変わったスライム探索
ジャイアントロックスネークを食べ、休んだ翌日。
今度はスープにヘビ肉を入れて、硬いパンを浸しながら食べた。
「ほんで、おじさん達は何でスライム階層に行くん?みんな近接武器やん。危なない?」
「おー。あんな戦い方をするのにスライムに近接戦は良くないことを知ってるんだな」
「せやで。教えてくれる人たちがええからな」
「そりゃなによりだ。で、俺たちの目的だが、変わったスライムの話は知ってる……よな。俺たちより詳しいだろ」
「あー……ウチはいつも同じ道しか通ってないから出会ってないねん。目的は鉱石系?野菜系?果物系?」
「そうなのか。そいつは残念だ。獲物は両方のパーティが果物系だな」
詳しければおおよその出る場所を教えてもらおうと思っていたと溢すおじさん。
もちろん報酬を払うつもりだったそうだが、あいにくウチはベルデローナから話を聞いただけだ。
地図を書く練習もしていないから、以前ミスリルスライムと遭遇したところへ向かうぐらいしか考えていない。
それよりも近接戦闘パーティでどうやってスライムと戦うつもりなのかが気になる。
「スライム階層のスライムはウチを簡単に丸呑みできるぐらい大きいねんで。剣や斧で大丈夫なん?」
「魔力を流すからある程度持つさ。それよりもそっちは……あぁ、呑まれないのか」
「せやで。ウチは直接魔石採るねん」
「それは……楽だな」
どうやらおじさん達は武器が消耗するのは織り込み済みらしい。
そうまでして果物系のスライムを狙う理由は何だろうか。
依頼の報酬がいいからか、素材として高価だからぐらいしか思いつかないけど、請負人が動く理由のほとんどがこれなので、おじさん達が挑むのも普通な気がしてきた。
もしかしたらウチと同じで美味し物が欲しいだけかもしれないけれど。
「なんで果物系のスライム狙うん?」
「濃い果汁が欲しいという依頼を受けたからってのと、後は久々に口にしたいからだ」
「へ?食べたことあるん?」
「ああ、まぁな。もっとも子供の頃に野菜系のスライムから取れた液体だったが、それでも野菜嫌いな子供でもグビグビ飲めるほど美味かったぞ」
「へぇ〜どういう味なん?」
「倒されたのはニンジンスライムだから、ニンジンを濃くしたものなんだが、これがすげぇんだ。青臭さが全然なくて、ニンジンの甘味が際立ってる。それも嫌な濃さじゃなくて喉越しもサラッとしているからコップ1杯が一瞬で無くなったほどだ」
「ほうほう」
こんな話をしていると、おじさんのパーティメンバーもやって来て詳しく話してくれた。
全員同じ農村出身で、子供の頃にひどい嵐が続いた時があったそうだ。
ほとんどの作物がダメになり、領地への報告や片付けなど色んなことに大人が忙しくしている間、子供達は協力して幼い子供の面倒を見ていた。
最初は寄り合い所で遊んでいたが、やはり子供たちは久々の晴れ間に外で遊びたいらしく、畑近くの大人が駆けつけられる場所で遊んでいた。
結界の魔道具で魔物は入ってこないとはいえ、何が起きるかわからないから遊ぶ場所は指定されていたらしい。
そうして体を動かして遊んでいると、結界の外に作った畑に見慣れない物があると小さな子供が騒ぎ出した。
子供たちで集まり結界越しに見ていると、頭の天辺あたりが緑色で残りが濃いオレンジ色のスライムが数体飛び跳ねていた。
親と一緒に草むしりをした時に見るスライムは透明なものばかりだったから、不思議に思って全員で見ていると、それに気づいた大人達が集まってきた。
そしてニンジンスライムに気づくと大慌てで色々な道具を用意して、一斉に狩りにでたそうだ。
「その畑がニンジン畑やったん?」
「そうだ。そして、今思い出してみると倒したスライムの数と比べて振る舞われたニンジン液が合ってないな」
「あー、それはあれだ。報告時に提出して売りに出したはずだぞ。その結果、税はなんとかなったんだ。たしか」
「そうだったのか」
「野菜とかの売るもんダメになってるもんなぁ」
途中から入ってきたおじさんがそんなことをなぜ知っているのかというと、村長の4男だったからだった。
最初に話していた人ともう1人は普通の農家生まれで、腕っぷしに自身のある村長の息子と3人合わせて請負人になり、出会いと別れを繰り返して今ここにいる。
一時期はもっと人数が多かったこともあったが、喧嘩別れや死別に結婚を機に引退など色々経験したそうだ。
「まぁ、俺たちの話はいいじゃねぇか。そんでだ。せっかくだから向こうのパーティと一緒に果物系を探すことにしたんだが、魔石狩り来るか?」
「ウチは1人でもスライム倒せるで?」
「それは普通のスライムだろ?野菜系や果物系は普通に倒すと半分以上無駄になるぞ」
「そうなん?!」
「あぁ。だから俺たちがやり方を教えるから普通のスライムを倒すの手伝ってくれ」
「ええで!」
「よし決まりだ!」
引き続き合同パーティで進むことになった。
そこで揉めるのが隊列なのだが、地図を持っているのがウチで、さらに攻撃されても大丈夫なこと、頭上と背後は無理なので任せると伝えるとさっさと階段へと向かう。
おじさん達からすると子供を前にやることへ抵抗があるようだが、ジャイアントロックスネークの件もあるので今更だ。
そう指摘するとバツが悪そうな表情を浮かべて口を閉じたけど、その表情は全然可愛くない。
せめてミミやポコナが拗ねる時に浮かべて欲しい表情である。
「いや〜、それ反則だろう」
「スライムって弾け飛ぶんだな」
「しかも、あの大きさだ。向こう側にいたら絶対痛いぞ」
「お前次は向こう側で盾構えてろよ」
「絶対嫌だ!」
迷宮に笑い声が響く。
ハリセンで叩いたスライムが飛び散るのを目にした結果だった。
魔石を拾って戻ると、過去にニンジンスライムに遭遇したことのある請負人が難しい顔でこちらを見ている。
「もっと優しく倒すことはできないか?」
「できるで!」
次はスライムにウチが突っ込み、中の魔石を抜き取る方法を披露した。
ほらっと得意げに振り向いたけれど、おじさんはまだ難しい顔をしている。
ウチの前には魔石を抜き取られて溶けるように広がっているスライムだったもの。
溶解液を包んでいた薄い膜の上に溶解液が広がっている状態だ。
「その方法もダメだな」
「これもあかんのか〜。なんでなん?」
「溶解液が広がるように流れて床に溢れてるだろう。これじゃあ瓶にほとんど入れられない。液体がねばねばしていたり纏まっていれば話は違うがな」
「たしかに。じゃあどうするん?」
「持ち上げるのさ」
「スライムを?」
「スライムを」
「ウチを丸呑みにする大きさやで?」
「それでもさ。そのために俺たちがいる」
むんと腕に力を込めてアピールするおじさんたち。
鍛えられた腕は逞しく、安心感もあるので嫌いじゃない。
むしろ細くて頼りないより好きだ。
そして、スライムの液や変わったスライムについての情報も詳しく教えてもらった。
変化したスライムはその対象物しか吸収しなくなるのはベルデローナから聞いていたからおさらいだけで済む。
液については金属系が粘りのあるもので濃くなればなるほどもったりするので、魔石を抜き取る方法ならある程度回収できるはず。
野菜系と果物系はどろりとしてはいるものの、どこかを掬えば残りがついてくるようなものではないからウチの方法でほとんどが無駄になる。
・・・初めて会った変わったスライムが鉱石系のミスリルスライムで良かったわ。それでもある程度床に流れていって無駄になってるはずやし、おっちゃんたちのやり方を学ばせてもらおか。持ち上げなあかんから1人では無理そうやけど……。
「じゃあここから先はウチの持ってる地図には描いてないところやから、描くのはお願いやで」
「おう。任せてくれ」
「自分の地図に写すのは安全なところでな」
「もちろん」
いつもの道を進んで地図に描かれていないところまで来た。
道中のスライムは全てウチが……という流れではなく、今後も潜ることがあるだろうということで、それぞれで手分けするように倒している。
そしてこの先に進む際の地図作成を体よく押し付けることに成功したから、ウチの足取りは軽い。
先頭を歩くのだから当然という顔でお願いしておいた。
もちろん報酬として地図を写す約束もしていて、ウチからするとスライム液の取り方を教えてもらうのだから貰いすぎかと思ったけど、向こうのほうが色々助かっているのでむしろ進んで描くぐらいだと言われた。
情報の価値や貢献度の違いはまだよくわからないので勉強あるのみだ。
・・・ウチとしては貸し1ぐらいやねんけど、おっちゃんらからすると何日もかけて進んで、戦闘などで消耗しながら作る地図をタダでもらえるようなもんやしなー。描いてくれてスライム液の取り方教えてくれるだけで十分やのになぁ。だって時間かけても教えてもらわれへんかもしれへんやん。考える事多くて面倒やわぁ。
「ん?あれはどう?なんかいい匂いするで」
「これは……トマトか?」
「げっ!よりによってトマトかよ……俺嫌いなんだよなぁ……」
「お前野菜全般嫌いじゃねぇか」
「青臭くて美味くねぇし、塩じゃあいい感じにならないからな」
火属性のスライムは赤みがかった透明なのだが、通路の奥にいるのは真っ赤な丸だ。
申し訳程度に頭上が緑色になっているところに野菜感が出ている。
これで葉っぱが生えていたら巨大なトマトそのものなのだが、それはそれでそういう魔物がいるらしい。
そして、トマト嫌いで盛り上がっているおじさん達は、話しながらも色々なものを取り出して準備していく。
縦長の盾を複数に金属の筒、刃が厚めのナイフを数本、たくさんの小さめの樽だ。
「手順を説明するぞ。ああいう変わったスライムは溶解液を飛ばしてこなくなり、ずっしりと重くなった体で突撃してくるんだ。どうやら溶解成分が無くなっているらしい。そして、突撃してきたところを受け止めて盾で持ち上げる。後はその筒をブッ刺してスライム液を樽に流していくんだ」
「はー。なんちゅうかただの作業やな」
「そう思うだろ?だが、スライムの突撃がめちゃくちゃ重くなってるんだ。普通サイズのスライムですら大人を簡単に弾き飛ばすからな」
「俺たちが全力で耐えるしかない!」
「ウチが止めたら反動で真っ二つとかになりそうやな」
「だろ。だから俺たちが持ち上げるから、魔石狩りは刺した後の筒を支えてくれ。樽の交換は盾以外の奴でするから」
「わかった!」
ここに来て足手纏いになった。
スライムの突進を受け止めれば返す力で千切れる可能性があり、盾で持ち上げるにも力と身長が足りず、筒を差し込む力はなく、液体の入った樽を手早く交換することもできない。
いっそのこと応援に徹した方が邪魔にならないまであるのではないかと思う。
そんなこんなで準備が整い、前面に縦を構えるおじさん4人。
後ろにウチと筒を持ったおじさんと樽を複数抱えたおじさんという、迷宮内の姿としてはおかしい状態になった。
どうやってスライムを誘い出すのかと見ていると、盾持ちの1人が拾った石を投げてスライムに当てる。
それを何回かすればビッグトマトスライムはこちらに向かって勢いよく飛び込んできた。
ウチからするといきなり大きくなったように見えたのだが、前衛のおじさん達はそれを見越していたのか全身に力を込めて耐える準備をしていた。
「うぉぉぉぉぉぉ?!」
「ぐぅぅぅぅぅぅ!!」
「体勢っ!だけでもっ!維持っ!」
「踏ん張れぇぇぇ!!」
「うわ怖っ!」
「下がれ下がれ!!」
ガンと大きな音が鳴ったかと思ったら、ガリガリと床を滑りながらおじさん達のお尻が迫ってきた。
後ろのおじさん達はビッグトマトスライムの勢いに驚き、道具を抱えて後ろに下がったけど、ウチは迫り来るお尻に驚いている。
ビッグトマトスライムがおじさん達でほとんど見えないのも原因の一つだろう。
「またくるぞ!」
「踏ん張れ!」
「持ち上げる隙がねぇ!」
何度もビッグトマトスライムと盾がぶつかり合う。
その度にお尻が迫ってくるため、ウチらも後退するしかない。
このぶつかる音に反応したのか他のスライムがやってくるから、それはウチが対処する。
「くっそ!デカいだけでここまで強くなるのか!」
「せめて動きを封じることができれば!」
「それならウチでもできそうやで!壁際に追い込んで!」
「わかった!」
盾組のぼやきにウチが割り込む。
ハリセンで叩いたり魔石を抜き取るのはダメだけど、動きを封じるぐらいならできるはずだ。
ビッグトマトスライムにとってウチは壊せない壁のようなものだから、うまく迷宮の壁と挟み込めば突進するために縮む隙間がなくなるはず。
「いまだ!」
「おおきに!」
「遅いな!」
「小さいねん!しゃーないやろ!」
「そうだな!すまん!」
何度か盾で受けながら、壁際へと誘導することに成功した。
ある程度近づいてはいたものの、迫ってくる尻が怖くて少し距離があった。
走って向かったとしても身体強化できない子供では時間がかかる。
「これで……どうや!」
「よし!はみ出た部分は俺たちで押さえるぞ!」
「おう!」
両手でボーラを掴み、縄を使ってウチの頭上も通れなくする。
壁とウチの間で蠢いていたけれど、縮んで力を溜める隙間がほとんどないことに気付いたようだ。
ウチを丸々呑み込めるほど大きなビッグトマトスライムなので、どれだけ精一杯背伸びしても縄の上からとウチの横から伸びて出ることはできる。
そこを盾で塞ぐことで完全に封じ込めることはできなくても、出てくるのを遅くすることはできた。
「持ち上げるのは無理だ!上から伸びたやつを切って液を取れ!」
「任せろ!」
ウチを中心にして左右に2人ずつ盾を構えることで横から出てくる量は非常に少なくなった。
その分ウチの上から出てくる量が増えてしまったのは、身長の差に加えて縦の大きさもある。
そのウチの頭上を通って後ろに流れ出ようとしている真っ赤なスライムの体に向けて、採取係のおじさんがナイフで切れ込みを入れて管を刺す。
そして流れ出すスライム液を樽に溜め込んでいくという連携になった。
持ち上げるよりも動きを封じて取り出す方が楽そうで、これならウチともう1人いればなんとかなりそうな気がする。
「なんとか上手くいきそうやな」
「あぁ。まさかこんなやり方になるとはな」
顔だけ後ろに向けて流れていくスライム液を見る。
早くも1つ目の樽が満たされるところだった。
・・・できるだけ取ろうとせずに半分回収でもいいなら1人でできるかもしれんなぁ。いや、樽の交換とか考えたらもっと無駄になるか……。誰かおらな無理っぽいなー。ミミに背負ってもらうには遠すぎるしなー。




