奴隷の使い方
「ふん。この僕を助けて縁ができたんだ。喜ぶといいさ」
「助けた言うてるで」
周りの男たちは頭を抱えていた。
助けてもらってないと言い張っていたのに、仲間の1人がそれを覆したからだ。
微妙な空気を纏う剣や槍を持った男たちと、なぜか胸を張って不敵な笑みを浮かべている杖を持ったローブの男。
スティングもどうすればいいのかわからず、視線を彷徨わせながら顔をぽりぽりと掻いている。
どうすればいいかわからない空気になっているせいか誰も話さない。
聞こえてないかもしれないので、念のためもう一度言ってみることにした。
「なぁ、あの人助けてもろた言うてたで」
「あぁそうだよ!助けてもらえたよ!ありがとうございます〜!!救助料はおいくらでしょうか〜!!」
ウチの再度の指摘で剣を持った男の人が声を荒げる。
別に救助料を取るつもりはないのだけど、取られる前提で話されるのは何故だろうか。
首を傾げながらスティングを見ると困った顔でこちらを見てくる。
対応をお願いしたのになぜ見てくるのだろうか。
「あー、エルはどうしたい?」
「どうとは?」
「救助料の金額だ」
「えぇ〜。別にいらんねんけど」
「それはダメだ。無償で助けてもらえると考えた奴が近づいてくることになるぞ」
「うわっ!それは面倒や!じゃあなんぼにすればええん?」
「基本言い値で、あとは助けられた側の交渉次第ってところだ。まぁ、迷宮だから多少多くするのが通例だな……1人金貨1枚ってところか?」
「ふーん。魔法薬より安いんやな」
ウチが初めてジャイアントスライムを倒した後に手に入れた魔法薬は、1本金貨2枚でライテ小迷宮伯に売った。
この人たちの命の値段はその半分というわけだ。
「魔法薬と比べるのか……。どう考えても金貨は高額だぞ……。パン1個で銅貨1枚、銀貨1枚で10,000個、金貨1枚なら100,000,000個だ」
「じゃあこの人たちでパン400,000,000個ってことか」
「そうだけどそうじゃねぇ!あー、外で助けたら銀貨2、3枚程度のお礼金で済むんだ。それが迷宮の深いところだから探索するにしても準備や進行、人員の手配で金がかかる。その依頼料を考えると金貨払いでちょうど良くなるんだ」
「なるほどなー」
「本当にわかったのか?」
「なんとなく?」
返答にため息を返してきたスティング。
なんとなくわかっているから十分だと思う。
救助に行く場合人を雇ったり、その人が活動するための物資が必要になる。
迷宮の深いところであれば道中の魔物も強くなり、食料などもたくさん消費する。
その分高額になることはもちろんわかるけれど、金貨1枚が妥当かはわからない。
掃除依頼の報酬は銀貨数枚で、それだけでも十分食事は取れるし宿にも泊まれる。
それが何十日も生活できる金額になるのだ。
命に価値を付ける方が良くないけれど、揉めないために請求するのは仕方ないのだろう。
「ほんで、そっちは金貨1枚でいいん?」
「できればもう少し安くしてほしいが……」
「そうだ!俺たちがこの広間で倒したスライムの魔石を譲る!それで手を打ってくれないか?」
「なぜだ!僕たちが倒したじゃないか!金貨1枚ぐらい払えばいい!」
「旦那にとっての金貨と俺たちの金貨の価値は違うんですよ!それとも俺たちの金貨も払ってくれるんですか?!」
「もちろんだとも!」
「「「払ってくれるんですか!!」」」
「払うんかい!」
思わずウチも言ってしまうぐらい驚いた。
1人金貨1枚と言われていたから、自分の分は自分で払うものだという認識で、向こうの人たちも自称魔導士見習い以外は同じ認識だった。
スティングも軽く口を開いて自称魔導士見習いを見ているので、請負人としての考えではないようだ。
「僕が依頼して雇ったのだから、依頼が終わるまで面倒を見るのは当然だろう?宿代や食事代と変わらないさ!なんて言ったって僕は魔導士見習いだからね」
「いや、それは関係ないやろ」
ボソッと呟いただけなので、1番遠い自称魔導士見習いには聞こえなかったようだけど、少なくともウチに近いスティングとチェリッシュ、ジーンには聞こえていたようだ。
全員床を見たり天井を見たりと視線を逸らすのに忙しそう。
「それで、なぜ大量のスライムに襲われてたんだ?」
気を取り直したスティングが請負人に聞いた。
意図して自称魔導士見習いから顔を逸らしているようだけど、気のせいではないだろう。
当の本人に気にした様子がないのは幸いだ。
説明は雇った人たちがするものだと思っているのかもしれない。
あるいは自分に向けて聞かれたわけではないと割り切っているのかも。
「俺たちは旦那に雇われた請負人だ。スライムの魔石を狙ってこの階層まで来た。他のフロアは何度も通っているからな」
「この街の請負人か」
「あぁ。護衛依頼を受けたんだ。そしてこの階で属性付きを相手にしてある程度戦えるようになったから、ここよりも小さい小部屋に挑んだんだが……」
「数にやられたのか」
「そうだ。前後左右に気を取られているうちに天井から近づいてきた奴がいてな。ポーターとして買った奴隷が食われたんだ。そいつらが持ってた袋にはスライムの魔石が入っていて、それを取り込んだビッグスライムがすごい勢いで分裂したんだよ。いやぁ〜あれには焦ったぜ……」
「スライムに魔石を入れたら分裂するの?!」
「お、おう。外はどうかしらねぇが、少なくともここのスライムは分裂したぞ」
「盲点だったよ。魔物に魔石を与えたら魔力が増して強くなるから実験してなかった」
突然話に入ってきたかと思えば、返答を聞いてぶつぶつと自分の世界に入ったチェリッシュ。
それを見た説明係の請負人はちょっと引いている。
スティングに「なんだこいつ?」と聞いていたが、魔物研究家だから気にするなと言われてとりあえず納得したようだ。
それで納得されるのもどうかと思う。
それに、人が死んでいるのに誰も悲しそうにしていない。
やはり奴隷だからだろうか。
ウチとしても目の前で死んでしまったらショックを受けるはずだけど、挑んでる間に襲われたと聞かされるだけなら他人事で、ほんの少し驚いた程度だ。
親しくないから死んでしまったのなら仕方ないと割り切れるのだろう。
それよりも気になることがある。
「なぁなぁ。ポーターが奴隷って言ってたけど、それって普通なん?」
「ん?そういやなんで子供が……。あぁ、魔石狩りか。っと、すまんポーターの件だな。奴隷は一般的とまでは言わないが、報酬の取り分を多くするために使ってるやつは多いぞ。今回は俺たちもだ」
「んー?なんで取り分多なるん?」
「奴隷の主人が素材を独り占めできるからだ。今回の場合は俺になるが、管理も俺が担当する。奴隷を一時的に借りるだけでもいいんだが、何度も挑戦する予定でな。慣れた方がいいということで購入することになったんだ。2回目の探索で失うとは思ってなかったから大損だ……。はぁ……」
「その費用も僕持ちだけどね!」
「それでもですよ旦那」
「そうです。勿体無いです」
奴隷の費用を出しておきながら主人は請負人というよくわからないことをしている。
もしかすると管理するのが面倒だったのかもしれない。
食事や寝床の面倒を見るのが主人の役目だから、それが嫌なら奴隷は買えない。
でも、ポーターとして荷物を持つだけの人員が欲しかったのだろう。
「とりあえず助けたから俺たちは行くが、そっちはどうするんだ?」
「ポーターに持たせていた予備の武器も無くなったから戻るしかねぇな。旦那がいりゃ戻るだけならいけるだろ」
「そうか。じゃあこれで終わりだ。気をつけてな」
「あぁ。そっちもな」
言葉を交わした後、自称魔導士見習いを囲んで移動を始めた。
距離が近いせいで捕らえて連行しているようにも見える。
そんな請負人たちを見送ってウチらも進もうとしたところ、遠くからまた奴隷を買わないといけないと盛り上がっている声が聞こえた。




