ぬいぐるみみたい
朝や。
隣のベッドではキュークスがまだ寝ている。
窓から外を見ると薄暗く、少し早く目覚めてしまったようだ。
・・・何か嫌な夢を見たような気がするけど、思い出せん。その割にはスッキリしとるから、疲れは取れてると思うけど、夢の内容は気になるな〜。
「ふぁ〜……エルちゃんおはよう」
「おはようさん」
「準備をしたら朝食よ」
「は〜い」
ぼーっと明るくなっていく景色を見ていると、キュークスが伸びをしながら起きてきた。
寝巻きから普段着に着替えて、共同の洗面台で顔を洗って髪を整えてから食堂へ向かう。
ウチは固有魔法のおかげで汚れが付かず、キュークスはそんなウチが毛を梳かしているので、元々の固かった毛質から柔らかくなったので寝癖がなく、軽く整えるだけで済む。
「2人ともおはよう」
「おはよう」
「おはようさん」
「ベアロは飲み過ぎたのね……。いつものことだけど懲りないわねぇ」
キュークスがため息をついた。
ガドルフの隣では、しょんぼりと肩を落として背中を丸めて微動だにしないベアロが座っている。
挨拶すら返せないほどなのにここにいるのは、ガドルフに連れてこられたからだと思う。
「おっ、お待たせしましたっ!朝食ですっ!」
「わぁ……」
朝食はいつもの硬いパンが切られて焼かれたもの、ウチでも食べ切れるぐらいのサラダ、野菜と薄切りお肉のスープだ。
でも、ウチが驚いたのは朝食の内容ではなく、運んできた人についてだ。
・・・子供や!子供の獣人や!!たぬき?たぬきやんな!ということは女将さんの子供!めっちゃ可愛い!ふわふわの毛、くりくりキラキラした瞳、何よりウチと同じぐらいの身長に、たぬき特有の体毛で少し横に膨らんだ体!小さな体に合わせたエプロンに丸い耳!ぬいぐるみが歩いてるで!ウチもほしい!
「ほわぁ……お人形みたい……」
「ウチはエル!自分ふわふわで可愛いなぁ!」
「ありがとう……でも、エルちゃんの方が可愛いよ。えっと、わたしはポコナって言います。あの、サラダは子供には苦いので塩で食べてねっ!」
ポコナは配膳に使ったお盆で口元を覆いながら、急いで厨房へと戻っていった。
ズボンに空けた穴から出ている尻尾が揺れていて、思わず釘付けになってしまう。
キュークスの毛が真っ直ぐでさらさらとした尻尾とは違って、短めの毛が少し横に膨らんだボリュームたっぷり尻尾なので、ギュッと掴んでみたくなった。
「エルちゃんの周りに子供はいなかったの?」
「ウチより小さい子はおらんかったなぁ。大きい子はみんな働いててあんま喋ることなかったわ」
「そうなのね。なら、同年代の子と遊ぶのもいい経験になるから、時間ができたら話しかけてみるといいわ。確かポコナちゃんも6歳だったはずよ」
「そうなんや!でも、ウチと遊んでくれるやろか……」
「きっと大丈夫よ。お店のお手伝いがない時はポコナちゃんも遊びに行ってるはずだし」
「そっか。なら、今度話してみる!」
思い出せる遊びは、家の周りを駆け回ったり、枝を振り回したり、石を集めたりしていただけで、誰かと遊んだことはない。
誘って断られることを想像したら少し怖いけど、頑張って話しかけると決意した。
そんなやりとりをしている間も、ポコナは配膳に勤しんでいて、他のお客さんから頭を撫でられていた。
・・・ずるい!ウチも撫でたいし、ブラッシングしたい!撫でられて耳がピクピクするのとか最高やん!ええな〜。
「ところで、この後はどうするつもりだ?俺は宿で待機するとして、ベアロは……」
「寝る」
「だよな。キュークスとエルはどうする?」
「エルちゃんの着替えを買いに行って、そのあと請負人見習いの登録に行くつもり」
「そうか。なら、後でベランからの推薦状を渡そう」
苦い野菜に塩をかけて食べているうちに、他の3人は食べ終わっていた。
そして、この後の予定を話していたのだが、ウチには聞き捨てならないことがあった。
請負人見習いになるのは望んだことなので問題ない。
でも、服を買うことは想定外だ。
「服は今のやつじゃあかんの?」
「今の服は畑仕事用の服を子供用に短くしたようなものよ。さすがにそれでは請負人ですとは言えないわね」
言われてキュークスの服を見る。
体に合わせた長袖の上下は余っている部分はなく、ズボンの裾はブーツに入れて引っかからないようになっている。
ベルトに小さなポーチを付けていたり、戦うための装備はしていなくても、多少は対応できるようにしている。
比べてウチは無地の上下に皮の靴。
裾はぶかぶかで折り返して着ている。
ベルトの代わりに紐で縛り、ポーチはおろか自分用の鞄もない。
ここまでくる途中に使った着替えは麻袋に入れて部屋に置いてあるが、ベランから貰った物資は全部同じものだ。
唯一違うのは、助けられた時に着ていた服だけになる。
「今のエルちゃんが請負人見習いだと名乗っても、子供の遊びにしか見られないわ。そんな子が来ても依頼ができるか不安になるから、格好は大事なのよ。荷物を入れる袋もないのに採取に行きますと言われても不安でしょう?」
「せやな。たしかに格好は大事や。それに仕事をするための道具も色々集めないとあかんことがわかったわ」
うんうんと頷きながら考える。
明らかに子供なウチが手ぶらで依頼を受けますと言っても、子供は早く家に帰りなさいと言われるだけで終わる。
近くで何かを採取するにしても、持ち帰るための袋が必要だし、魔物に襲われるような場所に行くなら武器や防具がないと身を守れないと思われる。
ウチが依頼する側だったらそんな人に採取の依頼を受けて欲しくない。
「道具や武器、防具は追々だぞ。まだ戦う方法も知らないのに無駄に買う必要はないし、自分に合った仕事がわかるまで道具を買う必要はない。街中の依頼に必要な物は請負人組合で貸し出してくれるはずだ。とりあえず、しっかりと体に合った服と、物を持ち運ぶための袋か背負えるリュックだな」
「そうね。後は休んでいる時の普段着かしら」
「そんなに買うん?でも、ウチはお金持ってないで。スライムの魔石渡せばええ?」
「エルちゃんの面倒を見ると言ったのは私よ。少なくとも請負人として独り立ちするまで必要な物は用意するわ。でも、エルちゃんが気にするなら、働いた報酬で返してくれてもいいわよ。別にお金じゃなくて物でも食事でもいいし」
「わかった。考えとく」
気にしていたお金のことについては、後で返してもいいと言われたので、ウチの中では返すことに決定した。
流石に何もかもを用意してもらうのは気がひけるので、できるだけ早く働けるようになりたい。
そのためにスライムを乱獲することも致し方がないかもしれない。
「それじゃあ行きましょうか」
「はーい」
食事を終えて、ガドルフから推薦状を受け取ったので、宿から出る。
宣言通りガドルフは宿で待機し、ベアロは寝ている。
ちなみに、食後にのそのそと部屋に戻るベアロは、ただの熊に見えるほどぐったりしていた。
お酒を飲めるようになっても控えめにしようと誓うのは仕方がないと思う。
「中古の服を取り扱っているお店に行くわよ」
「はーい。キュークスの服も中古なん?」
「私のは魔物の素材を渡して作ってもらったものね。普通の布とは違うから頑丈なの」
「へー。ウチが今着てるのはそういうのじゃないんやんな?」
「そうよ。エルちゃんが着ているのは戦ったり、結界の外に出ないような人達が着る服。街中で暮らす分には魔物の素材で作った服は過剰だから、そういった人達は、注文して体に合った物を作ってもらうか、決まった大きさの新しい服を買うか、中古で済ませるの。肉体労働をする人やお金を持っている人は魔物素材の服を着ることもあるけど」
「つまりお高い?」
「素材を持ち込めば少しは抑えられるけど、お高いわね」
「やっぱり!」
魔物の素材を使うと普通の布より強度が増し、元になる魔物によっては特殊な効果が付くため、戦いを仕事にしている者から討伐と素材の回収依頼もある。
加工するにも手間が増えるため、素材収集と合わせると非常にお金がかかる。
そんな物を見習いが使っていれば悪目立ちするため、周囲に合わせて中古の服を買う。
キュークスとしても、固有魔法があるため過度な装備を与えるつもりはなく、見習いに気が合う人がいればパーティを組んで安全に依頼を受けてほしいと思っているらしい。
「着いたわ。それじゃあさっと終わらせましょうか」
「お手柔らかに!」
女性の買い物は時間がかかるという言葉があるように、中古服を買うのにも時間がかかる。
主にキュークスと店員さんが盛り上がっていて、ウチは言われた通りに着替えるだけだった。
中古といっても継ぎ接ぎだらけではなく、体に合わなくなったので売ったような物がほとんど。
その結果、普段着は少しだけ袖や襟に少しレースがあるワンピースを色違いで3着。
仕事用に体に合わせて丈を調節してもらったズボンとシャツ、フード付きマントと背負える麻袋、肩にかけることができる麻袋、ベルトとベルトに付けられる小さなポーチを2つ、ブーツを買ってもらった。
「強くなった気がする!」
「気のせいよ」
・・・着替えてる時はあんなにテンション上がってたのに、終わったら急に辛辣やない?まぁ、服が変わっただけやし仕方ないか!
「それじゃあ次は請負人組合よ」
「いよいよやな!」
わくわくする気持ちのまま、服屋を後にした。




