ミミを連れてお肉狩り
「あ〜暇や〜」
「仕方ありません。皆さんお忙しいようですし」
「それはわかってるねんけどなぁー」
魔道具技師の3人が挨拶に来た翌日、獣人3人とアンリが少し離れた村に現れた魔物の群れを討伐しに向かったため、家にはウチ1人になった。
そこに掃除に来たリーゼを暇潰しに手伝った後、雑談にも付き合ってもらう。
それもひと段落すると、途端にすることがなくなってしまった。
ジャイアントスライムの復活待ちなので、迷宮に潜る理由がない。
ちなみにウチが何度もお願いした結果、リーゼは椅子に座ってくれた上に、一緒にお茶を飲んでくれるようになった。
最初は使用人なのでと固辞されていたけど、仕事が終わってからなら問題ない。
迷宮に潜る事が多いウチらにとって街の情報は貴重で、雑談で教えてもらったお店に行くこともあるくらいだ。
「それなら、魔道具技師の方達への開店祝いを取りに行くのはどうでしょうか」
「開店祝い?もう開くの?」
「店舗の準備は小迷宮伯にて手配しておりますので、後は機材を持ち込むだけになります。それも本日中には完了する予定です。1日休んだとしても明後日には開店できるでしょう」
「なら持って行っても問題ないな。開店祝いとなると……花束とか置いて飾れるやつ?」
「えっと……」
店先や店内が華やかになればいいと思い提案したけれど、リーゼの反応はイマイチだった。
開店祝いといえば花というイメージがあるのだが、どうやら違うようだ。
「なぜ花なのでしょうか」
「華やかになるから……かなぁ?なんか目立てば人来そうやん?」
「魔道具技師のお店なので、用がある方しか来ないと思うのですが……」
「たしかに」
魔道具技師のお店は、魔道具店では売ってない魔道具を注文したり、個人の目的に沿った魔道具を作ってもらうところだ。
通りを歩いている人を集めるような店ではない。
訪れる人は目的を持って来るから、客寄せに力を入れる必要はない。
売上が少なければ何か手を打たなければならないだろうけど。
「開店祝いですが、商売をしている方は取り扱っている商品を、請負人の方はご自身で取ってきた物を渡すのが一般的です。それこそ肉や野菜、椅子や服など職業で様々です」
「なるほどなぁ〜。ちなみにライテ小迷宮伯が用意するとしたらどういうのになるん?」
「階層主の素材を使った何かだと思われます。恐らく置き物などの飾れる物を加工してもらい、それを贈られるでしょう。
「ふむふむ」
自分の領地で取れる特産品を使った物なので、相手にも喜ばれるだろう。
花を用意するのは花屋かお気に入りの花を相手に渡したい人、または男女間で送り合う程度で、自宅で飾るにしても近くに咲いている物か、花屋で買うのが普通だそうだ。
ウチの場合だとスライムの魔石になるだろうか。
他の人たちも挑んでいるとはいえ、ウチと比べると消耗させてしまう分小さくなる。
それでもある程度の稼ぎにはなるということから、主に魔法を放てる人たちが挑んでいる。
身体強化と武器に魔力を流してゴリ押しする人もいると組合で耳にしたこともあるけど、今のところ遭遇していない。
・・・拳でスライムを吹っ飛ばしているらしいから見てみたいねんけどなー。迷宮は広いからなかなか遭遇せぇへんわ。
「ウチならスライムの魔石やな」
「ですが、それは向こうの主となる商売道具でもあります。有用なのは理解できますが、他の物の方がいいのではないでしょうか」
「うーん。たしかに早く働けって急かされてる感じもするなぁ。じゃあ……ホーンボアのお肉とかかなぁ」
「それは喜ばれると思われます。食べきれない分は加工に回せますし、何よりリトルボアではなくホーンボアの肉は市場で食べることはあっても、リトルボアと比べると高いので一般家庭で出るのは稀です。食べやすいのでお祝い事にはとてもいいですね」
「ほな決定!問題は解体とか軽量袋に入れるところやけど……そこはまぁ何とかなるか」
周りにいる人に手伝ってもらってもいいし、組合で暇してる人を連れて行ってもいいだろう。
道中の素材とホーンボアの肉以外を渡すと言えば受けてくれる見習いは多そうだ。
・・・それよりもミミと行く方がええやろか?解体できるしウチより力もあるし身体強化も使えるから軽量袋にも入れてもらえる。道中の素材があれば食事にも使えて買い物もできる。ウチとしても全く知らん人と潜るよりは気楽やから……そうしよ!
そうと決めれば後は実行するだけだ。
保管されている一昨日狩られたホーンボアの肉を切り分け、塩で味付けをして焼く。
その間に野菜を切ってドレッシングをかけ、パンを上下に切り分けて準備する。
肉が焼けたらパンと野菜で挟み、熱が落ち着いたらクリアの葉で包む。
それをウチに1つ、ミミには念のため3つ、手伝ってくれたリーゼに1つ作った。
ウチとリーゼは1つで十分お腹いっぱいになるけれど、半獣のミミは確実にウチより食べる。
それは既に経験済みだ。
もし余ったとしても、持って帰って食べてもらえばいい。
「じゃあ行ってきます!」
「はい。行ってらっしゃいませ。こちらはわたしが施錠いたします」
「はーい!よろしゅう!」
家の鍵を組合証を入れているポーチに入れて、軽量袋を背にミミがいるであろう市場に向かう。
昼を過ぎているから何かの仕事でいないかもしれないけれど、その時は明日の約束をすればいい。
肉も急ぐ必要はないのだから。
色々考えながら奴隷商のところへ向かうと、以前より大きな天幕の横に並んでいる人が減っていた。
ミミに聞いた話しだと外に並んでいる人は何かしらの作業ができる人たちばかりなので、比較的売れたり借りられる傾向にある。
今いるのはいかにも戦えますと体つきで語っている傷跡が目立つ筋肉質な男の人に、体のメリハリが凄い美人の女の人。
絵を描くことができるのか毛皮にたくさんの絵の具がついている猫の獣人に、パフォーマンスのためか慣れた手つきで野菜を刻んでいる犬の獣人と様々だ。
刻まれた野菜は市場の出店で料理に使われるらしく、机の前に立て看板で宣伝している。
こういうお金の稼ぎ方もありなんだなと感心していると、天幕から出てきたおじさんと目が合った。
「どうした嬢ちゃん。ここは子供が1人で来る場所じゃないぞ。身売りなら大人と一緒に来い」
「売らへんわ!おっちゃんはこのお店の人?」
「おぉ元気だなぁ。おじさんはこのお店の店主だ。身売りじゃないなら買いか借りか?あまり子供の来る場所じゃないんだが……」
腕を組んで首を傾げるおじさん。
服装は一般的な上着とズボンだけど、腰にじゃらりと何本もの棒を下げている。
あれが大人が話していた『指示棒』だろう。
相手を指すために先端が尖っているのかと思っていたけど、大人が握れるぐらい太い棒で一部に突起があるのはそれぞれ輪っかと魔力で繋がっているからか。
棒の仕組みはウチに関係ないので、さっさと要件を話すことにした。
「ミミおる?」
「ミミ?なんでミミのことを知ってるんだ?もしかしてどこかで一緒に遊んだのか?」
「ちゃうちゃう。ミミとは迷宮で会ってん。ほら、ミミから聞いてへん?危ないところを助けた請負人の話」
「あぁ!あの肉をやたらと持って帰ってきた日のことか!え?!話に出てきた請負人は嬢ちゃんのことなのか?!」
「せやで!固有魔法あんねん!」
「あー、それなら可能だな」
疑わしそうな目でウチを見ていたが、固有魔法のことを話すと納得してくれた。
納得してくれるのはありがたいけれど、証拠を示したわけではないのにいいのだろうか。
おじさんからすると固有魔法うんぬんはどうでもよく、奴隷がお金になればそれでいいと考えているのかもしれない。
「そんで、ミミをどうするつもりだ。買うのか?」
「いや、今から迷宮に潜るから解体で借りようかなと。ウチ解体できへんねん」
「まぁ、その小ささでは厳しいな。ふむ。ミミなら中にいるから1日あたり大銅貨3枚で貸し出しできるぞ。1の鐘が鳴ったら日付が変わる。だから、それまでに返しに来れば1日分で済む。ただし、ミミが大怪我をしたり死んだら買い取ってもらうことになる。金貨10枚だ。それでも借りるのか?」
「問題ないで!行くのは地下5階までやし、金貨10枚もある!」
心配そうに見てくるおじさん。
店番や調理で借りるなら命の危険はほとんどないけれど、迷宮に潜るとなると怪我や死ぬ可能性は一気に上がる。
店でも運が悪ければ喧嘩に巻き込まれて怪我をすることもあるだろうが、その時は喧嘩をした側に責任を取らせるそうだ。
しかし、迷宮では怪我を負わせてくるのは魔物なので責任を取らせることはできない。
そうなると借主が損害分を返すしかないのだ。
ちなみにレシピの販売や魔石の買取で金貨10枚はあるから、万が一があっても問題はない。
・・・地下5階までに命を落とすなんてそうそうないやろ……と思ったけど、ミミがその状況やったな。複数のリトルボアに1人で囲まれるなんて普通の見習いやったら対処できそうにないし。なんせ自分と同じかそれ以上に大きいねんから。あかん……見捨てて行った奴らへのムカつきが再熱してきたわ……。
「そうか。なら、ミミを連れてくる。大銅貨3枚を用意しておいてくれ。あと、その金貨はしまっておけ。悪い奴に見られたら攫われるぞ」
「了解や」
念のために見せた金貨の入っている皮袋をしまい、おじさんを見送る。
近くにいた筋肉ムキムキの奴隷が驚いてこちらを見ていたぐらいで、他に見ている人はいなかったのは幸いだろう。
おじさんを説得するためとはいえ、不用意に大金を取り出したのは失敗だ。
1人入口で反省していると、大きな天幕の中で何人かが騒いだような声が聞こえた後、ミミを連れたおじさんが戻ってきた。
「嬢ちゃん。ミミを連れてきたぞ」
「おおきに。疲れた顔してるけどなんかあったん?」
「いや、まぁ、店の中でちょっとな。それよりミミ、迷宮へのお誘いだ。気を抜かずしっかりとな」
「はいだよ!」
「嬢ちゃんは手付けでまず大銅貨3枚出してくれ、後はかかった日数分返却時にもらう」
「ほい。大銅貨3枚」
「確かに。じゃあ気をつけて行けよ」
おじさんと店の前に並んでいた奴隷に見送られて迷宮へ向かう。
素材の下拵えをしている人からミミに向けて声がかけられたのが妙に印象に残った。
他の人からは何も言われていないから、目立っただけだと思うけど。
「それで、何があったん?」
「え?なにって?」
「ミミが出てくる前になんかあったんやろ?ちょっと騒がしかったし、おっちゃんも疲れた顔してたで」
「それはね、迷宮でミミを置いて行った人たちが自分達も連れて行けって騒いだからなんだよ」
「なんやそれ。簡単に仲間を置いて行くような人をウチが連れて行くわけないやろ」
「自分達の方が戦えるとか、半獣にはもったいないとか色々言ってたのを、奴隷商さんが一喝して黙らせたんだよ」
「へー、おっちゃん良いとこあるやん。食事は少ないのに」
「奴隷商さんからするとみんな等しく商品だから管理はしっかりしてるんだよ。あと、食事が少ないのはミミの値段を上げないようにしているだけで、望めばお腹いっぱい食べることもできるんだよ。それでもミミは売れないんだよ」
「なるほどなー」
商品同士で傷つけ合わないように仲裁しただけのようだ。
昨日聞いたミミの食事具合が、環境ではなく自分で選んだ結果だとわかったところで、一つ気になる事ができた。
「おっちゃんにミミが大怪我したらお金払わないとあかんって説明されてんけど、迷宮で助けた時は誰かに借りられてたん?」
「誰にも借りられてないんだよ。だから、もしあそこで死んでたら奴隷商さんが損しただけになるんだよ」
誰にも借りられていない状態で置いて行ったら大損になる。
そんなことをした他の奴隷について聞いてみると、やっぱり怒られていたようだ。
その件もあってミミに厳しく当たるようになって騒いだのだろう。
ウチとしてはミミ以外を借りるつもりはないから、居心地が良くなるような何かがあればいいと思いつつも、何も思い浮かばなかった。
「それで、今日は何をするのだよ?」
「ホーンボアの肉を取りに行くで!」
「ホーンボア……あの角が長くて体が大きなボア!ミミには無理だよー!」
「大丈夫や!ウチに任せておけばええねん!」
以前解体しながら眺めていたのでホーンボアの姿は知っているミミ。
複数人の請負人が倒しているところは見ていても、自分達で倒せるとは思っていないようだ。
そんなミミに対して戦法を説明しつつ1日かけて地下5階へ進んだ。
道中ボアバーガーを食べさせてあげるととても喜ばれ、瞬く間に3つ平らげられる。
それ以降は取れたてのリトルボア肉とパンを食べて進んだ。
問題のホーンボアは、突進してきたところを退魔のハリセンで叩くことで魔力を散らしてふらつかせ、そこにミミが全力で突き込むことで倒すことができた。
その後は階層主前の広場までミミに運んでもらった上に解体を任せ、魔道具技師に渡す分以外と道中の素材をミミに無理矢理持たせて迷宮を出た。
「ありがとうだよー!」
「よかったらまた誘ってやってくれ。買わないにしても食べ物が増えるのは助かる」
「まぁ、タイミングが合えばやな!」
「それでかまわんさ」
これで数日分の食事は問題ないと喜ぶミミを尻目に、奴隷商のおじさんにかかった日数分のお金を渡して別れる。
迷宮の中で1日を過ごしたとはいえ、昼過ぎに入ったのでまだ日は落ちていない。
今ならお土産を持って行っても問題ないだろうと、聞いている場所へと向かった。




