階層主戦後のもろもろ
泣くミミの頭を撫でながら床に座っていると、アンリとジーンが戻ってきた。
後ろには前衛の請負人が1人と、自称魔導士見習いもいる。
「あちゃあ!治療しちまったのか!」
「はぁ?治療して悪いことなんてあるんか!助かったらあかんのか?!」
「落ち着けお嬢ちゃん!そういう風に聞こえたのは悪かったよ。治療うんぬんはあれだ。払う金の話をする前に治療しちまったから、いくら要求されるのかと思っただけだ」
「またお金の話しか……」
前に助けた時もお金の話しだった。
怪我をしたミミの心配なんて全くしていないことに腹が立った。
最初に聞くのは無事かどうかだと思う。
魔法薬の瓶が転がっているからといって、治療が成功したとは限らないのだから。
それとも奴隷の命なんてこんな扱いなんだろうか。
「使ったのは塗り薬と……魔法薬?!なんで持ってるんだ?」
「危ない場所行くなら持っとる方がええやん」
「いや、俺たちもあるなら持ち込むが、そもそも迷宮でしか手に入らないからあまり出回ってねぇ」
請負人は一体いくらになるんだとぶつぶつ言ってる。
その横から覗き込んできた魔導士見習いは、魔法薬に反応して使われたミミの様子を確認していた。
ようやく容体を確認されたけれど、思っていたのと違う確認だ。
なんというか、チェリッシュたちがビッグスライムに向けた目に似ている気がする。
こう、実験結果がどうなったのかを確認する目だ。
「ふむ。使った魔法薬の等級は?」
「等級?キラキラのこと?」
「キラキラ?あぁ、魔力の輝きのことか。それだ。そのキラキラはどんな光り方だった?」
「見てもろた方が早いな。ちょい待って……えっと……お、あったあった。瓶は違うけど、キラキラは一緒やで」
ウチが軽量袋から取り出したのは、体力や怪我の回復をする緑の瓶ではなく、魔力を回復する赤い瓶だ。
瓶の色こそ違うものの、キラキラの度合いは全部一緒なので、迷宮に行く時は全部1本ずつ持ってるし、キュークスたちにも1セット渡していざという時は使ってほしいと伝えている。
幸いにも今のところ使ったのは今回が初めてのはずだけど。
もちろん初回のベアロの分は除いて。
「む。魔力の魔法薬か。等級は……初級といったところだな。ふむ、ならばこの怪我は完全には治せないだろう」
「初級?」
「あぁ。君のいうキラキラの量が微かに輝いていることがわかるなら初級。この場合じっくり見ないとわからない。近くでみたら輝いているとわかる物が中級。置いてあるものを見ただけで輝いているものが上級となるのさ」
「ほうほう」
「初級は切り傷や擦り傷、多少の肉の抉れなら塞いでくれる。味は苦い。中級は初級では治らない深い怪我を治すことができる。味はとても苦い。上級はちぎれた腕や足をある程度揃えた状態で使うと繋がる。味はとてつもなく苦い。そして苦さと治療時の痛みは大体同じさ」
「味の感想はいるんか?」
治療できる範囲と痛みはなんとなくわかった。
でも、味の感想はいらない気がする。
体内の調子を整えるために飲むこともあるそうなので、意外と聞かれるらしい。
特にお年を召した貴族が健康のために定期的に飲んだり、料理に入れたりしているそうだ。
「魔法薬の説明をする時には必ずしているのさ。魔導士は知り得たことを話すのが好きだからね」
「見習いやん」
「確かに僕は見習いだ。それでもある程度の知識はある。ところで、この魔法薬を売ってはくれないだろうか。いざという時に魔力を回復できると非常に助かるからね」
「ええで。金貨2枚やったっけ?」
「それは買取の値段だろう。売るなら4枚でいい」
「せっかく2枚で手に入るのに訂正して4枚でええの?」
「正当な評価が大事だからね。はい金貨4枚だ」
「まいどあり〜」
金貨4枚を受け取ったから、魔力用の魔法薬は魔導士見習いの物になった。
帰ればまだまだあるので問題ない。
むしろもう少し売ってもいいかもしれない。
わざわざウチから売り込むほどではないけれど。
「それで、ミミのことやねんけど……」
「ん?あぁ、その奴隷のことだったね。初級魔法薬で治したとなるとしばらく使い物にならないな……。階層主の討伐にはもう少し強力な魔法が必要だろうし、どうするか」
「何を悩んでるん?」
魔導士見習いの答えは簡単だった。
魔導国に譲渡された魔石は上位の魔導士による研究に回されたため、自分たちの研究で使うために階層主の魔石がほしい。
今回は全員が反撃できない状態でウチが倒したから、救助ということで素材は受け取れない代わりに救助料はなしで決着をつけたい。
また次回挑戦するときにミミが復活している可能性は低いから、新しく奴隷を買うか請負人を雇うしかないけれど、奴隷は安い子供や訳ありは買いすぎて品薄で、請負人に魔法戦に特化した人はいない。
ウチの戦い方を見て依頼できれば良かったのだが、組合が売れない物を取って来させる依頼は張り出されないから難しい。
組合を通さずに依頼をするにしても、後のことを考えると受けない方がいいとスティングに止められる。
成果が得られなければここまでかかった費用は無駄になるから、どうしてもジャイアントスライムを自らのパーティで倒したい。
と、色々な事情を教えてくれた。
「ウチが受けられたらええんやけどな」
「エル、ダメだぞ」
「せやな。実は危ない物でしたーってなったら困るんウチやし」
「しばらくビッグスライムを倒して魔石を稼ぐことにするしかないか。ここに居れば値段が決まればすぐに買えるし、買えるようになったら君に依頼できるからね」
「ふーん。組合ですれ違った時は子供ははよ帰れって言ってたのに、ずいぶん態度が変わったなぁ」
「そんなことがあったかい?まぁ、外で会う分にはそんな物だろう。2回も助けてもらったのだから敬意は抱くさ。流石の僕でもね」
「そういうもんか」
組合ですれ違った時のことは些細すぎて覚えていないそうだ。
態度が幾分柔らかくなったのは、敬意を抱いたからだろう。
自分が苦戦した魔物を簡単……とは言わないかもしれないけれど、怪我なく倒せたのだから。
・・・まぁ、ウチも組合ではすれ違う時に挨拶するけど、相手のことは覚えてへんし仕方ないか。ウチの場合は声出さないとぶつかりそうになるからやけどな!
「後はこの奴隷をどうするかだけど、戦えるようになるまでどれだけかかるか……。その期間も面倒は見なければいけないし、いっそのこと死んでいれば楽だったんだけどねぇ」
「はぁ?!死んでたらいいとか酷すぎるやろ!何言うてんねん!!」
「そんなに怒ることかい?奴隷だよ?買った人が所持する道具だ。もしかして買われる前に親交でもあったのかい?奴隷なのに」
「何回も借りて依頼の手伝いしてもらってん。ウチはミミのこと友達やと思ってるで。奴隷もよくわからんし……」
ウチはミミに目を向けながら話す。
戦いのダメージに加えて治療で叫び、泣き疲れたのか、ミミはいつの間にか眠っていた。
そんなミミの頭を変わらず撫で続けながら返事をした。
「ふむ。ならばどうだろう。こちらに有益な何かと、この奴隷を交換するというのは」
「ジャイアントスライムの魔石はあかんで」
「それはもちろんさ。何か無ければ金貨20枚でもいい」
「高すぎやろ!元値は金貨2枚やったはずやで!」
「ここまでの食費や宿の滞在費、衣服や装備にかかった金額に少しの手間賃だ。足が元のままなら問題なく動けるから、さらに倍の40枚にしたところさ」
「ふっかけすぎやろ!」
「相手の欲しい物に高値をつけて儲けを得なければ活動費を賄えないからね。魔導士見習いといえど、祖国では色々な物を作ったり売ったりしたものさ」
「それはもう商人やん」
「どちらかといえば販売もする職人が近いかな。ただ、やりたいことは研究なんだ」
「へぇ〜」
詳しく聞くと魔道具の制作に口を出す仕事だった。
使いやすさ以外にも、一から魔道具を作るための設計なども行い、更には設置型の大型魔道具なども手がけるそうだ。
師匠が。
見習いの仕事は師匠の手伝いや資料の作成、お使いに資金集めのためにいろいろな活動を行っている。
その中に魔道具販売や素材販売があり、戦いながらも空いた時間で色々教えてもらっていた。
「うーん。ウチが渡して問題ないのって魔法薬ぐらいちゃう?食べ物のレシピはそんな数ないし」
「魔法薬がまだあるのかい?料理も気になるけれど魔法薬の方が嬉しい。できれば魔力を多めに」
「ほならさっきと同じ等級?で魔力5本、体力3本、解毒薬3本でどない?」
「そんなに持ってるのか!もしやそれ以上に売ってもらうことも可能なのかな?」
「売るのはしばらく無しやなぁ。だからさっきの本数で」
「そうか。全部で11本。どう考えても僕の方が儲けになるね」
「買取の値段で金貨22枚やし、それでええよ。2枚分はサービスや」
魔力を多めに金貨20枚分にしようと考えたら、綺麗に数が揃わなかったというのが1本増やした理由だ。
消費数とかも考えれば解毒薬が全然減らないので、こっちを多めにしても良かったかもしれない。
ただ、使わない物を多く渡すのは押し売りみたいで引っかかる。
お互い納得して取引するのが良いとカバの行商人であるレルヒッポも言ってたのもある。
「そうか。なら、その内容でお願いしよう。サービスしてもらった分は、何かあった時に助けになると誓おう。魔導士見習いのこの僕が助けになるんだ。光栄に思いたまえ」
「お。なんか調子出てきたな」
「これはなんと言うか、外面を作って僕の存在をアピールしているのさ。ここは魔導国ではないから舐められないようにね!」
「さよか」
アピールする方向が違う気もするけれど、かといって正解の振る舞いもわからないからひとまず納得した。
ウチに害がないなら好きにしてくれていい。
ミミの所有権はウチが魔法薬を用意できたら交換することになったから、とりあえず迷宮から出ることにした。




