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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
請負人見習い

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11/305

ご飯の美味しいお宿

 ベランの商会を後にして門を背に進むと、石畳が十字に分かれた。

 まっすぐ進むと領主のいる屋敷があり、右には住民の家、左には武器や防具を専門に扱うお店、宿屋などの旅をする人を対象にしたお店がある。

 その通りを脇道に入ってしばらく進むと、小さな畑がぽつぽつと現れる。

 魔物が現れる結界の外では気兼ねなく畑作業ができない。

 そのため、街の中でも畑を作っており、足りない分は周囲の村から購入、それでも不足する分は日持ちする物や、保存できるように加工した物を他国から輸入して賄っている。

 こういった事情により請負人の護衛依頼は常に一定数存在し、護衛専門のパーティがいくつも組まれる。


「通りの裏側にあるん?」

「そうよ。獣人は体の大きい人が多いから、建物も大きくなるの。だから、建てる場所も街中から少し離れるの」

「へー」

「賑わっているところから離れる分、周辺が静かだったり、たくさんの匂いが混じったりしないから助かってるのよ」

「そうなんや」


 ベアロは3人の中で1番大きいけど、ガドルフとキュークスも護衛だった人達やベランと比べると大きい。

 キュークスでベランより少し大きいくらいだから、獣人の平均サイズが3人ぐらいあるとしたら普通の人サイズで作られたベッドは使いづらいはず。

 特にベアロ。


「ここよ」

「1階が宿泊者向けの食堂、2階が1人部屋か2人部屋、3階が大人数部屋と特殊な部屋が必要な獣人用だ。周りにある酒場も獣人を相手にしていて、普通の人間も少しはやってくるな」

「後はこの宿は酒禁止なんだ!飯に力を入れててな!美味い飯と酒を楽しみたいんだが、酔っぱらいに絡まれないようにするためでもあるから仕方ない!」


 力がある獣人が暴れると、人が暴れた場合に比べて被害が大きくなる。

 そのため、一部店舗では獣人お断りを掲げる店もあるそうだ。

 特殊な部屋は緑が落ち着く獣人用に植物を多く飾る部屋、水棲の獣人用に部屋の殆どが水で満たされた容器になる部屋らしい。

 準備と維持に手間がかかるため、宿泊費用は他の部屋の倍以上かかるけど、ゆっくり休みたい獣人にとっては助けになっている。

 ただ、あれば助かる程度の部屋なので、要望がなければ物を撤去して普通の部屋として使われている。


「いらっしゃい!おや、キュークスさんじゃないかい!予定通り……よりちょっと早いご帰還だね!」

「女将さん。またしばらく世話になります」


 入口のスイングドアを通り、中に入るとたぬきの獣人が受付に居た。

 背の高さはキュークスぐらいで恰幅がよく、服の上にエプロンをつけていて、毛むくじゃらの顔のの中で耳や髭がピクピク動いている。

 キュークスに気づいた女将さんは、笑顔で受付台へと手招きしながら、帰還を喜ぶ。

 その顔はとてもいい笑顔で、クリクリとした目は優しい眼差しだった。


 周囲に目を向けると、お昼はやっていないのか食堂部分には誰もおらず、奥の方で夕飯の支度をしているようで、煮込む音と何かを切る音が響いている。

 ちなみにスイングドアは獣人サイズで作られているからか、ウチの頭には擦りもしなかった。


「あいよ!部屋は……おや?可愛い子を連れてるじゃないかい!その子も泊まるのかい?」

「えぇ。今回の依頼で色々ありまして」

「そうかいそうかい!なら2人部屋に変更かい?」

「空いてますか?」

「空いてるよ!そっちの2人は一緒でいいんだね?」

「お願いします」

「あいよ!日数と食事は?」

「ひとまず10日で朝夕をお願いします」

「朝夕食事付きで10日、2人部屋を2つで大銀貨2枚と銀貨4枚ね!」

「はい」

「丁度だね!2階で向かい合わせの部屋だよ!お嬢ちゃんもゆっくりしなよ!」

「ありがとうございます」

「ありがとう!」


 女将さんに手を振ってから2階に上がる。

 部屋の鍵をガドルフに渡して別れると、しばらく休憩してから晩御飯になる。

 道中は2日に1回村に寄っていたので、野営の時も全部が保存食というわけではなかった。

 それでも、作るのは料理を仕事にしている人ではないし、毎回クズ野菜と塩のスープに固いパンと干し肉、運が良ければウサギ肉が出るぐらい。

 泊まった宿も村の規模のせいか、そこまで料理に力を入れることができないようで、ゴロゴロ野菜のスープと大きな肉にパンという内容だった。


 ・・・道中何度も常宿の食事がいいと言ってたから楽しみやわ!なんでも獣人に合わせて素材の味を引き立てつつ、ボリュームもあるらしい。ウチにはボリュームいらんけどな!


「そろそろ夕食に行くぞ」

「お腹ぺこぺこや!」

「楽しみにしてたものね」


 キュークスの荷物整理を眺めながら、夕食に思いを馳せているうちに時間になったようで、ガドルフが扉をノックした。

 洗濯を依頼する物や、使い終わって捨てる物を選り分けたキュークスと部屋の外に出る。

 装備を外してシンプルな格好になった3人と一緒に1階に降り、受付の奥にある食堂へと向かう。


「めっちゃ人おる!」

「この宿は食事に力を入れてるから」

「獣人以外もおるんやな〜」


 食堂には30人ほど居て、それぞれで話しながら夕食を摂っていた。

 獣人用に大きく作られた宿だからこその収容力だ。

 なんせ1部屋が大きいので、部屋数を確保するとその分敷地が必要になり、2人部屋や4人部屋で収容人数を稼ぐと利用客が増える。

 その結果、食堂には普通の人が数人で、他には犬、猫、虎、狼、狐、猿、カバ、馬など様々な獣人がいた。

 獣の顔で飲み物を飲んだり、焼いた肉にかぶりつく姿は迫力があって、これだけ集まるとすごい光景だ。

 宿屋にいるとは思えなくて、少し呆けてしまう。


「お待ちどう!草原ウサギのステーキと、採れたて野菜のサラダだよ!お嬢ちゃんの飲み物は水か果汁水のどっちがいい?」

「えっと……水で!」

「あいよ!」


 席に着いたら女将さんが人数分のステーキと、大きなボウルにこれでもかと盛られた野菜のサラダを運んできた。

 どうやらメニューは固定らしく、聞かれた飲み物はガドルフ達に合わせて水にする。

 ご飯を食べるときに果実水を飲むのは、味が変わって好きじゃない。


「ステーキはともかくサラダ盛りすぎやん。10人前くらいあるやん」

「この宿の売りはお肉よりも野菜なのよ」


 料理が来る前は、対面に座るガドルフとベアロが見えていた。

 だけど、サラダが真ん中に置かれた時点で、山盛りの野菜に2人が隠れてしまった。

 丸くなればウチが入れるぐらいのボウルにサラダが盛られてるのは、どう考えてもおかしいと思う。


「うめぇ!」

「仕事終わりはこれだな」

「良い歯応えね」


 3人は同時にサラダから食べ始めた。

 大きく切られたキュウリをボリボリと食べるベアロ。

 半分に切られたトマトを大きな口で噛むガドルフ。

 口の端から垂れる赤い果汁が、少し怖い印象になりそうだと考えていたら、それを舌で舐めとったことで更に迫力が増した。

 キュークスは大きく千切られたレタスを、シャクシャクと良い音をたてながら次々と食べている。


「ウチも食べよう……んぅ!苦い……」

「エルちゃんは子供だから仕方ないわ。はい、この塩を付けて食べるといいわよ」

「うん。うーん……さっきよりマシやけど、やっぱり苦いわぁ……」


 レタスやトマト、キュウリにセロリと色々な野菜があり、どれも瑞々しくツヤツヤとしてとても美味しそうだったけど、ウチには後味が苦かった。

 塩を付けて食べると野菜の風味が増して、何も付けないよりかは美味しく食べられた。

 でも、やっぱり後味は苦い。

 それでも、後から運ばれてきたスープはとても美味しく、中に入っている野菜もしっかりと食べられた。


 ・・・生野菜があかんだけやな。味付けも塩だけやし。サラダに対してなんか引っかかることがあるんやけど、思い出せんなぁ……。


 3人はサラダをメインに、箸休めでステーキやスープ、パンを食べている。

 塩を付けても野菜は苦かったけど、その中でも比較的食べやすいトマトを塩で食べつつ、ステーキを頑張って半分まで食べた。

 子供用に小さく焼いてくれているのは3人と比べて分かったけど、それでもウチには大きかったので、残りはベアロに食べてもらった。


 ・・・ステーキもめっちゃ美味かった。皮はパリパリ、お肉はしっとり、少なめの塩であっさりとしていて肉汁がジューシー。焼く時間とか色々手が混んでるんやろな。付け合わせの焼き野菜は甘い人参とキノコ。この人参は食べれたけど、生の人参はそのままでは無理や……。苦いもん。


 3人に聞いたところ、鮮度のいい採れたて野菜を食べられるのは作っている農村か、鮮度を保ったまま保存するための魔道具を買える貴族やお金を持った商人ぐらいだった。

 市場で売られている野菜は、収穫から数日経っていて、ほとんどが常温保存なので、安全のために炒めるか煮て食べている。

 運搬も麻袋や木箱に入れられて馬車で運ばれるので、傷付いて痛むこともある。

 余裕があれば水で満たされた樽に入れて運ばれることもあるらしいけど、その分重くなったり運ぶ数が減るので割高だ。

 あとは生で食べる時の味付けが塩なので、子供があまり食べないということも関係している。


「この宿は自前の畑を持っていて、そこから収穫した物を宿で出しているの。もちろん毎日じゃないけどね」

「獣人は生で食べる野菜の歯応えが気持ち良くてな。出先の畑から直接購入することもあるぞ」

「へー。獣人じゃない人達は?」


 獣人に混ざって食事を摂っている普通の人達を見る。

 とても苦しそうに野菜を食べている姿からは、美味しさに身を震わせていた獣人と同じ目的だとは思えない。

 苦しいのは量なのか、はたまた苦味なのかはここからではわからない。


「普通の人間は収穫して数日経った安い野菜を買うことが多いな。焼けば食えるし、スープにすれば普通に美味い。あぁ、この宿に来るやつは旅先で獣人からこの宿のことを聞いたやつだ。美味い料理と聞かされて来るんだ」

「そんでサラダの量に負けるんやな……」

「オススメの理由を深く聞かないからよ。料理のどこが美味しいのか聞いたりするのも情報収集の一環よ。エルちゃんも勧められたらしっかり聞かないとダメよ」

「せやな」


 野菜攻めにあった直後なので素直に頷いておく。

 これが食事だったから良かったものの、良い狩場があると言われて獲物を聞かずに向かった挙句、苦手なことに遭遇すれば目も当てられない。

 3人が美味しいと言っていたので、疑わずに内容を聞かなかったのはいい勉強になったと思う。

 実際、ステーキやスープはとても美味しかったし、サラダも量が多いだけで新鮮だった。


「よし!俺は飲みに行くわ!」

「俺は部屋でのんびりする」

「私たちはお湯をもらって清めるわ」


 夕食を食べきったら自由になる。

 ベアロは近くの酒場に飲みに行き、ガドルフは部屋で休憩。

 キュークスとウチは宿に泊まった時恒例の、お湯で体を拭きあって髪と毛を梳かし合う時間だ。

 キュークスはウチに梳かされるのが好きだそうで、出会った頃よりも毛並みが綺麗になっている気がする。


 ・・・ウチは固有魔法のおかげで汚れが着かないから羨ましがられてるけど、もふもふの方がええやろ。尻尾や耳、頬の毛とか最高やで。


「じゃあ明日の朝食でな!」


 いい笑顔で宿を出て行ったベアロを合図に解散となった。

 女将さんからお湯の入った桶を受け取って部屋へと戻る時、普通の人達が残したサラダを誰が食べるかで盛り上がってる獣人が見えた。

 自分の分以外にまだ食うんやな。


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