魔導国の魔道具技師
「もう1人では絶対に行かんからな!!」
「おぉー。帰還と同時に荒れてるな魔石狩り!」
「そんなにしんどかったか」
「1人で迷宮に潜る人の気がしれんわ!!」
ようやく見ることができた外の景色に涙が出そうになりながらも、ウチはプンスコと怒りながら歩く。
ミミと別れて迷宮を進んでいる間は良かった。
道中の魔物は気絶させることしかできなかったけど、たくさんの請負人が活動しているから賑やかだったし、階層主前の開けた場所では食事を一緒にしないかと誘われたぐらいだ。
でも、それが新階層になると全然違う。
ごく稀に魔法を使ってスライムと戦っている人もいるけど基本ウチかスライムしかいないため無音。
ライトスティックの光が届く範囲しか見えない中を、ウチ1人で歩いてスライムを見つけたら倒すという戦闘より作業の方が近い言葉になることを繰り返していると、だんだんと気分が沈んでいったのだ。
楽しめることといえば食事と睡眠だけど、睡眠はともかく食事は保存食ばかりで美味しくない。
その鬱憤がジャイアントスライムを討伐したことで爆発して、魔法陣を出た直後の叫びになった。
「おっちゃん!ウチ用に少なめで!」
「あいよっ!」
迷宮前の広場で食事を取る。
近くには出店の料理を座って食べられるようテーブルセットがいくつもあり、空いている場所に座って水は自分で出した。
「んま〜!数日ぶりのしっかりした食事!これやこれや!」
屋台で買ったリトルボアの肉と野菜の炒め物を堪能する。
肉の脂で焼かれた野菜は香ばしく、塩も味を引き立たせる程度にしか振られていないため、野菜の甘さが程よい。
キャベツやにんじんの噛めば染み出す甘さが、迷宮疲れのウチを癒してくれている気がする。
荒れていた気持ちが落ち着いたのだから、いかに食事が大事かがわかる。
「やっと帰ってきたで……お?馬車が止まっとる。小迷宮伯……はウチらを呼ぶはずやし、お客さんか?ウチらに?」
陽の光が傾き始めた頃、食後の休憩を終えて家へと向かうと、入り口前に大きな馬車が止まっていた。
ライテ迷宮伯の馬車かと思ったけれど、家紋が描かれておらず装飾もない。
大きさは8人乗りの馬車ぐらいで幌が付いていて、中を覗きたい衝動に駆られるけれど好奇心を抑えて家に入った。
「ただいま〜」
「おかえり。どうだった」
入ってすぐにアンリと出会った。
その手には一つ前に取ったジャイアントスライムの魔石がある。
「ジャイアントスライムは問題なし。ただ、もう1人で迷宮に潜るのは嫌やとハッキリと思ったわ。今度からは誰かと一緒じゃなきゃ潜らんで」
「どうして」
「1人やと寂しいから」
「わかった。みんなにも伝えとく」
「よろしゅ〜。ほんで、あの馬車はなんなん?」
「さっき到着してガドルフとキュークスが話している。これを持ってきてほしいと言われた」
「だから持ってたんやな」
ジャイアントスライムの魔石を軽く持ち上げるアンリ。
1つ目はライテ小迷宮伯に献上、2つ目は請負人組合で飾られていて、3つ目は中迷宮へ向かう商人が組合から高値で買って行った。
4つ目と5つ目は一旦ウチらで管理ということで、
1つはウチの魔力鍵付きの宝箱に入れていて、もう1つは他の魔石と共にアンリの研究用になっている。
あまりほいほい市場に出てこられても困るためウチら管理になったから、軽量袋に入っている6つ目も宝箱行きになるだろう。
そんなジャイアントスライムの魔石を持ったアンリと分かれて部屋に向かい、スライムの魔石が入った皮袋を宝箱に入れる。
ウチにとっては新階層で簡単に取れる物でも他の人では違うからと、口酸っぱく管理の重要性について言われているからだ。
決して魔石転がしをしすぎて散らかしたから怒られたわけではないと言い訳しておく。
「エル。片付けが済んだら商談部屋に魔石を持って来てちょうだい」
「はーい、ちょっとしたら行くわー」
迷宮用の服から普段着用の服に着替え、水生みの水をくぴくぴと飲んでいたら、ノックの音とともにキュークスから声がかかった。
残りの水を一気に飲み、乱れていないけど服を手で整えて、宝箱から魔石の入った皮袋を取り出して商談部屋に向かう。
ノックをすると中から扉が開き、掃除や買い出しで出入りしている侍女のリーゼが見えた。
リーゼはウチを中に入れるとウチを席へと案内してくれた。
3人掛けのソファの真ん中に座らされるウチ。
右隣にガドルフが、左隣にはキュークスが座り、後ろにアンリが立っている。
テーブルを挟んで向かいには同じく3人掛けのソファ。
真ん中にイカついおじさん、その右隣に爽やかな青年、左隣に少年が座っている。
ベアロは飲みに行っているか、組合で見習いへ戦闘訓練をしているはず。
「こんな子供がさっきの魔石を?見習いのランディより小さいじゃねぇか」
「固有魔法でしょう。むしろそれしかありません」
「えぇー?!僕より小さいのに固有魔法が?!」
「こんな小さいのにどんな目に遭って何を願ったのやら……」
イカついおじさんがまじまじと見てきて、青年が固有魔法ではと断言して、それを聞いた少年が驚く。
最後におじさんがため息をつきながらも納得したようだけど、この人たちは誰なんだろう。
少なくとも表に停まっていた馬車でこの人たちが来たという予想はできる。
「おっと悪いな嬢ちゃん。つい気になっちまった。俺はドレアス。魔導国マギストスで魔道具技師をしていた。店は長男とその嫁に任せて俺は次男のマリアスに弟子のランディを連れてこの街に来たってわけだ。そしたらここに案内されたのさ」
イカついおじさんはドレアス、青年が息子のマリアス、少年が弟子のランディ。
ドレアスは40歳、マリアスは18歳、ランディは11歳でまだ見習いらしい。
今回ライテ小迷宮伯の話を受けた理由は単純で、1番近い領地の中で身軽に動けるにはドレアスだったからだ。
ライテ小迷宮伯が迷宮王国経由で魔導国に魔道具技師の派遣を要請すると、魔導国側で審議された結果1番近い場所が選ばれた。
それは山脈を挟んですぐの領地で、選ばれた理由は移動にかかる日数が少ないことと、迷宮王国との貿易が盛んなことによって馴染みやすいだろうとのこと。
指名された領主はドレアスたち魔道具技師を集めて、誰か行ってくれ選出は任せると丸投げしたらしい。
それを受けて魔道具店の店主たちが話し合い、妻と死別していて後継者の長男も順調に育っているドレアスになり、せっかく行くならと新しいものが好きな弟子と根付いた時の後継者として次男を連れてきていた。
「なるほどなー。ウチはエル!よろしゅう!」
「おう。エルだな。何か欲しい魔道具があったら言ってくれ。こっちじゃああんまり魔道具が出回ってないから、しばらくは請負人向けの道具を作って魔道具屋に卸すつもりだ」
「ふーん。出回ってないんや。なんで?」
「高価なのとメンテナンスするためには知識と技術がいるからだろう。一般に出回っているのは手で持てるような魔石を交換すれば何度も使えるものがほとんどだ。貴族でようやく設置型の魔道具ってところか。まぁ、魔導国が技術を独占しているっていうのもあるだろうが……」
顎ひげをジョリジョリと触りながら話してくれるドレアス。
話の内容も気になるけれど、髭の触り心地も気になる。
・・・魔石あげたら触らしてくれるやろか。手触りが気持ち良さそうやねん。
「ライテ迷宮伯から依頼された魔道具は作らないのか?」
「もちろん作る。作るんだがここで生活する基盤もいるだろ?だから、まずは需要のある魔道具を作りつつ素材の流通具合を確認。折を見て試作品を作ってビッグスライムのところへ案内してもい、試しながら開発って流れだろうな」
「対スライム用の魔道具を作るだけじゃなかったのか」
「ああ。魔導国への魔石の流通と引き換えに技師を派遣って流れだな」
そこからは大人による難しい話が始まった。
開業にかかる経費は小迷宮伯持ちだの、次男のマリアスは体の線は細いけど意外と戦えるだの色々だ。
早々に飽きたウチがランディに目を向けると、視線を感じたのかウチの方を見た。
「いいもん見したろか?」
「いい物?」
「ほれ」
「皮袋……たくさん入ってる」
「開けてええで」
「わかった」
渡した皮袋を開けるランディ。
中を見た瞬間目が見開かれ、手がゆっくりと差し込まれていく。
じゃらじゃらと鳴る魔石。
その音が横から聞こえたからか、ドレアスが皮袋の中を覗き込む。
「な?!」
「師匠……」
呟きながら皮袋から出てきたランディの手には、アンリが持っている物と同じジャイアントスライムの魔石がある。
「いや、俺はそれよりもこの数の魔石に驚いたんだ」
「え?そうなん?」
「あぁ。嬢ちゃんがアンリの持ってる魔石を取ってるのは聞いてたからな。入っててもおかしくねぇ。ただ、この魔石の量は想像してなかった。大きい上に色々な属性もある。これを使えるなんてこの街に来て正解だな!」
「父さん、俺にも見せてくれ」
「おう。いい魔道具が作れそうだ!」
嬉しそうに笑うドレアス。
ウチがビッグスライムから取っている魔石は大迷宮や中迷宮に出てくる魔物からも取れる。
しかし、そういった魔石は迷宮王国内の貴族やま同国の首都や大きな領地に運ばれて、ドレアスのいたところにはあまり入ってこないそうだ。
その結果、設置して使う大型の魔道具作成は予約制になり、魔道具技師に対する魔石の量が不足がちになる。
迷宮王国に近いからか、街を出れば魔物に遭遇するので足りなければ自分で取りに行く能力も求められるらしい。
「そんじゃまぁ挨拶は終わったから帰るわ。嬢ちゃん魔石よろしくな!」
「ウチに任せとき!」
魔石で盛り上がった後も大人たちは色々話をしていて、ランディも聞きたそうだったこともあって、ウチはアンリと魔石転がしで時間を潰した。
そして、ドレアス一行が帰るのを見送り、夕食がてら情報共有を行なった。
この時に1人で迷宮に潜るのは寂しいと伝えたところ、誰かが一緒に潜ってくれることになった。
基本1人で行動しやすいアンリで、ウチを背負って暴れたくなったらベアロが、この2人が忙しい場合ガドルフかキュークスがついてきてくれる。
これで一安心だ。
「あ、そうそう。今日人助けしてん」
「そいつはいいことしたじゃねぇか!」
「どんなことをしたの?」
「あんなぁ……」
報告の流れでミミの事を話した。
仲間を簡単に見捨てたことに憤り、ミミを助けた事を褒められ、半獣だったことにみんながなんとも言えない表情を浮かべる。
嫌悪している感じではないけれど、どうすればいいのか、何を言えばいいのかわからないといった感じだ。
何も言われなかったので、そのまま一緒に進んで魔物を倒し、持ち帰れない物を譲って別れたところまで話した。
バーガーの約束をしたことも忘れずに伝える。
「やっぱみんなも半獣は嫌いなん?」
「いや、俺たち獣人は人族のように半獣を嫌っているわけじゃない。どちらかといえば扱いに困ってるんだ」
「一部分に獣の特徴があっても体力や筋力は大きく違うわ。だから肩を並べて戦うことができなくてどう接すればいいかわからないのよ」
「獣人の俺たちはな!アンリはどうなんだ?」
「わたしは特にない」
「ベアロ、聞く相手が間違ってる。アンリは魔法が絡まないなら、害がなければそれでいいと割り切ってるんだ。興味がないとも言うが」
「その通り」
何度も依頼を受けた結果、獣人組にもアンリは魔法にしか興味がない魔法バカと判断されてしまった。
そんなアンリにとって半獣は興味のないことのようだ。
・・・ウチには優しいし、他の人から頼まれたことはしっかりやるんやけどなぁ。魔法が絡まんかったら他の人のところへ行かへんところが徹底してるわ。
「エルの好きにしたらいいだろう!身体強化できないんだからある意味誰とでも組めるし、固有魔法を使えば誰でも助けることができるからな!」
「そうだな。無茶をしなければ仲良くしても構わないが……」
「奴隷だから奴隷商が移動する時に一緒にいなくなるわよ?」
「それはしゃーないで。ポコナと別れたのと同じやん。寂しいけどウチにできることはないで」
「てっきり購入すると言い出すかと思ったぞ」
「うーん……奴隷はよくわからんからなぁ……。買うか見殺しにするかやったら買うやろうけど、してもらうことないのに買うのは可哀想やん。同情みたいなやつで」
「それがわかっているならいいわよ。ただし、何かするときは事前に声をかけること。わかった?」
「わかったで!」
買うことを考えなかったわけではない。
しかし、してもらうことも無ければ買う理由もなく、買うことで関係が拗れて友達ではなくなるだろう。
ご主人様と奴隷でありながら友達は難しいことは考えなくてもわかる。
他にもミミの値段も知らないため、ウチの貯金で足りるかもわからない。
せめて何かやる事があれば買ってもいいかもしれないけれど、解体はできても戦えないミミは迷宮に向いていない。
ウチが倒してミミがトドメと解体もできなくはないだろう。
ただし、この場合守りが足りなくてミミが大怪我しそうだ。
・・・色々難しいなぁ。とりあえず考えるのは明日のウチに任せて寝るかー。




