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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
ライテ小迷宮

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144/305

ウチの奴隷になったミミ

 

 階層主奥の魔法陣を使って外に出ると、太陽が沈んでオレンジ色の光が周囲を照らしていた。

 寝てるミミは前衛の1人に背負われていて、今から街の医者のところへ診察してもらいに行く。

 迷宮があるおかげか、持ち回りで夜間診療を行なっている街医者が必ずいて、どこの医者かは請負人組合に行けばわかる。


「受け渡しはいつにする?」

「早い方がええやろ?夕食の後組合でどない?」

「僕は構わないよ。診察も終わっているだろ」

「じゃあそれで!」


 ウチの号令で移動して、迷宮を囲う門を出たところで、チェリッシュ側と魔導士見習い側に分かれた。

 道中の素材売却などはこの後組合に行った時に行うけれど、話し合いは明日になった。

 チェリッシュたちはウチに気を遣ってくれたようだ。


「エル。一応交換する時には俺も同席するわ」

「わたしも」

「念のため鬼婆(おにばば)にも声をかけとくか……じゃあ後でな」


 ウチの方はアンリとスティングに組合長のベルデローナとなる。

 向こう側に対して一気に強くなった気がするけれど、問題ないのだろうか。

 ベルデローナは参加確定じゃないけども。


「お待たせ〜。なんやくつろいでるなぁ」

「あぁ。このトマトパスタは美味い。ホーンボアのステーキもよく焼かれて食べ応えがあっていい」


 夕食を取ってから組合へ向かうと、魔導士見習いたちは食事処で食べているところだった。

 診察した分遅くなったのだろう。

 当のミミはというと、並べられた椅子の上で毛布にくるまって寝ているけれど、食べ物の匂いに釣られたのか、鼻がひくひくしていて涎もでていた。

 その様子からはスライムに溶かされて重傷を負った直後とは思えないけれど、毛布を盛り上げている足が細いことで現実に戻される。


「その奴隷は診察の時に少し起きたが、終わるとすぐに寝ちまったぞ。後で空腹で目が覚めるだろうから、干し肉か何か用意してやってくれ」

「わかった」


 同じテーブルに着く以上何か頼まなければいけない気持ちになったから、カップスープをウチとアンリさんの分注文してしばらく。

 食事が済んで少ししたところでベルデローナとスティングがやってきた。

 2人並ぶとスティングの大きさが際立っていて、とてもベルデローナの方が強いとは思えなかった。

 そんなことを考えながら見ていると、ウチを見たベルデローナはため息を吐いた。


「エル。またかい」

「ウチは何もしてへんで。今回はスティングさんが組合長呼ぶ言うただけやし」

「後で揉めないためにはちょうど良いだろ」

「自分の師匠をちょうど良いと言ってこき使うんじゃないよ!」

「いってぇ!魔力込めるの反対だぜちくしょう!」

「ふん!防御するためにアンタも込めてるだろ。お互い様だよ」


 軽く跳び上がってスティングの頭を叩いたベルデローナ。

 身長差があるとこういったことでいちいちジャンプしないといけないのは面倒そうだ。

 そんな2人が席に着いて、それぞれ飲み物を頼んだら交換が始まる。

 わざわざ組合長が出てきたからか、いつもならお酒を呑んでいる人たちで賑わっている場所なのに、ヒソヒソと声を抑えて話していて、時折こちらに視線が向かってきていた。


 ・・・ウチも周りにおるなら気になるな。組合長に魔導国から来た魔導士見習い。後は固有魔法で新階層を狩場にしてる子供。気にせん方がおかしい気がしてきたわ。


「さっさと始めな。条件が決まってるなら時間をかけても無駄だろうに」

「せやな。じゃあこの中に……」

「エル。わたしが出す」

「俺も手伝おう」


 アンリとスティングに手伝ってもらい、魔法薬の入った小箱を11箱取り出した。

 ウチがやると一つずつ出すから時間がかかると判断されたようだ。


「開けても?」

「もちろんええで」

「……確かに。全て初級魔法薬だ。種類も話した通りの内容になっている」


 机の上には蓋を外されたことで見えるようになった魔法薬が11本。

 周りで様子を見ていた人たちの中で、いくつか息を呑んだり魔法薬と呟いた声が聞こえた。

 ウチが出したことに対して反応はなく、その理由は固有魔法で階層主を倒したことと、宝箱から大量の魔法薬が出たことが知れ渡っているからだろう。


「それじゃあ僕からはこれだ。その奴隷を縛るための魔道具。使い方や注意点は奴隷商から聞いてくれて」

「実際に契約したのは俺なんですがね。これが契約書と委譲書でさぁ。これと杖を持って奴隷商のところに行けば、簡単に注意点の説明と所有者が変わった契約書を作ってくれまさぁ。あとこれが診断書」

「ほー。魔法で契約するんじゃないねんなぁ」


 机の上には奴隷商のおじさんが何本も刺していた指示棒、羊皮紙が3枚。

 魔導士見習い的には、片手で持てる装飾のほとんどない棒でも杖になるようだ。

 契約書には杖に割り振られている識別の模様?とそれによって縛られている奴隷の名前に、購入した人の名前。

 更に仲介した奴隷商の名前が色々装飾された用紙に書かれている。

 委任状は正当な取引の結果譲るという一言と、契約書の購入者の名前に、指に血をつけて押す血判が付いていた。

 診断書には何やら難しいことが書かれていたから、ベルデローナに解説してもらった。

 その結果、身体強化をすれば歩くのはできるけれど、身体強化中は筋肉が育たないため常時強化はやめた方がいいこと。

 しっかりと食事をとり、毎日立ったり歩いたりする事で徐々に筋肉が戻ることが書かれていた。

 時間はかかるけれどまた走ったりできるようになると聞いたところで、安心したミミは眠ったそうだ。


「そういう便利なものは遥か昔に失われているのさ。僕たち魔導士はそういった失われた魔法や魔道具の研究もしているけれど、実物がないとなかなか進まないね」

「大変そうやなぁ」

「他人事のようだけど請負人である君はいつか手に入れると思うよ」

「そうなん?」


 完全に他人事だった。

 失われたものがあれば便利になるだろうけど、どういったものがあるかわからないから、魔導士になってまで欲しいと思わない。

 研究なんてウチには合ってないことは、チェリッシュと同行してわかったのもある。


「あぁ。魔法薬のように迷宮の宝箱から色々出てくるのさ。そしてその調査を魔導国が請負っている。場合によっては壊れることもあるが……。だから、何か手に入ればこの僕に渡してくれてもいいんだよ」

「機会があったらな〜」

「それで構わないさ」


 返事は一応言っておくという程度だった。

 手に入ることがないと思われているのか、あるいは手に入れても連絡を送らないと思われたのかもしれない。

 今手に入れば渡すはずだけど、もっと色々できるようになってから手に入れた場合、その時に渡せる人へ預けるかもしれないし。


「それじゃあこちらはこれで終わりだね」

「これからはどうするん?」

「迷宮で話した通りにするさ。ビッグスライムで魔石狩りをしつつ、ジャイアントスライムの結果を待つ。魔石を大量に持ち帰るだけで十分な働きになるからね。それに、お土産としてならこれもあるし」


 言いながら指さしたのは魔法薬だった。

 魔力の魔法薬は自分で使うかもしれないけれど、体力と解毒薬は研究用に持ち帰るつもりらしい。

 そんな会話を最後に魔導士見習いたちとは別れたけれど、今になって重要なことに気づいた。


「ウチ魔導士見習いさんの名前聞いてへん。なんか会うたび忙しかったし……」

「そうなのかい。あいつは魔導国の魔導士ヴァーニス・アルトランのところの見習いで、ジュナス・アルトランだ」

「ほー。ジュナスさんな。覚えたわ。同じアルトランということは、師匠?のヴァーニスさんとは親子とかなん?」

「いや、魔導士見習いとなる条件で元の家を捨ててるのさ。そしてアルトランを名乗る。まぁ、派閥みたいなもんだ。アルトランは魔道具の改良や解析をメインに活動している魔導師の一団とでも覚えておきな」

「わかった。たぶん大丈夫」


 ビッグスライムに囲まれて結界を張っていたり、凄い魔法が使えるけどジャイアントスライムの攻撃にやられたりというところしか見ていないからあまり凄さはわからなかったけれど、実は魔道具関連で凄いらしい。

 それならスライムの魔石を効率よく抜き取るための魔道具作りに協力してもらうのを、魔法薬をサービスしたお礼にしよう。

 その結果苦戦したとしても、自分で言った事なので仕方ないと思う。

 応援のために追加で魔法薬をプレゼントしてもいい。


「それで、エルはその子をどうするんだい?」

「ん?ミミにはやってもらう事あるで」

「荷物持ちはしばらくできないよ。歩くことに身体強化を使うんだ。魔力量が心許ない種族だから、迷宮には行かせられないね。あと、掃除の手伝いもできないよ。重いものを持たせて歩かせるなんて負担にしかならない」

「問題ないで!ミミにしてもらうんは迷宮の荷物持ちでも、掃除の時の荷物運びでもないからな!」


 ミミをウチが受け取ることになると決まった瞬間閃いたことがあるのだ。

 それは今のミミでもできることで、立ったり歩いたりはそこまでしないようにもできる座り仕事のつもりで考えている。

 もちろん魔力を使う魔道具作りではない。


「何かする時は連絡するように言っただろう」

「まだ何もしてないで」

「そうだね。だから、やることを詳しく話しな」

「わかった。ミミと一緒に屋台で食べ物売るつもりやねん」

「何を作るんだい?」

「小麦粉を溶かした物を野菜や肉と一緒に平らに焼いた物やな。味付けの研究とかせんとあかんけど、迷宮前の屋台は肉やスープばっかやから売れると思うねん。パンの代わりにもなるやろうし」

「はぁ……今聞いて良かったとつくづく思うよ」


 ため息混じりにやれやれと首を振られる。

 隣で聞いていたスティングは苦笑いで、新しいものが食べられると思ったのか、周囲で聞いてた人たちは視線をウチに向けていた。


「屋台の確保、場所の確保、道具の移動や保管方法、食材の管理方法、税の支払いについて、他にもいろいろ考えることが多いね。どれだけ用意してるんだい?」

「まだ何も。だってミミをウチの奴隷にするって決まったのもさっきやで。せやから、これから色々準備していこうと思っててん」

「なるほどね……」


 それを聞いた周囲の人たちは残念そうに元に戻り、ベルデローナはジッと考えだした。

 アンリは分裂したジャイアントスライムから手に入れた6つに分かれた魔石をいじくり回していて、交換が終わったから既に自分の仕事も終わってると行動で表現している。

 そんな中スティングが口を開く。


「子供だけで屋台すんのか?金の管理やちょいと素行の悪いやつに絡まれたらどうする?あと、エルが迷宮に行く時は屋台をどうするつもりだ」

「考えること多いなぁ……。でも、ミミのできそうなことでウチが用意できるのは料理ぐらいやねん。魔道具作るんは魔力が少なくて難しいし」

「可能なら今出てる屋台で一緒に出すべきなんだろうが、そうすると利益やら何やらが面倒そうだぜ。はぁ〜、頭働かすのは俺の仕事じゃねぇからもう考えるのはやめだやめ。完成したら食いに行くわ」

「おぉ。お客さん1号の誕生やな」

「わたしも食べる」

「もちろんや!家で研究しなあかんからな!」


 スティングやアンリと話しながらベルデローナの考えがまとまるのを待つ。

 恐らくウチがやりたいことを上手く軌道に乗せるにはどうすればいいか考えているのだろう。

 ウチが動くと何かが起こると思われていることには心外だけど、助言をくれるなら何も言わないことにしている。


 ・・・今回のことだってジュナス・アルトランさんがジャイアントスライムにやられたのが原因やん。ウチは助けた側やで。そのジュナスさんが来ることになった原因はウチが倒したジャイアントスライムの魔石やけども。


「話は聞かせてもらいました!」

「うわっ!びっくりした……」


 食事処の厨房へと続く扉が勢いよく開き、気づけばすぐ横に料理長が立っていた。

 どうやら身体強化をして駆けつけたようで、食事処は扉の開いた音でびっくりした人たちが酒や食べ物を溢して軽く騒ぎになっていた。

 その料理を提供した側がそのことに無関心で良いのだろうか。


「騒がしいね料理長。考えがまとまらないじゃないか」

「申し訳ありません組合長。ですが!その考えを一気に進める術をご用意しました!」

「わかったから。もう少し声を抑えな。うるさいよ」

「これはすみません。話を聞いて年甲斐もなくはしゃいでしまいました。んん。組合長はエルさんの屋台をどうするか考えていらっしゃたのでしょう?そこで、組合から料理人を1人派遣しましょう。そうすることで組合の助力がある屋台として安全も確保できるでしょう。もちろん万が一はありますが、組合と迷宮入り口前であれば誰かしら請負人がいるため、その場で助けを求めることもできます。いかがでしょうか?」

「はぁ〜。屋台の準備や申請、お金や材料の管理はその料理人がするんだね?」

「その通りです」

「そして屋台で出す料理をここでも……いや違うね。あんたはそんなあからさまに利益を横取りするようなことはしない。そうさね……屋台が出てない時間はここで食べられるようにってところかい?」

「そ、その通りです」

「しかもアレだね。今後屋台で出す料理が増えた時も組合で優先的に出させてほしいなんて考えもあるだろう?」

「仰るとおりです……」


 料理長はさっきまでの興奮をどこかに追いやり、ガックリと項垂れる。

 自分の考えていたことをズバズバ当てられたらそうなるのも当然ではある。

 料理長を言い負かしたベルデローナは、次にウチを見てきた。


「エル。この男は料理のこととなると暴走しやすいが、その分信頼できる。どうする?自分で準備を進めるか、組合管理の出店を出すかだ」

「組合管理で」

「答えるのが早すぎないかい?」

「え?だって考えるのも手続きも全部面倒やし。ウチは美味しいもん食べれたらそれでええよ」

「はぁ……こういうのは子供にやらせるのじゃなくて保護者がするものだろうに」


 そう言ってベルデローナはアンリを見たけど、そのアンリは視線を逸らした先で魔石を弄っていた。

 頑としてベルデローナを見ないという意志を感じる。


 ・・・無駄やで組合長。ウチの保護者の中でそれをしてくれるのはキュークスかガドルフだけや。アンリさんは興味がないことは極力しないし、ベアロはウチと一緒で手続きとか面倒なタイプやし。


「わかった。エルが良いなら料理長の案でいこう。で、誰を出すんだい?」

「見習いですがポールを出そうと思っています。そこで横になっているミミとも一緒に作業をしたことがありますし、若い分吸収が早いのです。味の研究はわたしが請け負いますので、良い料理を作りましょう、エルさん」

「よろしく!」


 ウチと料理長はがっちりと握手を交わした。

 ポールなら一緒にトマトパスタを作ったこともあるから安心できる。

 危なくなったら周囲の人に助けを求めることになったので、腕っぷしが強くなくても問題はない。

 居ないところで勝手に屋台担当にされた挙句、もろもろの手続きもすることになったポールには、後で木の実のハチミツ漬けをあげようと思う。


 ・・・手続きということは書類作成もするやろ。色々考えないとあかんし、絶対疲れるやん。そういう時は甘いものやで。


「エルがいいならそれでいいよ。それじゃあ後は……スティング」

「え?俺か?」

「あんたにはミミの身体強化を効率よくできるよう教える仕事を与える。以前虎の半獣に教えたんだろ?それを子供にするだけだ」

「わかった。ついでに運動もさせれば良いんだな?」

「そうだ。よくわかってるじゃないか。それじゃ、各自割り振られた仕事をしな」


 そう言って立ち上がったベルデローナは、後ろ手を振りながら組合長室へと帰っていった。

 残されたウチらもちゃんと話し合うのは明日にして、今日のところは解散だ。

 ミミはアンリが背負って帰るから、料理長とはポールの予定が空く日が分かれば連絡をもらう約束をして別れる。

 スティングは家までの道を覚えるために着いてきてくれて、明日はミミを迎えに来るそうだ。

 こういうのはできるだけ時間を空けず、すぐにやるべきことへ注力させる方がいいらしい。

 時間があると変に考えてしまって気落ちしてしまうからだ。


「スティングさんありがとう」

「いいってことよ。それよりもエルは料理の手順とか材料書き出しておけよ。すぐ答えられるようにな」

「せやな。明日の朝にでも書いとくわ」

「おう。じゃあな」

「おやすみ〜」

「おやすみ」


 アンリと2人でスティングを見送り、家の中に入る。

 そしてガドルフたちに寝ているミミを紹介してから、お風呂に入ってから寝た。

 ミミは軽く拭いて終わりだけど。


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― 新着の感想 ―
[一言] 買わずに後悔するより買って後悔した方がいいとはよく言うけど今回のはモロにそういう出来事でしたねw 色々と考え込んで見送った物を後日定価より高く買うみたいな。 足のリハビリ無茶苦茶キツイんよ…
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