ライテの拠点と侍女
ライテへの道のりはのんびりしたものだった。
休憩地点ごとに黒い球体の魔物が出てこないか警戒していたけど、特になにも起きることはなく、無事に着く。
村以外の休憩では、アンリが購入してくれた小さな椅子と足を嵌め込む組み立て式のテーブルのおかげで、ウチでも楽に休憩できた。
「着いたけど、これからどうするん?もう夜やしどこかで休んでから?」
「指名依頼だから、ひとまず組合に到着の連絡をして、翌日改めて詳しく聞くことになるだろうな」
「もうすぐ日が落ち切るしな〜」
組合に入りながらガドルフに聞く。
組合内は依頼完了報告の列や、食事処で飲み食いしている人で賑わっていた。
実習ぶりに来たけどそこまで期間が空いたわけではないので、見かけたことのある人が多く、向こうもウチらのことを知っていて会釈してくる人もいる。
会釈を返したり手を振り返しながら受付の列に並ぶと、別のところから職員がやって来た。
「お待ちしておりましたエルさん。依頼の詳細については明日になりますので、まずは休める場所へ案内いたします。荷物はいったん馬車に置いていただければ、明日お届けします」
「さん付けは背中がむずむずするなぁ……」
一応やめてほしいと言ったけど、ニコリと笑いながらできませんと返された。
よくよく見てみると、組合長付きの補佐をしているおじさんだった。
おじさんは入ってきて直ぐのウチらを連れて組合を出ると、迷宮へと続く道を進む。
途中の道を折れて迷宮を囲む壁に沿うようにぐるりとほぼ半周して、壁から離れて外側へ歩くことしばらく。
周りが民家だらけになってきたところで、ようやく足を止めた。
「こちらになります」
「大きい家やな……」
案内されたのは住宅街にある一軒だった。
家を囲む壁には鉄柵が設けられ、入り口まで石畳の道が敷かれている。
その左右には庭があり、右手には木が生えていて左手には馬車を2台ほど止められるスペースと、その先に花壇がある。
家自体は屋敷と言えるほど大きく、道中の食事処がすっぽり入りそうだ。
家は白い石でできた2階建で、跳ね上げ式の窓がいくつかあり、窓の下にも小さな花壇が用意されていて、かわいい花が咲いている。
奥行きまではわからないけれど、隣にある家の大きさを考えるとそこそこありそうだ。
少なくとも宿で暮らすより良い生活が送れるだろう。
「迷宮伯閣下からの依頼で移動していただいたたため、宿泊先を用意されたそうです。また、依頼が長期になると見込まれるため、宿ではなくある程度の広さがある家になります」
「これである程度なん?」
「はい。以前は比較的裕福な商人が住んでいたのですが、その商人が事業に失敗して没落した際にお金が必要になり、閣下に販売した家になります」
「へー」
入手経路よりも広さに言及してほしかったけど、貴族と庶民では広さに対する認識の違いがあることはわかった。
少なくともウチらパーティは余裕で入れるぐらい広く、部屋数もある程度はあるだろう。
振り返るとガドルフたちもポカンと口を開けたり、周りを見渡したりと忙しそうだ。
「エルさんをお連れしました。後はよろしくお願いします」
「承知いたしました。お連れいただきありがとうございます」
案内されるがままに入ると、侍女が2人いた。
1人は年嵩のピシッとした人で、もう1人はまだ少女と言えるぐらい若い。
2人とも白いブラウスに紺色のロングスカートを履いて、エプロンドレスをつけている。
そんな2人に向けて案内をしたと報告した組合の人は、返事を聞くと踵を返して家を出ていった。
随分あっさりとした対応だけど、組合長の補佐をしていると忙しいのだろう。
全員で見送ると、年嵩の侍女が声をかけてリビングのテーブルへと移動した。
「お茶です」
「おおきに」
ウチらがダイニングテーブルに着くと、少女の侍女がお茶を淹れてくれた。
その数はウチらの分だけで侍女の2人の分はなく、座らずに立っている。
妙な空気に気を取られつつお茶を一口飲んだところで、年嵩の侍女口を開いた。
「初めまして。わたくしはライテ小迷宮伯の元で侍女の取りまとめとして侍女長を拝命している者です。この度はこちらの家について説明をさせていただきます。こちらの家はエル様がライテ小迷宮伯の依頼を受注している間貸与いたします。家賃は不要ですが、依頼の遂行がなされていない場合、貸与を取り消します」
「依頼の内容について確認しても良いかしら?」
「申し訳ありません。わたくしどもは屋敷や家の維持管理が仕事なため、ご依頼について内容を把握しておりません。詳しくは、明日組合長よりお聞きください」
「そうなのね」
キュークスが聞いたけれど、知らないことには答えられないと返されてしまった。
依頼の発行は小迷宮伯と文官が行い、受諾の連絡を受けたことで宿泊地に関する話を進めたため、使用人は詳細を知らない。
雇い主が話さないということは職務上知る必要はなく、万が一何かに巻き込まれるような事があっても、知らなければ何もできないからこその安全に繋がる。
そんな話しをキュークスから聞き、落ち着いたところで説明が再開される。
「皆様はこちらの家を自由に使用していただいて問題ありません。3日に1度、こちらの侍女リーゼが掃除にやって来ますので、何かご用があれば申し付けてください。担当は掃除と洗濯、買い出しになります。掃除は全部屋、洗濯は洗濯カゴに入れていただいたものとシーツ。買い出しはメモ書きをテーブルの上に置いてくだされば対応いたします。食事は皆さんでご準備ください。食器の片付けもお願いします。以上ですが、何かご質問はおありでしょうか」
「買い物の費用はどうなるのかしら」
「報酬から引かせていただきます。不足している場合は依頼完了時点でお支払いいただきます」
「庭も自由にしてええの?」
「大きく損傷させないのであれば問題ありません」
キュークスとウチの質問に淀みなく答えてくれた。
つまり、食事の準備は自分でしないといけない宿のようなものだ。
部屋の掃除と洗濯はしてくれて、庭を荒らさなければ何をしてもいい。
それを宿泊費なしで利用できるのは、とてもいいと思う。
「それではお部屋を案内させていただきます」
質問がないことを確認した後、各部屋を案内してもらった。
入り口を入ると廊下があり、すぐ右手にリビングへの扉があり、リビングからキッチンに繋がっている。
リビングの反対側にはトイレと商談部屋があり、廊下を進むと2階へと上がる階段がある。
階段を上がると1人用の部屋が4部屋、少し広めの部屋が2部屋、廊下の先に天井裏へと続く跳ね上げ式の蓋があり、近くの部屋にある梯子を使うことで登ることができる。
しかし、住み込みの使用人に貸したり、物置として使うような場所なので案内はなかった。
暇ができたら探検すると心に決めてリビングに引き返す。
「お風呂はなかったな」
「裏庭に樽を置けばいい」
「でも、移動するのに外通らなあかんやん」
「キッチンから家の横に出られる。そこなら表からは見えない」
「じゃあそうしよか」
家にはお風呂がなかったけれど、戻りながらアンリに話すと樽を買ってくれることになった。
置き場所はリビングを通って行くキッチンにある搬入用の裏口。
お風呂入るたびにキッチンを通って外に出なければならず、屋根もないので雨が降ると使えないけれど、それは仕方がないと納得する。
お風呂に入れるならそれでいいのだ。
侍女長もそれならば問題ないと許可してくれた。
「ご説明は以上となります。食器や調理器具などはある程度揃えておりますが、食料はありません。ですので、本日は外で食事していただき、明日を様々なものを買う日にされるのがよろしいかと」
「せやなー。もうお腹ぺこぺこや……」
悲しく鳴るお腹を押さえながら外を見ると、すでに日は落ちていた。
夕方に到着してから組合に向かい、家の説明を受けたからこの時間になるのも仕方がない。
鍵を予備含めて2つ受け取り、アンリとキュークスが管理する。
キュークスは獣人代表、アンリはウチと行動することが多いだろうとのことだ。
ウアームでも獣人組は討伐、ウチとアンリが色々と分かれていたので納得だ。
「他に何か質問はございますか?」
「はい!気になることがあるねん。ウチらは真っ直ぐ組合に向かってすぐこの家に来たのに、何で2人は家におったん?ずっと待ってたん?それとも掃除してたん?」
「いえ。皆様が街に入られた際に門番の兵士から連絡があり、急ぎ駆けつけた次第でございます」
「はぁ〜連絡があったんや」
「はい。その通りでございます」
聞けば依頼を受注する意思を示した時点でも連絡があり、ウチらがライテに向けてウアームを発った時にも迷宮伯の兵士が早馬を出して連絡していたそうだ。
これにより大まかな到着日がわかるため、家の管理や人の手配が楽になる。
なので、何かあれば遠慮せずにすぐに連絡してほしいと言われる。
ウチがいれば組合証の提示で小迷宮伯の文官や武官に取り次ぐことができるそうだ。
そこから小迷宮伯まで連絡するか、直接面会するかは取り次いだ者の判断による。
場合によっては担当者の判断で終わることもあるだろう。
・・・至れり尽くせりやな。魔石取るだけじゃない気がしてきたわ。でも、ウアームで見た依頼書は継続的な魔石の入手やったし……なんかあったんやろか。
「わたくしどもはこれにて失礼させていただきます」
「3日後にまた参ります。よろしくお願いします」
「よろしく〜」
これ以上質問が出なかったので、侍女長とリーゼが頭を下げて出ていった。
リーゼの仕事は3日後からで、今日は顔合わせだけ。
必要なものや食料は基本的にウチらで揃えて、不足に気づいた時に手が空いてなければ頼むぐらいがいいようだ。
「それじゃあ夕食にしようぜ!腹が減って仕方がねぇ!今日は肉だ!」
「肉やー!」
「エル行くぞ!」
「おー!」
空腹を我慢できなくなったベアロに肩車されて家を出る。
後に続くキュークスとガドルフが仕方なさそうに笑い、アンリが鍵をかけて早速お店のある方へ向かう。
以前滞在した時に見つけたというベアロおすすめのお店は、大変ボリューミーで美味しい肉料理の店だった。




