うなされるエルちゃん
–キュークス–
体をお湯で濡らした布で拭き、乾いた布で水分を拭き取り、私の持っている櫛で梳く。
これをお互いにすると、眠気が限界になるエルちゃんはすぐに寝る。
野営の時は水で軽く拭って櫛で梳くだけだったけど、それでもお腹いっぱいになっていたのもあって、寝るまで一瞬だった。
・・・エルちゃん自身は固有魔法のおかげで汚れを弾くから、一度綺麗にすると汚れないけど、濡らした布で拭くと気持ちいいのは変わらない。しかも、そのエルちゃんに梳いてもらうと、櫛に汚れが付かなくなるので、細かい汚れが全て落ちる。その結果、毛並みがとても綺麗になったのよ。2人にも伝えたのだけど、自分でする程度でいいと言われたわ。これだからモテないのよ。
もふもふツヤツヤでさらさらになった毛の感触を確かめながら、隣のベッドで寝ているエルちゃんを見る。
いつもなら寝入って1時間もすれば寝返りを打ち、何だかよくわからない寝言を言うエルちゃんは、規則正しい寝息を立てるだけで動く気配はなかった。
タコヤキがどうとか、オコノミヤキがどうとか、アメちゃんという子の名前も出てこない。
ニドヅケ禁止というよくわからないルールや、マヨなんとか、ドレなんとかを取ってくれというお願いもない。
なんとか喜劇が見たいという貴族やお金持ちがする観劇の要望も出てこない。
寝言で何をいうか、密かに楽しみにしている私にとっては少し残念だけど、この状態も望んでいたので良しとする。
「うぅ……。待って……行かないで……」
「始まったわね」
顔を歪ませて虚空に手を伸ばすエルちゃん。
馬車で移動している旅の中、1度だけ見たことがある。
その時はすぐに抱きしめたことで落ち着いたけど、今回は少し様子を見るつもりだ。
起きているエルちゃんは、開拓村が滅ぶほどの目にあったせいもあり、記憶が安定していない。
だけど今のエルちゃんは、滅んだ日のエルちゃんのように見える。
・・・話し合った結果、何かわかればいいということで見守ることに決めたけど、いい気はしないわね。目の前で子供が苦しんでるのに放置しないといけないなんて。同業者の死体を見るよりキツイわ。それはある意味自業自得なんだから。
「母上……魔法は通じないよ……」
「お母さんは魔法が使えたのね。通じないということは放出できるタイプ?優秀なのね」
魔法は体内の魔力を使って、何か事象を起こす現象全般のことで、大きく分けると内側と外側の2種類になる。
内側は魔力を外に出さず使えるもので、身体強化や自己治癒能力強化などになる。
外側は魔力を放出して、その魔力で相手を吹き飛ばしたり、壁を作ったりするもので、魔石を通すことで火や水に変えることができる。
その根本となる魔力を放出することを、獣人は一部の種族を除いてできない。
その種族は逆に内側の魔法を上手く使えないけど。
普通の人間は獣人と違って種族で分かれてないけど、放出できるかどうかが生まれ持った才能らしい。
・・・魔法を放てるだけである程度の地位を得られるはずだけど、開拓村に来るなんてよっぽどの理由があったんだろうね。魔導国からだとしたら魔導師の可能性もある?魔法が使えれば山を越えやすくなるかもしれない。
「父上……だめ……装備……うぅ……」
「お父さんは……確か狩人だったわね。そして、エルちゃんを地下室に入れてからお母さんを追って出た人。装備で思いつくのは槍か剣、それに弓ね。さすがに装備なしで行くのを止めてるわけじゃないだろうし……」
夢の中でお父さんを止められなかったからか、エルちゃんの手は力なく下ろされた。
滅んだことを知ったからこそ止めようとしているのだろうけど、夢の中ですら止められないのは可哀想だ。
流石にもういいでしょう。
「なっ!弾かれた?!」
「ぐっ……こないで……魔力を取らないで!……やだ……苦しい……助けてっ……」
手を握ろうとしたら弾かれた。
力を入れてないにも関わらず、強い力で拒絶されてしまった。
固有魔法が強く発動しているのかもしれないけど、エルちゃんの寝言に気になる言葉があった。
・・・魔力を取る?もしも魔力を吸収してくる魔物が相手だったら、お母さんでは太刀打ちできないわね。お父さんの装備を気にしたのはわからないけど。
「収まったみたいね。もう大丈夫よエルちゃん。私がここにいるわ」
「……ウチは……くれーぷが……いい……」
固有魔法の効果がいつも通りになったのか、触れるようになったので、手を握って頭を撫でてあげた。
すると、落ち着いたのか表情が柔らかくなり、途端によくわからない寝言になった。
・・・くれなんとかが何かわからないけど、もう大丈夫そうね。いろいろ気になることも聞けたし、ガドルフ達にも伝えないと。エルちゃんについては……まだ衝撃が強いかもしれないから様子見ね。
エルちゃんの規則正しい寝息を聞きながら、私も眠りについた。




