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迷宮王国のツッコミ娘  作者: 星砂糖
請負人見習い

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103/305

邂逅

 

 気がつくとのどかな村が見下ろせる道に立っていた。

 時刻は恐らくお昼頃で、ぽかぽかとした陽の光が気持ちいい。

 振り返ると背後には森が広がり、その先には鋭い頂のある山々。

 人の身では到底登れそうにない山は、荘厳さを感じさせつつもどこか暖かい印象を受ける。


「ここは……?」


 見覚えはないのに来たことがあるような感覚の村に向けて足を進める。

 まばらに建つ家。

 小さな宿屋に、生活用品を取り扱っている雑貨屋。

 他の家と比べて大きな家もあったけど、どこも留守なのに誰も出歩いていない。

 聞こえるのは風で揺れる草の音、遠くで囀る鳥の声ぐらいだ。


「何をすれば……」


 村の広場らしき場所に立ち周囲を見回す。

 綺麗な景色が広がる無人の村なのに、なぜか怖いとは思わない。

 どうしてなのかと考えても理由はわからずもやもやする。


「ん?あの家……か?」


 歩いてきた道の少し先に、森に遮られた家が見えた。

 その家の周りには柵が設けられ、中には花壇が作られている。

 その家を目にした瞬間、そこに行かなければならないという漠然とした気持ちが芽生えたのだ。


「ただいま〜……ん?」


 なぜか口を出た帰宅の挨拶。

 自宅ではないという思いと、自宅に帰ってきたという思いがぶつかり合っている気がする。

 よくわからない気持ちは横に置き、入ってすぐのリビングを観察する。

 大きな長方形の机には椅子が4脚置かれていて、その一つはクッションで高さが調整されている。

 テーブルには3人分の食事が用意されており、温かいスープに温めたパン、誰かが仕留めたのだろう丸々と太った野鳥の丸焼きがある。

 丸焼きは塩と香草で味付けされているようで、スープの優しい匂いとは違ってお腹を刺激するいい匂いを漂わせている。


「向こうは台所で、こっちは寝室?」


 リビングから通り抜けれるようになっている右側には台所があって、水瓶や釜戸が見えている。

 逆側には扉が一枚あり、開けると大きなベッドと衣装棚やいくつかの収納棚がある。

 そのベッドに膝を抱えて俯いている女の子がいた。

 シンプルだけど質の良いワンピースを着た女の子は、癖のない金色の髪を無造作に広げていて微動だにしない。


「どうしたの?」


 声をかけるとゆっくりと頭を上げる。

 見えるのは溢れそうなほど大きな翠に輝く瞳と、髪と同じく金色のまつ毛。

 小さく綺麗なお鼻に、子供特有のぷっくりした頬はほんのり赤い。

 とても可愛らしい、お人形のような女の子だ。


「お姉ちゃんだれ?」


 少し舌足らずな幼い声で問われる。

 名前なんて簡単に言えるはずなのに、なぜか口は動くのに声が出ない。

 はくはくと口を動かしていると、不思議に思った女の子が先に名前を教えてくれた。


「わたしはエル。エル****」

「え?」

「エル****。エルでいいよ」


 エル以外聞こえなかった。

 聞き返しても結果は同じ。

 その聞こえたエルは馴染みのある名前なのに、どこかしっくりこなかった。

 なんとも言えない気持ちを誤魔化すように、エルに質問する。


「エルは……ひとり……なの?」


 そう聞いた瞬間、エルの顔から表情が抜け落ちた。

 リビングから漂っていた食事の匂いも無くなり、痛いほどの静寂が訪れる。


「うん。お父様もお母様も、仲良くしてくれた村の人も、狩人さんが飼っていた狼犬のタロスも、みんなみんな死んじゃったの」

「どう……して?」

「死んじゃった理由?エルだけが生きてる理由?……それとも、お姉ちゃんがここにいる理由?」


 何か聞きたかったわけじゃない。

 ただ口が問うただけだ。

 それが心の底から聞きたかったことなのか、提示された事のどれかが聞きたかったことなのか、何もわからない。

 豹変したエルの様子を伺うことしかできない。


「みんなが死んじゃったのはね、あいつが奪ったから」

「あいつ?」

「そう。お姉ちゃんも見たよね。あいつが全部奪ったの。お父様もお母様もみんなみんな全部」


 見たと言われて脳裏に浮かぶ黒い塊。

 こちらを見ているはず、目が合っているはずなのに何も映さない黒いあいつ。

 途端に震える体。

 荒くなる呼吸。

 暖かかったはずの周囲も、いつのまにか冷たくなっている。


「エルが生きてるように見えるのはね。お姉ちゃんのおかげだよ」

「でも、動いて話してる……」

「お姉ちゃんにはそう見えるんだ。でも、エルもあいつに奪われたんだよ?」


 途端、脳裏に映る暗くて狭い場所。

 ほとんど身動きができないのに、背中から抜けていく色々なもの。

 生きる気力、やりたかった夢、もっと一緒にいたかった両親との思い出、次の日もその次の日も見れると思っていた夕暮れに染まる村と朝日に照らされる山。

 無情にもその全てが止まることなく流れていく。


「お姉ちゃんがここにいるのはね。最後にエルがお願いしたからだよ」

「お願い……?」

「そう。魔法を意のままに操るお母様でも、魔法ごと切って相手を両断するお父様でも叶わなかったあいつを倒せる人。エルを助けてくれる人。エルがやりたかったことを代わりにしてくれる人」


 代わりにしてくれる人と言った時だけ悲しそうに、そして寂しそうな表情が浮かんだ。

 それもまたすぐに抜け落ちる。


「エルのお願いはお姉ちゃんを呼んだ。お姉ちゃんはまだ思い出さないの?」

「なん……のこと……」

「仕方ないなぁ。エルに色々教えてくれたお姉ちゃんに、今度はエルが教えてあげるね」


 とても可愛くて綺麗な笑顔を浮かべるエル。

 そのエルが近づいてくる。

 動けないから距離を取ることもできず、されるがままに抱きしめられる。

 そこで初めて気づいた身長差や体のこと。

 エルは小さいながらもふっくらしていてとても健康そうだ。

 対して手足はほぼ骨と皮しかなく、身長もそこまで高くない。

 エルよりは大きいけれど、不健康な体は子供でも簡単に倒すことができるだろう。


「あ……ここは、ウチのおった場所やない……」

「そう。お姉ちゃんはここじゃない場所に居た」

「ここは……エルの場所」

「そう。エルはここしか知らない」

「ウチは……」


 真っ白な部屋。

 真っ白なベッド。

 正面の壁には横長の板。

 居たの中では小人が動き回っていて、何かを話している。

 それの名前は思い出せない。

 右を向けば大きな開いた窓、入ってくるそよ風で揺れる白いカーテン。

 窓の向こうには大きな木と、揺れる葉が1枚だけ見える。

 左側には音が鳴るたくさんの箱。

 その箱や近くにある棒に吊るされた袋から伸びる管が、体のあちこちに刺さっている。

 刺さっているのに痛みがない、いや、痛みを無くすために刺しているのだとわかる。

 それはわかるけど、他のものはなにもわからない。

 手元にある板にはカラフルな絵と文字。

 目の前にある机には誰かからの手紙や、懐かしいと感じる人が写ったとても綺麗な絵。

 ここがウチの場所だとはわかるのに、物は何一つわからないことが少し寂しい。

 誰かが入ってくるのを心待ちにしていただけのウチは、それが段々と叶わなくなっていくことに憤りと諦め、そして叶うならば次への願いを抱いだ。


「そう。お姉ちゃんは傷つくこともなく、病気になることもなく、いろいろな場所に行き、沢山の美味しいものを食べて、恋をして温かな家族を作りたいと願った」

「エルはみんなを奪ったあいつを倒せる人を、苦しみから助けてくれる人を、叶わなかった夢を叶えてくれる人を願った」

「だから、エルにお姉ちゃんが入ってきた」

「でも、ウチはほとんど何も覚えてないで?」

「それはエルの容量が小さいせいだよ。お姉ちゃんは大きすぎたの」

「ウチがりがりやから体積的には似たようなものやけどな」


 背はウチの方が高いが、肉付きはエルの方が良い。

 ぷにぷにとして抱き心地が良いのがその証だ。


「そうじゃないんだよ。なんていうか、経験の差?が原因で知識の継承?がちゃんとできないみたい」

「そうなんか」

「それに、エルがいるからお姉ちゃんの固有魔法が上手く操作できないの」

「それは何で?」

「お姉ちゃんの魔法なのに、エルの存在が邪魔をしてるみたい」


 固有魔法とは個人の思いが強力な魔法になるもの。

 エルの固有魔法はウチを引き寄せただけで目的を達成したような物で、攻撃を弾いているのはウチの魔法になる。

 その魔法が自分の意思で操れないことがおかしく、その原因は根本にエルがいるからだそうだ。


「エルがいるとお姉ちゃんは魔法をうまく使えないし、あいつを倒せない。だから、エルは入らないお姉ちゃんの知識や記憶と一緒にほとんど消えることにしたんだよ」

「エルはそれでええの?」

「うん。エルの望みだから。でも、あいつを倒したと分かるまでは、完全に消えれないんだ。それまではほんの少しエルもいるけど、もう会うことはないかな。入れなかったお姉ちゃんの知識で満足したからね」


 消えるつもりとは思えないほど綺麗な笑顔で告げられた。

 その表情には寂しさを隠している様子はなく、やりきったような晴れ晴れとしていた。

 遠くに行けずとも沢山のことを知れたので満足だと告げられたら、引き止めることはできない。

 せめて最後のお願いは叶えてあげるべきだろう。


「そうなんか……。ウチはお礼を言うべきやな。呼んでくれてありがとう」

「ううん。こちらこそだよ。エルの体はお姉ちゃんの好きにして良いから楽しんでね。それから、あいつを懲らしめてね」

「努力はするわ。でも、どうやって戦えば良いんやろうな」

「お姉ちゃんの戦いやすい武器でいいと思うよ。剣でも棒でも」

「ウチに腕力がないからしっくり来ないんや……。う〜ん」

「お姉ちゃんの固有魔法で叩くだけでも良いからね。こう、ぱしんって」


 エルが小さな手を振る。

 空中に思い浮かべたあいつを叩いたのだろう。

 ウチでも叩くぐらいならできるはずだ。

 少しでも叩きやすい何かがあればいいと思う。


「ん?」


 ウチの武器を考えていると、窓から見える村の様子がおかしくなった。

 遠くから徐々に溶けて消えていき、その場所には何もない空間だけになる。

 その現象は村の入り口に迫り、広場を越えてこの家に向かってくる。


「もう時間みたい。ここでのことはほとんど覚えてないはずだけど、固有魔法は使いやすくなっているはずだから、頑張ってね。あと、お父様とお母様との思い出はエルが持っていくからね」

「わかった。任せとき。もしかして父上母上と呼ぶのはエルのせい?」

「うん。そうだよ。最後にエルが消える分だけ知識を少しだけ入れられるけど、何を思い出したい?」

「食べ物関連の知識やな!美味しいパンとかお菓子食べたいもん」

「わかった。食べれなかった分たくさん食べて楽しんでね。余ったところには便利そうな道具の知識を入れておくね〜」


 そう言ったエルは、景色と同じように溶けて消えた。

 エルが消えたからか、最後に残ったベッドのある部屋も薄らいで消えていく。

 ウチの前には何もない空間。

 なんとなく後ろを振り返り、目を凝らすと、真っ白な部屋の真っ白なベッドに横たわった女の子と、その子を囲む人が何人か見えた気がした。

 幻を見たのかも知れないけれど、なんとなく心の引っかかりが消えたような気がした。


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