トマトスライム液料理
昼寝から起きると陽がオレンジに輝いていて、もう少ししたら夕食を作る時間になる。
ウチはトマトスライム液が入った小樽を一つ持ってリビングへと向かった。
リビングではキュークスとアンリが水を飲みながらぼーっとしていた。
食事の用意をするまでやることがないからだ。
「よく寝ていたわね」
「迷宮帰りで疲れてたからやろなぁ。はいこれお土産」
「小さな樽?なにか果物でも買ったの?」
「ざんね〜ん!ハズレ!」
「じゃあ飲み物?」
「それもハズレ〜。正解はトマトスライム液でした〜」
そう言った瞬間、話を聞くだけだったアンリが椅子から立ち上がり、素早く近づいてきて小樽を眼帯のない右目で凝視してきた。
眼帯に嵌め込まれている魔石も薄ら光っているから、魔力も見ているのだろう。
そんなアンリを苦笑を浮かべて抑えたキュークスも、視線は小樽に向けられているので気になってはいるのだろう。
「へぇ。これが噂に聞くスライム液なのね」
「薄ら魔力が宿っている。恐らく腐りづらい」
「なんで効果までわかるん?」
「流れ」
「んー?」
「液を覆うように流れている」
「へー」
言われてもウチには見えないのでよくわからない。
外の影響から魔力で守るように覆っているのだろうか。
そんなことを考えている間に2人はコップの水を飲み干し、小樽の前に置いた。
その無言の圧力に屈したわけではないけれど、さっと掬って2人に渡す。
「美味しい……トマトの美味しいところだけが濃くなっているようね……」
「……」
キュークスは感想を言いながら楽しんでいて、アンリは無言でちびちびと飲んでいる。
残り3小樽あるのでもっと飲んでもらってもいいのだけど、それを伝えてないことに気づいた。
ただ、伝えても飲むペースは変わらず、理由を聞くと美味しいけれど濃すぎるからゆっくり飲む程度で丁度いいと返ってきた。
ウチはごくごく飲めたけど、人によっては厳しいようだ。
よく思い出してみるとダンたちもゆっくり飲んでいた気がするのだが、テンションが上がっていたのではっきりとはしない。
「それで、このスライム液を出してきたのはどうしてかしら?」
「料理に使おうと思ってんねんけど、あかん?」
「そうね……使う分には問題ないわ。……そうよねアンリ」
「魔力的には問題ない」
「ありがとう。ただ、上手く調理できるかはわからないわ」
「味が濃いから?」
「それもあるけど、扱ったことのない食材を使って、いきなり美味しい料理が作れるのは才能よ」
「なるほどなー。トマトやけど全然ちゃうもんな」
同じ材料でも取れた時期で味が変わり、それに合った塩加減や付け合わせを考える必要がある。
トマトは潰してスープにするか、切ってサラダ添える食べ方ばかりだ。
液状なのでスープにするとしても、温めるだけでもスープになりそうなほど味が濃いから、何を加えるか悩みながら料理する必要があるだろう。
しかし、ウチはすでに作りたいものがある。
トマトスライム液を飲んだ時に頭の中に浮かんだ料理が食べたい。
「ウチ食べたいものが思い浮かんでん」
「わかったわ。わたしとアンリが手伝えばいいのね」
ドレッシングやバーガー、カツなどのおかげでウチの頭に浮かんできた料理はとりあえず作ってみるということになっている。
ウチの身長が足りないので踏み台を使って2人と同じような高さになり、厨房に材料を用意していく。
アンリはサラダとドレッシング担当で、キュークスが火加減担当となり、ウチが指示を出す。
そうして出来たのはウチが持って返ってきたジャイアントロックスネークの肉を、炒めたトマトスライム液に塩で味付けして、スライスしたタマネギとピーマン、香り付けに数種類のハーブを千切ったもの。
更に濃厚トマトスープも作り、パンとサラダを添える。
ベアロには蜂蜜酒スライム液、他はグレープスライム液をウチの水で薄めたものが飲み物だ。
「随分豪勢だな」
「スライム液手に入れたし、なんか作りたくなるやん?」
「いや、普通は大事に飲むか売るかするはずだが」
「そういうもんなんか」
ウチの感想に全員が頷く。
ベアロでさえ売る方に同意するとは思わなかった。
どうやら簡単には手に入らない嗜好品として高値で取引されていて、運良く手に入れた人は軽く味わってから残りを売却するのが通例となっている。
液体ミスリルほど希少ではないけれど、少なくとも小迷宮で取れる素材としては、深い階層の迷宮主の素材ぐらい価値はあると判断された。
・・・どれだけ高価でも売らんけどな。少なくともお金に困ってない間は。お裾分けぐらいならええけど……せや!せっかくやしポコナに送ろう!請負人組合で配達依頼できるし、ええやろ!
「か〜!!!!言われてた通りきついなこれ!!だが美味い!!」
「えー普通に呑めるん。何でなん」
「気合いだ!と言いたいところだが、これは蜂蜜酒だろう!故郷では濃いものもあったからいけるんだ!まぁ、比べものにならないぐらい濃厚だがな!」
ベアロは上機嫌に酒を呑む。
しかし、いつもは水のように呑んでいて、小樽1つなら余裕で空けられるはずなのに、今日はちびちび呑んでいる。
それだけ濃いのか、ゆっくり味わうものと判断されたのかはわからないけど、喜んでいるのでよしとした。
「水で薄めたはずなのに濃いな」
「そうね。でも、そのまま飲むより喉越しがいいわ。すっと通るようになったもの」
「エルの水の効果」
「へぇ。普通の水だとどうなるんだ?」
「これ」
「美味いのは美味いが、ちょっと質は落ちるな。喉にも絡むというか、後に残るというか……」
「知らずに呑めば美味しいで片付く差よ。上を知らなければいいもの。
「うーん。ウチはそのままでもええんやけどなぁ。甘くて美味いし」
水で薄めたグレープは水が重要なようで、ウチから取る水だと飲みやすい。
そして、口を潤したところでメインに手を伸ばす。
「美味い!」
「これはいいな。甘さと酸味が肉の旨みを引き立てている」
「パンにつけても美味しいわ」
「タマネギもいい焼き加減で甘いわ。アンリさんどない?」
「美味」
「エルは肉より野菜が好きよね」
「お肉が嫌いなんちゃうねんけど、野菜の方が色んな味が楽しめて好きやな。ピーマンとか苦くて青臭いのに、それがたまらん味やん?」
「いや、普通の子供はそれが嫌になるんだが……」
「ガドルフも?」
「あぁ。俺も昔はピーマン、ニンジン、キノコ類と色々ダメだった。今は香り付けが強くなければなんでも食べられるが」
「へー」
それぞれの好きな食べ物の話で盛り上がる。
ただ、そこで違和感があった。
誰が話しても料理ではなく素材の話ばかりだったからだ。
肉が好きな獣人組は何の肉かと部位と焼き加減、アンリは意外とキノコ類だったけれど、あくまで好きなキノコの品種を言うだけだった。
「好きな材料はわかったけど、料理はないん?」
「ん?俺は獣の尻尾亭で食べる自家製サラダだな」
「わたしは故郷で獲って食べていた川魚かしら」
「俺はハチミツだな!」
「エルの水」
「アンリさんのは料理ちゃうやん。ベアロもキュークスも素材やし。ガドルフも結局素材のおいしさやん」
「そうは言ってもなぁ。メニューに載る料理なんて貴族や豪商の行く店かお抱えの料理人が作るぐらいだぞ。俺たちの食事は固くて黒い保存目的のパンに野菜と肉を煮込んだスープ、野菜のサラダに肉や野菜の炒め物。串に刺して焼くか鉄板で焼くかの違いはあれどそんなもんだ」
「もちろん素材の組み合わせや塩加減で味が変わるから、どこのお店のスープが美味しいなんて話しにもなるわ。でも、基本的には素材の味が食事の味よ」
「そういうもんか……。じゃあこれは?」
ウチは今日のメインディッシュ『ジャイアントロックスネーク肉のトマトとタマネギ炒め(名前はまだない)』を指しながら聞く。
「これは間違いなく料理だな」
「いや、スープや肉焼くのも料理やん」
「あー、メニューに載せれるということだ」
「名前はまだないけどな」
何とも言えない目でウチを見るガドルフ。
ウチがツッコむからだと思われるけど、たった2回でその目はやめてほしい。
もっとやり取りしてもツッコむつもりだったのに、ガドルフはそれ以上何も言わなかった。
それを苦笑しながら見ていたキュークスが続きを話す。
「つまり、エルが考案したドレッシングやカツもメニューに載せられる料理になるわ」
「ドレッシングは料理というより味付け用やけどな」
「それでも混ぜるもので色々味が変わるのよ?サラダに加えてどのドレッシングにするか考えるのも楽しいわ」
「確かに」
「獣の尻尾亭でもバーガーやドレッシングが流行っただろう!カツも売れていたし、これも作れば売れるだろうな!」
ベアロの言葉にポコナと一緒にウサカツを作った時のことを思い出した。
そしてメニューに取り入れたことで、元々新鮮野菜で有名だった獣人御用達の宿兼食事処がさらに有名になっている。
別れた時にはメニューが増えたことで料理の出が良くなり、料理人の手が足りなくなりそうだったことまで思い出せる。
この状態でポコナ宛にトマトスライム液を送って良いのだろうか。
もっと客先が増えそうな気がする。
ウチはそれを踏まえて送って良いかどうかをみんなに聞いてみた。
「送るのは構わない。それはエルの物だからな。何か面倒が起きるかもしれないということを分かった上でならという条件付きだが」
「お金になる物やもんなー」
「そもそも今回の料理はトマトスライム液を使うのよね。無くなったらどうするのよ?エルのことだからレシピ付きで送るつもりだったんでしょう?」
「せやな。せっかくやし美味しい物作れるようになった方がええなと思ったんやけど……」
スライム液をめぐって面倒が起こるならトマトスライム液は送らない。
グレープスライム液だけを送って、水で薄めて飲めばいい。
送った結果、お金に困って売りに出すならそれもまた良しということで、ウチは納得できる。
それよりもキュークスの指摘の方がウチには痛い。
いや、スライム液を狙ってポコナたちが襲われるようなことがあればそれの比じゃないだろうけど。
「別にスライム液で作る必要はねぇだろ。スライムがトマト食べすぎた結果変わったんなら、トマトを使って同じような物作れば良いじゃねぇか。それならレシピだけ送って終わりだろ?」
「それや!ベアロの言う通りやな!」
スライム液を使わなければスライム液に関する面倒は起きないし、美味しいものも広まる。
ポコナを喜ばせたいなら家で楽しんでもらうよう手紙に書けば、グレープの方は送っても良いだろう。
美味しいものは広めたいから、客に出した時の危険性も書いて出せばいい。
そうと決まれば早速明日からスライム液を使わずに作れるよう研究しよう。
ポコナに手伝って貰えばポコナの料理の腕もあがるし、ウチの負担は減るから助かる。
「エル、一応今思いついていることはわたしたちに共有しなさい。依頼を受けている間に変なことになったら困るもの」
やる気に満ちたウチを落ち着かせるように、キュークスがやることを聞き取った。
結果、誰か大人が一緒であれば料理の研究をしても良いことになったけど、家では大人を呼びづらい。
ガドルフたちも依頼を受けていない時もある。
なので、グレープスライム液を送っても良いか確認を含めて組合長のベルデローナに相談するようにと指示を受けた。
・・・相談するのはええけど、どこで作ることになるんやろ。料理できる請負人を雇って家でかなぁ?




