上でポールとミミがお好み焼きを作り、できたやつを受け取ったウチがお皿を渡してお金を受け取る。
木製のナイフとフォークは屋台の前に用意した筒に入っているのでご自由に。
屋台の横には食べ終わった食器を入れてもらう水の張った桶があり、その横には魔石を押し込むことで水が流れ出す水生みの筒を設置している。
これで食器を洗うことで、水汲みに行く時間を減らしている。
他にも風を生み出して箱の中に入れた物を乾かす魔道具も作ってもらっている。
「それにしても、この魔道具便利だな」
「火加減が簡単にできるんだよ!」
2人は鉄板の下に置かれた魔道具を触りながら感想を話している。
そこには、スライド式火力調整機燃えるくんが4つ置かれている。
本体から飛び出ているバーを横にスライドすると魔力が流れ出して火がつく。
さらに深く動かすと魔石が触れる箇所が増えて火が強くなる。
それが3段階あって、火加減を調整することができるようになっている。
さらにバーを押し込むことでどの火加減の時でも消せる安全対策もバッチリだ。
これによって焼く場所を3つ、焼いたものを保温する場所を1つという風に、事前準備ができるようにしている。
ちなみに水が流れる筒は『流水生成流すくん』。
風を生む箱は『清涼な風で乾かすくん』だ。
命名はウチ。
「いらっしゃい!いらっしゃい!美味しい美味しいお好み焼きやでー!」
「宣伝はもういいって。しなくてもみんな来るから」
「えー。ウチにできることやりたいやん。作るのは2人の邪魔になるし」
「受け渡しをしてくれるだけ助かってるから!普通にしててくれ普通に!」
周りの屋台では目が合ったら「どうだい?」と聞く程度の声かけしかしていない。
たくさんの人が何事だと見てくることが恥ずかしいようだ。
最初の宣伝が肝心だと思っていたけど、組合公認の屋台ということで、組合内に掲示されていたこともあって客入りは良い。
さらにスープではないということで、周りにあるスープ屋に人が流れていくところも良いことだろう。
迷宮へと続くメインの道はすでに埋まっているため、少し奥に入ったところに出店している。
周囲が少し広く空いていることもあって食事スペースを作ることもできたから、挑む前の腹ごしらえにも、帰ってきた時の慰労にも使えるはずだ。
夕方にはエールを売り歩く酒屋も来るらしいので、しばらくは珍しさもあって盛り上がれると思う。
「お。エルやってるな!」
「スティングさん!試食会以来やな!」
しばらく販売しているとスティングがやってきた。
ミミの面倒を見てもらっていたから、送り迎えで顔は合わせていた。
それもひと段落するとミミ1人で訓練するようになり、師匠であるスティングはときたま顔を出すだけになった。
そんなスティングと会ったのは、屋台が完成して手続きも完了した記念で開いた試食会の時だ。
その時はトマトスペシャルは完成しておらず、それでもたくさんのお好み焼きが関係者と招待した人のお腹に消えていった。
「だな!それよりミミは大丈夫か?」
「師匠のおかげで問題ないんだよ!」
「そうかそうか!ならトマトスペシャルを1つくれ」
「はいだよ!」
「トマスペ1つ入りましたー!」
「その復唱はいるのか?」
ミミはスティングの指導もあって身体強化がスムーズにできるようになった。
よく体を動かす人から指導されたことで足の筋肉も少し戻り、今は強化しなくても立つだけならば問題なくなっている。
流石にお好み焼きを作る時は強化しているけれど。
歩こうとすると片方に重心が傾き、支えることができなくてよろけてしまったり、転んでしまう。
足を重点的に強化しているとはいえ、他も強化されているから、幸いにも怪我を負うことはなかった。
もう一つ懸念していた半獣のミミが作った料理を売ることについては、迷宮前に出店したことでほとんど解決できている。
組合で歩いたり身体強化する訓練を見ていた人もいれば、半獣だから仕事に就けなくて請負人になるしかないと理解している人ばかりだ。
念のため組合に掲示した屋台のお知らせにも、半獣の少女が調理をすると書いていたのも効果はあるかもしれない。
これが街中の市場であればいちゃもんを付けられること間違い無しだから、組合を頼れてよかった。
「完売!完売でーす!また明日お願いしまーす!」
「夜になったら組合でも食べられるようになるんだよ!そっちもよろしくだよ!」
交代で昼食を摂り、少ししたら用意していた材料がなくなってしまった。
並んでいた人たちも残念そうに離れていった。
そこにミミから組合でも出てくると聞いて持ち直していたけど。
片付けを3人で行ったら、屋台に布を巻いてロープで止める。
予想以上に早く終わったから、明日の分の材料を買いに行く。
その後はポールが出汁の準備を家に帰って行い、ウチはミミの運動に付き合う。
それが終わればミミと一緒に帰ってお風呂に入り、明日に備えて寝るだけだ。
「明日からは2人ですることになるけど大丈夫そう?」
「大丈夫なんだよ!無理せず確実にやるんだよ!」
「人手が必要なら言うてな。依頼出してもええし」
「わかったんだよ」
ミミが転けないように手を繋いで組合の訓練場へ向かう。
途中、組合の中を通った時に料理長が「見通しが甘いですね」とポールに注意していたのが聞こえた。
料理長や他の料理人は、注文時に新作はまだかと聞かれていたから、早い段階で売り切れると予想していたようだ。
もちろんポールにも伝わっていたけれど、それがどれだけの量かを推し量れず、結果昼過ぎに完売となってしまった。
新作料理を屋台で大々的に売るというのは、娯楽が賭け事や力比べしかない。
貴族や商人であれば頭を使った遊びもあるかもしれないが、庶民にとっては新作料理はいい娯楽なのだ。
美味しければ話題になり、不味ければ失敗談が話題になる。
話すだけならお金はかからないから、購入するだけで話題に乗れるなら手を出す。
「やっぱ強化すると違うな」
「効率良く強化する方法をスティングさんに教えてもらったんだよ〜」
訓練場で走り、跳び回るミミを見て思った。
歩くことすら困難なのに、強化したら以前と同じように走り回ることができる。
以前のやり方とどう違うのか聞いたら、前は強化する部位に魔力を押し留めていたけど、流しながら量を増やせと言われた結果、押し留めるより流す量を増やす方が楽に強化できたらしい。
押し留めるのは結構な力を使うようだ。
・・・ウチにはできへんから関係ないけど、やっぱり羨ましいなぁ。強化できれば走り回りつつハリセンでバンバン叩けるのに。
諦めたつもりでも、目の前で披露されると羨ましく感じてしまう。
そんなウチにうんざりとしながらも、元気に動き回るミミを見ると笑顔になる。
無いものを欲するのは止められないだろうけど、ウチにしかないものでミミを助けれたのだから良かったと考えよう。
今後も身体強化が活躍するたびに思うことになるだろうけれど。
「よっしゃ!良い運動になったし帰ろか!」
「わかったんだよ!今日もお肉?」
「せやな。ミミの筋肉を増やさなあかんし」
「やったー!なんだよ〜」
ミミと2人でタッチしたら交代する追いかけっこという名の運動をした。
気づけば日が沈み始め、運動場が夕焼けに染まっている。
同じように訓練していた人たちから「子どもは元気だな」と見送られながら家に帰り、樽風呂に入ってから夕食を摂って寝た。
ミミが来てからの、ウチがおる時の流れだ。
数日屋台を手伝った後、ウチはまた迷宮へ潜る。
その間、ミミは屋台で料理をしつつ、ライテ迷宮伯のところから数日おきに掃除に来てくれるリーゼから、家事全般を学んでもらう。
最終的にはミミ1人でできるようになってもらうとキュークスが言っていた。
・・・料理だけで過ごすにもまだまだ足らんもんな。いつまでもリーゼさんに来てもらうんも悪いし、ミミが家のことできるようになったら助かるわ。明日もがんばろ。
ぼんやりと眠い頭で考えていると、すぐに意識は遠のいていった。
『エミール』の開店がうまくいった満足感に包まれて、ウチは意識を手放した。




