黒い球体の影響と見習い卒業
危機は去った。
物理も魔法も効かない魔物が相手だったから間違いなく危機ではあった。
その考えはハロルドや護衛組、見習いたちの考えで、ウチは気持ち悪くなってよくわからない間にハリセンを手にしていたし、アンリは魔力を見るのに忙しくてそれどころではなかった。
今も消耗した魔力の回復に努めて馬車で寝ている。
「片付けも終わったし帰ろか!」
「そうだな……。さっさと帰って寝たい。準備なしに色んな事が起きすぎて疲れた……」
ハロルドが項垂れながら先頭の馬車に乗る。
ウチらは置いて逃げようとした調理器具などを片付け、気を失った護衛と魔物を馬車に乗せてから出発することになっている。
もちろん魔物にはトドメを刺している。
疲れているので解体はウアームの街にいる組合の解体担当に任せるけれど。
「2人は大丈夫やった?」
「俺たちは馬車から見てただけだから問題なかったぞ」
「エルちゃんがあの魔物へ向かっていった時は流石に驚きました」
動き始めた馬車の中でカインとネーナから話を聞いた。
見習いが避難した後ウチらを確認すると、黒い球体に向かうハロルドと、光を放ちながらアンリを弾いているウチが見えていたそうだ。
少しするとハロルドが苦戦し、ウチは放っていた光が右手に集まり、先が広がった変なものに変わった。
それを持って黒い球体に向かっていくウチ。
中に入ると姿は見えないけれど、黒い球体のモヤや表面が波打ったり突起を生やしたりと、とても忙しなく変化していたそうだ。
・・・これはウチが下から見上げていた時と同じやな。ということは、ダメージを与えたらそういう動きをするんかもしれん。
その後はウチの認識通り膨らんで萎んだあと、空高く飛んで行ったところまで見えたそうだ。
その先は寝る前にアンリが教えてくれて、ライテ方向へと消えたところまでは補足できていた。
つまり、完全に倒せていないという事だ。
どこかで人や魔物が襲われることになるだろうけど、ウチの目の前に出てこない限りは対処できない。
組合から迷宮貴族を通して国政貴族に、国政貴族から国王に、国王から各国にあの魔物について周知されることになる。
対処法は魔石を放って逃げること。
達だけで大地からすら魔力を奪うあの魔物は、魔力を持った生命体に対してモヤを伸ばしている間止まっていた。
その習性を利用して、ありったけの魔石を投げることで吸収を促して動きを止めて、逃げる時間を稼ぐことになる。
つまり、今後魔石の需要が大幅に上がることになってしまった。
・・・ウチがスライム魔石を取らなあかん流れやん……。大迷宮とやらでいっぱい魔石取れへんのやろか?
今後どうなるか考えているうちにウアームに辿り着き、出入りの確認をしてから組合前で解散となった。
ウチやアンリなどの実習外で何かした者に対する諸々の手続きは、翌日に行われることになっている。
とりあえず今日のところはポコナのいる獣の尻尾亭で一休みだ。
「あ!ポコナ!」
「あー!エルちゃん!お帰り!」
「ただいまー!」
宿屋前でお客さんの見送りをしていたポコナにばったり会ったので、再会を祝して抱きついた。
ついでにもふもふを味わう。
「あれ?ポコナの毛が前よりツヤツヤしてる気がする。手触りもいいし、どうしたん?」
「んー、エルちゃんの考えたご飯が美味しいからかなぁ?お客さんもたくさん来てくれるし、ウサカツは大人気だよ!」
「それは良かった!」
食事で以前より油をとることで艶が出たようだ。
宿屋兼食事処なので、売り切れていた場合肉が食べられないことも多かった。
今はカツを切らさないように大量の肉を仕入れているため、ポコナも毎日肉を食べれていて、ドレッシングのおかげで野菜もたくさん摂っている。
その甲斐あってか、毛艶に加えて肉付きも良くなっていた。
もふもふふにふにである。
「部屋は空いてるかしら?」
「えっと……少々お待ちください!」
キュークスが声をかけるとポコナが急いで宿に入っていく。
今回は仮押さえをしていないので、空いているか確認が必要なのだ。
例え押さえていたとしても、予定日数を大幅に超えているから押さえは解除されて、どちらにせよ空いているか聞くことになっただろう。
少しするとポコナが戻ってきたけど、その表情には申し訳なさが浮かんでいて、眉尻が下がっている。
・・・アライグマのそういう表情もかわいいな。ぬいぐるみで欲しいわ。
「ごめんなさい!2人部屋が1つしか空いてませんでした!」
「そう。なら私とエルが泊まるから、ガドルフとベアロは別の宿に行きなさい」
「それならここで食事して、組合の寮に泊まるさ。ベアロもそれでいいだろ?」
「あぁ。俺はそれでいいぞ。どうせ飲みに出るからな!」
結果、全員で食事を取ってガドルフとベアロは夜の街へ消えていった。
ウチとキュークスは体を清めた後、櫛でキュークスの毛並みを整えてから寝た。
2人とも疲れていたので直ぐに夢の中へと旅立った。
夢の中では何かに対して憤っているウチが、再戦を誓って拳を天に向けて突き上げていた。
「なんや今の夢は……」
恐らく黒い球体の魔物を逃したことに対する意気込みみたいなものだろう。
そう納得させると、キュークスと一緒に朝食をとってから組合へ向かいながら今後の話をする。
宿については今日旅立つ人がいたおかげで2人部屋を2つ抑える事ができ、ガドルフたちも獣の尻尾亭に泊まることになる。
ライテへ向かうかどうかは全員集まってから決めるけれど、少なくとも2、3日は休暇にするそうだ。
護衛と迷宮調査で何日も働き詰めなので、日向ぼっこでもしてゆっくり過ごすつもりだと、キュークスがあくび混じりに話してくれた。
そんなお疲れなキュークスと歩いていると、すれ違う人からウサギ狩りと言う声が聞こえた。
結構な日数ライテへ行っていたけど、ウサギ狩りの名を忘れてくれなかったようだ。
「来たで〜」
「おう。色々話すことがあるからとりあえず座って待っててくれ」
あらかじめ告げられていた会議室に向かうと、すでにハロルドが待っていた。
黒い球体に突っ込んだ左腕には、なぜか白ではなく黒い包帯が巻かれていたが、材質が違うのだろうと納得して席に座る。
他にも護衛依頼を受けた人たちとガドルフ、机に突っ伏して寝ているベアロがいた。
護衛依頼を受けた人は全員揃っているし、見習いの担当は誰も来ていないから、これ以上誰がくるのかと考えていると、扉が開いてハロルドとアンリ、そしてアンリの父親であるサージェが入ってきた。
なぜ。
「あー。まずは簡単に終わるところから片付けていく。まずは報奨金だ」
ハロルドがいくつもの布袋を取り出してパーティごとに配っていく。
担当教官なのに迷宮調査に向かったアンリと、流れで調査に同行したウチには個別だ。
「次にエルの嬢ちゃんが見習い卒業となる。請負人証を出してくれ」
「ほい」
小物入れから請負人証を取り出して、目の前に来ていたハロルドに渡す。
受け取った請負人証を持ったハロルドは一度部屋を出て行き、少しすると戻ってきた。
そして請負人証を返してくれたから内容を確認した。
見た目はそのままで、書かれている文言が請負人になっているだけだ。
「見た目は見習いが取れただけだが、傭兵などの見習いの時には受けられなかった依頼を処理できるようになっている。まぁ、閉じていたところを開けたようなもんだ」
「はぁー。なるほどなー」
「というわけでお前ら!新しい請負人の誕生だ!」
ハロルドの号令でみんながウチに向かって拍手してくれる。
いきなりのことに照れて頭をかきながら何度もぺこぺこ下げてとお礼を言い、この話は終わった。
「それで、俺たちを襲った黒い球体についてなんだが、対処法は組合経由で貴族から情報を上げてもらって国王陛下、そして他国にというのは変わらない。だが、この場にいる者だけに伝えなければならない事がある」
そう言いながら左腕の黒い包帯を外し出すハロルド。
現れた腕に傷はなく、赤くなったりもしていない。
不思議に思ってジッと見ていると、ハロルドは右手でタライと青い小さな魔石を取り出した。
その魔石を左手で握ると、手の隙間から水が溢れてあっという間にタライが水で満たされた。
周りの請負人はその光景をみて「おぉ!」と声を上げているけど、ウチには何が凄いのかわからない。
水生みの魔道具も水を出せていたのだから、青い水の魔石から水が出るのは普通のことではないのだろうか。
「エル、どうしたの?」
「水の魔石から水が出るのは普通やないん?水生みの魔道具も出てるやん」
「あー、魔道具は魔力を吸収する様に作られているのよ。それで、ハロルドの場合は以前まで魔力を出せなかったのに、今は出せる……というか勝手に出てるみたいね」
「勝手に?」
「そう。最初に付けていた包帯は封魔の包帯と言って、魔力を封じる効果のある布を包帯状にしたものよ。あれのおかげで勝手に魔力が溢れるのを防げるわ」
「へー。あれを使えばウチも魔力漏れなくなるんかな?」
「使えればね。恐らくだけど封魔は害と認識されるんじゃないかしら。魔物の素材なのだけど、魔法を無力化する厄介な魔物が付けている衣よ」
「あー。そう言われてしっかり見ると弾かれる気がするわ」
机に置かれた封魔の包帯をジッと見ると、固有魔法特有の弾けるという感覚がある。
どうやらウチにとっては害となるようだ。
魔力を封じるということは固有魔法も封じようとするわけなので、納得はできる。
キュークスとそんな話をしている間に、ハロルドが魔力を放出できるようになった事についてサージェが説明していた。
「つまり、話に上がっている黒い球体の魔物に突き込んだ腕から無理矢理魔力を吸射出したことで、魔力路が破損して穴が空いたというわけだ。これも報告に載せるが、請負人の中ではお前たちだけの秘密にしてくれ。領主命令だ」
サージェの言葉に全員が頷く。
よほどの得がなければ貴族に逆らうような真似は普通しない。
逆らうことが国を敵に回すことになるし、請負人としても追われる身になるためだ。
しかし、ここに集まっている人の間でなら話すことはできるから、今からしばらくはアンリとサージェの検査を受けつつ話し合いをする時間となった。
「俺たちはダメか……」
「魔力を奪われたんだけどなー」
「お前達の魔力路は疲弊しているが破損していない。恐らく表面から吸われただけなのだろう」
黒い球体の魔物と相対して倒れた2組の請負人たちは、ハロルドのように魔力路に穴が空いていなかった。
人が無意識のうちに纏っている魔力や、戦闘時に動かしている魔力を吸われただけの護衛と、腕を突っ込んで無理矢理吸われた者の違いだ。
恐らく護衛たちもそのまま吸われ続けていたら、いつかは穴が空いて吸われることになっただろうとサージェが予想する。
その先は助けられなくて魔力を吸い尽くされて、死体の中には魔石ができないという事も合わせて言われたけど。
どうやら持ち帰った魔物を捌いた結果、魔石がないことがわかったそうだ。
一体だけならたまたまという事もあるけど、黒い球体のモヤを繋いで吸われた魔物全部から魔石が出てこなかったみたいで、魔物の魔力が人と比べると少なかった事から起きた現象と断定された。
「助けてもらえるなら挑戦してみたいと思ったけど、俺たちの魔力量じゃすぐ死にそうだな」
「だなー」
「ハロルドさんは俺たちより魔力が多かったから無事に済んだんですか?」
「これを無事と言えるならそうだな。追撃されなかったのもあるが……」
運が良かっただけだと溢すハロルド。
それを補足する様にサージェが口を開く。
それによると魔力の穴が空くのは消費を上回る魔力が体内で作られ、魔力路が限界に達した際に起きる体の防衛反応のようなもの。
体の成長が止まるまでに穴が空かないということは、魔力量の生産が消費に釣り合うか穴が空くほどではないということになる。
つまり、自然と穴が空かなかったハロルドは、穴が空いたことで魔力不足に陥る可能性がある。
そのため、封魔の包帯で無理やり穴を塞いでいる状態だった。
「はぇ〜。じゃあウチは大丈夫なん?」
「お嬢さん作られた魔力が漏れ出ているが、体を動かすための魔力は問題なく体内にある」
「そうなんか。アンリさんやサージェさんは漏れ出てないん?」
「魔法使いは自分の意思で穴を開け閉めできるように訓練しているからな。ハロルドはそれを今からやることになる。あぁ、ちなみにお嬢さんの穴は開け閉めするには大きすぎるから無理だ」
「ちぇー」
背中と腕で穴の大きさが違うそうだ。
開け閉めする穴は指先程度の穴らしく、ハロルドはギリギリ制御できそうな大きさで、ウチは背中側がまるまる穴になっているからどうしようもない。
自由に使いこなせるようになると思ったんだけど、それができるなら診察を受けた時に言われているかと納得した。
「さて、話は終わりだ。魔力路の穴については以降口外しないように。ハロルドはある日何故か空いたということで押し通す。それではガドルフのパーティ、お嬢さん、アンリは残ってくれ。少し話したいことがある」
話を締めたサージェが促し、護衛組が部屋を出ていく。
すでに魔力を放出することへの興味はなく、次はどんな依頼を受けるかという話に切り替わっていた。
憧れはあるけれど命をかけるほどではないということだろう。
そんな請負人たちが出て行き、部屋の扉が閉まって少ししてからサージェが話し出す。
「簡潔にいうぞ。お嬢さんがいた開拓村を襲ったのは、黒い球体の魔物だろう。わたしの診察結果とアンリの目、周辺の状況を含めて考えた結果だ」
魔物が通った後は草木が生えず乾いた土が剥き出しになっていて、これは開拓村跡の大地に魔力がなかったことと一致する。
開拓村から魔石の類が全く見つからなかったことは、魔物の体から魔石が出てこなかったように全て吸い取られたのだろうと推測できる。
あの魔物がどうして魔力を集めているのかはわからないが、生きるために魔力を吸う生態なのだろうということになった。
魔物の思考はわからないから、あくまで行動から予測するしかできない。
「それでだな。アンリが気になることを言ったんだ。アンリ」
「あの魔物は、恐らくエルを狙っている」
「ウチ?」
「そう。エルが動いたら進む方向が変わった。エルを取り込んだら動かなくなった」
「それは中に誰かがおったからだけやないん?」
「そうかもしれない。だから、恐らく」
確信はない。
けれど疑惑はあるということらしい。
アンリが黒い球体の魔力を見た時に、モヤになる前のただの魔力がウチの方に伸びようとしていたのも、今となっては狙っていたからではないかと気になっているそうだ。
・・・考えすぎな気もするけど、用心するにこしたことはないか。いざとなったらハリセンで叩けばええんやし。
「それで、色々役に立つわたしもパーティに入れてほしい」
「わたしはいいわよ。女性が増えると色々楽しくなりそう。それに、エルを巡って争わなくてもいいもの」
「キュークスが良いなら俺も良いぞ」
「ははは!歓迎するぜ!」
「え?軽くない?」
「一緒に迷宮潜ってんだ!実力がわからない奴じゃないからな!」
「そういうもんか」
「エルは?」
「ウチ?ウチはアンリさんが一緒の方が嬉しいで!」
「よかった。じゃあそういうわけだから」
「あぁ。全員が許可したんだ。無茶せずしっかり励め……元気でな。たまには手紙を出してくれ」
「わかった」
あっけなくアンリがパーティに入ることが決まった。
父親であるサージェとの間でどういうやりとりがあったのかは知らないけど、恐らく全員の許可がない限り許さないといったものだろう。
これでパーティに魔法使いが増えて、ウチというちょっと変わった盾のような者も増えたということになる。
獣人3人、人間2人はなかなか見ない構成だけど、なんとなく上手くやっていけそうな気がする。
「じゃあ、早速ハリセンについて色々試そう」
「え?そういうのは休み明けてからで」
「そう……」
アンリはあからさまにがっかりしている。
もしかしてウチの魔法を見るためにパーティ入りしたのかと思うぐらいだ。
何にせよ休暇中はそれぞれ好きなことをして体を休め、その後今後の話をすることになった。
・・・見習いも卒業したし、まだまだ駆け出しやけど頑張るで!まずは戻ってるはずのレルヒッポたちとすりおろし器の商談や!その後にハリセンの検証やな!良い武器になるとええんやけど。




