スライムの生態
「ほないくで」
「よろしく!」
チェリッシュに一声かけてからスライムに対してツプリと手を突っ込む。
スライムも負けじとウチを取り込むために触手を伸ばしたり、手を伝って体を這ってこようとしてくる。
だけど、固有魔法のおかげで直接触れられることはないから、溶解液で体が溶けることもなく突き進むことができる。
ウチの手から逃げようとするスライムの魔石を、上手く両手で退路を塞いで握り込むと、スライムの膜が弾けて溶解液が洞窟に溢れ出す。
そうして残ったのは魔石を右手で握りこんだウチだけになった。
「おぉ〜!これはすごいね!」
「ですね!これなら溶解液も集めることができそうです!」
「ん?ほとんど無駄になってるけど、それを掬うん?」
「いえいえ。これを用意してきたので問題なく取れます」
ジーンが取り出したのは組み立て式の大きな木枠だった。
深さがウチの腰ぐらいしかないお風呂に見えなくもないそれは、ウチが寝転べるぐらい広い四角になる。
ビッグスライムを中に入れて魔石を抜き取ることで、膜が消えた後のスライム液が木枠の中に溜まる作りだ。
上手く誘導できたとしても壁を乗り越えてもらわなければ入らないと思っていたら、ジーンから固有魔法で動けなくしてから運ぶと言われて納得した。
「これでいいですね。じゃあエルさんお願いします」
「任せときぃ!」
念のためにウチを背負子に乗せて背負ったジーンが、ビッグスライムを拘束で掴んで木枠の中に入れた。
拘束している間は掴んでいる部分と一体化するらしく、身体強化は必要だけれど持ち上げることは可能だった。
どこでも身体強化は大活躍だなという感想を抱きつつ、枠の中で蠢いているビッグスライムに近づく。
ウチを取り込もうとこちらに寄ってきて、触手を伸ばしたり頭上から覆い被さろうとしてくる。
そこに向かって飛び込もうとしたけれど、腰まである木枠を飛び越えることはできないから、ゆっくりと跨いで向こう側へ行く。
普通ならその間にスライムの中へと取り込まれるのだけど、問題なく中へ入って魔石を狙う。
木枠で動きが制限されているおかげか、簡単に追い詰めて掴むことができた。
「問題なくスライム液が取れますね」
「そうだね!ただ、エルちゃんがスライムの体内で動き回ってるのに慣れるのは、もうしばらくかかりそうだよ……」
「あぁ。見た目に良くないよなぁ」
よいしょと木枠を跨いで戻ると、ジーンはスライム液の確認、チェリッシュとスティングはスライム越しに見るウチが気になるようで、少し疲れているようだ。
ジーンは鉄の棒を突っ込んだり、持ち手のついた瓶でスライム液を掬ったりしている。
そこにチェリッシュが混ざると調査開始なので、しばらくこの場所から動けない。
通路の前後をウチとスティングで警戒するだけだ。
「調査終わったよ!」
「片付けも終わりました」
「ほーい。じゃあ次行こかー」
調査結果は迷宮の外にいる普通サイズのスライムよりも強力な溶解液を有しており、移動速度や触手の伸びる速度も上だった。
恐らく膜の耐久性も少しは増えているはずだけど、それはどこかにタイミングでチェリッシュが剣を刺して確認することになっていた。
一度に全部済ませようとするウチとは違って、研究家はいろいろな工程に分け、しかもそれを複数回繰り返して検証する。
しかもその後に報告書を作り、場合によっては他の魔物研究家や調査した魔物が生息している領地の貴族に説明することもある。
一度だけならまだしも、ずっとそんな生活を続けるのはウチには無理だ。
「やっぱり膜も分厚くなってたよ!体積が増えたから当然だね!」
「膜は回収できへんの?」
「真っ先に溶解液で溶けてるからねぇ〜。スライムが生きている間は魔力が流れることで強化されていると予想しているんだけど、エルちゃんはどう思う?」
「ウチに聞くん?う〜ん……トマトスライムとか蜂蜜酒スライムの皮は残ったから、チェリッシュさんの考えでええと思うけど……。属性付きのスライムも中身溶解液やったし、残らんのは溶けてるでええんちゃう?知らんけど」
「エルちゃんならどうにかしてスライムの膜を取れないかな?」
「つまむ感じにすればええんやろか?次試してみるわ」
「よろしくね!」
そして次のビッグスライムでは、魔石を取る前に膜を取ろうと頑張った。
ウチの固有魔法によって押しのけられるように形を変えるから、手を突っ込むだけでは取れない。
一定以上押し込むと裂けるように開き、溶解液の中に手が入っていく。
そこで手を返して膜部分を追っても、形が変わって逃げられてしまい、中と外で挟もうとしてもウチが動くことでスライム全体が歪んでしまう。
「エルさん。僕と協力しましょう」
「ん?あ!合体やな!」
悩んでいると背負子を背負ったジーンが声をかけてきた。
背負子に乗ってジーンに背中を預けると、スライムへと近づき、片手で触れると拘束した。
空いた手でナイフを取り出し、ゆっくりと膜を切っていったけれど、切り取れた瞬間に溶解液の中へと沈んで溶けてしまった。
どうやら切り離されると拘束の範囲外になるようだ。
・・・確かになぁ。何かの魔物をしたとして、攻撃して足がちぎれたら拘束されている体からは離れる。それでもその足が拘束されてたら固有魔法だからって言われて片付きそうやけど、ジーンの固有魔法はそうやないみたい。なんかウチの固有魔法がおかしい気がするなぁ。まぁ、他を知らんけど。
結局ジーンが半分以上切ったところで体を横に向け、拘束が解けないよう注意しつつウチが手で持ちながら残りの部分を切り取ることで採取できた。
ナイフで切るというよりも、固有魔法がかかっていることで無理やり引きちぎったような感じだったけど。
その一連を見ていたチェリッシュは満足そうに、スティングはなぜジーンがエルを背負ったのか聞いてきた。
拘束すれば動けないから攻撃されることはないのではと疑問に思ったそうだが、ジーンによると魔力量が多い相手だと拘束できないし、生き物は害されそうになると瞬間的に魔力を放出して抵抗してくることがあり、その時に拘束が解けたこともあるらしい。
ウチを背負えば万が一があっても大丈夫ということで協力して採取に挑んでいる。
「あー。あれだな。追い詰めた魔物から手痛い反撃を喰らうやつだ。調子に乗ってるとそういうことが起きる」
「スティングもそういう目にあったん?」
「おう。拳を強化できるようになった直後ぐらいの時にクマ系の魔物で腕試ししたんだ。そん時に普通は魔法を使えないはずの魔物が爪で切り裂いたかのような風魔法を使ってきたんだ」
「おぉ……。それはびっくりするな。ほんでどうなったん?」
「放ってきた魔法は殴って逸らせたんだが、その後に突っ込んできたクマの一撃を受けて逃げたな。手負いで戦える相手じゃなかったぜ。最終的に俺よりも熟練の請負人が出張って倒したっけなぁ」
「属性を発露したんだね」
スティングと話しているとチェリッシュが会話に入ってきた。
チェリッシュの説明をしっかり聞いたところによると、属性を帯びた魔力が多い場所で活動すると、魔石の魔力がその属性に染まることがある。
その状態で魔力を放てば属性魔法が使える……と考えられている。
魔物なら属性を帯びれるのに、人間が属性を帯びた魔物が多数目撃されるところで何年も生活しても属性は得られず、その地で生まれた子供でもダメだった。
魔力をほとんど使った魔石ですら属性付きの魔石に変質するにも関わらず、その地で死んだ人間の中から取り出される魔石は無属性ばかりだ。
獣人もほとんどが無属性だが、一部の種族は火や風、水を得ているけれど、それも種族によるものだとされている。
つまり、魔物が自身の魔力を使って属性付きの魔法を使ってくることは何ら不思議ではないということだった。
「スライムも同じなん?」
「属性付きは同じはずだよ。無属性のスライムを火山に放置したら火属性になったこともあるからね」
「鉄の箱に入れて放置することで何とか溶かされる前に変わるところまで確認できました」
「ただ、回収する前に別の魔物が箱を壊して食べちゃったんだ。給料が箱で飛んでいったからしばらく節約生活だったよ。はぁ……」
「そうですね……」
思い出しため息を吐くチェリッシュと、それに引っ張られて遠い目をするジーン。
研究のために道具を用意したのに、結果は証拠となるものが確保できずに論文だけ。
それでも調査結果は他の魔物研究家に喜ばれたんだけど、報奨金は出ずに終わって金欠になったというわけだった。
ウチもお金の使い方は慎重にと忠告を貰った。
「変質したスライムについては、同じものを吸収し続けた場合、その物が持っている魔力に染まって変質していると予想しているんだ」
「トマトが持ってる魔力に染まるってこと?」
「そういうこと。そして溶解液より質量が増えることで膜が厚くなって、破れても溶けることなく残ってるんだ。恐らくだけど」
「研究所でスライムを捕まえて、同じ食べ物を与え続けても変質しないんですよ。与える量が足りないのか、他に原因があるかはわかりませんが」
「食べ物もねー。たくさん用意するのにお金がかかるから……。あーあ、どこかにいい出資者いないかなー」
魔物研究家が集まる研究所が迷宮王国の中で唯一大迷宮のある街に存在するそうだ。
研究費は貴族から徴収される税で賄われていて、有用な結果を残せば報奨金が出る。
他にもその土地に寄り添った研究をすることで貴族のお抱えになることもあり、そうなれば支給される研究費とは別にお金が使えるのでさらに研究できるという流れが生まれる。
ただし、何年も結果が出ない場合は放逐されて、フィールドワーク専門に逆戻りすることもある。
チェリッシュとジーンはフィールドワーク中心で、発表することがあれば研究所宛に論文や素材を送り、場合によっては発表のために行くこともあるらしい。
「大変そうやな〜」
「他人事だと思ってー。どう?エルちゃんも研究家にならない?その固有魔法は有効だよ?」
「遠慮するわー。面倒そうやし」
「そっか。残念だよ」
面倒の一言で片付けたのに残念そうにない。
さらには機会があればまた護衛してほしいと言われたので、その時は指名してほしいということで話が終わった。
・・・背負子あれば付いてくぐらいええけどな。護衛としては微妙やけども。




