思わぬ再会(一方的)
ビッグオイルスライムの痕跡は非常に厄介だった。
奥まったところを結構な期間存在したのか、奥へと進もうとすると這った後に付いたオイルでウチ以外が滑る。
せっかくお湯で洗い流したのに転けたチェリッシュは、お尻のところだけテカテカするほどだ。
「別の道行った方がええんとちゃう?」
「それはそうだけど、この先に何かあったら調べておいた方が良かった!ってなるよ?」
「じゃあウチだけでいこか?」
「ダメだ。先がどれだけあるかわからないから別れるのは良くない」
良い案だと思ったけれど、スティングの言う事ももっともだから、足元に気をつけてゆっくり進む事になった。
しかし、その先は少し枝分かれしつつも全て行き止まりで、普通の属性スライムにしか遭遇しなかった。
こういうこともある、というか普通はこうなることの方が多いと、誰も落胆せず来た道を戻る。
何かあれば運が良い。
むしろ変異種と出会っているのだから、すでに成果は得ていると考えるべきだろうとみんなが口々に言う。
・・・もしかして残念な気持ちを仕方ないと言う事で納得させとる?強がらんでも残念やったなでええのに……。あー、みんなは油で滑るもんな。そんな状況で襲われたら面倒やし、オイルスライムだけやったら満足できへんのか。そのまま食べられへんから旨みもないしなぁ。油か……せっかくやし後で肉でも揚げるか?
そんな事を考えている間に油エリアを超えた。
ゆっくり進むのが面倒になったスティングが、助走をつけて飛び越えようとしたり、アンリが壁を蹴って進もうとしたけれど、結果はお察しの通り油をかぶるだけで終わった。
地道に進んだジーンでさえ滑って転ぶのだ。
無理をしない方がいいと、ウチはチェリッシュに背負われながら油に苦戦している3人を見ながら思った。
「いやー。やっぱエルちゃん便利だね」
「ウチもつくづくそう思うわ。なんというか、身体強化できへん分痒いところに手が届くというか、色々できるというか」
「ハリセン?だっけ。それがあれば戦えるし、ほんと身体強化できないのが惜しいよね。移動や高いところに登ったりするのが大変だもん」
「せやなー」
迷宮を進みながら話す内容は、それぞれの経験したことばかりだ。
どんな魔物と戦ったか、魔物ではなく畑を荒らす害獣を駆除した話、ある季節のある場所にしか咲かない花を採りに行った話に、遺跡の壁画に描かれた人族や獣人とは違った種族の話など様々だ。
その結果、やはり身体能力は重要だとはっきりした。
遠くへ行くためには脚力と体力がいるし、荷物があれば腕力もいる。
険しい場所を進んだり登ったりすることもあれば、足を滑らせて落下してしまうこともある。
ウチの固有魔法では落下ぐらいしか対応できないけれど、身体強化できれば話に出てきた全てに対応できる。
スライムの魔石をそのまま抜き取れるところは羨まれても、身体強化を捨てるほどではないというのがチェリッシュの感想だった。
貴族や豪商の護衛なら逆だろうとも言われたけれど。
・・・無い物ねだりは無駄やから、ウチにできる対処法を考えればええねん。今のところ背負子あればどうとでもなるし。そう考えるとウチはこれでいい気がするわ。装備品ウチやな。
「さてと、これを降りたらジャイアントスライムなんだよね?」
「せやで!誰かが倒してなかったらおるはずや!」
スライム相手に声を潜めるのは有効なのか疑問だけど、小さな声で話しながら進んで階層主部屋へと降りる階段までやってきた。
あれから変異種には遭遇せず、お宝も発見できなかった。
それでも、誰かと話しながら迷宮を進めたことで、ウチはご機嫌である。
「よし!俺が先に降りるから、アンリは最後を頼む」
「わかった」
降りた先が普通の階層ならウチの方が有効だけど、他の人に出会う可能性がある階層主階へ降りる場合はスティングが先になる。
いざという時は駆け上がって後続を止めるためでもあるし、交渉する場合にも慣れている人の方がいい。
例え交渉が口だけではなく、手や足で対話する事を含めているとしても。
「先客がいた。どうする?」
「どうとは?」
「相手が階層主だから何も言わずに乱入すると横取り目当てと判断されて襲われても仕方ねぇ。一言あっても普通は素材の取り分が減るから許可なんて中々得れないぞ」
「苦戦してても?」
「あぁ。階層主ってのはそれぐらい美味しい獲物なんだよ。ジャイアントスライムは魔石ぐらいだけどな」
「せやな。ん?と言うことはすでに戦闘中なん?」
「そうだ。あー、先客だけだとわからなかったか」
「行くで!」
「急がないと!」
ウチとチェリッシュは階段を駆け降りた。
簡単に抜かされて、すぐに追いついたアンリに抱えられることになったけれど。
・・・階段のくせに一段一段が大きいねん!段差もでかいし、幅もある!誰用の階段やねん!大人でも普通にしてるとグッと力込めないと登られへんやん!そのための身体強化か?!なんでやねん!
ぐでっと手足を投げ出した状態で運ばれながら、よくわからない迷宮の作りにツッコミを入れる。
入り口も大人3人分ぐらいの高さがあるし、階段の幅は大きい。
それに合わせたのか通路も広くて天井も高い。
これによって頭上への警戒が難しくなっていると斥候職の人がぼやいていたのを思い出していると、いつの間にか階層主のフロアへと到着していた。
「ん?あの人アレやんな?あのーアレ。前助けたアレな人」
「アレな人はダメだろ。なんとなく言いたい事ははわかるが……」
呆れるスティング。
ウチらの前にはジャイアントスライムに向かって魔法を放つ、自称魔導士見習いがいた。
その先では伸びる触手を剣や盾で弾く人が8人、魔導士見習いと前衛の間に武具を持った人たちが数人いた。
その中には子供もいて、明らかに戦っている人と装備が違っていた。
恐らく奴隷だと思う。
「あ!ミミおるやん!
戦っている様子を部屋と部屋を繋ぐ通路の外から見ていると、武具を受け渡している子供の中でピンクの髪が目立っていた。
頭頂部には三角が二つ。
背負った袋の下には少ししんなりしている尻尾が垂れていた。
戦闘中だからか、楽しむ余裕もなくて振れないのだろう。
「知り合いか?」
「うん。あそこにおるピンクの子」
「半獣か……。俺は半獣でもなんとも思わねぇけどよ。エルは大丈夫なのか?」
「ウチは全然。だってミミウチより動けるんやで?人間より魔力が少ないとか、獣人より筋力が少ないなんて関係ないわ。しかも、耳と尻尾がもふもふやねんで」
「おう、そうか。エルの周りは?」
「アンリさんは気にしてないし、獣人のみんなも特に何も。組合長は好きにしてええって言ってくれたで。他の人はよう知らんけど、一緒にやった依頼の人たちは半分ぐらい嫌な目やったな。市場は……半分より多いかもしれんなぁ」
半獣も数はいないけれど、変わった種族の獣人も数はいない。
同じ少数とはいえ生まれの違いがここまで差別に繋がることを考えると、やるせない気持ちで体が重くなる。
買い物に行けば手渡しを拒まれ、平皿や小皿でお金のやり取りができればいい方で、中にはお釣りを渡さないと堂々宣言する人もいたぐらいだ。
ウチがハリセンで叩いたら吹っ飛んだけど。
組合へ報告に行っても、少し離れている間に絡まれていたこともあった。
好きで半獣として生まれたわけでもないのだから、せめてウチだけでも気にせずやり取りしたかった。
「スティングさんは半獣の人と付き合いあるん?」
「おう。なぜそう思ったんだ?」
「なんとなく。何とも思ってないらしいし、何かあったんかなーって」
「別の街で組んだことがあるんだ。そいつは虎の半獣だったんだが、手と耳と尻尾に獣が現れていてな。俺の魔闘を見て教えてくれって頭を下げられたから、まぁ、なんだ。しばらく付きっきりで教えたわけよ」
「弟子っちゅうことか」
「いや、そこまでじゃねぇさ。俺も人に教えられるほど強いわけじゃないし」
「ふーん」
弟子を取る条件などもあるのだと思う。
たまたま出会った相手に自分の全てを教えられるはずはなく、それでもいい関係を築けたから偏見がないようだ。
チェリッシュとジーンも半獣だからといって騒ぐことはなく、その理由は旅をする中でたくさん見た結果、そこまで気にするほどのものではないという考えに至ったからだった。
自分の部下になったり、友人の伴侶になるなど身近なことであれば何か思うことがあるかもしれないと付け加えられた。
すれ違う分には何も思わないけれど、関わるなら気になるらしい。
「ところで、ジャイアントスライムは倒されそうかな?見たところそこまで追い詰めれてないけど」
「魔力はまだまだある。魔法も表面を少し削る程度。先は長そう」
チェリッシュに言われたアンリが様子を伺った。
言う通りジャイアントスライムはほとんど減っておらず、遠くから魔導士見習いが放つ魔法は、直撃しても表面を揺らしたり凹ませるぐらいで、大したダメージを与えられているようには見えない。
アンリの見た魔力の流れが膨大で、触手を蠢かせるだけでなく、減った体積を一瞬で増やしているそうだ。
体内を駆け巡る魔石から魔力が出ると、それが溶解液となって体になっている。
「どうする?ウチが行ってハリセンで叩く?」
「いや、せめてピンチになるまでは何もするな」
「えー。でも、ミミが危ななったら行くで」
「人助けならいいんじゃねぇか。獲物を横取りしなけりゃあいつも文句は言わねぇだろ」
スティングが親指で示したのは自称魔導士見習い。
ジャイアントスライムの魔石を狙ってきているはずだから、ウチが乱入して倒したら素材の権利で揉めることになる。
例え攻撃が効いていないように見えてもだ。
「ボクとしてはしばらく見ていたいよ。どんな行動をするのか気になるし、聞いていた複数の属性をどう使うかもね」
「それをアンリさんに見てもらうことで色々わかるかもしれないですね」
「2人にとってはいい状況ってことかー」
「危なくなったら助ければいい」
「せやな。その時はアンリさん頼むで」
「任せて」
アンリに頼んだのはウチを投げることだ。
どう考えてもミミの危険を見てからウチが駆け出しても間に合うわけがない。
前にジャイアントスライムに向けてベアロがウチを投げたように、アンリ投げてもらうお願いをしてウチも観戦に徹する。
せっかくだから水と干し肉を用意してどっしりと腰を下ろした。
「じっくり見る気だな」
「ウチ以外が戦ってるとこ初めて見るし、これも勉強や」
「勉強というより観劇みたいだな」
「スティングは劇見たことあるん?」
「ねぇよ」
「ないんかい」
ウチの言葉にやれやれといった感じで手を軽く上げるスティング。
見たことないけれど、地面に直座りで干し肉を噛みちぎりながら見るものではないと思う。
・・・知らんけど。




