魔道具作りの初歩
ランディの作業机には分解されたライトスティックの部品だけになった。
筒のような魔光石、白い小さな棒状のもの、その棒を魔石に固定していた紐状の留め具、無属性の魔石、持ち手部分とボタンだ。
ボタンについてはよくわからない仕組みで、一度押すと奥にハマり、もう一度押すとハマった物が外れて元に戻っている。
いくつかの部品を組み合わせて実現しているようだけど、これも作らなければいけないのだろうか。
「なぁ、ボタンも自分で作るん?」
「作らないよ。その辺りは木工職人や金属加工職人に依頼するのが普通だね。全部手作りしていたら一つ作るのに時間がかかりすぎて高く売らないといけなくなっちゃうし、ライトスティックは松明より安心安全が売りだから、ある程度安くしないと松明でいいとなってしまうんだ」
「多く作って安く売るんやな」
「そういうことだね。だから、どういうふうに動作せたいかを設計して、魔石や魔力が絡まない部分は発注するのが基本だよ。大きな魔道具になると複数の職人が頭を突き合わせて作ることもあるんだ」
「おぉー。なんかすごいな」
職人たちがああでもないこうでもないと言い合いながら、協力して大型の魔道具を作っていくのだろう。
大型の魔道具がどういう物で何に使うのかはわかっていなくても、想像するだけでワクワクすることに変わりはない。
恐らく作業場にある大きな道具の中にも魔道具はあるはずだけど、見えるところに魔石はないので確証はない。
「じゃあライトスティックの作り方を説明するね。魔力を流すと光る魔鉱石に魔石から魔力を流したい。そして使う時以外は魔力を流さず節約したいというのが造られた経緯なんだ。
「使わん時に光ってたら魔石の魔力がもったいないもんな」
「そういうことだよ。作られた当初は一度光らせると魔力がなくなるまで光り続けていたらしい。その時は魔道具技師だけで作っていたからで、他の職人の力を借りて便利になったんだ」
「助け合いは大事やな」
「うん。それで、実際の作りについてだね。魔石は殻に覆われていて、中に魔力があると思ってほしい。実際には殻じゃなくて魔力が固まったものなんだけどね。その魔石から魔力を取り出すには外から魔力をぶつけて中身を押し出す方法と、傷をつけて中の魔力を抜き出す方法がある」
「ほうほう」
「……」
呆れた目を向けられてしまった。
せめて何か言って欲しい。
「削って穴を開けたところにこの棒を入れる。これは魔物の骨や牙、爪なんかを削って作った魔石の魔力を流すための部分だよ」
「それが無いとどうなるん?」
「空いた穴から魔力がずっと漏れてすぐに魔力切れになるね。これを入れることで蓋をしつつ棒に魔力を溜め込ませるんだ。そして、棒の反対側を魔鉱石に付けると……」
ランディが魔石に棒を刺し、指で挟んで固定する。
そして先端を魔光石の底に空いている穴に差し込むと、刺さった部分から徐々に魔力が流れていき、魔光石が光っていく。
「光った!へぇーこうなってるんやなぁ」
「魔石から棒にまで流れた魔力がそのまま魔光石に流れていくんだ。そして離すと流れなくなって魔石と棒の中をぐるぐると回るんだ。
「はー。ほんでその付けたり外したりをボタンでやるんやな」
「そうだよ」
説明が終わったから、ランディは慣れた手つきでライトスティックを組み上げていく。
白っぽいペースト状の物を持ち手の嵌め込む中に塗り込み、そこに魔光石を突っ込んだ。
溢れたペーストを木さじで掬い取り、濡れた布で拭き上げたら完了のようだけど、何をしたのかわからないウチがその光景をぽかんと見ていたら、ランディが説明してくれた。
ペーストは接着剤というもので、乾くと接している物を固定する効果がある。
いくつかの魔物の素材を溶かして混ぜた物で、魔道具技師以外にも色々なところで使われているそうだ。
「それは魔道具やないん?」
「これはただの道具だね。魔力を流さなくても使えるし。うーん……薬みたいなものかな」
「そういうもんか」
素材を溶かして混ぜるという部分では、たしかに薬のようなものなのかもしれない。
痺れ薬や傷薬も薬草やキノコを溶かしたり何やりして作っているはずだ。
そうじゃないと粉になったり、軟膏になったりしない。
そう考えると塗り薬である傷薬に近いものなのだろうと納得することができた。
「じゃあお湯の魔道具を作る前に水生みの魔道具を作ろうか。調整が面倒だけど難しくはないから気楽にやろう」
「わかった」
ランディが用意したのは木でできた持ち手があるコップ、水の魔石によくわからない金具がいくつか。
後は道具として細長い針のような道具と先が潰れたハサミ、ギザギザした面がある金属の板と片手で持てるハンマー。
ギザギザ板はギザギザの幅や大きさが違うもので6つも出された。
恐る恐る触ってみるとしっかり硬く、これで人を叩いたら縞々の跡が付くだろう。
「それはヤスリ。魔石を嵌め込む穴やその周辺を削って綺麗に整える道具。これはペンチで穴の中に魔石が落ちないようにする金具を調整する道具だよ。ハンマーは魔石を押し込むのに使うね。この太い針みたいなのは穴あけで、小さな穴をいくつも空けて、大きな穴にするのに使う」
「ふむふむ」
「簡単に説明するね」
ランディが道具を持ち替えながら簡単に説明してくれた。
まず嵌め込む魔石の大きさより少し大きな穴を空ける。
その穴と周囲を金具がつけやすくなるようヤスリで整える。
そこに金具をコップの外側はコップに沿ってペタリと押しつけるように曲げ、奥は魔石が落ちないよう内側に落ちないよう緩く曲げる。
魔石を嵌め込む籠のような物を作るイメージだそうだ。
籠のふちが穴に引っかかって外れなくなり、内側に曲げた奥のおかげで魔石が一定より先に行かなくなる。
交換の際に魔石を外す時はコップの内側から叩いて魔石だけを取り出せばいい。
用意した魔石によって若干大きさが変わるのは、詰め物で調整するとのこと。
「じゃあやってみよう。隣で作りつつ見てるから、わからなくなったら言ってね。
「了解や!」
意気込んで穴あけとコップを手に取る。
太い鉢をぐりぐりとねじ込み小さな穴を開ける。
これを何度も繰り返して大きな穴にするのだが、ウチには難易度が高かった。
主に体力と筋力的な意味で。
身体強化ができないので穴を一つ空けるのにも一苦労。
ようやく空いたと思ったら、その時点でランディは5つも小さな穴を空けていて、全体の1/3ぐらいだった。
結果として手が痛くなったウチの代わりにランディがやってくれて、金具を曲げるのも半分以上手伝ってくれた。
ヤスリはなんとかこなせたけど腕が重くなり、魔石をハンマーで押し込みきったら限界だった。
「あー……身体強化できないとこうなるんだね。なんというか、請負人としても致命的じゃない?大丈夫なの?」
「ウチは防御特化やねん……。だから力仕事は向いてないわ」
「これは力仕事なのかなぁ?うーん……これからも魔道具作りをするなら、エルさんの代わりに力仕事できる人がいれば良いかもしれないけど、人を増やす判断は僕にはできない。師匠に相談しにいこう」
「はーい」
ドレアスは作った物をじっくりと眺めているところだった。
アンディによると完成した魔道具を見て満足感を得ているそうだ。
もちろん修正が必要なところが無いかも確認しているらしいけど、ほとんどの場合そのまま完成になるほどらしい。
「師匠。エルさんの件で相談があります」
「ん?何か失敗したのか?」
「いえ、失敗では無いんですけど……」
ランディと一緒に固有魔法や身体強化ができないことを説明した。
作った水生みのコップも見せて、どれだけ苦戦したのかも話し、対策として人を雇うことも考えていると伝えた。
「人を雇うのは難しいな。そいつの賃金を嬢ちゃんが払うとしても教えるのはランディや俺になるだろう。関係がややこしくなる」
「そうやな」
「それに、技術を誰にでも教える訳にはいかねぇからな。嬢ちゃんには発想力を期待して声をかけたが、その嬢ちゃんが雇う奴には何の期待もない」
「せやな」
「あとは、嬢ちゃんが雇うっていうのはなぁ……子供に雇われたい奴は居ないだろ。それとも雇える奴に心当たりでもあるのか?」
「う〜ん。半獣の奴隷の子ぐらいやな」
「半獣か……さらに難しくなったな」
ドレアスは眉間に皺を寄せて考え始めた。
半獣に対する嫌悪があるのだろうか。
横で聞いてたランディは特に反応せず、首を傾げる程度だった。
「半獣嫌いなん?」
「俺か?俺は特にどうも思ってねぇな」
「なら連れてきても……」
「良いと言いたいところだが、俺が良くても客が何と言うかが重要なんだ。俺としては技術力があれば働かせても良い。魔道具の注文に来たのなら他と同じ金額を貰って作ってやろう。だがな、半獣を嫌っている奴の方が多い中で、半獣が作った魔道具を好んで買う奴は少ない。俺が作ったと言っても工房に半獣がいるだけでどんな噂を流されるかわからん。やっぱりうちでは面倒見れねぇな」
「雇うだけでそんなことになるんか……」
「なるだろうな。魔導国でも半獣は数が少なくて虐げられている。俺に偏見がないのは良い品を作ることに注力しているからで、前にいた街で半獣の依頼を受ける魔道具店はあと1つぐらいしかないだろうな」
ウチが安心して連れて来れるのはミミしかいない。
ウチの力が足りないならミミに手伝ってもらえばいいと思っていたけど、ドレアスの許可は得られなかった。
半獣を雇うことで客に偏見を持たれる可能性があり、それは客商売からすると致命的なこと。
これからお店を開くところで良くない噂が出回るのは避けなければならない。
「まぁ、なんだ……。ここで嬢ちゃんが学んだことを、半獣に教えて作らせる分には問題ないだろう。それを売ったとしても何か言われるのは嬢ちゃんや半獣だから勧めはしないが、自分で使う分には……いや、半獣は絡まれて奪われる可能性もあるな」
「そんなにか……」
「あぁ。そんなにだ。人と違うっていうのは面倒だぞ。数が少なければ助け合うのも難しいからな」
ウチが思っているより半獣の扱いは酷いようだ。
ランディはピンときていないから、このまま真っ直ぐ育ってほしいと思う。
そのためには半獣のことを早いうちに知ってもらったほうが良さそうだから、いつかミミを紹介できれば良い。
・・・上手く道具が作れたらミミに手伝ってもらおうかと考えとったけど難しそうやなぁ。半獣が作った物を嫌がるなら料理は厳しいやろ。下拵えぐらいならええんやろか。うーん……ウチはどうも思ってないから難しいわ。




