魔拳のスティング
迷宮で食べる保存食の買い出しや、ランディのところに行って魔道具の構想という名の暇つぶしをして過ごすと、あっという間に約束した日になった。
商店が仕事を始める2の鐘が鳴る前に集合場所である迷宮入り口前についたにも関わらず、そこにはすでに到着していた魔物研究家のチェリッシュ、その助手のジーンに加えてもう1人男の人がいた。
遠目でも分かるほど高い背は、ジーンより少し低いぐらいで、がっちりと横幅のあるジーンと比べるとシュッとしながらも鍛えられた筋肉が服の下からでも分かるぐらい胸筋や腕をアピールしている。
青みがかかった黒髪は短く揃えられており、鋭い目つきは子供から見ると少し怖いぐらいで、不敵な笑みを浮かべていると悪い人に見えてしまう。
装備は軽装で、革製の胸鎧と後腰にナイフを着けていて、その他は丈夫そうな服が出ているだけだった。
よく見ると手には手甲が嵌められていたけれど、拳と手の甲ぐらいしか覆われておらず、手首は剥き出しだった。
あれだとほとんど守れないのではないかと思いつつ近づいていくと、ジーンがウチに気づいて手招きしてきた。
「おはようさん」
「おはようございます」
「エルちゃんおはよう」
「ん?2人の知り合いか?この時間にここに居るってことはどこかの屋台を手伝う娘ってところか?親父想いのいい娘じゃねぇか」
「ちゃうちゃう。ウチはこの2人の案内役や。護衛は……1人だけならなんとかなるかも?」
「護衛依頼なのに正直なところ、ボクは好きだよ!」
「できないことをはっきりと言われるとこちらも覚悟ができるので助かります」
男の人の勝手な想像を否定しつつウチにできることを言ったら、その護衛対象の2人がうんうんと頷いてくれた。
ウチの固有魔法について説明済みだから、ウチの背中にくっ付けば守れることは知られている。
紐で結びつければ1人は確実に生きて帰れるということで、怒られるどころか感謝されたぐらいだ。
街の外よりも魔物と遭遇する確率の高い迷宮に自ら進んで潜るから、怪我を負うことや最悪命を落とすことは織り込み済みだった。
そんな中1人だけでも確実に生きて帰れるのなら、その時点で元気な方を逃がそうと簡単に結論が出たことにもウチは驚いた。
魔物研究家を生業にしていると、研究対象に殺されるなんてことは普通にある話で、2人もいつかはそうなるだろうと笑って語っていたことにさらに驚く。
そうまでして魔物研究家になったのは給金がいいのと、学ぶ支援をしてもらった時の契約でもあるそうで、そこは詳しく教えてくれなかった。
「いやいやいやいや!まてまてまて!え?!なんだ?!お嬢ちゃんが鬼婆が言ってた魔石狩り?!」
「せやで!」
「確かに俺が傷つけられる相手じゃねぇが……訳がわからなくなってきぜ……」
男の人は膝を開いたまましゃがみ込み、両手で頭を抱えながら唸っている。
鬼婆というのはベルデローナのことを指しているのだろう。
ウチからすると優しくもあり、厳しくもあるお婆ちゃんと言うにはまだ早いという印象だけど、弟子になると色々あるのだと思う。
そして、唸っている男の人にどう説明されたのか話を聞いた。
「俺が鬼婆から指定された依頼という名の修行を終えて家で休憩しているとよぉ、いつもの如くズカズカと入ってきた鬼婆から新しい修行内容だと依頼書を渡されたんだ。まぁ、これはいつものことだからいいんだが……」
「ええんかい」
「あぁ、もう慣れた。そんで、その時によぉ。『あんたじゃ傷ひとつ付けられない魔石狩りという請負人も一緒に受けるんだ。せいぜい手柄を取られないように気をつけな。あと、そうだね、背負子を持って行くといい。課題はビッグスライムを自分で50体討伐することだ。』って言われてよぉ。確かにこんな嬢ちゃんを殴るのは無理だわ。少なくとも武器を持って襲いかかって来ない限りはなぁ……」
そう言ってまた項垂れるのは、ベルデローナに揶揄われたと思ったからだろう。
言いつけ通りに背負子を持ってきているところから、ベルデローナを疑うようなことはしていないはずだ。
そしてその背負子はウチを運ぶための物で、なぜそのあたりの説明をしていないのだろうかと首を傾げつつも、ウチの説明をすることにした。
「言葉足らずじゃねぇか!くっそぉ!あの鬼婆〜!!」
「というか、ウチのこと組合で見たことないん?話ぐらいは聞いててもおかしないけど……」
自惚れでもなんでもない。
子供がスライム階層に挑んでいることで勝手に有名になっている。
ライテで請負人をしていれば、見たことがなくても話を一度は耳にするらしく、これはベルデローナの指示でウチという存在をある程度周知させることで、ウチの魔石を狙うようなことが起きないようにしている。
「あー、俺はしばらく各地を巡ってたんだ。修行の一環でな。ここに戻ってきたのは昨日だ」
「そうなんやな。なら知らんくても仕方ないな〜。ほんで、お兄さんの名前は何なん?ウチはさっき伝えたで」
「おぉ!すまねぇ!俺はスティング!魔拳のスティングだ!」
手甲をぶつけ合わせてガンッと音を立て、左拳と左足を前に出し、右手右足を引いて構える。
そしてウチにはほとんど見えないほどの速さでパンチを何度か放ち、元の姿勢に戻るスティング。
どうやら2つ名と共に名乗るポーズもあるようだ。
「ええなぁ……格好えぇ……。ウチもポーズほしいなぁ……」
「そうだろそうだろ!エルも考えるといいぞ!」
「そうするわ!んで、魔剣はどこなん?剣ないやん」
ウチは首を傾げながらスティングの装備を見直した。
やはり刃物は後腰にあるナイフしかない。
チェリッシュとジーンはポーズが格好いいかどうか話し合っていて、不思議に思っているチェリッシュに対してジーンがそういう年頃なのだと説明していた。
かつては自分もそういうことを考えていたとこぼしてしまったせいで、どんなポーズを思いついたのか執拗に聞かれている。
「あぁー、俺の拳は剣じゃなくて拳の拳だ」
「殴るってこと?」
「あぁ」
「魔は魔力やんな?」
「魔力で殴るん?」
「魔力でめちゃくちゃ強化して殴るんだ!」
「ほー」
つまり身体強化した格闘家ということだ。
普通よりも強化するのだろうけど、いまいち強さがわからない。
武器がない分相手に接近しないといけないから、その分攻撃を受けることが増える。
さらに見た目は……怖いけど、パッと見てわかる武器がない分装備がないことで舐められて絡まれることもありそう。
絡む側かもしれないけど。
「あ!信じてないな!」
「いや、強さがわからんだけやで」
「ならこれを見ろ!」
スティングは右拳をウチの目の前に持ってきた。
手甲に覆われたそれをじっと見ていると、すぐにぼんやりと光出した。
明るい外でも光っていることがわかる不思議な現象に目を奪われていると、スティングがニヤリと笑いながら口を開いた。
「どうだ!すげぇだろ!」
「せやな。夜に水飲んだりお手洗い行く時に便利そうやわ」
「そういう使い方するならライトスティックの方がいいだろうが!」
「確かに。じゃあなんなん。薄っすら光ってるだけやん」
「あぁ?お前鬼婆と仲良いのに知らねぇのか?」
「何のことかわからんけど、知らんと思う」
「マジかよ……」
呆然とするスティング。
そこからベルデローナに関する説明が始まった。
ベルデローナやスティングは魔闘と呼ばれる、突き詰めた身体強化を使って己の体だけで戦い、ベルデローナはその中でも全身を均一に強化することができるそうだ。
スティングはまだ拳から肘に届かないぐらいまでしか突き詰められておらず、残りの部位は普通の身体強化より少し強くできる程度らしい。
ベルデローナからの紹介ということで、てっきりウチは魔闘のことを知っていると思われていて、魔力を込めて拳を光らせることができれば理解してもらえると考えていたスティング。
・・・組合長と話すのは街のこととか請負人のこと、後はウチのことが中心やからなー。組合長やから戦えるのは知ってたけど、どう戦うかは聞いてないわ。それにしても身体強化を突き詰める戦い方か……ウチには無理やな。
「待たせてすまん!」
「別にいいよー。顔合わせはしっかりしておいた方がいいからね」
「よろしくお願いします」
「よし!じゃあ行くか!じゃあエル」
「やっぱそうやんな。背負子はウチ用やんな。
「エルが言ったんじゃねぇか。背中合わせになったら固有魔法の影響を受けるって」
「せやけど、これはどうなん?」
ウチの前には背負子を背負ったジーンが、ウチに背中を向けている。
てっきりスティングに背負われると思っていたから驚いた。
スティングいわく護衛なのだから1人を守るのは当然で、体格的にウチを背負うとしたらチェリッシュではなくジーンになる。
護衛する側としても1人を守るだけで済むからやりやすくなり、ウチの歩行に合わせなくて良いから移動も早いと良いことずくめだった。
「まぁ、ええけどな」
ウチの軽量袋はスティングが背負い、ウチはジーンに背負われて迷宮へ入る。
もちろん入る前にジーンが固有魔法の影響を受けていることを、石をぶつけて確認した。




