魔法薬の効果
「あかん!間に合わん!」
駆け出そうとしたウチの目には、徐々に触手が体を這っていき、もう少しでミミのお尻にまで迫ろうとしていた。
せめてハリセンを投げて攻撃できればいいけれど、離せば消えてしまうし、そもそもミミまで届く訳がない。
今までも身体強化ができる人を羨ましく思っていたけど、今ほど欲したことはないはずだ。
しかし、ウチの気持ちを汲んで強化されることもなく、ハリセンも離せば消えてしまうだろう。
「せや!ウチを投げてもらわな!」
勢いよく振り返ると、全員が目を押さえて違う方向を向いていた。
チェリッシュとジーンは床に手をついて身を固めていて、スティングは真面目な顔で目を閉じたままジッと周囲に気を配っている。
そんな中アンリだけジャイアントスライムの方を向いていた。
「エル。わたしが投げる」
「でも、アンリさんも目をやられてるやろ?大丈夫なん?」
「魔力は見える。こっちは元々目玉がないから光の影響はない」
「そうなんか!じゃあ早速投げて!」
「わかった」
アンリが見えているのは確かなようで、ウチに声をかける時は顔を合わせてくれた。
眼帯の付いてない右目は瞑ったままで、ちょっと不思議な感じがした。
そのアンリに持ち上げられて中へと突入する。
雷は身体強化を強めることで耐えているみたい。
触手が絡みついているのはミミだけだから、魔力が見えれば問題なく向かえるようで、ミミに向けて走ってくれている。
「投げる」
「いつでも!……しゃああああああ……うりゃあああああ!!」
足を止めた勢いを利用して投げてもらう。
空中でハリセンを出し、ミミの上を飛び越えて触手に突き立てた。
ハリセンは触手を押し出すようにたわませ、ぱつんと引きちぎる。
ジャイアントスライムに繋がっている側は、戻る力が発生してウチに当たったけれど弾かれた。
千切れた方は形を保てなくなり、溶解液をぶち撒けながら崩れていく。
ウチは勢いを無くすために地面をころころ転がり、急いでミミの元へと向かう。
「ミミ!だいじょ……酷いなこれ……」
「うぅ……痛い……痛いんだよ……」
駆けつけたウチの目には焼け爛れ、溶かされた足が飛び込んできた。
足先になるほど酷く、一部は骨が見えてしまっている。
触手はお尻の上まで伸びていて、ミミのボリュームのあった尻尾も毛先が溶かされて絡み合っている。
しかも、ウチが触手を千切ったことでミミの周りに溶解液が撒き散らされていた。
「まずはミミの体から弾くために背中を……ほんで周りの液をハリセンでこうや!」
ミミのまだ無事な背中にウチの背中をくっつける。
すると体に纏わりついてじゅくじゅくと溶かしていた溶解液が体から弾かれた。
その次は周囲に溜まっている溶解液を箒で掃くかのように、ハリセンで掃いた。
ザリザリと床を擦りながらもミミの周囲から溶解液を無くすことができた。
これからどうすれば良いか考えようとしたところで、ウチの頭上に影ができ、それが大きくなった。
「あぁぁぁぁぁ!!掃除したのに!!やり直しやんけ!!」
影の正体は触手で、ウチに向けて叩きつけられてしまった。
幸い床の掃除のおかげでミミから少し離れていたから、ウチに弾かれたことで千切れた部分が当たることはなかった。
それでもまた溶解液がぶちまけられてしまったけれど。
「アンリさんミミお願い!ウチはこいつ倒すわ!」
「わかった!」
投げてから追いかけてくれたアンリにミミを頼み、ウチは背後のジャイアントスライムに向き直る。
だけど、そこにはいつものジャイアントスライムはいなかった。
「は?何で増えてるん?あ、小さく別れたんか。え?魔石は?」
「魔石は6個に別れてた」
「そうなんか」
ウチの目の前にはビッグスライムより大きいけれど、ジャイアントスライムよりも小さいスライムが6体いる。
分裂するために一度触手を全て戻したのか、いつの間にか雷を放っていた触手はなくなっている。
別れたスライムの体内には、それぞれ魔石がみえる。
しかし、その魔石は1つの球体を6つに分割したことで、先端が尖った底の丸い三角みたいなものになっていた。
刺さると痛そうだ。
「数増えてもやること変わらんけど……ミミ狙われたら厄介やな……。どうするか……」
1体を狙っている間に他がミミを攻撃したらアンリさんには守れないだろう。
盾もなくナイフと魔法が主体だから、一斉にかかられると手一杯になるはずだ。
恐らくだけど。
スティング達はようやく薄目を開けてこっちを見れるようになったぐらいで、魔導士見習いは起き上がる気配がない。
前衛の請負人たちは、ようやく終わった雷の影響か膝をついたまま動けそうにない。
荷物持ちは戦えそうにないし、運んでもらおうにも今のミミを動かせないのはウチでもわかる。
下手に動かすと足がちぎれそうなほど溶かされていたからだ。
「うーん、うーん……あかん!考えてもわからんし、とりあえず1体叩くわ!」
考えているウチを狙って触手を伸ばしたり、それぞれの属性魔法を放ってくるスライムたち。
ミミから離れてもウチを狙ってくるのは触手を千切ったからか、あるいは1番近いからかもしれないけれど、理由はどうでも良いい。
動かせないミミが狙われていないうちに倒すことにした。
上手くいくかはわからないけれど。
「とりあえず1番近いお前からやー!」
なぜか土の壁に触手を伸ばしている土属性のスライムだ。
土を食べているのか、あるいは形を整えているのかよくわからないけれど、倒すウチには関係ない。
魔法で作られた土の壁にハリセンを振って壊し、空いた隙間を通ってスライムを叩く。
いつものように弾け飛んで、カツンと魔石が落ちて転がる。
それを他のスライムに取られる前に急いで回収してポケットへ。
次に狙うスライムを決める前に、ミミへと向かっている奴がいないかも確認する。
「大丈夫やな。お?なんやなんや?一気にウチへ触手伸ばしてくるやん」
仲間の1体を倒したからか、あるいは元は自分だった1つを倒されたからか、残りの5体がそれぞれ別の軌道で触手を伸ばしてくる。
真っ直ぐ突いてくるもの、叩き潰そうと上から振り下ろしてくるもの、左右から別の属性を纏って振ってきたりだ。
しかし、普通なら逃げ場がなくてどれかが直撃するだろう攻撃も、ウチの固有魔法なら関係ない。
ウチを中心に全ての触手が千切れ飛び、複数の属性が混ざったことで変な爆発が起きたけれどウチは無傷。
全部同じような距離だったから、土の壁に1番近い奴から叩くことにした。
「ふぃ〜。ようやく終わったわ」
なぜか途中からウチに触手を伸ばそうとせず、魔法を放ちながら距離をとりだしたスライムたち。
魔法の影響は受けなくても、視界は塞がるから追いかけるのに苦労した。
体が大きいから跳び跳ねるだけでもウチより移動するせいだ。
強化できない短い足では速度も出ないし。
・・・短い足を必死に動かしてスライムを追っかけるウチは、側からみたらさぞ滑稽なことやろな!体力もないからちょくちょく休憩するし!ええねんええねん!毎日しっかり食べてすぐ大きなるわ!!
「ミミはどない?」
「残念だが、足を切るしかない」
「少しの火傷なら塗り薬で何とかなるけど、ふととも……。ううん、お尻より下は跡が残るよ。足に関してはふとともの半ばから切らないと、傷跡からどんどん腐っちゃうかも……」
ミミの側にはスティングとチェリッシュがいて、顔や腕についた傷に塗り薬を塗ってくれていた。
だけど、焼け爛れたお尻に半分ぐらい溶けている足には手がつけられていなかった。
塗り薬程度ではどうにもならないのだろう。
アンリとジーンは先に戦っていた人たちを一か所にまとめて、何か話していた。
主にジーンが。
そっちのことは2人に任せて、ウチはミミのことを優先する。
「魔法で治されへんの?」
「治癒魔法は失われているんだよ。唯一治癒できるのは教会の魔道具だけど、この状態だと迷宮から出ることすら難しいね」
「他には魔法薬だな。あまり出回ってないし、この怪我を治すとなると……」
「魔法薬!あるで!」
スティングが来る時に一緒に持ってきてくれた軽量袋を開き、中をゴソゴソと漁る。
普段使わないからと1番奥に入れていたせいで、道中の素材を退けるのに少し手間取ったけれど、何とか魔法薬を入れている木箱を取り出せた。
魔法薬は綺麗な形にカットされた装飾付きの瓶なので、そのまま入れていると割れるとキュークスに言われたから、箱に入れて持ち運んでいる。
「これ!これどない?!」
「持ってるのか?!もうエル訳わかんねぇわ。確かに緑だが、魔力が少ないから完治は無理だ」
「え?!魔法で治すんちゃうん?!」
「一説によると魔力で効果を高めているらしい。それで、効果の強さは込められた魔力量で変わるんだ」
「魔力ってこのキラキラ?」
「あー、そうだ。その光だ。それがたくさん光ってると効果が高い」
瓶を見るとキラキラは中で微かに光っている程度で、これでどれだけ効果があるのかはわからない。
ベアロが負った少しの火傷なら治ったけれど、ミミのお尻ですらベアロ以上の火傷で、足に至っては骨が見えている部分もある。
足の指先なんて裏側は完全に骨だ。
「とりあえずこれしかないから使おう!」
「いいのか?魔法薬は次手に入れるのに手間がかかるぞ」
「まだまだあるからええねん!使って使って!」
スティングに魔法薬を渡す。
なぜかチェリッシュが驚いた顔でウチを見ていたけれど、すぐにミミの治療へと戻る。
瓶の蓋についた装飾らしき角張った部分を引っ張り、キュポンと開けたスティング。
微かに草っぽい匂いと少しの刺激臭、香りだけで口の中が苦くなってしまいもにょもにょと動かす。
・・・美味しくなさそうやけど、火傷や骨にかけて大丈夫なんか?え?チェリッシュがミミの肩に乗って動かんようにしとる。スティングも無事な背中を左手で押さえてるし、手も光ってる。え?強化いるん?そんななん?ウチは……足触るのは良くないから見てるだけか。
チェリッシュが折り畳んだ布をミミの口に突っ込み、スティングと頷きあったら治療の始まりだった。
スティングが右手で持ったワイン瓶のような魔法薬入りの瓶を傾ける。
緑色の液体が瓶の口から流れ出し、怪我の酷くないお尻付近に落ちる。
「んぐぅ!!!」
「大丈夫だよ!これは治療だからね!」
落ちた液体をチェリッシュが手で塗り広げると、皮膚が蠢いて徐々に肉が膨れ上がり傷が元に戻り始める。
治療のために触った尻尾の毛なんてつるつるとした光沢を帯び、ボリュームも増えてふさふさだ。
「ふぅ……ふぅ……」
「ミミ!お尻は治ったで!」
「その怪我は治るか」
「問題は足だよ。これは流石に魔法薬の魔力が低いよね」
「後から魔力込められへんの?」
「それをしたら薬の効果がなくなるぞ。あと、瓶が爆発する」
「爆発」
・・・魔力込めすぎると爆発する薬って何やねん。
これ以上効果な魔法薬は持っていないから、今あるもので治療するしかない。
スティングたちはもう一度頷き合って太ももやふくらはぎ、足先へと薬を流しては塗りこんでいく。
「んうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「我慢だ!耐えろ!」
「痛いよね!でも、少しの辛抱だよ!」
「ミミ!気合いや!気合いしかない!」
「んぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
涙を流しながら首を振るミミを見ていることしかできない。
押さえつけられて叫び声を布で塞ぐのは拷問にも見えてしまう。
拷問を見たことはないし、やってることは治療だけど。
「これはどうなんだ?」
「とりあえず骨は見えなくなったよ。血も止まったね」
「だが、この細さじゃ……少なくとも戦うのは無理だ」
「歩けるかも微妙だよ」
「ふぅ〜……ふぅ〜……うぅ〜」
一応治療は終わった。
魔法薬の瓶は空になり、チェリッシュの手に残った魔法薬を足に塗り込んでも何も起こらない。
そのため、ミミの表面に残った分は腕や顔についた傷や火傷に使った。
そうして泣いてるミミの治療は終わったけれど、足は枯れ木とまでは言わないけれど、健康的な足から筋肉などを削ぎ落としたように細い。
皮膚はしっかり作られていて出血はないことが幸いだろうか。
スティングの言う通り前みたいに駆け回りながら戦うことはできそうになく、重い荷物を持って迷宮を歩くことはできそうにない。
身体強化でどこまでできるかわからないし、筋肉を取り戻すためには長い治療が必要だろう。
「ミミ……」
どんな言葉をかければいいかわからなかった。




