ガキはお互い様ですぅ〜
請負人組合は商人通りと門から入ってきた道の角に建っていた。
組合を出て正面の道をまっすぐ行けば、領主の館への道に続いている。
「これ全部組合?でかくない?宿屋の倍以上あるし、奥もすごいねんけど……」
「そうね。依頼の張り出しボードに、依頼の聞き取り相談場所。請負人の待機場所に交流用の食事処兼酒場。打ち合わせ用の個室に素材管理部屋。解体部屋に大中小の会議室。後は職員用の色々な部屋ってところかしら。職員しか入れない別の部屋もあるかもね」
「はぇー」
「口が空いたままになってるわ」
「ん」
建物を見上げて自然と開いた口を閉じる。
請負人組合の建物は十字に面した角を削るような形で建っていて、門からの道に扉が一つ。
商人通りの方に長く、こちらにはスイングドアが3つある。
高さは2階建てのように見えるけど、一部分だけ迫り出した3階がある。
屋根裏部屋の明かり取り用か、偉い人の部屋のどちらかではないだろうか。
スイングドアが3つあるのは利用客で分けているからで、領主の道に近い方から依頼人、請負人、食事処になっているそうだ。
「じゃあ真ん中のところから入って」
「ウチが先なん?」
「初めて入るんだから先の方が良いでしょう?」
「なんとなくわかる。ほな!行くでー!」
宿と同じように獣人サイズに開かれた入り口に向かう。
同じようにスイングドアは頭の上だが、あえて両手を上げて押し開こうとした。
しかし、予想していたよりも大きく重いドアは、少しだけ奥に動いただけで元の場所に戻ろうとする。
「うわっと」
「何してるのよ」
「ごめんごめん。気を取り直して!」
倒れそうになるウチを笑いながら支えてくれたキュークス。
少し恥ずかしい気持ちを抑え込んで、今度は片方のドアに体重をかけて押すと、軋む音をたてながらゆっくりと前に動いた。
「うぇ?!」
「どうしたの?」
「めっちゃ見られてる……」
「そりゃ、入り口で押し返されていればねぇ」
続けて苦笑しながら入ってきたキュークス。
正面の受付の人だけでなく、その隣の受付で何か話していた子供の3人組に、商談していたのか身形の整った人達、食事処で飲み食いしている中で近い席の人達が見ていた。
その全員が笑っておらず、真顔やポカンとしているのが少し嫌だ。
笑ってもらえる方が気持ちが助かる。
「こんにちはキュークスさん。本日はどうされましたか?」
「こんにちは。今日はこの子の請負人見習い申請に来たの。依頼の完了報告はガドルフから出すわ」
「その子は依頼先で出会った子ですか?」
「そうよ。詳細は後日になるわ」
「わかりました。では、手続きの準備をしますので、少々お待ちください」
顔馴染みの受付だったのか、キュークスは明るい茶色の髪を肩で切り揃えた綺麗な女性と軽く話した。
席を立った受付の人を見送って待つ間暇なので周囲を見回すと、ウチが入ってきた時に見てきた子供の3人組がまだこちらを見ていた。
他の人達は自分のすることに戻っているのだけれど、何か気を引くようなことがあっただろうか。
せいぜい請負人見習いに登録することぐらいだから、お互い子供なので見習い仲間だと思われているのかもしれない。
子供と言ってもウチより頭1つ以上大きいので、2、3歳は年上になると思う。
「お待たせしました。貴女にはこちらをどうぞ」
「おおきに!」
戻ってきた受付の人は数枚の紙と踏み台を持ってきてくれた。
隣の子供達なら見上げたら見えそうだけど、ウチの場合はカウンターで全然見えなくなる。
見習いのための踏み台かと思いきや、体格の小さな獣人にも対応するためにあり、普段は受付の内側に置いてあるのだが、別の受付に集中していたため取ってきたそうだ。
体格の小さな獣人がたくさんやってきたのだろうか。
「それではお名前を教えてください」
「ウチはエル!」
「エルちゃんですね。私はミューズと言います。受付担当ですので、依頼について分からないことがあれば聞いてくださいね」
「ミューズよろしく!」
「はい。よろしくお願いします」
ミューズは笑顔の可愛い大人の女性で、ピシッとした服を着ていて、ウチの名前を手元の紙に書いている。
請負人組合の制服は無いようで、他の受付の人や中で作業をしている人たちに統一感はない。
動きやすい服の人、ミューズと同じようにピシッとした服の人、ダボダボした服を着た獣人と様々だ。
質問等で組合の人に話したい場合はどうするのか気になったけど、基本的に受付の人に話して取り次いでもらうようで、少し離れた受付で話していた人が商談スペースに移動していた。
「現時点で必要なものは名前だけです。2日後の2の鐘から、請負人見習いになる子への説明がありますので、遅れずに来てください。何か質問はありますか?」
「2の鐘って?」
「この街やもっと大きな街では鐘の音で活動の区切りをつけています。鐘の音は街に住む民
ではなく領主様のお知らせですけどね」
そこから鐘の音についてミューズが教えてくれた。
日の出から少しして鳴る1の鐘は開門準備で、民にとっては起床と出勤の鐘。
1の鐘から少しして鳴る2の鐘は開門の合図で、店や仕事の開始となる。
日が頂点付近で鳴る3の鐘は昼食、日が傾いてから鳴る4の鐘は閉門準備で仕事の終わり。
日が落ちきる前に5の鐘が鳴り、閉門されて以降は通用口を通ることになるので、出入りの理由を兵士に尋ねられることになる。
民にとっては鐘を目安として行動しているだけであり、酒場などの夜に開けるお店では鐘の意味が逆転することもある。
音を出しているのは魔道具で、領主の館にはもっと細かく時間のわかる大きな置き時計の魔道具があるそうだが、とても高価な物なので、一般人が目にすることはない。
「2日後は動きやすい服装で来てください。運動能力の測定を行います。今日の格好であれば問題ありません。その他には、近いうちに体調診断を受けて、組合に報告してください。これについてはキュークスさんが付き添われますか?」
「えぇ。私がエルちゃんを連れて行くわ」
「わかりました。では、体調診断についてはキュークスさんにお任せします。こちらからは以上ですが、他に何かありますか?」
「ベランから推薦状を預かっているわ。これよ」
「はぁ?!そんなガキんちょに推薦状があるのかよ!」
2日後と体調診断の説明を受け、キュークスが推薦状を受付に置いたところ、隣から声が上がった。
そちらを見ると子供3人組の中で受付の人と話していた少年だった。
踏み台のおかげでウチの方が少し高くなっているので少し見下ろすように3人組を確認する。
男の子2人に女の子1人のパーティで、全員柄が短い槍と腰に剣を下げている。
防具は木の胸当てだけで、服装は着替える前のウチとほとんど変わらないシンプルな物だ。
周りの請負人と比べても装備が整っておらず、年も近いことから請負人見習いだと思われる。
「いきなり何なん?」
「何って、何でお前みたいなガキんちょに推薦状があるんだよ!装備も整ってるし、護衛もいる見習いなんて聞いたことないぞ!」
「キュークスは護衛ちゃうで。えっと……友達や!」
「はぁ?こんな年上の獣人が友達になってくれるわけないだろ!」
「エルは私の友達よ。依頼人じゃないわ。可愛いでしょ?」
話しかけてきた少年は金髪がツンツンと跳ねていて、眉間に皺を寄せて不満げな茶色い目でウチを見ていた。
推薦状はベランの好意やし、装備はキュークスに勧められた物だから言い返しづらい。
なので、護衛じゃないことを説明しようとしたけふぉ、ウチとの関係は難しい。
後見人ではないし、同居人と言うには住まいは宿なので違う。
なんとか捻り出した言葉は友達だったけど、キュークスは嬉しそうに目を細めながらウチの頭を撫でてきた。
くすぐったいのは頭なのか心なのかわからない。
「うっ。そ、そんなことはどうでもいい!なんで何もできそうにないガキんちょに推薦状があるんだよ!」
「推薦されたからよ。理由は個人の秘密」
「俺たちだって苦労してここに来たのに、こんなヘラヘラしたガキんちょが推薦もあるなんて……」
少年はウチの推薦理由がどうしても知りたいようで、キュークスが秘密と言っても退こうとしない。
推薦状に書かれている内容は固有魔法が使えるということのはずだけど、手の内を明かすのはダメだということだろうか。
・・・それよりもウチはヘラヘラしてた?街の中やから危機感はないけど、ウチも苦労してここまで来たし……。父上と母上もおらんようになったのに何で知りもしない奴に突っかかってこられなあかんねん。考えたらイライラしてきたわ!
「さっきからガキガキ言ってるけど、自分もウチとそんなに変わらんやろ!大人にガキって言われるのはまだええけど、同じガキにガキって言われたくないわ!」
「はぁ?!俺たちはガキじゃねぇよ!」
「じゃあ見習いじゃないんやな?」
「いや、今日見習い申請したばっかだけど……」
「ウチと同じやん!ガキや!」
「俺たちは草原ウサギも倒せるんだ!ガキじゃねぇ!」
「魔物を倒せたらガキじゃないんならウチもガキじゃないですぅ〜!ウチはスライム倒せますぅ〜!」
「お前みたいなチビがスライム倒せるわけないだろ!」
「倒せますぅ〜!これが証拠の魔石ですぅ〜!」
「なっ?!いや、後ろの獣人が倒したのかもしれないだろ!」
「倒したのはこの子よ。しかも、4匹」
「はぁ?!」
証拠の魔石を腰につけたポーチから取り出して見せた。
一瞬黙るも、ウチが倒した物じゃないかもしれないと難癖をつけ始める少年。
キュークスが倒した数を伝えて驚き固まったけど、魔石を抜き取るところを見ていない少年は信じていないだろう。
無理に信じてもらう必要もないが。
「スライムを倒せるから推薦状貰えたのかよ……」
「おい、もう止めろって!」
「ごめんなさい!私たちからきつく言っておきますので!」
さらに何か言いそうな少年を残りの少年が止め、少女が勢いよく頭を下げて引っ張って行く。
周りから注目されているのが耐えられなかったのだろうか。
受付の奥だけでなく、食事処や商談スペースの人達もウチらを見ている。
これ以上騒ぐと怒られると考えたのかもしれない。
でも、本人から謝られていない以上、ウチが許すつもりはないので……。
「あっかんべぇ〜!!」
「なっ!」
「いいから!」
「本当にごめんなさい!」
左目の下を引っ張りながら、舌を出して見送った。
何か言いそうになったところを引っ張られていったので、さらに舌を出しながら視線を上に向けて、顔の横で両手の指をピロピロと動かした。
3人組が居なくなった後、色んなところから笑い声が上がったけど、やりきったウチとしては満足である。




