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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ライテ小迷宮

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145/305

お好みに焼く!

 

 地響きのような重い音が聞こえ、ベッドを伝って振動がウチを襲った。


「うわっ?!なんやなんや?!地震か?!……あれ?夢?」


 ベッドに両手を突いてうつ伏せのまま上半身だけ起き上がらせたけれど、家具やベッドサイドにあるテーブルに置かれた道具は揺れていなかった。

 夢かと思いもう一度うつ伏せになると、また聞こえてきた。

 それは隣で寝ているミミから出ていた。

 ギュルルルルルルキュウゥゥゥゥゥゥという何とも言えない音を出している本人は、悲しそうな顔でお腹を触っているけれど、起きてはいない。

 さすがに自然と目が覚めるまで放置するのはかわいそうだから起こしてあげることにした。

 外は薄ら日が登り始めていたのでちょうど良い。


「というわけでミミはウチの奴隷になるねん」

「わー。それはありがとうなんだよ。エルちゃんと一緒に働くのは楽しかったんだよー。あの人たちは食事はさせてくれたけど、ほとんど居ない者扱いされていたから少し疲れたんだよ……」

「しばらくはゆっくり歩くのと身体強化の練習やな。その間に屋台で出す料理を完成させるわ」

「ありがとうなんだよ〜」

「あー、泣かんでもええやん」


 ミミに干し肉を食べさせて、朝風呂に入らせている間にキュークスが朝食を用意してくれた。

 それを全員で食べながら昨日あったことを話すとミミは喜んでくれて、ウチも嬉しくなる。

 今流れている涙は嬉しさから出ているので、ウチは全力で料理を作るつもりだ。

 料理のほとんどはポールがやることになるだろうけど。


「エル。準備はいいか?」

「ええで。こっちがミミ。ミミ、この人はスティングさん。組合長の弟子で魔拳(まけん)っていう魔法の拳って書く二つ名持ちの人。身体強化が得意やねん」

「は、はじめまして。ミミはミミだよ」

「おう!よろしくな!」


 迎えにきたスティングを外に出て挨拶をした。

 ミミは強化しなければ立つだけでも支えがいるため、今はウチに両手で掴まりながらおずおずと頭を下げている。


 ・・・わかるで。初めて会ったらちょっと怖いねんスティングさん。でも、気さくな人やからミミならすぐ仲良うなるやろ。


「スティングさん無茶したあかんで!」

「大丈夫だ。俺は鬼婆(おにばば)と違って限界ギリギリを攻めるようなことはしない」

「それならええけど」

「それよりも……エルはいつも通りだが、ミミはだいぶ綺麗になってるな。水浴びしたのか?」

「ん?あぁ、この家樽のお風呂あんねん。樽にお湯入れて浸かれるやつ。ウチとミミは小さめやけど、他の人は大きい樽使ってるで」

「風呂あるのか!なぁ、今日の訓練終わりに俺も入れねぇかな?宿だとお湯で拭くだけなんだ」

「ウチはええけど、大人用の樽やから他の人に聞いてもらわなあかんわ」

「わかった。じゃあミミを送った時に確認するぜ。じゃあ組合へ行くぞ」

「わわっ」


 スティングがミミを背負って請負人組合へ向かい、ウチはその後をついていく。

 2人の訓練は組合にある訓練場で行い、ウチの料理開発は食事処のすみっこで行う事になっているからだ。

 料理は家でしても良かったけれど、料理長が是非組合でと譲らなかったのと、いざという時の助けが多いから承諾した。

 お昼時などの忙しい時間は避難することを条件に入れたけれども。


「おはようさーん」

「エルさん。おはようございます。ポールには話しておきました。材料は好きに使ってください。ポール、後は頼みましたよ」

「はい。料理長」


 話は通っていた……というか昨日大々的に話していたので、組合についてミミたちと分かれたらすぐに厨房へと案内された。

 そして料理長に挨拶をして、トマトパスタを作った場所にポールと向かう。


「エル。ありがとな」

「え?なんでお礼なん?巻き込みやがってこのやろーちゃうん?」

「エルは野郎じゃないぞ」

「このにょろー!ってこと?」

「言いづらいなそれ……」

「せやな。言う時はやろーでいいわ。ほんで、なんでお礼なん?」

「今回の件は見習いの俺にはすごいチャンスなんだ。組合が補助してまで屋台を出してくれるだろ?その時点である程度信頼されるんだ。それに、色々資料を作ったり仕入れの話をしたりと、見習いがする以上のことを経験できるからな」

「ほうほう。面倒な事に巻き込んだから申し訳なく思ってたけど、良い経験になるなら良かったわ」

「本当に申し訳なく思っていたのか?いつも通りだったじゃないか」

「まぁ、頭の片隅でちょっと思ってただけやし」


 そう言いながら木の実のハチミツ漬けを取り出して、ポールへと渡す。

 それを材料と思ったのか調理台に置いたから、慌てて説明する。


「それは巻き込んだお詫びやねん。木の実のハチミツ漬けな。気が向いたら食べて。パンにかけても美味しかったで」

「へぇ、ありがとな」


 ポールが瓶をしげしげと眺めていたら、料理長が近づいてきた。

 お昼の準備はいいのだろうか。


「それはエルさんが作った物ですか?それとも市場で買った物ですか?」

「これはウチが作ったやつやで。市場で売ってるってことは、おばちゃんが売り始めたんやな」

「もしかしてあれもエルさんが?」

「せやで。集めた素材渡す時に瓶が転がってなー。売りたいって言われて作るの簡単やし許可だしてん」

「ふむふむ。では、ここで売るのも問題ないですね?」

「ないで。売れるん?」

「漬けるものでハチミツの風味が変わりますからね。迷宮に挑んだ時の気分転換などに最適なんですよ。ハチミツをそのままだとどうしても飽きますし」

「確かに直接はしんどいな」


 二口ぐらいで満足できるほど大味なのがハニービーのハチミツだ。

 その分他のハチミツと比べると安いから、味を変えれるなら売ることもできるだろう。

 市場に行かずに商店で済ませる請負人もいるから、ここで売る分には問題ないと思う。

 料理長の判断でも、これにはレシピ代は出せないということになった。

 さすがに簡単すぎるから。


「よし!やるか!」

「何がいるんだ?」

「これ!」

「お。書いてきてくれたのか。ちょっと待っててくれよ」


 ミミをお風呂に入れている間に書いたレシピ表を渡した。

 思いつくまま書いたけれど、全部あるのかはわからない。

 なにせ市場で見たことがない物ですら名前とイメージが浮かんだからだ。


 ・・・紅生姜に天かす。青のりと削り節。マヨネーズにソース。ソースはトマトソースじゃない感じのどろどろしたやつやし……なんなんやろなこれ。ソースだとはわかるんやけど、作り方は薄らとしかわからん。不思議やわぁ。


「エル。今厨房にある材料を持ってきたぞ。紅生姜?紅じゃない生姜はあった。のりと削り節は海が近い街ならあるけど、ここには入ってきてない。天かすとマヨネーズは料理長も知らなかったから後で聞きに来ると思う」

「えぇ〜。ウチに聞かれてもわからんで……」

「なら、なんで材料は知ってるんだよ」

「なんか頭に思い浮かんでんもん。理由は知らんけど」

「ふーん。そういう固有魔法も合わせて発動してるのか?やたらと勘がいい固有魔法とか、少しの違和感がめちゃくちゃ大きく感じる固有魔法みたいなやつ」

「どうなんやろな?わからんし、考えても無駄や。とりあえず作るで」

「そうだな。よし!やるぞ!」


 最初は小麦粉を溶かす液の作成だ。

 野菜やキノコ、肉を茹でながら灰汁を取って出汁を作る。

 その間にキャベツを千切りにしてもらい、にんじん、玉ねぎ、ピーマンを細かく刻んでもらう。

 野菜たっぷりで食べたい気分だからだ。


「後はお肉を薄く切って準備完了や!」

「下拵えが重要で、出汁が無くなれば閉店ってところか」


 ポールはどうやって屋台で出すかを考えながら料理している。

 ウチはそんなことする余裕はなく、手順を伝えた後は食べる分を刻むので精一杯だった。


 ・・・卵もあるとええんやけど、高いからなぁ。組合にも置いてへんし、市場でも注文販売やって言ってたぐらいや。入れたらふわふわになるはずやからほしいけど、今は我慢やな。色々追加できる方がバリエーションもあってええやろ。


 そんなことを考えながら切った材料をまとめて、小さな器に小麦粉と出汁、刻んだ野菜を山のように乗せる。

 ポールが用意してくれたフライパンに油を引いてもらい、温まったら薄切りにしたリトルボアの肉を焼く。

 両面焼いてから作った山を上にかけて、後はじっくり焼くだけだ。

 味付けは塩になるけど、出汁があるから問題はないはずだ。


「あぁ!コテがない!」

「小手?防具がいるのか?」

「いや、えーっと……これをひっくり返すヘラやな。ただ、持ち手とひっくり返す部分が短くて……あかん!後で金属加工の店行って作ってもらうわ!」

「お、おう。ヘラでいいんだろ?あるぞ?」

「今はそれでええよ。でも、屋台やったらコテがいるねん」

「そうなのか。専用の道具が必要な料理ってことか?」


 首を傾げながらもポールは自分の分をひっくり返す。

 ウチもやってみたけど、端っこが割れてしまった。

 きっとコテじゃないから。

 コテなら身体強化していないウチの力でも綺麗にひっくり返るはずだ。


「最後に塩を振って出来上がりや!」

「おぉ〜。野菜入りの平パンか?いや、パンじゃないな」


 平パンは家で食べるパンで、こねた生地を平らにして鉄板やフライパンで焼く。

 黒パンと違って硬くないけれど、ぽそぽそしているところは変わらない。

 スープに浸さなくても食べられるけど、結局スープで口の中を潤わせなければならないパンだ。


「美味い!出汁がきいとるから生地だけでもええのに、刻んだ野菜は火が通って甘くなってるわ!ピーマンの苦味がいいアクセントや!そしてお肉で味が一気に変わる!」

「これは腹に溜まっていいな。キャベツで歯応えもあって俺は好きだ。塩を強くしたら酒のつまみにもできそうなのもいい」

「試食はできるかな?」

「料理長!俺の作ったやつでよければ!」


 料理長はポールの作ったものを試食した。

 その後ろには他の料理人も並んでいて、結果ポールはもう2枚焼く事になった。

 評判は上々で、請負人に出すならもう少し肉が欲しいとか、もう少し大きくしてほしい、酒も出してほしいという意見があった。

 酒以外はありだと思う。

 そういったことをポールと話していると、料理長が近づいてきた。


「作るのは肉の種類を変えただけの一品ですか?」

「えーっと、今日のは野菜スペシャルで、あとお肉いっぱいの肉スペシャルにするつもりやで」

「なるほど。具材を変えることでバリエーションを出すのですね。燃えてきました」


 料理長が燃えてくるのではなく、ポールに燃えてほしい。


「出汁を多めにしてぐずぐずな奴を小さなコテで食べる方法もあんねんけど、そっちは持ち帰られへんし、コテもないからなぁ……」

「うーむ。それは美味しいのですか?見た目が悪そうです。それも気になりますが、確認は道具の準備ができた時ということで」

「せやな!」


 やっぱりコテを作る必要がある。

 美味しいものが増えることはいいことだから、今まで貯めたお金を使う時だ。

 いっそのこと色々なサイズで作ってもいいかもしれない。

 3、4種類のサイズに分ければ、もしかしたら家で作る人に売れるかもしれないし。


「手元にない材料については、資金に余裕が出たら集めることにしましょう。組合から出せるのは屋台だけです。営業許可を得るお金と材料費を売り上げから引き、残りをエルさんと組合で半分ずつ分けます。しばらくは運営費を貯めますが」

「ふむふむ」

「あと、組合は公認にするだけです。最初の材料費などを出してもらわないといけません。それは問題ないですか?」

「問題ないで。じゃあこれ」

「金貨……」

「足りひん?」

「いえ。むしろ多すぎます。大銀貨はありますか?」

「あるで!」

「これで十分です」

「それなら良かった。必要ならまだ出せるから言うてな」


 その言葉に料理長は苦笑いしながら、その言葉はあまり外では言わない方がいいと注意してくれた。

 ウチを傷つけられないとはいえ、周りには干渉できるから、悪い人が人質としてミミを狙うかもしれないからだ。

 それに加えてポンと出すなら銀貨にしなさいとも注意を受けた。

 パン1個が銅貨1枚。

 野菜は銅貨数枚から数十枚。

 魔力を使って手間暇かけて育てるほど高値になる。

 ハニービーのハチミツは小さな壺1つで銅貨10から20枚程度となり、ウチは大銅貨1枚分買ってハチミツ漬けを作っている。

 初心者が使うような数打ちの武具は大銅貨数枚で、駆け出しが頑張って狙うものは銀貨1枚。

 中堅に差し掛かると銀貨数枚の武具を身に付け、銀貨を払って魔物の素材を強化に使う。

 そうしてようやく大銀貨が必要になる素材を使った武具を買い、いつかは金貨で買う武具に身を包みベテランと呼ばれるようになる。

 つまりウチはベテランが出すお金を簡単に出す子供に見られてしまうのだ。

 それもこれもレシピ代とスライム魔石による高収入。

 さらにジュナスを助けた時の金貨4枚のせいだ。

 そして、あまり買い物をせずに過ごせていて、買ったとしても市場ですませるから使っても大銅貨ぐらい。

 ウチは悪くない。

 今後は注意するけど。


「あとはどういった調理をするかですな。水はいくつかの水瓶に溜めておけばいいので、そこで野菜を保存できます。そうなると具材を刻む場所と焼く場所の2つが必要となりますが、1人1竈門で2つ作りますか?」

「鉄板にはできへんの?」

「鉄板で焼くのは火加減の調整が難しいのですよ。さすがにポールではまだ無理です。ここの料理人でも2、3人でしょう。もちろんわたしはできますが」

「じゃあ料理長が行く?」

「それもありかもしれませんなぁ」


 その答えに周囲の料理人たちが揃って首を振った。

 どうやら料理長を屋台に連れて行くのはダメらしい。

 ポールも勢いよく首を振っているから料理長は諦めた。

 鉄板で料理できる人を連れて行くとポールに悪いから、なんとかしてポールが鉄板料理できるようになればいい。

 そうなるとやはり魔道具を作ってもらうしかない。


「ウチに案がある!魔道具で火加減調整できるやつ作ってもらうわ!」

「それだと高くなりますよ?そういった魔道具は高いのです」

「でも、魔石拾ってきたら薪代かからへんで?」

「なるほど……確かに短期で見れば赤字ですが、長期間運用すれば確実に薪代を上回る日が来ますね。使う魔石の量にもよりますが」

「やってみよ!魔石と魔道具はうちが用意するし!」

「わかりました。では、屋台の大きさは決まっているので、鉄板の大きさをお伝えしておきましょう」

「おおきに!この後コテと一緒に注文してくるわ!魔道具も!」

「よろしくお願いします。ということだポール。後は屋台の申請や材料に食器の準備。スープなんかは事前に用意できるだろう。揃ったら組合にも申請して許可をもらい、実際に設営していくことになる。その間に焼き加減や味の種類を増やすんだ」

「わかりました!」


 側で話を聞きながらずっとメモを取っていたポールは、料理長の指示で慌ただしく動き出す。

 ウチも料理長から鉄板や屋台の大きさを聞いて羊皮紙の切れ端に書き留めたから、早速注文するために厨房を出ようとした。


「エルさん!大事なことを忘れていました!」

「どしたん?」

「料理名はなんですか?宣伝するにも注文するにも必要です」

「う〜ん。名前なぁ……お好み焼きや!」


 ・・・自分の好きなものをお好みで焼いてもらう!今はまだ2種類しかないけど、いろんな味増やしたいなぁ。

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