ハリセンで倒せるのは魔法生物だけ
アンリがパーティに入る宣言をして、見習いを卒業したウチもガドルフのパーティに入った。
宣言はウチの方が早かったけど、処理の順番でアンリの方が先になった。
解せぬ。
翌日はレルヒッポに連れられて、ウチが請負人見習いになる時に紹介状を用意してくれたベランのお店ですりおろし器の商談をした。
ハンス金物店のビンスも呼ばれており、ウチが実演ですりおろしリンゴとウサカツ、ドレッシングを作成。
そのどれもが好評で、レシピも買い取ってもらうことになり、ベランの家が雇っている料理人の横でもう一度作る羽目に。
応用のレシピも伝えて、レルヒッポが行商の折に広げることになった。
つまり、ビンスはしばらく量産で忙しくなるというわけだ。
そんな2日間の休暇を過ごした翌日、パーティ全員は組合の訓練場に集まっている。
ウチの退魔のハリセンを試すことになっている。
「まずはその……ハリセンとやらを出してもらえる?わたしたちは馬車の護衛や出発準備をしていたからちゃんと見てないの」
「ええで。ほい」
「綺麗ね。貴族が持ってる扇を大きくしたもののようにも見えるわ。ってどうしたのアンリ。変なところを見て」
キュークスに言われて退魔のハリセンを出す。
シュッとウチの右手に現れるハリセンは、相変わらず金色に光りながら小さい粒子を撒き散らしている。
どう考えても豪華すぎる気がするけど、誰も見た目に対しては何も言わない。
得体の知れないものだからそういうものとして受け入れているだけだろうけど。
そんなハリセンをアンリ以外が見ていて、当のアンリはウチの背中や、その後ろの空間を見ていた。
「前より魔力がスムーズに流れてる」
「へー」
「今ならエルを背負ってスライムの攻撃を弾けるかもしれない」
「そんなになん?」
「うん。流れを遮っていた物がなくなった感じ」
「ふ〜ん。ようわからんけど、良いことなんやったらええかな」
アンリもその認識でいいと言ってくれたから、気を取り直してハリセンの検証に戻る。
まずは大きさを変えられるかというところから挑戦したけど、結果はダメだった。
アンリが観測したところ、流れる魔力が増えない限り大きくするのは無理で、小さくするのは練習すればできそうだけど、そのためにはウチが魔力の流れる感覚を認識するのが先だそうだ。
・・・流れって言われても勝手に漏れ出してるんやろ?うーん……わからん。寝る時にでも挑戦してみるかな〜。
次は落としたり、手を離した時にどうなるかということの検証だ。
これはすでに経験済みなので簡単だと思いきや、そこは戦闘を生業にする請負人。
ウチとは着眼点が違った。
離すとキラキラと粒子を撒き散らしながら溶けるように消える事には何も言われなかったけど、振った直後にわざと離して即座に出現させるとか、右手で振って離したら左手に出して追撃などができないかという言葉と共に検証させられた。
結果、放り投げた後に出現させるぐらいならなんとか間に合うけれど、近距離でわざと離すのは危ないということで落ち着いた。
これも慣れだそうだ。
「次はこの的を攻撃だ」
「わかった」
「ひとまず普通に叩いてくれ……叩くで合ってるよな?その形状で切るとかじゃ無いよな?」
「叩くで合ってるで!じゃあやるわ!」
ガドルフが用意したのは訓練場に置かれている藁を人形にしたカカシだ。
それに向かってハリセンを振り下ろすと、スパンといい音が鳴る。
しかし、それだけで黒い球体の魔物のように削れたりはしなかった。
何度叩いてもいい音が鳴ってカカシが揺れるだけ。
これでは武器にならない。
「エル。その武器は魔力を持ったものにしか効果がないと思われる」
「退魔やから?」
「そう。あと、叩いた時に散る魔力がカカシの体に付着しているけど、魔力がないからどうなるのかわからない」
「なら、俺が相手になろう!」
アンリの指摘の結果、ベアロが立候補した。
訓練用の木でできたバトルアックスを構えるベアロに対して、ウチから近づいてハリセンを振るう。
まずは武器からだ。
「いくでぇ!」
「こい!……うぉ!なんだ?!なんで体勢が崩れたんだ?!」
木製のバトルアックスに対して打ち上げるようにハリセンを振った。
スパンと共にベアロが持っていたバトルアックスがかち上げられ、両腕も上がっているので胴体が無防備になった。
固有魔法のことを知っているベアロは、ウチの攻撃を受けた際に衝撃が全て自分に来るとわかっているから、最初から力を込めて踏ん張れるようにしていた。
それでも体勢を崩されているし、衝撃もほとんど無いようだ。
「どんな感じだ?」
「そうだな……触れたと思ったら凄い勢いで武器が上に持っていかれたな。衝撃はなかったから、何らかの効果で弾かれたんだと思うんだが……」
「ベアロ、次は正面で受けてほしい」
「わかった。アンリもしっかり見といてくれよ!」
「任せて」
ベアロの言葉にアンリの眼帯に嵌められた魔石がキラリと光る。
物理はみんなで、魔力はアンリが見ることで何が起きているのか把握するのだ。
「よしこい!」
「とぅ!」
ベアロが斧の腹部分で防御する姿勢になり、ウチはそこに勢いをつけてハリセンを叩き込む。
勢いをつけたからスパーンと響くいい音が鳴り、バトルアックスを構えたベアロの体ごと後ろに滑る。
カカシの時とは違う威力に呆然としていると、しっかり見ていたアンリが説明してくれた。
「魔力自体に攻撃してるん?」
「そう。ベアロが構えた武器には付いている魔石を通して魔力を通していた。それを叩いて散らせて魔力衝撃を与えてる。中を通っている魔力が動くから、つられて体も引っ張られていた」
普通は叩かれたら物理的な衝撃と叩かれた場所に対しての負傷がある。
でも、退魔のハリセンの場合物理的な威力はほとんどなく、叩いたものの中にある魔力に対して攻撃している。
その中にある魔力が攻撃されて動くことで、魔力を包んでいる体や武器が引っ張られて動くということだった。
さらに。
「叩かれた場所にはエルの魔力が一時的に付着してる。そこには自分の魔力が流せない……はず」
「そんなこともできるんか。じゃあベアロよろしく!」
「おう!だが、体だからな、腕を軽くだぞ?」
「わかった!」
「本当に軽くだからな!」
「それはフリ?」
「ふり?よくわからんが……多分違う」
「そっか。じゃあいくで」
フリではなかったから宣言通り軽く叩いた。
差し出されていた右腕を、書類を置くぐらいの気持ちで軽く叩いたけれど、指先程度下がったことに驚いた。
叩かれたベアロは痛みにうめくこともなく、ずっと腕を見ていた。
「たしかに魔力が流れなかった。ただ、ほんの少しの間だけで、今はもう流れているぞ」
「軽く叩いたから。散る魔力が少なかった」
「強く叩いたらしばらく流れないってことか……。よし!この際だ!全力で叩け!」
「え?ほんまにやるん?魔物で試したらええんちゃうん?」
少し考えたベアロが気合を入れて吠える。
でも、ウチはそこまでする必要はないと思ってしまった。
武器越しに叩いただけで地面を滑るほど後退したのだ。
直接叩いたら吹っ飛ぶ可能性もある。
無理する必要はないのではと周囲を見回しても、全員ベアロの覚悟を汲んだように離れていく。
アンリとキュークスは観測のため横に、ガドルフはベアロを受け止めるためか少し後ろに立つ。
止めるつもりはないようだ。
「自分の能力がどういうものか測れる時に測っていた方がいいのよ。エルの固有魔法は攻撃には万能かも知れないけど、囲まれたり幽閉された時はどうしようもないもの。ハリセンの攻撃能力だけでもわたしたちで試しておいた方がいいわ」
「キュークスの言う通りやね。ウチやるで!」
ウチは今のところ魔物の攻撃を受けないし弾き返す。
請負人の物理攻撃や魔法攻撃もだ。
ウチの意志に反して無理矢理引っ張っていこうとしても、その腕を弾いたりもできる。
だけど、ウチの周囲に対して行われることは防げない。
例えば、ウチのいる部屋を外から施錠されると出る方法がない。
発見されて時に干涸びていないことから、空腹や水分不足で死ぬよりも先に魔法によって保護されるかもしれないけど、試す勇気もない。
防ぐ力が試せないならハリセンを使うとどうなるのかは確認しておいたほうがいいだろう。
知らずに全力で人を叩いたことで大惨事を起こさないためにも。
「魔力がなくなって死んだりせんよね?」
「吸い出している訳ではないから枯渇することはない。最悪気絶するだけ」
「それも大概な気がするけど……」
・・・叩いて吹っ飛んだ挙句気絶とか、魔力がなくなったからなのか衝撃が原因なのかわからんやん。
「来い!」
「いくでぇ!おりゃぁ!」
身体強化を万全にして左腕で防御するように構えたベアロに向かって走る。
そして跳ぶ。
上から叩きつけるように振るつもりだったけど、ウチの身体能力ではそこまで高く飛べず、1番威力のある振り下ろしにはならず、想定より早い位置で叩くことになった。
「うぉぉぉ?!」
「なっ?!」
「えっと……ナイスキャッチ?」
叩かれたベアロは左腕を前にしたまま、腰を後ろに突き出すようにして真後ろに吹っ飛んだ。
その巨体をガシリと掴んだガドルフだったけど、予想外の速度だったようで、ベアロに潰される形で尻餅をついた。
おかげで誰も怪我はないので、一応褒めておいた。
「で、どうやったん?」
「こいつはすげーな。まだ左腕には魔力を通せないし。しかも、全身の魔力が一瞬抜けた気がしたぞ」
「アンリさん。ベアロはどうなってたん?」
「凄かった。まず、左腕は叩いた場所を中心にまだエルの魔力が残っている。徐々に抜けているから少しすればいつも通り」
「魔力量があれば無理矢理流すこともできるかも知れねぇが俺には無理だな。すげぇ硬い何かに阻まれてる感じがするぞ」
「入り込んだ魔力にとって本人の魔力は邪魔だから弾かれているのだと思われる。それで、叩いた時に左腕を中心にベアロみたいな形をしたと魔力が後ろに吹き飛んでた」
「それを追って体が後ろに引っ張られたってこと?」
「そう」
それは魔力を見ることができるアンリにしかわからない光景だろう。
ハリセンで思いっきり叩いたら、叩かれた本人の形をした魔力が後ろに叩き出される形で出現し、霧散する。
叩き出された魔力の勢いは消えず、魔力に体が引っ張られて吹き飛んでしまう。
何とか体制を立て直しても体内の魔力量は激減し、叩かれた部分には魔力を流せない。
身体強化を封じされて戦うのはあまりにも危険だ。
「次は武器に魔力を流さないで叩いてみてくれ。今の説明だと、恐らくベアロは吹っ飛ばない」
ガドルフの提示した条件でやってみた。
その結果、バトルアックスを叩いたことで音は鳴るけど、ベアロに衝撃はなく、少しも後ろに下がることはなかった。
つまり、魔力のあるものに対してはとても優位に立てるけれど、魔力のないものに対してはただいい音が鳴るだけのハリセンということだ。
「これはすごいな。対魔物でめちゃくちゃ戦力になるぞ」
「ほんま?」
「あぁ。普通の生き物でも沢山の魔力を得たら魔物になる。つまり体が魔力で満ちているんだ。だから、ハリセン?でどこを攻撃しても魔力にダメージを与えられるし、身体強化も邪魔できる。相手の体勢を崩したりもできるから助かること間違いなしだ」
「おぉー!ウチの戦う手段が!」
「でも、トドメはさせない」
「たしかに……」
ガドルフの言葉に興奮したけど、アンリの締めでそれも落ち着いた。
結局ドドメ用の武器が必要なことに変わりはない。
パーティを組んでいるから体勢を崩すのはウチ、トドメはみんなと役割分担になるので問題はない。
1人で行動する時用に用意すればいいだけだ。
「それじゃあ次は魔法に対して」
「はーい」
物理に対する検証の次はアンリによる魔法への検証になった。
眼帯の魔石を通して増幅させた魔力を、さらに水の魔石を通して水に変化させ、大きな水の玉を作り出す。
それに対してウチがハリセンを叩き込むというわけだ。
念のため叩く方向には誰も立たず、広い空間がある状態にしておいた。
魔力がどうなるかわからないからだ。
「いくで!」
ハリセンを横に振って水の玉に当てた。
その瞬間、当たった部分だけでなく、玉全体が破裂したように飛び散り、あけていた空間や壁の向こうに水飛沫が飛んでいく。
黒い球体の魔物と違って当てた感触もあり、とても気持ちのいいものだった。
「あー、やりすぎた?」
「様子を見てくるが、まぁ濡れたぐらいだから大丈夫だろう」
ガドルフが素早く動き、壁向こうの様子を確認してくれた。
組合の裏手ということもあって大きく道が造られていたから、道が濡れた以外は特に被害はなかった。
「エルの魔力がわたしの魔力を弾くように動いた。次は火」
アンリの説を聞いたら、次は火の玉に対してハリセンを振る。
水と違って遠くまで飛び散ることはなく、振った勢いで火の玉が膨らんだと思ったら奥から掻き消えた。
その後も色々試したけれど、似たようなことになって検証は終わった。
質量があるものは残骸が飛び散り、ないものは空中に溶けるように消えるという検証結果だ。
「ふむ。エルは中衛だな。前衛でもいいが、抜けた魔物をハリセンで止めて、別の誰かがトドメを刺すのがいい」
「前衛はなんでダメなん?」
「経験が足りないから意図的に抜かせるなんてことができないだろう?それに、周りから見た時の光景がな……」
「たしかに……」
ガドルフの言葉に揃って苦笑する。
経験については仕方ないにしても、ウチを前に出して大人が後ろに並ぶのは見栄えが悪すぎる。
場合によっては兵士に通報されそうな光景だ。
子供を魔物に突っ込ませて、トドメは大人が刺すなんて、悪評しか生まないだろう。
そんな悪い印象しか生まない戦法は、例え経験を積んだとしてもやらない方がいい。
成長してからなら可能かもしれないが。
・・・ボンキュッボンのナイスバデーになったウチが最前線でばったばったと魔物を吹っ飛ばす……ええやん。
「護衛依頼を受けたときは、エルを依頼人の近くに配置だな。万が一魔物が抜けたとしても、エルの固有魔法の範囲に入れば助かる可能性が上がる」
「それはいい考えね。ただ、依頼人も1番防御力のある者がエルだとは思わないから、事前の説明が必要だろうけど」
「それは必須だな。まぁ、よほどのことがない限り護衛依頼は受けないつもりだが」
「それはなんで?」
「エルの固有魔法に目をつけられる頻度を下げるためだな。活動する上で広まるのは仕方ないが、請負人の中で広まるのと、それ以外で広まるのは大きな違いがある」
「ほー」
「これはわかってないわね。簡単に言うとお金を持った人や貴族、悪いことをする人たちに目をつけられる可能性を減らすのよ。護衛を依頼する人たちはお金を持った商人が多いし、貴族が護衛の数を増やすために依頼することもあるわ」
「ふむふむ」
「悪い奴ってのは目端が効くからな。護衛の中に子供がいたらそれを疑問に思って調べられることもある。エルの固有魔法なら心配ないが、攻撃に特化してるやつや物作りに特化していたら攫われる可能性が高いんだ」
「なるほどなー」
同業者は羨むことや共同で依頼をこなしたり、パーティ勧誘してくることはあれど、悪事に手を出す可能性は低い。
自分より強い魔物を一撃で倒す請負人たちから追われるような生活をしたくないから当然とも言える。
それでも、強引な勧誘などがないわけではないので、そういったときは組合を通して注意をしてもらうか、当人同士で決闘のようなことを行い決着をつける。
物騒だと思ったけれど、自分より強い相手に逆らってまで何かしようとする人は請負人としても長くなく、死ぬか悪い事に手を出すそうだ。
ちなみに、組合証を返却して脱退してからなら、悪事を働いても組合から請負人を差し向けることはないという抜け道がある。
ただし、その手法を取った者のほとんどは、気づいたら居なくなっているという恐ろしい話しもついてきた。
・・・絶対組合がなんかしてるやんそれ!実は組合長直々に動く暗殺部隊とかおったりして。




