得体の知れない魔物
アリオス小迷宮伯との謁見を行った日に、翌日ウアームへと帰ることが通達された。
ワトスたちのパーティは調査から戻っていないけど、ウアーム勢は全員揃っていて誰も長期の依頼を受けていないことから決定されたらしい。
あまり長期間になるとウアームに家族のいる見習いの親が心配する可能性があるのと、いつまでも組合の寮を占有するわけにはいかないからだ。
そして翌日、まだ日も登らない早朝の組合前にウアームの全員が揃っていた。
「気をつけるんだよ。まぁ、すぐに戻ってくることになるだろうけど」
「魔石を取りに?そんないい物なん?いっぱい請負人が迷宮潜ってるし、ホーンボアとかめっちゃ倒されてるやん」
「魔石の質が全く違うだろうに。あんたの取り出す魔石は純度が違うんだよ。だから魔道具も長持ちするし、今まで数が不足していて作れなかった物が作れるようになるのさ」
「そういうもんか」
「あぁ」
馬車の準備ができるまでベルデローナと話していた。
戻ったら見習いを卒業して請負人になり、少しするとライテへとんぼ帰りすることになるだろうと言われた。
魔石の質や量については良く分からなくて質問しようとしたけど、馬車の準備が整ったからできなかった。
ベルデローナの言う通りならまた会える。
その時に聞けばいいだろうと、さっさと馬車に乗り込んだ。
一緒に乗るのは行きと同じで、カインとネーナにアンリになる。
「それにしても、滞在が長かったな」
「調査依頼のせいやな」
「ライテのトップ層が敗走したもんな」
良くも悪くも迷宮攻略は長期間停滞していた。
ジャイアントロックスネークを何度も倒すことができれば、ライテ小迷宮ではトップ層に数えられることになる。
例え中迷宮に挑み、失敗して戻ってきていたとしても。
そのトップ層が逃げ帰る新階層となれば、たまたま来ていた外部の力を利用するのは当然と言えた。
見習いの実習よりも迷宮の変化を把握する方が大事なのもわかる。
その結果が、ウチの見習い卒業だとしても。
「それにしてもエルは見習い卒業か。まぁ、あの固有魔法があれば当然だな。俺たちですら簡単に戦えるようになったからな。それが実力ある人だと助かると思う」
「そうですね。不足は周りが補えますし、エルちゃんのおかげで魔物の攻撃や動きが止まるのは助かりました。改めておめでとうございます」
「おおきに。2人はこれからどうするん?」
実習時限定のパーティとはいえ、ウチが抜けたら2人になる。
さすがに2人で5日や10日の夜営実習は厳しい。
1人が休んでいる間にもう1人しか休めないし、割当たる警戒範囲も広い。
そんな状態で採取や討伐を行うのは自殺行為なので、ウチが抜ける前に何かしら決まって欲しいと思っている。
「それなんだが、レオンのパーティに入れてもらうつもりだ」
「人数も5人なので多すぎるわけではないですし、見習いになった時期も一緒なので実力も近いです」
「おー、ええやん」
レオンとはいちゃもん君のことだ。
ウチとアンリに助けられてからは妙な焦りもなく、しっかりとした戦闘をするようになったとか。
ライテの滞在が伸びた期間内に意気投合したらしく、ウチの卒業の話をしたら誘ってくれたらしい。
パーティは男の子3人、女の子2人だから疎外感もないだろうし、これで2人は安心だろう。
あとはアンリだけど、卒業の件を話してからずっと何かを考えているようだ。
「アンリさんはウチの卒業に反対なん?」
「反対ではない。魔石を取るために必要」
「せやな。じゃあ何を悩んでるん?」
「魔石の使い方など。この魔石は魔力が多いから色々できそう」
「そうなんや」
いつも通りだった。
報酬のほとんどを魔石に変えたアンリは、昨日からずっと魔石を眺めて何かを考え続けている。
今も馬車の壁に寄りかかり、手のひらの上でコロコロと転がしていた。
転がすだけで何か思いつくのかはわからないけど、そっとしておいた方が良さそうだ。
そんな馬車の旅は行きと同じ道をひた走り、村での宿泊を経て、今日中にウアームへと帰れるところまで進んだ。
「よーし!少し早いが最後の休憩だ!」
「誰かスープを作るの手伝ってくれー!」
「馬のマッサージをするぞー。覚えたい見習いはこっちに来ーい!」
「エル、すまないが水を頼む」
「はーい」
護衛組と各馬車の御者がテキパキと休憩の準備を進める中、ウチはガドルフに呼ばれて背中を差し出す。
謁見をした日のうちにキュークスから2人に説明が行われ、2人とも了承してくれた。
実際にパーティに入るのは見習いを卒業してからだから、今はまだ入っていない。
それでも近々入ることが決まっているから、用事を言いやすくなっているみたいで、休憩の時は毎回水を取りに来てくれる。
取った水は他の人に配ったり馬に飲ませていて、昼食の時はスープの水も提供している。
その時に今度パーティに入る事を宣伝してくれているから、他の請負人たちにも好評だった。
「魔物がこっちに来るぞ!俺のパーティで相手をするから、他の護衛は周囲の警戒!」
「見習いは全員ここに集まれ!」
昼食を終えて使った食器を洗ったりしていると、周囲を警戒していた護衛の1人が声を上げた。
少し離れたところにある森から魔物が来ているらしく、今から逃げるのは間に合わないのか、迎撃することになった。
ガドルフたちも警戒に戻り、ハロルドの指示で焚火跡付近に見習いが集まる。
念のためウチが1番魔物側に近い場所に立つと、考えを察したハロルドが見えやすいよう調理器具を片付ける木箱を置いてくれた。
「草原オオカミの群れ、草原ウサギの群れ、森オオカミの群れだが、様子がおかしいな」
「この距離で見えるん?」
「強化しているからな。それより、通常オオカミはウサギを狩る。これは魔物でも基本変わらない。ウサギの方が強い場合は別だが」
「一緒に向かってきてるんやんな。オオカミとウサギが入り乱れて?」
「若干草原オオカミが先行しているが、草原ウサギと一緒に向かってきている。その後を追うように森オオカミが走ってるんだが……」
「後ろから別の魔物に追われてるとか?」
「その可能性が高いな」
ハロルドと話しながら観察していると、ウチの目でも魔物が見えた。
草原オオカミが10頭ぐらい、草原ウサギが15羽、森オオカミが5頭以上で、3種の魔物が入り乱れてこちらに向かってきている。
迎撃に出たパーティは5人組で、こちらから向かって魔物を釘付けにするつもりだ。
全部で30以上いる中に向かうのは大変そうだと思ったけど、見習いではないから倒せるのだろう。
そう思って眺めていたけど、想像とは違う結果になった。
攻撃されても進行を止めることも、方向を変えることもなかったのだ。
5人で1体ずつ倒したようだけど、残りは変わらずこちらに向かってくる。
強化した脚力のおかげで追いつけるみたいだけど、走りながらだと攻撃が甘くなり倒すに至らない。
「こっち来るで。どうするん?」
「落ち着け。そのための複数パーティだ」
ハロルドが答えた時には別のパーティが応援に入っていた。
迎え撃つパーティと後ろから攻めるパーティによる挟み撃ちだ。
それでも、生き残った魔物はまだこちらに来る。
一直線に駆けるほどの何かがあるのだろうか。
そう思った時、魔物の群れを追いかけていたパーティの後ろに黒い何かがいきなり現れた。
「後ろや!」
「いきなり現れたぞ!」
ウチらの声を聞いて振り返る5人。
その直後大きく震えたかと思ったら、武器を落として倒れ込んだ。
盾を持っていた人は、先に落とした盾にぶつかっていたけど、特に反応はなかったから恐らく気絶しているのだと思う。
「何が起きた?!」
ハロルドが狼狽えているけど、黒い何かはお構いなしにこちらへと近づいてくる。
少し進んで分かったのは黒いモヤを放つ球体だということと、通った周囲の草が枯れて乾いた地面が見えているぐらいだ。
そして、違和感。
何かわからないけど気持ちが悪くなってきた。
自然と早くなる呼吸。
目を逸らせなくなり、しだいに黒い何かの動きしか見えなくなってきた。
その黒い何かは傷ついて動きの遅くなった魔物に近づくと、周囲に漂っていたモヤを伸ばして触れた。
触れられた魔物はビクンと跳ねたら、護衛の請負人たちと同じように倒れ込む。
護衛の人たちもこれが原因なのはすぐにわかった。
「……なん……で…………」
誰かが呟いた気がする。
その間に黒い何かは魔物の群れと戦っていた他の護衛へと迫り、魔物と一緒に護衛を崩れ落としていく。
障害が無くなったからか、こちらへと向かってくる速度が上がった気がする。
「……なんで……ここに…………」
気持ちの悪さは頭痛を呼び、呼吸が乱れて手足が震える。
誰かが戦っているようだけど、全く歯が立たずに距離をとる。
攻撃を受けたことは気にしていないのか、構わずまたこちらに近づいてくる。
ウチは黒い何かから目を逸らすことは出来ず、次第に近づいてくるそれには目がないのに、目が合った気がした。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
誰かが叫んだ。
それと同時に目の前が真っ白になった。




