1. 弱肉強食
「なんてこった!!」
僕はどうやらパーティーからはぐれてしまったらしい。
魔境の森だと思うが、見渡す限り深い緑ばかり。目印になりそうなものもない。
大体の荷物はディメルルが作った異次元に放り込んでいるため、手持ちはポーチだけ。中身は非常食や調味料、それと数本の回復アイテム。
何もないよりかはマシか。
「食料はそこら辺に生えている植物を食べればいいとして、問題はモンスターかな」
遭難した時に欲しいスキルランキング上位である悪食。
それをソウルスキルとして持っている僕は、食べることに関しては最強かもしれない。
口から摂取したものは、毒だろうが呪われた物だろうが無効化する。ポーションなどの効果は無効化しないのは不思議だ。僕的には嬉しいけど。
それ以外の所がダメダメなんだよな。
一番に攻撃力がない。次に応用力がない。最後に不味いものはまずい。
餓死の可能性はほぼないが、モンスター相手に無力なんだ。
現状武器も持ってないし、スキルもない。魔法は使えるけど初級だけ。どんなに頑張ってもスキル獲得できなかったし、才能ないよな。
自分で言ってなんだが、少し凹む。
「幸い近くにモンスターの気配はない。ここは、ひとつ助けが来るまで待つというのも……」
グーとお腹が鳴る。
木に覆われて太陽の光が入ってこない森の中。時間の感覚が狂ってしまう。
信頼できるのは自分の体内時計だけ。僕の体内時計は働き者で正直者らしい。食事の時間だ、早く食えとせがんでくる。
「まずは食事かな」
腹が減っては戦はできぬ。
腹ごしらえも立派な作戦である。美味しいご飯は、心も体も元気づけてくれる。
と、言うわけで僕は食事をとることにした。
ポーチには非常食として干し肉があるが、今回は使わない。
いつ助けが来るのか分からない状況、できるだけ現地にある食材を使うべきだ。
それに未知の食べ物にも興味がある。
「うまいのかな……じゅるり」
いかんいかん。
絶賛遭難中というのに、手当たり次第に食べてしまいたいと思ってしまった。やはり、食の探求とは恐ろしいものだ。
頭を振って煩悩を退散した後、あらためて目を凝らす。
世界植物の図鑑を愛読した僕でも、見たことがない植物がたくさん並んでいる。
魔力の濃い場所では、他とは生態系が異なることが多い。それと同じで植物も他とは違った進化を辿る。
少なくともここは魔境の森の表層部ではないだろう。
慎重に行動しないと、冗談抜きで死ぬだろう。魔境の森とは、そういう場所なんだ。
「木の実があれば、一番良かったんだけど。見当たらないね」
木の実は食べられるために作られた物と言っても過言ではない。
木も生きている。種を残すために、色々な手段を取る。木の実もその一種だ。
種を遠くまで運んでもうために、果実を実らせる。果実を食べた生物が種を遠くまで持っていって、そこで成長した木がまた果実を実らす。それの繰り返しだ。
その過程で、木は美味しさを追求する。美味しい方が、食べて貰える機会が多くなる。それは、種の繁栄にも繋がる。
つまり、何が言いたいかというと木の実は美味しいということだ。
栄養もあり、比較的手に入りやすい。その上旨い。
探さない手はないのだが、残念ながら見える範囲にないようだ。
「仕方ない。この変な植物でも食べるか」
花が口を開いているような植物? だろうか。五つの弁がついていて、その中心に奥行きがある穴が見える。
僕ぐらいならすっぽり入るぐらいの大きさの穴だ。
色合いは真っ赤かで危険そうに見えるけど、臭いは特にしない。
ふっくらとしていて、食べ応えがありそうな食材だ。
「火を使ったら、モンスターが集まるからな。生で食べるしかないか」
死にはしないから大丈夫だろ。
それに未知の食材に自称美食家である僕の心は舞い上がっている。
ポーチには最強のお供であるマヨネーズ先輩と調味料様が控えている。最強の相棒がいる僕に死角はない。使う気はないが。
「いただきます!!」
僕は躊躇うことなく、不思議な植物にかぶりつく。
しかし、何かを食いちぎる感触も舌の上に食材が転がる様子もなく、視界が奪われる。
両手の自由が効かない。ネバネバした液体が上半身にまとわりつく。
「あっ!! 食虫植物か」
虫を食べる植物がいることは、知識としてあった、冒険者になってから三年が経つが、現物を見るのは始めてだ。
つまり、ここは食虫植物の消化器官の中らしい。先客であろう動物の骨が、僕の未来を暗示していた。
抵抗しようにも手は自由に動かせない。足をバタバタさせても、効果はない。
まさか食べようとした植物に逆に食べられるなんて、凄い経験だ。
「これが弱肉強食の世界か。だったら、僕が先に食べればいいだけの話だよね。改めまして、いただきます!! くっさ」
腐りかけの魚の味がする。舌触りはふわっとしていて、悪くはない。おいしくはない。
だけど僕は食べ続ける。
死にたくないからという理由もあるが、一番は食べ残したくないからだ。
自称でも美食家を名乗る以上、どんなに不味い料理がでても最後まで食べきる義務がある。責任がある。
これは割りに合わないと思ったのか、弁による拘束を緩めた。
自由になった僕は消化器官から抜け出す。
「すみません、マヨネーズ先輩。あなたの力をお借りします」
ポーチから取り出した秘蔵のマヨネーズを食虫植物にかけて、食事を続ける。
やはりマヨネーズ先輩は偉大だ。食える、おいしく食えるぞ。
みるみる内に食虫植物は消えて行き、最後には僕のお腹に全て収まった。
食用には向いていなかったが、食べられないほどでもない。点数をつけるなら、三十点ぐらいかな。食感は良いから臭いと味をどうにかすれば、良い線いくと思う。
腹の足しにはなった。エネルギー消費の多い食事だったけど。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
両手を合わせて頭を下げる。
最初はモンスターかと思ったけど、ただの植物だったようだ。モンスターなら魔石が体のどこかにあるけど、それらしいものは見当たらなかった。
ただの植物でもこの脅威とは、恐るべき魔境の森。