濃縮されたトマトと……
「よし。魔石抜いてもいいぞ」
「了解や!うわ〜……液無くなったらしわしわやん。これ持って帰ったら売れる?」
「どうだろう……見た目は……しわしわ以外わからないが」
「とりあえず持って帰ろかな」
「そうするか」
スライム液を抜き取ったことで皮と魔石だけになったスライム。
魔石を抜き取っても皮は弾けることがなかったから、持って帰ることにした。
感触はぷにぷにしている布のような感じで、色はトマトの赤。
もちろん香りもトマト。
「それにしても、抜き取っていく最中はおもろかったな!」
「そうだな。俺たちが過去に見たのは普通の大きさだったから、ビッグになるだけでここまで面倒だとは想定してなかったぞ」
おじさんがため息を吐きながらトマトスライムの皮をたたんでいく。
しかし、たたみ方が雑だったから、ウチが取り上げて綺麗に端を合わせてたたみ直す。
そうしながらも思い出すのは液を抜かれていくビッグトマトスライムのことだ。
最初は上から伸びたところに筒を刺して液を取っていた。
しかし、そこから出れないとわかると逃げることを諦めたのか、元に戻って伸びなくなった。
持久戦かと思いきや、ウチらが届かないスライムの頭上へと体を伸ばし、伸ばした部分を振り回すように勢いをつけて叩きつけてきたことには驚いた。
てっきりそのまま逃げるのかと思っていたので全員反応が遅れてしまう。
幸いその攻撃はウチを狙っていたから、誰も怪我を負うことなく済み、反動でスライム液を少し撒き散らすことにはなったものの、また筒を刺すことに成功した。
少しするとスライム液が減った分小さくなったおかげで、盾だけで押し込めるようになり、わざと隙間を作って伸びてきた部分から液を取ることを繰り返す。
そうしてしわしわのスライムが完成した。
「それじゃあお待ちかねの実食だ!」
「よっしゃー!」
「これだけ採れたら俺たちも持って帰れるぜ!」
「トマトじゃなけりゃあなぁ……」
片付けも済み、樽を人数で頭分けした。
パーティで分けるべきだと言われたけれど、事前に取り決めしたわけではないため簡単に済む方法にした。
そうしないと1人だけのウチが1/3も手に入れてしまうから、申し訳ないと感じてしまうのだ。
そして、改めてジャイアントロックスネーク以降の素材やその買取金は、人数で割ることに決定した。
一時的なパーティなので細かく決めて揉めるより、ウチが少し損したとしてもスッキリ動ける方がいい。
「じゃあウチも……美っっ味!!!!!なにこれ!!めっちゃ美味いやん!!水々しいトマトやのに味めっちゃ濃い!!甘味が強いけど酸味がないわけじゃなくスッキリさせてくる!!トマトを潰して出てくるかじゅうとは全然違う!!うっまぁ!!」
「お、落ち着けよ」
「確かに美味い。だが、トマトだ」
「あー……これは売れるな」
「トマトなら煮物にも使えるかもな」
「子供でも進んで飲むなこれ」
思わず叫んでしまった。
それを1番喋るおじさん……ダンに抑えられている間に、他の人たちも飲んでいる。
落ち着いたこともあり、ここでようやく自己紹介をすることになった。
名乗るのを忘れたままジャイアントロックスネークを倒し、流れで一緒に行動してしまっていたのだ。
向こうはウチを魔石狩りとして認識していて、ウチはおじさん達としか認識していなかった上に、特に名前を呼ぶタイミングもなく安全に進めていたのも原因の一つだった。
「それでダンさん。この後はどうするん?」
「こっちとしてはもう少し探索したい。エルの方は?」
「ウチは最後に階層主を倒させてくれたらそれでええから、探索するのは問題ないで。あ!階層主の素材は分けられへんからウチだけで倒すな」
「それはいいが、倒せるのか?」
「これで1発やねん」
「まさにスライム特化だな」
ハリセンを振りながら答えると納得してくれた。
そして濃厚なトマトの味を楽しむのは帰ってからに決め、探索を再開する。
地図を埋めるように進んだ結果、グレープのビッグスライムに遭遇、濃厚なグレープの香りに思わず涎が垂れそうになるのを必死で抑えながら倒した。
その様子を見ていたおじさん達が分け合って、2樽多めにくれたことには両手をあげて飛び跳ねるほど喜んだ。
そして道中何度も普通のビッグスライムとの戦闘を繰り返しながら進んでいくと、鼻に付く香りが漂ってきた。
「うっ!なにこれ!なんか変な匂いする!」
「ん?あー、こりゃあれだ。深酒した時の匂いだな」
「お酒?言われてみればベアロがベロベロに酔った時の匂いに似てる気がする……。でも、お酒もスライムになるん?」
「聞いたことはないが……。いるってことはなるんだろうな。スライムを酒樽に放り込んだらできるのか?」
「その場合どれだけの酒樽がいるんだろうな」
「それよりも飲めるかどうかだ。濃い酒だぞ。美味いのか?」
「それは飲めばわかる。いくぞ!」
「あ!ウチより前に出たら危ないかもしれへんで!」
酒を前にした請負人の特性なのか、全員揃って進み出した。
その速度はウチのことを簡単に置いていくぐらいで、急いで跡を追った。
幸い匂いの元となるスライム近くまで他のスライムと遭遇しなかったから良かった。
しかし、近づくと別の問題も出てきてしまう。
「うわ〜、匂いめっちゃ濃いやん」
「あぁ……こりゃ香りだけで酔っちまいそうだ」
「エルはよく平気だな。将来の大酒飲みか?」
「お酒はまだよくわからんわ〜。それに匂いは強くなったけど、そんなに?」
「酒の霧に包まれてるってぐらい濃い匂いだぞ」
「俺気持ち悪くなってきた……」
「お前1番酒に弱いよな」
顔を顰めながら進んでいるおじさん達の中で、1人だけ顔色が悪くなった人がいた。
ダンとは違うパーティの斥候でロビスだ。
動けなくなるほどではないけれど、あまり先に進みたくないぐらいに匂い濃いらしい。
お酒好きな請負人が嫌がるほどの匂いをウチが平気なのは、固有魔法のおかげだろう。
恐らく嗅いでも大丈夫なぐらいまで匂いを制限してくれているのだと思う。
それを説明してから、念のため全員が鼻と口を布で覆って先に進むことにした。
口元を覆って武器を持ったおじさん6人を引き連れるウチは、周りから見るとどんな風に映っているのだろうか。
「あれか」
「黄色っぽいな。何味なんやろ」
「ワインではないだろう。エールか?」
「いや、少し甘い匂いもしているから、恐らく蜂蜜酒、ミードだな」
「へー。ハチミツのお酒」
「甘めだが、ハチミツを想像して飲むとそこまで甘くないって感じの酒で、喉に少し絡むんだ。水で薄めて飲んだりするやつだな」
「俺飲んだことないわ」
「エールやワインより高いからな。恐らく原材料のハチミツが料理にも使える上に安定して取れないからだと思うが」
少しオレンジがかった黄色のビッグスライム。
どうやらハチミツを使ったお酒だそうだ。
そのスライムを見ながらお酒について話すおじさん達を集め、どうやって倒すか考えることにした。
あまり長時間押さえるのは、酔いが回りそうで難しいと判断されたからだ。
「押さえる側が足りないか」
「距離を空けて休憩するにしても、匂いの届かない場所まで戻るのは時間がかかるぞ」
「酔ってる時に身体強化は下手すると倒れるな」
「そうなん?」
「あぁ。上手くやらないと酔いが加速するんだ」
「うわ怖」
「すまんが、俺は無理だ。周囲の警戒に回る」
「だろうな。となると壁を薄くするか、採取を1人でやるしかないか」
ロビスは少し下がってウチから取れた水を飲み、休みながら周辺を警戒することになった。
水を飲んでホッとしているロビスを傍に置き、どう動きを封じるか相談する。
ウチと盾4枚を使ってどうにか壁に押し込めるぐらい大きいスライムのため、盾を減らすのは包囲から逃げられる可能性が高くなる。
もしも逃げられると振り回した触手で殴られるか、横から突進を受けることになる。
採取を1人でやる場合、ナイフで切り込みを入れて筒を差し込み、その先に樽を置いて満たされたら交換。
スライム液が出なくなれば別の場所に切り込みを入れてとなるため、なかなかに忙しくなる。
素材を無駄にすれば採取できると言ったら、お酒が勿体無いと5人から拒否されたから、大人しく考えることに徹する。
・・・好きなものを無駄にしろと言われるのは嫌やわな。ウチもグレープ果汁捨てとって言われたら全力でハリセン振り回すわ。後はどうやって動きを止めるかやけど……ウチが盾2枚持てたら解決するんやけどなぁ。デカすぎるし、持てても縁だけやから支えられへんわ。
「仕方ない!樽が交換しやすいようできるだけ準備して挑むぞ!」
「それしかないか」
採取を1人ですることで合意した。
一応ウチからの案で、盾をウチが持つことで弾けるようになることは伝えたけれど、持ち続けられないので却下された。
不安な案より確実な方法を取ることで、命の安全も確保している。
傷つかないことからウチはその辺りの考えが疎かになっていて、時にそれは同行者を危険に晒すかもしれないから注意するようにと先輩請負人から指導も受けた。
過去に起きた危険だった時の話を伺いつつ、道具の準備を進めた。
「よし!壁側に流した!」
「エル頼む!」
「わかった!」
3体目ともなると慣れたもので、2回突進を受けるだけで壁際に追いやることができた。
4人横に並ばず流す方を下げるといいらしいが、ウチにはできないため頭の片隅にそっと置いておく。
「うぉっ!これはきついな……」
「まさか濃い蜂蜜酒がこんなにキツいとは……」
「ウチには美味しそうに感じてきたんやけど……」
「つくづく便利な能力だな。毒持ちが多いところの素材採取で重宝されそうだ」
「せやな。ちゃんと弾けることを確認してからやけど」
伸びてきたところからスライム液を取り出したところ、匂いが一気に増した。
その結果盾役全員が匂いにやられているようだ。
ウチは酒臭さよりもその奥にあるハチミツの香りを感じ取ることができたから、何か食べたくなってしまう。
それを誤魔化すように振られた話題に食いついていく。
中迷宮の中には森林があり、そこでは毒や麻痺など多彩な毒持ちの魔物が出てくる。
その魔物の生息域にはなかなか出回らない薬草やキノコ、毒で倒れて傷の少ない魔物がいたりする。
そういった素材を中心に採取する請負人もいるそうだが、万が一毒に侵された時に使う解毒剤が必要な分依頼料が非常に高いそうだ。
それでもひっきりなしに依頼が飛び込んでくるため、本人は同じような請負人を育てるようになったという話で締め括られた。
「気をつけろ!上からくるぞ!」
「いや!横からだ!」
「うぉぉぉ!くっ!やっぱり重いな!ちくしょう!」
「カバーは俺とエルでいくぞ!」
「任せとき!」
壁際に追い込まれたスライムは、今のところ確実に上に触手を伸ばして攻撃してくる。
2体目までは上からの振り下ろしで、真ん中にいるウチを狙ってきていたが、今回は横に振りかぶって左端の盾役を狙ってきた。
なんとか後退するだけで済んだものの、盾のなくなったところからビッグ蜂蜜酒スライムが出ていこうとしたのを、ダンとウチで塞ぎにかかる。
その間に体勢を立て直した盾役がウチらが移動したところに収まり、正面からの流出を防ぐ。
後はウチらで押さえた飛び出た部分から液を抜き取れば対応完了となる。
「あー……なんとかなったな……」
「樽が1個無駄になったが、まぁ試飲する分はあるぞ」
「酔った状態で戦うのがこんなに辛いとは思ってなかった……」
スライム液をほとんど採り、ウチが魔石を抜き取ったら全員座り込んでしまった。
漂う匂いに酒精もあったのか、しっかり酔ってしまっている。
そのため踏ん張りが効かず何度もスライムに押し返され、挙げ句の果てには採取している途中の樽に倒れ込む有様だった。
それでも軽い打ち身だけで済んでいるのはベテランゆえなのだろう。
「お疲れさ〜ん」
「1人だけ元気だな」
「せやけど、ウチはそろそろ眠いで……ふぁぁ〜……」
「そりゃまずい。早めに階層主前の広場まで行くぞ!」
片付けが済んだら急いで移動した。
ウチは軽量袋ごとダンに抱えられ、ダンが持っていた素材の袋は他の人が持つ。
そして身体強化を全開にして、道中のスライムを全て無視しながら階層主前の広場まで起きている間にやってこれた。
「とりあえず軽くでいいから食え」
「うん」
パンと焼いたヘビ肉でお腹を膨らませ、緩慢な動作で寝床を整える。
おじさん達は素材の整理をするようだけど、ウチはもう限界だった。
目を閉じた瞬間意識を手放すほど疲れていたようだ。




