4. 蒼い髪の少女
「なにちんたらしてるの。早く水浴びしなさいよ」
「水浴びって……どこにも水がないんだけど」
川も泉もない場所で、水浴びなんてどうやるんだ。
魔法を使うにしても、せめて桶のような水をためるものが必要だ。ずっと水を生成するわけにもいかないし、その前に魔力切れになる。
行動をしない僕を見て、エメルは大きくため息をつく。
自分よりも明らかに小さな少女に、頭を抱えさせるなんて情けない。
しょんぼりしている僕を頭上から妖精はからかう。
「あははは。怒られた、怒られた」
「はぁ、まったく。メルシー少し離れなさい。あとグラトンだっけ、私が手伝ってあげるからじっとしてなさいよ」
「えっゴボゴボ」
「すぐ終わるから、我慢しなさい」
僕は水の球体に囚われた。土で水が汚れないように浮いている。
色んな方向に水が流れているのに、水は球体を保っている。緻密な操作だ。恐らく風魔法も平行している。それを補助なしで行うなんて、彼女は一体何者なんだ。
あと、息が苦しい……
「ゴホッゴホッ。変なとこ――かぁーーぜええぇーーー!?」
水の次は風だ。
服を通り越して、肌までも風に撫でられる。息はできる代わりに目が開けられない。魔法を操作の方法を見て、ルルに教えてあげたかったのに。
しばらくすると、風は止み僕は地面に尻餅をつく。
「はい、おしまいよ。少しはマシになったと思うわ」
「ありがとう、ございます」
強引な水浴びだった。
あれを自分でやれって言われてもできないよ。息ひとつあげていない。
魔力量もそうだがけど、魔力のコントロールが目茶苦茶うまい。水洗いからの乾燥、30秒もかかってなかった。凄いな、この子。
「ええ、どういたしましてかしら。そう言えば、自己紹介がまだだったわね、私はエメルよ。でこっちの妖精は」
「メルシーです」
「僕はグラトン。よろしくねエメル、メルシー」
二人の名前は会話から知っていたが、こうやって自分から自己紹介してくれたのだ。僕も名乗った。
改めて、エメルと名乗る少女を観察する。
やはりどこからどう見ても可愛らしい少女だ。蒼い髪に傷ひとつない綺麗な体。冒険者ではなさそうだが、どうしてこんな危険な場所に。
年齢に不釣り合いな魔法の数々。不思議な子だ。
「まずは家に帰るわよ。グラトンもついてきて」
「ほらほら、早く早く」
メルシーに引っ張られて、僕は先へ進む。
道中、モンスターが襲ってくることは少なかった。襲ってきたとしても、エメルの魔法で瞬殺だった。
驚く僕にメルシーは自慢げな顔をする。
「エメル、私の友だち。グラトン仲良くする」
「うん、僕にとっても命の恩人だからね。仲良くするよ」
「私は別にあなたを助けたわけじゃないわ。メルシーを助けたのよ、そこんところ勘違いしないでくれる」
「あははは」
結果は同じなのに、頑なに否定するな。
僕は笑って誤魔化すと、その態度が気に入らないのか顔を背けて前へと進む。少し速くなった彼女を僕は追いかける。
仲良くなるには、もう少し時間がかかりそうだ。
「お家、お家」
メルシーが駆け出した先には、小さな丸太小屋が開けた場所にひとつ。
そこに足を踏み入れた瞬間、魔力の揺れを感じた。体の内側にある魔力に、他人の魔力が干渉した感覚。
「害意はないみたいね。まぁ、メルシーがわざわざ自分で連れてきた人だから当然か」
「……結界」
「そうよ、私たちに悪意がある人間とモンスターを弾く結界。私とメルシーで張ったわ。ここに住んで長いけど、一度も破られたことがない自慢の結界よ」
誇らしそうに笑う彼女。
彼女の笑顔を見たのは初めてじゃないだろうか。今まで、眉に皺をよせてる顔ばかりだった。
恐らく、敵か味方か判断しかねてたかもしれない。
メルシーを信頼して、同行を認めつつ結界による判定。僕よりも小さいのに冷静で、賢い。
「メルシーのこと信じてたんだ」
「当然よ。メルシーは私にとって家族以上の存在なんだから。あなたは、まぁ友だちってことにしてあげるわ。メルシーに感謝しなさい」
「ありがとう、エメルちゃん」
「ふんっ、ちゃんづけなんて生意気よ。私の方が年上よ」
「そうかな、僕は18歳なんだけど」
大人ぶりたい年頃なんだろう。
ルトもこの年の頃は、背伸びをしていた。その上、彼女は魔法に関して並々ならぬ才能がある。
それは仕方がないことだ。誰にだって背伸びしたい時期がある僕にもあった。
何もおかしいことではない。
何度も頷く僕に、エメルはあきれ顔だ。
「一応言っておくけど、私は99と12歳なんだから。あなたより年上よ。敬いなさい」
「本当に?」
「本当だよ、エメルは永遠の12歳!!」
いつの間にか戻ってきたメルシーの発言。
魔法に優れていて、美しい姿のまま歳をとることがない。その上、長寿。
パズルのピースがはまる。
「エメル、魔女なの?」
「そうだけど、なんか文句でも」
「いいや、別に。イメージとなんか違うとは思っただけ」
「……そう、まぁいいわ。あなたの役目は私の手伝いだから、ちゃんと働きなさいよ」
「働け、働け」
魔法の力で扉を開けて、蒼い髪の魔女は小屋へと入る。
立ち止まってそれを眺めていると、メルシーが肩をたたく。
「早く、早く」
「そうだね、仲良くするだもんね。忘れてないさ」
僕はエメルの家にお邪魔した。