5. 一日目、魔女とスープ
お洒落な扉を抜けると、小綺麗な部屋が僕を迎える。
丸いテーブルに二つの椅子が用意され、エメルはそこに座っていた。部屋の奥の本棚には見たことない本がたくさん。家主はきっと本好きのディメルルと気が合いそうだ。
メルシーはエメルの肩で羽を休めているようだ。手を振ってきたので、振り返すとエメルがキッと睨む。
「早く座りなさいよ」
彼女に言われるがまま対面に座る。
「私の研究を手伝うつもりなら覚えておきなさい、私は時間を無駄にする人が嫌いよ。それと、もし私に嘘をついたりメルシーに酷いことしたら殺すから。わかった」
「わかりました」
「よろしい。まずは、あなたのソウルスキルを教えなさい」
「『悪食』。何でも食べられる能力だよ」
「そう、ふくよかなあなたにビッタリな能力ね」
「僕もそう思うよ」
食っても食っても腹が減る。食った分だけ脂肪に変わる。
痩せようと食事制限をしても、変化は微々たるもの。運動しても、腹が減ってその分だけ食事の量が増える。
僕は太りやすい体質らしい。そのせいで僕の体は脂肪と贅肉で筋肉が隠れている。
つまりおデブってことさ。
ソウルスキルが才能や努力によって決まるのなら、僕はきっと食べることに関して天賦の才の持ち主だったのだろう。努力なんて吹き飛ばすほどの。
「嫌みだったのだけど、気づかなかったの」
「誇りに思っているので……」
僕は自分に誇りを持っている。恥じることはない、ただほんの少し情けなく思っている。弱い自分を。
だから、歯切れの悪い言い方になってしまった。
「ふーん、まぁいいわ別に。私には関係ない。それより、私が気になったのはあなたの体質」
「僕の体質ですか?」
「メルシーから聞いたわ。ラフレシアを一人で食べ殺したんでしょ」
「ラフレシア?」
「あのくさい花のこと。赤いヒトデみたいな花」
「赤くてヒトデみたいな…くさい花。あぁ、食べたよ」
あの花はラフレシアって名前なのか。博識だな。
初対面でくさいって言われたのは、あの花のにおいだったのか。腹が減って気にしてなかったが、少し臭いかきつかったような気がする。
それと僕の体質に何の関係があるんだろう。
「それを聞いて納得したわ。メルシーがあなたを連れてきたわけ。……あなたスキル持ってないでしょ。ソウルスキル以外、なにも」
「どうしてそれを」
「言ったでしょ、体質って。何度も言わせないで」
「そうだ、そうだ」
「ごめんなさい」
僕の理解力のなさにエメルがため息をつく。
それを真似てメルシーも頭に片手をのせて、やれやれと首を横に振る。
僕も真似て首を横に振る。
「やれやれ」
「私の台詞よ、まったく。まぁいいわ今回は特別に許してあげる。考えてみれば、説明してなかったわ」
「やれやれ、やれやれ。エメルには困った、困った」
肩をすくめるメルシーを指で弾いたあと、彼女は澄まし顔で話を続ける。
有無を言わせない迫力に、僕は黙って聞くことにした。
「スキルを持つことができない人は、特異な能力を生まれながらに持っているの。私はその体質を特異体質と呼んでいるわ。あなたの場合、底無しの食欲かしら。質問はある?」
「なんで特異体質の人はスキルを持てないの?」
「私もわからない。そういうものだと、考えなさい。他には」
「特に」
「よろしい。ここからが本題、私の研究はソウルスキルについてだけど一つ気になる記述を見つけたの。メルシー持ってきて」
「アイアイサー」
メルシーが本棚から取り出したのは、古びた絵本だった。
『とある英雄』と書かれたそれは、僕も子どもの頃読んだことがある有名な絵本だ。
内容は題名通り、英雄が現れて世界を救うという単純明快なストーリーで特にこれといって特段珍しいものでもない。
「読んだことある?」
「あるよ、有名な作品だからね」
「話が早いわね、まぁいいわ」
そう言って、エメルはあるページを開いて見せる。
それは絵本の最後の方にある一番の盛り上がりポイント。英雄の力が覚醒して、悪者を一刀両断するシーン。剣は五属性である地火水風空のエフェクトを纏っていて、迫力がある。僕の好きな部分だ。
「これがどうしたの?」
「見て、わからない? 今までの炎を纏った攻撃から一変して、最後のここだけ五属性の攻撃なの。これは主人公の能力が炎から五属性に変化したことに他ならない。つまり主人公のソウルスキルは変化したの」
「絵本だよ」
「関係ないわ。重要なのは真実かどうかではなく、可能性があるかないかの話。確かめるのは私たちの仕事。知ってる? この主人公は幼い頃スキルがなくてイジメられてたの、大人になっても同じ」
「特異体質」
「そういうこと。最近はソウルスキルの研究も息詰まってきたし、違う視点から取り組むのも手だなって考えたの。それが特異体質、あなたにはこれから限界を越えてもらうから覚悟しなさい」
そう言って彼女は、台所で料理を始める。
ゴロゴロした野菜と大きな肉をザックザック切って、大鍋にぶちこむ。魔法で生成した水を大鍋に注いで、それをグツグツと煮込む。
手伝おうかと聞くもいらないと言われたので、暇をもて余したメルシーと一緒に待つことにした。
「エメルのスープは、おいしい、おいしい。あははは」
「そうなんだ、楽しみだね」
グツグツと大鍋をかき混ぜる姿は、魔女っぽく見えなくもない。99と12歳と言っていたが、恐らくソウルスキルが『魔女』だったのだろう。だから、あんな言い方をしたのだ。
ソウルスキルの研究をしていると言っていたが、こんな辺鄙で危険な場所にいるのも『魔女』だからだろう。
本来、魔女とは悪魔と契約をした背徳者のことを指す。悪魔とはこの世界に害をなすものとされていて、その存在と契約する者は世界の裏切り者だ。迫害される存在とも言えよう。
12歳の時に、自分の意思とは関係なく魔女となったエメル。
彼女がソウルスキルを研究するのは、きっと……
「できたわ、食べなさい」
考え事をしていたら、料理ができあがったらしい。
ドンッとテーブルに大鍋を置くと、良い匂いが立ちこめる。肉と野菜を入れて、ただ煮込んだだけなのに凄く美味しそうだ。調味料なしで、こんなに美味しそうなのは素材本来のポテンシャルがなせる業だ。
大きなお玉を渡される。皿と匙はない。
頭を傾げる僕に、エメルは急かす。
「早く食べなさい、まだたくさん残っているから食えなくなるまで食べなさい。いいえ、食えなくなっても食べなさい。これは命令よ」
「食べていいの? 腹一杯になるまで」
「そう言ってるでしょ、私時間を無駄にする人は嫌いって言ったわよね」
「はい、ありがとうございます。いただきます!!」
僕は大鍋に入ったスープを飲む。
エメルは僕が食べ始めると、台所に戻ってまたスープを作り始める。なにもない空間から生成された大鍋。魔女の魔法ってのはなんでもありなのだろうか。
それにしても、このスープうまいな。
肉と野菜の旨味が凝縮された飲めば飲むほど欲しくなる汁に、噛めば噛むほど味が染み渡る肉。野菜もまた肉とは違った意味で、良いアクセントになっている。
急いで作ったせいか、アク取りは中途半端だが特段気にするほどでもない。
風魔法で鍋を冷ましてから、縁に口をつけゴクゴクと腹にかきいれる。
普段は食事を制限していないが、加減はしている。
子どものころ、祭りで食事を振る舞われた時に一人で完食したことがあった。その時は、村人が笑って許してくれたが両親にこっぴどく怒られた。
それから僕はある程度、みんなに合わせるようになった。
その祭りでも腹が満たされることはなかった。腹は出たが。
そんな僕に腹一杯になるまで食べろなんて、彼女の懐の大きさには驚かされる。
「おかわりください」
「ちょっ、早すぎない。まぁいいわ、そっちがその気なら手加減なんてしないわ。はいどうぞ、それとメルシー手伝って」
「アイアイサー」
「おかわり」
「嘘でしょ、早食いにもほどがあるわ。ちゃんと噛みなさいよ!!」