依頼の副目標
部屋割りは獣人3人が1人部屋、ウチとアンリが同じ部屋になった。
2人部屋にはベッドが2つ用意されていたので、それぞれのベッドで眠る。
どうやら1人部屋が屋主やその家族用で、2人部屋は住み込みが暮らすための部屋らしく、広さは1人部屋と変わらず、ベッドとチェストが2つずつあるため狭く感じる。
寝るだけなので狭さは全く問題ないが。
「よーし、組合で朝食を取ったら依頼の説明を受けるぞー」
「はーい」
しっかり眠った翌日、ガドルフを先頭に組合へ向かう。
昨日、組合長補佐から朝食後ぐらいに来てくれと言われていたそうだ。
いつの間にそんな話をしたのだろうか。
「よく来てくれた。さぁ、座りな。依頼の説明をしようじゃないか」
組合の食事処で朝食を取り、受付に行くとすぐに組合長室へと案内された。
そこで待っていたのはもちろん組合長のベルデローナだ。
少し疲れが見える様子に首を傾げつつ、勧められたままソファに座ると、家まで案内してくれた補佐の人がお茶を入れて配ってくれる。
それを飲みつつ組合長を見ると、目元を揉んで深呼吸していた。
「お疲れなん?」
「あぁ……色々整理することがあってね。ひとまず、依頼の前の新階層について話そうか。階層主は9日で復活したよ。名前はジャイアントスライムに決定。道中のスライムはビッグスライムだ」
「名前シンプル過ぎへん?」
「いちいち凝った名前を考えても伝わらなければ意味がないだろ。特徴を捉えていればいいんだ。大きさや住処、特定の部位だけ異常発達していないかどうか。それだけで十分区別できるし、素材を扱う側としても管理しやすいのさ。分裂型特大迷宮スライムなんて名付けても、結局使うのは組合員がほとんどだ。覚えやすく初めて聞いても想像しやすい名前にするに越したことはないね」
「たしかにそうやな〜」
草原にいるウサギだから草原ウサギ、ツノが生えたら角ウサギ。
腕が異常に発達して一撃が凄く重くなったアームベアに、迷宮みたいな蜘蛛の巣を張るメイズスパイダー。
聞いただけではわからないかもしれないけど、名前さえ覚えることができれば組合で聞くこともできるし、他の組合員に聞いてもいい。
覚えやすさは大事だ。
それに、ビッグの次がジャイアントになる暗黙のルールがあるため、通常より大きいビッグ。
ビッグよりもさらに大きいジャイアントと聞いただけで相手が普段目にする魔物より大きいことがわかるだけでも十分助かる。
そんな風に1人納得して頷いていると、ベルデローナが咳払いをして話を切り替えた。
「依頼についてだが、エルを指名して呼んだ時は定期的な魔石の採取だけだった。だが、小迷宮伯の方でも色々あったみたいでねぇ。追加で頼みたいことが増えたんだ」
「魔石を取る以外に?」
「そうだ。今のところ消耗が非常に少ない魔石を取るためにはエルの固有魔法か、装備が整った実力のある者を呼ぶしかない。しかし、他所から呼びつけてスライムを狩れと依頼するには見入りと達成感がねぇ……」
魔石以外で得る物のないスライムでは倒しがいがなく、素材を得るという意識だけで倒し続けるには少々辛い相手な上に、少しでも油断すれば武具に対して溶解液がかかり大ダメージにもなる。
ずっと緊張し続ければ疲れるし、注意も散漫になるためあまり長いしたくない階層だ。
ウチならば気を抜いていても問題はないけれど、護衛をするガドルフ達にも負担があるだろう。
「魔石はいい値段で売れるんちゃうの?」
「今はそうだ。だが、定期的に手に入るならば値段を下げる必要が出てくる。しばらくは魔道具の数を増やすことに専念するだろうから下がりはしないだろうが、いずれ下がることは明白だ。そんな稼ぎが下がる一方の場所に実力者を呼べないだろう?」
「たしかにな〜。ウチはスライムから魔石取るだけで十分やけど、強い人はその人しか倒せない魔物倒そて素材を集めた方がええやろ」
「そういうことだね。緊急事態なら躊躇わずに呼びつけるけど、普段は中迷宮で中位以上の魔物を相手にしている奴らを呼ぶにはまだ需要がはっきりしていないのもある。よほど魔石が必要だとならない限り増員はないだろう。今はどこも人手不足さ」
「それは他の迷宮でも階層が増えていることも関係しますか?」
「そうだよガドルフ。あんたは頭が回るみたいだから、この子を助けてやりなよ。それで、他の迷宮だが、小迷宮で新階層を踏破したのはここだけだ。他はアンデッドや状態異常、幻惑に罠だらけと苦労しているみたいだよ。まぁ、ここもエルがいなけりゃライテの組合員では厳しかっただろうし、似たようなものだね」
「そうですか。ありがとうございます」
「いやいや、依頼を受けてもらうんだ。情報の開示ぐらいどうってことないさ」
この言葉に苦笑するガドルフとキュークス。
こっそり理由を聞くと、話すんだから依頼を断るなよという報酬の前払いのようなことをされたらしい。
世間話の中で普通なら知り得ない情報を出すことでこちら側に引き摺り込むという、貴族や豪商の使う手だった。
もちろんベルデローナはウチらを逃さないために話したわけではなく、冗談で一言添えたようだったが。
「追加の依頼は新しく作る魔道具の試用を行なってほしいというものさ」
「新しい魔道具?」
「あぁ。新しいとは言ってもまだ設計図すらできていないがね。今のところエルがいれば魔石は手に入る。しかし、エルがずっとここに居るわけにもいかないだろう。請負人は自由に依頼を受けてこそだ」
「エルの代わりにスライムから魔石を抜き取ることができる魔道具を作ろうということですか?」
「本当に頭の回転が速いねガドルフ。その通りだ。これは小迷宮伯たっての願いで、そのために拠点まで用意させたのさ」
家を用意したのは小迷宮伯だが、その交渉をしたのはベルデローナだった。
定期的に魔石を取らせるためだけなら指名依頼の料金を割り増しすればよかった。
そこに将来のために魔道具を導入する計画を追加したことでウチらへの負担が増えることになる。
それもお金で解決してもいいのだが、現時点で成功するかわからないことに協力目的で参加させると継続して支払う必要がある。
それならば拠点を用意することで宿代が浮くウチらと、協力費の継続的支払いがなくなる小迷宮伯側で利害が一致するだろうと提案したそうだ。
小迷宮伯側には遊ばせていた家の有効利用などそのほかにも色々ありそうだが。
「事情はわかりました。ですが、誰が魔道具を作るのですか?迷宮王国では修理を主とする魔道具師しかいないはずですが……」
「迷宮王国だけじゃないさ。獣王国と海洋国家群も修繕と改良ができる程度で、新しく魔道具ができるなんて数年に一度くらいだ。だから、魔導国に依頼して魔道具職人を呼び寄せることになったんだ」
「向こうは応じるのですか?」
「応じなければこっちの人員で開発するだけだから、期間が大幅に延びる以外は問題ないだろう」
「そういうものですか」
「そうだ。新しいものを作るんだ。気長にやるしかないね」
最新の魔道具を開発するのは魔導国が非常に強く、残りの3国はほとんど変わらない。
素材だけで見れば迷宮王国が突出してもおかしくないのだけれど、新しいものを作る発想と技術力が圧倒的に足りないそうだ。
結果としてこういうものが欲しいと魔導国に伝えると、素材と金銭の要求が来て開発。
成功すれば品が届き、数が欲しい場合はまた素材と金銭を送るということになっている。
今回は対魔物用の魔道具のため、こちらに製作できる者を呼び寄せることになるのだが、技術者の流出は厳しく制限されているから、金銭や希少な素材などと交換という扱いになる可能性が高い。
そこまでしてでも小迷宮伯はスライムから魔石を取り出す技術を確立して、安定した供給を行いたいようだ。
これによって迷宮王国の魔道具開発力の向上も計りたいそうだけど、それに関してはそちらでやってほしいので聞き流す。
「追加の依頼についてはしばらく動き用がない。だから、魔石を取るのがエルの仕事だ。階層主の魔石も取れるに越したことはないが、1人では届かないんだろう?それについては自由だ」
「俺たちが着いていけば取れるはずだが……」
「それで大怪我したのはあんただろう。魔法薬は無限じゃないんだ諦めな。それに、エルが迷宮に潜る間あんた達にも仕事をしてもらうよ。ガドルフ達獣人は討伐、アンリは魔力が見えるから色々調べてもらうことになるだろうね」
「それだとエルが新階層まで向かうのに護衛が居なくなります!」
「この子に護衛がいるのかい?もちろんいきなり1人で行けなんて言わないさ。だが、ゆくゆくは自分にしかできないことは1人でできるようになってもらわなきゃならないんだ。最初は心配だろうけど、徐々に慣れさせな。それにウアームの評判を聞いた商人がエルに清掃の指名依頼を出すだろう。子供の成長を見守るのも保護者の仕事だよ」
「わかりました……」
ガドルフは渋々納得した。
キュークスも耳がぺたんとなっており、ウチが1人で迷宮に行くことは想定外だったようだ。
ベアロはそれぞれの役割をはっきりさせるやり方に納得したのか頷いていて、アンリは何か考えているのか空を見ている。
ウチとしては移動が遅いことへの心配と、1人は寂しいという思いがあるけれど、迷宮に1人で行く分には納得している。
ジャイアントスライムの魔石をどうにかして取ることができれば言うことなしなのだが、方法は思い浮かばない。
・・・輪っかになったロープを投げて引っ掛ける?ウチの腕力じゃ届きそうにないな……。ハリセンが通用すればええけど、スライムは検証の時に叩いてないからビッグスライムで試すしかないな。
「納得したようですね。心配なのはわかりますが、過保護なのは良くありません。とは言っても幼いのですから自然なこと……無粋なのはわたくしでしょうね。それでも、組合長として見習いではなくなった者への扱いというものもあります」
「はい」
「エル。厳しいようだけどあなたのすべきことをしなさい。そうすれば自ずと評価されます。外からも、身内からもね」
「わかった」
「いい子だね……。仕事に関わらないところで何かお礼を用意しよう。希望があれば時間のある時に教えてくれるかい」
「はーい」
今は特に欲しいものはない。
家に何が不足しているのかもわからないからだ。
「それから、取ってもらう魔石の数だね。今のところ30日で200個ほどを予定しているんだが、まずは挑戦してもらってから個数を調整するとしよう。やり始めたら無理な数かもしれないからねぇ」
「ウチはそれでええで!」
「それじゃあ迷宮に行くときに受付に声をかけてくれ。日数と得た魔石のカウントに使うから」
「了解や!」
ひとまずの話はこれで終了ということになり、組合長室を出た。
これから全員で必要な家具や食材を購入することになる。
共用のものは全員で出し合ったお金から払い、個人のものはそれぞれで払う。
共用費が減ったら全員で同額を出して増やすということだ。
これはパーティ資産と個人資産に分けるという普通のやり方だそうで、ウチとアンリが入ったことで以前のパーティ資産を獣人組で分けて、5人で再度出し直す。
とりあえず金貨1枚かと思って取り出したら呆れられた。
全員しれっと出したけれど、普通は銀貨数枚から始めるそうだ。
・・・最初に出したウチが悪いんやろうけど、そういうのは早く教えてほしかったわ。しかも、ウチの持ってるお金はベアロより多い気がするな。ウチ酒飲まんしレシピ代もあるから。




