魔導国の魔導師見習い(自称)
ミミを連れてドレアスの工房に行くことはできないと判明してから、ジャイアントスライムの魔石を2回取った。
その間にランディが温度が違う2つのお湯の魔道具を作ってくれたから、家で入る樽風呂の準備がとても楽になった。
もちろん魔石はウチ持ちで、お礼に2、30個掴んで置いてきている。
そしてお風呂については予想外のことも起きた。
ウチの魔力を使って出したお湯で洗うと毛艶が良くなり、肌質も良くなったのだ。
これにキュークスとアンリが大喜びで、ウチが迷宮に行かない日は必ずお湯を準備する役になった程。
対して男性陣はというと、毛艶が良くなったことで他の獣人たちから理由を聞かれることが増え、若干辟易している。
その内ベアロが酒場でお湯のことを話して誰かが入りに来そうだと思っている。
「ミミまたな〜」
「今日もありがとうだよ〜」
奴隷商の前でミミと別れた。
魔道具技師の手伝いはできなくてもウチの手伝いは可能なので、力仕事の時はミミを借りて依頼をこなしている。
今日は指名依頼でウアームでもあった空き家の清掃を行った。
ミミが身体強化して家具を運び、ウチが外で綺麗にしたり、運び出し切った部屋の中を磨いて、ミミが家具を戻すという流れ。
空き家以外にも食事処の台所掃除もいくつか溜まっているから、どこかで一気にやるのも良いかもしれない。
そんなミミのいる奴隷商だが、どうやらここを拠点にウアーム方面へと手を広げているため、あらかじめ指定しておけばミミを確実に借りることができるくらいの関係になった。
最初はうるさかった他の奴隷も、ウチがミミしか借りないことがわかったのか、最近では何も言わなくなったので、手続きがスムーズになって嬉しい。
「ほい。終わったで」
「ありがとうございます。こちらが報酬です。またいくつか清掃の依頼が入っていますので、お時間があるときにお願いします」
そんなことを考えながらやってきたのが請負人組合。
カウンターに依頼者確認済みの依頼書を出して報酬を受け取ると、さらに追加で清掃依頼が入っていることを教えられた。
「それってウチ指名?」
「エルさんを指名しているのは1つですね。指名していないものは3つです」
「わかった。とりあえずウチ指名のやつを一気に片付けようかと思ってるねん」
「それは良い考えですね。人手が必要であればお声掛けください。エルさんの清掃は評判がいいので、お手伝いを用意することもできます」
「その時はお願いするわ!ほな!」
「はい。お気をつけて」
受付を後にして入口へと向かう。
後は家に帰って食事を取り、明日から潜る迷宮への準備をする予定だ。
地下5階まではミミと進み、戦闘に慣れるための経験と素材を剥ぎ取る。
地下5階で素材を持ったミミ別れ、ウチはスライム階層へと向かうのが最近の流れになっている。
ミミへの仕事を無理矢理作っているようにも思えるかもしれないけれど、これはウチの精神的に必要なことだ。
結局、予定が合わなければ1人で潜るしかないため、少しの間だけでも誰かと話しながら進むことで、気分が落ち込むまでの余裕を作っている。
スライム階層についたらいつもの道をハリセンを振り回しながら突き進み、魔石を回収したら転移魔法陣で帰れるから、ウチが元気なうちに突き進む気力の確保は重要だった。
そんなことを考えながら扉に向かっていると、誰かが入ってきたようで内側に開いた。
「ん?ふんっ、なんだ子供か。お使いが済んだのならさっさと帰りな」
ウチを払うように手を動かす入ってきた人は、やけに刺繍が入った豪華なローブを身にまとい、大きな杖を持った男だった。
薄い緑の髪は綺麗に整えられていて服装と相まって貴族かと思ったけれど、共の者がいないから恐らく違うはず。
それに、貴族であれば組合に直接出向くことなく呼び出すか使用人を向かわせるはずで、どうしても自分が行くしかないような事情がある場合は、変装するものだとライテ請負人組合長のベルデローナが言っていた。
話した内容を思い出していると、ジロジロ見ていることに気づいた男の人はさらに眉間に皺を寄せてウチを払う。
「見ていても何も出て来ないぞ。俺はここに魔石を取りに来て忙しいんだ。子供はさっさと帰れ」
「言われんでも帰るところや!いーっだ!」
全力で頬っぺたを引っ張り威嚇してから扉へ走る。
何か言われるかと思っていたけど、何も起きずに外に出ることができた。
念のため何度も後ろを振り返って確認しながら帰ったけれど追いかけてくる事もなく、無事に家に帰れた。
ああいうプライドの高そうな人は何か言い返してくるだろうと思っていたので拍子抜けだ。
「ただいまーってまだ誰も帰ってきてへんな。じゃあお風呂入ろーっと」
キュークス達4人は、迷宮の中でも人があまり行かない、地下へと進むルートから大きく外れた場所に、魔物の間引きと宝箱の調査に向かっている。
魔物の間引きは、長く魔力にさらされることによって性質が変わったり、体が大きくなった魔物を倒して迷宮内の安全性を高めること。
宝箱の調査は、ずっと開けられていない宝箱があると、他の場所に出現する確率が減るのではないかという推論から出てきたもので、どちらも組合から依頼が出されている。
パーティ単位で階を割り当て、指定された場所までに出会う魔物を討伐しつつ、空き部屋や行き止まりなどを確認するというものだ。
「ふんふんふ〜ん。よし!お湯溜まった!」
大人用と比べると少し小さい、ウチ専用の樽に設置しているお湯の魔道具から背中を離し、家に入って服を脱ぐ。
樽を置いてある場所は家の裏側で、目の前は壁だから見られることはない。
頭上に屋根がないせいで雨の日は入れないのが不満だから、貯めたお金で簡単な屋根を作ってもらえないかと思っている。
「あぁ〜……生き返るわぁ〜。別に死んでへんけど」
お湯をかぶって布で体を洗い、樽の中に入ると勝手に言葉が出る。
そのままぼーっと空を眺めていると、家の面の方から賑やかな声が聞こえてきた。
普段ならば空腹とお酒のことを話すベアロが中心なのに、キュークスが何かに怒っているような声が聞こえてきた。
普段声を荒げないので珍しく思い、樽から出て水気を拭う。
ウチは熱めのお湯にサッとくぐらせる程度でいいのだ。
「お帰り〜」
「ただいま。エルはお風呂に入っていたのね」
「せやで」
「何度見ても一度拭き取るだけで水気が取れるのは羨ましいわね」
体や頭についた水滴を一拭いで拭き取り、即座に服を着て合流しているウチを見て、キュークスがため息混じりに言った。
上気した体からはほかほかと湯気が出ているからお風呂に入ったことはわかるけど、全く濡れてないから不思議な見た目になっている。
キュークスはお湯に入ると萎むので、乾かして膨らませるまで時間がかかってしまう。
ウチが協力できるのは表面についた水分だけで、毛が吸った分は自然に排出されるのを待つしかない。
他人相手には。
・・・お風呂入る時はお湯は弾かへんけど、拭き取る時には邪魔扱いになって弾けるのは便利やなぁ。何故か汚れの時は弾くのに布が水分吸うし、認識の違いなんやろか……。今度入った後は水も邪魔な物と思ってみよかな。意識して使えるかは知らんけど。
ウチに感化されたキュークスが風呂へと向かい、その間にアンリと一緒に夕食の下拵えをする。
男性陣着替えてリビングでくつろぎ、ベアロはすでに干し肉をつまみにしてお酒を飲み始めていた。
少ししたら食事だけど、お酒が好きな人にとっては仕事終わりにつまみを片手に飲むお酒はやめられないそうだ。
それに、ベアロは熊の獣人なうえに体も大きいためたくさん食べるから、食前にワインを1本と干し肉1塊食べるのは問題ない。
そんな帰宅後のいつもの光景を見ながら準備しているとキュークスのお風呂が終わり、代わりにアンリがお風呂へ向かう。
ウチが毛繕いの手伝いをしている間にアンリが上がり、準備した食材を焼いて夕食になる。
5人揃っている時のいつもの流れができるくらいライテで過ごしていた。
「今日も美味かったぜ!じゃあ俺はぬるめのお湯でもう一杯飲むかな!たまには付き合えよガドルフ」
「まぁ、今日はいいだろう。付き合おう」
「そう来なくっちゃな!」
食器を下げたベアロがワインを持って家の裏へと向かう。
珍しくガドルフも飲むことになり、男2人で樽風呂だ。
替えの樽も含めて多めに買ってあるので問題はないから、のぼせたり酔いが回らないようキュークスから注意が飛んでいる。
「ガドルフがお酒飲むの珍しない?」
「普段はほとんど飲まない」
「今日は報告の時にちょっと疲れることがあったのよ。だから、息抜きに飲むのだと思うわ。飲んだら戦いづらくなるから飲まないだけで、お酒自体は好きよガドルフは」
「そうなんや」
食事の早い男性と違ってウチら女性組はまだ食べている。
とはいえキュークスとアンリの量は大人2人前以上あり、ウチの前には普通の子供分ぐらいしかないのに食べ終わるほとんどタイミングは一緒だ。
軽く会話をしながら食べ終わり、食器を下げたらキュークスに水を出しつつ質問する。
もちろん水はウチから取れる水だ。
「ほんで?」
「本?」
「ちゃうちゃう。ほんで、今日何があったん?帰ってきた時珍しくキュークスが声出してたやん」
「あー、あれはね、ちょっと変わった人が組合にいて面倒な絡まれ方をしたのよ」
「へー」
苦笑しながらリビングのイスに座り直すキュークス。
ウチとアンリそれぞれ座り、水を飲みながらまったりするのがいつもの流れだ。
キュークスの返答に珍しくアンリが嫌そうな顔をしているのを横目に見ながら、どんな変な人と会ったのかワクワクし始める。
面白い人だとウチもあってみたいものだ。
「その人は魔導国の魔導士見習いで次期魔導士候補だと名乗っていたわ。でも、それほど強そうに見えないし、何というか傲慢……というより考えなし?アホっぽいていうのかしら。少なくとも頭は良くなさそうだったわ」
「へー。魔導士って偉い人やんな?それの見習いってことは……何するんや?」
「さぁ?魔導士はこの国で言う貴族みたいな位置付けのはずだから、国の運営とかするのかもしれないけど、それの見習いだと書類整理や雑用をするのよきっと」
「なるほどー。そんな人が何しにここに来たん?」
「魔石が欲しいらしいわ。それもエルが階層主から取った大きくて色々な属性の入ってるやつが」
「あー、あの使い道に困ってるやつな」
ジャイアントスライムの魔石は、一つの魔石の中に複数の属性を帯びた魔力が渦巻いている。
そのため、外から魔力を流して押し出したとしても望んだ属性だけを放つことができず、混ざり合って制御が効かない何かが出てきてしまう。
魔力を見ることができるアンリですら、望む属性だけを取り出すことはできなかったから、その難しさがわかる。
ただ、魔力量は同じ大きさの無属性魔石と比べると倍近く多いようで、何かしらの動力としてなら使えるかもしれないと魔道具技師のドレアスとマリアスの親子揃って言われた。
火と水、風と火などの2属性であればお湯を出したり勢いのある炎を出すのに使えるのだが、属性が多すぎるため制御がとても難しいと匙を投げられている。
つまり、今のところただ綺麗な魔石程度の価値しかない。
それを欲しがるというのは魔導士見習いだからなのか、あるいは変わっているからかもしれない。
ちなみに火と水の属性をもっている魔石があればお湯を出すのはとても簡単になる。
しかし、複数属性の魔物は単属性に比べると厄介なので、その分値段が跳ね上がる。
少なくともウチが使う程度の魔道具にするには高価すぎるのと、今のところライテでは手に入らない。
「あの組合で飾られているだけの魔石は、今のところ値段が決められないから売れないのよ。確かライテ迷宮伯から国王陛下へと献上。その後魔導国へ有効の証として送って使用方法の検討をお願いすることになっていたはずだから、そこから情報を得たのかしら?」
「魔導士が貴族みたいなもんなら、魔石の情報が流れてきそうやなぁ」
「この国の王様から貿易を担当している魔導士を経由して、魔導国の魔導士が集まって話し合う場所へと届けられているはずよ。そこに参加した魔導士から自分の弟子へと教えたとしても不思議はないわね」
「ふーん。その辺はよくわからんけど、そういうもんなんやな」
とりあえず魔石が魔導国に渡り、それを見たか聞いたかした魔導士から魔導士見習いへと話がいき、それを聞いた見習いがやって来たということだろう。
国同士のややこしい流れはどうでも良いので、詳しく聞くつもりはない。
覚えても使うことはないからだ。
「で、その魔導士見習いの人はどうしたん?」
「買えないなら誰かを向かわせるから依頼を出すって言い出したわ」
「ほうほう」
「だけど、スライム階層のスライムを倒すだけならともかく、階層主のジャイアントスライムを倒せるのは今のところエルだけ。依頼の発行を断られたのよ」
「ん?ウチへ指名依頼したらええんちゃうん?」
「予想でしかないのだけど、迷宮伯か組合長からエルへのジャイアントスライムに関する指名依頼はできないようになっているはずよ」
「なんで?」
「魔石が知らないうちに流出するのを防ぐため……だと思うわ」
「あー……売値も決まってないもんな」
売値もそうだが使い方もわかっていない。
後からいい使い方が見つかる程度ならば高値で売りつけることができる。
しかし、とても危険な使い方だった場合回収できなくなっている可能性もある。
依頼人が別の人に売るだけならばまだいい方で、落としたり奪われたり、依頼人が亡くなり紛失などもある。
もちろん迷宮伯や請負人組合で管理していてもその可能性はあるけれど、管理する人がはっきりしているかどうかで全然違うだろう。
「そうね。そして、依頼を出せないことがわかると、組合にいる請負人に片っ端から声をかけ始めたのよ」
「えー?!それありなん?!」
「個人同士のやりとりだから許されるわ。まぁ、組合が断った依頼を組合内で受けるなんて印象は悪くなるし、受けた請負人もお金のためならなんでもやるって周りから言われるようになるだろうけど」
「あー……頼むにしても受けるにしても場所が悪いなぁ」
「そうよ。組合も個人間で受ける依頼まで関われないから、外で受けられたとしたら諦めるしかないのよ。後で何かあれば兵士や騎士の仕事ね」
「ふむふむ」
依頼を受けてこなすのが請負人の仕事で、犯罪者を捕らえたり裁くことはしない。
目の前で何かが起きれば押さえたりする人はいるだろうけど。
「それで、その人がわたし達のところにも来たの。だけど、獣人と人のパーティは珍しいからか、色々言ってくれたわ」
「はー……キュークスがイラっとするようなことを言ったんやな」
「えぇ。内容はそこまででもなかったのよ。でも、知らない人から一方的に言われるのは腹立たしいわ」
そう言うキュークスは笑顔を浮かべているけれど、なんとも言えない迫力がある。
恐らく言われたことを思い出しているはずだけど、詳しく聞くのはやめておいた。
ウチに飛び火するのは嫌だからだ。
「アンリさんはどうやったん?」
「魔道具はたくさん持ってた」
「その人が?」
「そう」
「強そうやった?」
「戦い方がわからないから何とも言えない。けど、魔道具を組み合わせて戦いそう」
「ほー。勢いよく火が出る魔道具とか?」
「そういうのもある」
ウチの周りにあるのは日常使いする生活魔道具ばかりで、戦闘用の魔道具については知らない。
詳しく聞くとウチが想像していたのは魔法を使って戦う人が基本的に持っている杖だった。
杖に魔力を流し、嵌め込んでいる魔石を通して魔力を放つ。
魔石によって炎にしたり水にすることで色々な攻撃ができるようになり、形も使用者次第に変えられるため槍のように尖らせたものや、相手を包み込むような球体など人によって様々だそうだ。
効率を求める人は小さな魔力で的確に弱点を狙い、目立ちたい人は魚や獅子などの動物の形を作って放つ。
そして戦闘用の魔道具はというと、投擲物がほとんどで中にある魔石に遠隔で魔力を流すと勢いよく破裂し、周囲を破片や属性の力で傷つけるものらしい。
設置するものや複雑な魔道具だと杖のように放つこともできるそうだが、アンリは見たことがないと言った。
・・・投げる物やったらウチでも……いや、届かんか。それに、背中に当てて魔力を流そうにも落としそうやし……。杖は……ん?杖?なんか今日見たな杖。あ!あの失礼なローブ着た奴やん!
「もしかして薄い緑の髪でわちゃわちゃしたローブ着てる大きな杖持ってる男の人?」
「それ」
「合ってるわ。エルも会ったの?」
「依頼を報告して帰ろうとしたら入ってきてん。ほんでウチにむかって追い払うように手を振ってんで!失礼やと思わん!?」
「あの人は全員に対して失礼だった」
「魔力を放てない人全員を見下してる感じだったわ。唯一興味を引いたのはアンリだったけど……」
「面倒」
「この一言で会話は終了よ」
「あー……さすがアンリさん」
何を話したのかはわからないが、一言で終わらされた魔導士見習いは憤慨してそうだ。
想像したら笑えたのでウチとしてはこれで終わりにする。
向こうから何かしてきたら別だけど。




