見習い卒業理由
ハロルドがアリオス小迷宮伯から一枚の羊皮紙を渡されたら、ウチの見習い卒業が決定した。
何か理由があるのだろうけど、羊皮紙を見せてもらったわけではないので全くわからない。
首を傾げていると、アリオス小迷宮伯が口を開いた。
「ハロルドに渡した書類はエルの見習い卒業申請書だ」
「卒業申請書?」
卒業証書ではなかった。
どこで聞いたのかも曖昧な物だけど、受け取れたら嬉しいはずの物だけに残念だ。
「ベルデローナから申請された物で、ライテ小迷宮におけるエルの功績を考慮して見習いを卒業させるよう申請された物だな。わたしも必要だと考えたので承認した」
「請負人組合の組合長が許可するだけじゃあかんの?」
「その場合、組合長の独断で見習いを卒業できてしまうだろう。小迷宮都市の請負人組合は上に迷宮伯がいるのだ。迷宮都市以外ではその地の領主になる」
「なるほどー。でも、なんで卒業しなあかんの?ウチまだまだやで。知識もないし、戦闘も全然できへん。それに6歳やのに請負人になってもええの?」
「制度についてはハロルドだ。説明してくれるか」
アリオス小迷宮伯がハロルドを見て言う。
当のハロルドは、説明することになるとわかっていたのか、淀みなく話し始めた。
ウチに対して話すため、口調が砕けることをアリオス小迷宮伯に了承してもらってからだが。
「はい。まず、6歳で請負人になることは可能だ。見習い卒業条件の一つは実習を完了し、ある程度の実績を積んだら組合判断で卒業試験を受けさせて、合格したら卒業になる。他に戦闘を伴う多大な功績を上げた場合も卒業可能だが、これは子供の見習いじゃなくて大人になってから請負人になる場合に適用されるのがほとんどだ」
「え?大人にも見習いおるん?」
「請負人証を確認しないとわからないだろうがいるぞ。元兵士だったり、村で狩人をしていたりと様々だ。そういった奴らには実習を詰め込んでさっさと独り立ちしてもらってるのさ」
「はー。なるほどなー」
兵士になったはいいものの、規律が合わずに辞めたり、上官ともめて辞めたりなどしても働かなければ生きていけない。
兵士として訓練しているので戦闘力や野営能力は申し分なく、後は採取や対人ではなく対魔物の戦い方を学ぶと卒業できる。
狩人は村で次世代が育ったため、外を見るために旅に出た結果請負人になる。
変わった所だと鍛冶屋が自分の作った武器を試すために戦い出したり、商人が売る素材を集めるために迷宮へ潜ったりする。
「話を戻すぞ。後の卒業条件は組合長の推薦があり、推薦理由を確認した貴族が承認した場合だ」
「これがウチやな」
「そうだ。推薦理由についてだが、エル。俺たちが最初の調査に行く時に、見習いたちは迷宮の何階まで潜っていいと言われたか覚えているか?」
「覚えとるよ。地下5階やね」
「あぁ。厳密に制限されているわけではないから、自己責任で更におくまでいくことはできるが、基本的に見習いは小迷宮の地下5階までだ。中迷宮と大迷宮は見習いが立ち入り禁止の場所だから、入り口の請負人証の確認で弾かれる」
「え?なら中迷宮や大迷宮のある都市の見習いは迷宮実習せぇへんの?」
どれだけ離れているのかわからないけど、わざわざ小迷宮のある都市まで移動するのは手間がかかるはずだ。
簡単に移動といっても馬車の手配から食料に護衛、村に泊まるなら宿泊費用もかかる。
見習いに対して毎回そんなにお金をかけられるとは思えない。
寮や指導役を用意している時点で十分だろう。
「しない。その代わり3日と5日と10日の遠征実習がある」
「迷宮みたいに階層主部屋前の安全な場所がない分大変そうやな」
安全に休める場所がないとずっと消耗し続ける。
交代で休んだとしても疲労は蓄積していき、期間が伸びれば伸びるほど動きが悪くなるだろう。
幸いウチは今回の調査でもしっかり寝たから疲労はそこまでじゃなかった。
道中の魔物肉を食べていたから、空腹で倒れるようなこともないし、ウチから水が取れるので水の心配も無縁だった。
普通の野営はガドルフたちにウアームまで連れて行ってもらった時に経験しているけど、警戒する側にはなっていない。
なったとしても戦う力がないから、抑え込んでいる間に助けてもらうしかないけど。
「あぁ。その分パーティの人数を増やしたり、夜営の場所は一緒にしたりと色々勝手が違う。お前たちも次は遠征実習なんだぞ。日程は5日と10日だが」
「短いのがないんやな」
「短いのは基礎を学ぶだけだからな。日帰りとはいえ迷宮に挑む経験をしたから、あとは野営の訓練だけになる。それなら5日かけて採取や討伐も練習させる方がいい」
「ふむふむ」
ハロルドは、一旦説明は終わりだとばかりに咳払いした。
その空気を察せたウチも背筋を伸ばして次の言葉を待つ。
「それで、エルの推薦理由には気が付いたか?」
「ん?さっきの話に出てきてるん?」
「そうだ」
「んー……あ!迷宮の制限か!」
「正解だ。見習いのままだと中迷宮と大迷宮に入ることはできないし、便宜上小迷宮の地下6階から先には行けない」
「今回は調査で行ったけど?」
「それは自己責任だからだ……と言いたいところだが、ちゃんと手続きはしておいたぞ。通常なら評価が足りなくて受けられない依頼だからな。
「ハロルドさんが?」
「そうだ。その時にベルデローナ組合長にエルのことを話していたんだ」
「そうなんやな。おおきに」
そういうのも組合側の仕事で、変わったことが起きると振り回されるのは仕方がないと苦笑していた。
本来は戦闘がメインで、事務手続きなどは得意な奴に任せていたけど、ここは出先なので全部やることになったそうだ。
「請負人になると、提携している宿や武具店、雑貨屋などの料金が少し安くなるぞ。後は貢献度が上がれば何か相談した時に組合から色々紹介してもらえるようになる。例えば魔道具技師や、隠れた採取地などだな」
「へー」
「信頼できる相手に情報を与えて、珍しい素材を取ってきてもらったり、気難しい人と交渉できる請負人を増やしたりしているんだ」
「なるほど」
ウチがなぜ紹介してもらえるのかよくわかっていないことを察して、ハロルドが詳しく説明してくれた。
採取の貢献度が高いということは、希少な素材を納品した経験があるということになり、丁寧な採取ができるなどの評価につながる。
そういった能力のある者に特殊な環境のある採取地などと一緒に素材も紹介して取ってきてもらう。
人の紹介は、紹介先の望む人材に成長したから紹介するというのが多い。
一定以上の能力がないと使いこなせない武具や、高級品である魔道具のオーダーメイドを担当する職人は、売る相手の制限をしている。
武具は顕著で、使いこなせない相手には絶対に売らないという頑固な職人が多いそうだ。
この話でひと段落ついたからか、アリオス小迷宮伯が話し出す。
「こういう貴族側、組合側の都合でエルには見習いを卒業してもらうことになった。拒否はできるが、やる意味はないと思われる。見習いという制限が取り払われるからな」
「アリオス小迷宮伯の言う通りだ。自由にパーティを組めるし、見習いだけで行動する必要もない。実習不足に関しては、それを仲間に伝えれば教えてくれるだろう。パーティは助け合いだからな」
「その件だけど、エルはわたしたちのパーティに入らない?名前はないし、リーダーは融通の効かないガドルフで、大雑把なベアロがいるけれど」
「ええの?」
「むしろこっちからお願いしたいわ。エルの固有魔法には助けられているし、考案してくれた料理も美味しい。水も出せるし、魔物に突っ込んでいく度胸もある。身体強化ができないことも知っているから、実習不足はわたしたちなら事情説明も簡単に済むわよ」
それに、しばらく面倒見るって言ったのもあるわと、優しく言うキュークス。
請負人になるまでと話していたけど、さすがに早すぎるということでまだまだ有効とのこと。
パーティを組まなくても、ウチのいる街に護衛として着いていくから、気楽に考えてとも言われた。
「獣人と人間は身体能力が異なるからパーティを組みづらいと言われているが、そもそも前提となる身体強化ができないなら気にすることはない。事情を知っている者ならば少しは安心できるだろう」
「そうなん?」
「獣人は強化してなくても人間より能力が上だ。しかし、魔力が少なくて身体強化の効力が人間と比べて低くなる。人間はその逆だが、身体強化に慣れないと獣人と正面から戦うのはキツいな。俺ならガドルフと殴り合えるだろうが、ベアロの攻撃には耐えられない。もちろんいざ戦うとなったら避けるけどな」
「そんでウチは身体強化できへんから、人間と獣人どっちと組んでも攻撃では足手まといってことやな。あと体力も」
・・・色々ウチの使い方もわかってるし、一緒に野営も経験してるから気心も知れとる。ガドルフとベアロもええ人やし断る理由を探す方が大変や。でも、キュークスの独断は良くないで。だから条件を出すわ。
「ガドルフとベアロも了承したらお願いしようかな」
「エルは真面目ね。わかったわ。戻ったら2人に聞きましょう」
「いい保護者がいるようで実にいいな。それではそろそろ本題といこうか」
アリオス小迷宮伯に促されて、献上品の巨大スライムの魔石と、販売用の各種魔法薬を5本ずつ入れた箱を机に乗せて見えるように開ける。
その間にアリオス小迷宮伯は人を呼び、中身確認をするよう指示した。
ないことはわかっているけど、毒の有無や偽物ではないことを確認する必要がある。
使用人が持ってきた判別用の魔道具で問題ないことを確認したら、魔法薬の費用が入った袋を使用人経由で渡された。
中身の確認はハロルドが行い、間違いなく入っていることを告げて取引は終了だ。
「魔法薬はいい取引になった。いざという時の備えにもなり、貴族同士の交渉にも使える。普段は迷宮内で1本ずつ見つかり、即座に売れてしまうからまとめて手に入るのは助かる」
「それは良かったです」
「献上品については残ったパーティの調査報告を得てから宣伝に使わせてもらう。これで盛り上がるだろう。ご苦労だった」
話を終える一言が発せられたので、事前にベルデローナから教えてもらったとおり席を立つ。
すると使用人が先導してくれるため、後に続いて扉を出る。
「あぁ、エル。君は6歳とは思えないほど賢い。故に見た目で舐められることもあるだろう。その時はわたしを頼りなさい。できるだけ力になろう」
「えっと、よろしくお願いします?」
いきなりの事で疑問のようになったけど、苦笑して流してくれた。
使用人たちは黙々と片付けをしているので、特に問題ではないようだ。
ハロルドとキュークスは内心焦っているかもしれないけど。
「2人にもいい物を用意してもらえた礼だ。今回の迷宮振動は大迷宮の攻略が進んだからなのだが、大迷宮伯が自ら動いたそうだ。進まない攻略に焦れたのか、あるいは他の理由があったのかはわからないが。ではな」
この一言で扉が閉まり、また出口へ向かって動きだした。
なぜ別れる時に言ったのか分からずモヤモヤしたまま馬車で組合に送ってもらう。
その後は会議室で話の整理となる。
「なんで帰る時に言ってきたんやろ?」
「帰った報告を組合長に報告した時に聞いといたぞ。あれは使用人にも聞かせるためだとさ。あそこで言うことでエルの嬢ちゃんを雑に扱うのは許さないと釘を刺したらしい。俺たちへの情報提供は、今回の働きは良かったぞという意志表示だな」
「貴族はわからんなぁ」
「そうだな。俺はもう経験したくない。疲れた」
グデッと机に身を投げ出したハロルド。
ウチも疲れたし、キュークスも今日はもう休みたいと呟く。
当事者以外がいるところで発言したことは公になるという貴族の流儀だそうだ。
通達を出せば文官や騎士、兵士に使用人などの迷宮伯の元で働く者には周知されるが、どこまで重要なのかは伝わらない。
公に言うことで今後ウチを賓客として扱うと、こちらにわかるように伝えたそうだ。
・・・ウチらには伝わってなかったけどな!まぁ、ベルデローナに報告するのも含めて言ったんやろうけど。貴族は面倒やわ。




