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悪役令嬢は今日も華麗に暗躍する 追放後も推しのために悪党として支援します!  作者: 道草家守
一章 

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24 落札は気合いと根性

 地下に作られたそこは、オペラ劇場のような作りになっていた。

 舞台と、階段状に観客席がもうけられているほかに、壁際には舞台が見えるように出窓状の個室がいくつか用意されている。

 まあ本物のオペラ劇場よりは規模は小さいけれどもカーテンで足下に広がる席から姿が見えないようになっていた。なんとなく魔法の気配を感じるから目くらましでもかけられているんだろう。

 もちろん用意されたのは、舞台脇に用意されている暗幕で遮られた出窓席だった。

 私が手すりからちょっと身を乗り出すと、暗くて見えづらいが、舞台の一番後ろにも似たような席がある。はいどう考えてもあそこが超VIP席ですね。


「あの席に、テベリス伯爵と『盟主様』が現われる」

「侵入ルートは」

「特定しています。タイミングは千草の刀を取り戻した後でよろしいでしょうか」

「ええ、腹の探り合いなんてまどろっこしいことはしないわ。テベリスから引きはがすのもかねてカチコミかけましょう」

「かしこまりました、ちなみに俺があなた専属スタッフになって居ますので安心してください。この部屋は安全です」


 私が席に座ると、アルバートがてきぱきと世話をしてくれる。

 この実家に戻ってきた感が久々で、知らない場所なのにすごく落ち着くわあ。


「お飲み物と軽食はこちらから。あと一応こちらがオークションカタログです」

「やった、私の好きなお茶がある。じゃあそれと。千草さんは何にします」

「なにも口に入れる気にならぬので、そのままで」


 千草は本当に自分の刀が戻るのか不安なんだろう。もぞもぞとしていた。そりゃ無理ないよね。


「大丈夫です、必ず競り落としますから!」

「……かたじけない」


 ほっとした顔をする千草にでれでれしつつ、私はテーブルに置かれたオークションカタログに目をやる。

 んー。一応出品リストは横流ししてくれたものを見たからわかっているし、千草の萩月が序盤に出るのは確認済みだ。

 ぶっちゃけ後は萩月を手に入れて、リヒトとユリアとコルトが絆を結ぶ過程を砂かぶり席で眺めるだけなんだよな。コルトと一緒にテベリス伯爵と「盟主」とかいう人にお話し合いをする予定はあるけど、基本いざというときのサポート役だし。あとは、とんずらかますタイミングを逃さないってところかな。


「では、俺は入り込んできたネズミがうかつに捕まらないように監視してきますが、よろしいでしょうか」


 ネズミってウィリアムのことか。確かにリヒトくん達と巻き込まれてることで、ある程度潜入先での立ち振る舞いもこなせるけど王子様だもんな。


「おけおけ、じゃあほい、これ持ってって」


 私がふんわりドレスの中に手を突っ込んで取りだしたのは、いつもアルバートが使う短剣と小道具、それから私の影魔法を刻んだ耳飾りだ。この耳飾りの役割は3つ、私が彼の元にいけることと、影のある場所で私と通信ができること。そして影があるところで一度だけ私が居るところに離脱できる緊急避難装置だ。

 万が一に備えてぎりぎりまで持たないって言っていたから、私が持ち込んだのだ。

 特に耳飾りは一回使うごとに術の調整が必要って言うのもある。


「え、エルア殿どこから取りだしたのだ!?」

「女の子には秘密のポケットが百個くらいあるので」

「真か!?」


 顔を赤らめた千草がめちゃくちゃ信じ込んじゃっているけど、百個はないしただスカートの隠しにちょっと手を突っ込んだけなんだ。

 うんまあいいや面白いから!

 私は千草に意味深に微笑みつつ、身につけるアルバートに念を押す。


「いい? まずいと思ったら絶対使うんだよ」

「俺がそのような窮地に陥るほど愚鈍とでも思っているのですか」


 アルバートの紫の瞳ににらまれたけども、ふふん私にゃ自信と自負に満ちあふれたすまし顔ご褒美だしこっちにだって言い分があるんだ。


「もちろん超一流だと思っているからこそ、任務失敗の可能性があるときは最善の方法をとれるって知っているわ」

「その通りです」


 アルバートがわずかに唇の端を持ち上げて笑む。

 くうううこの満足そうな表情、さいっこう! これなら下手な意地を張らないで居てくれるだろう。

 私はほっとしつつ、アルバートが淹れてくれた紅茶をたしなみながら開始を待つ。


「貴殿らは、ほんとうに……」


 その横で千草がそうつぶやいたっきり口を閉ざす。気にはなったけど、なんとなく声をかけるべきではない気がした。


 *



 というわけで、開始早々、目的の萩月(はぎつき)を競り落としました私です!

 いやあ、少しずつ上がっていく刀の値段にはらはらしていた千草だったけど、私が誰がどんな金額を乗っけてこようと、絶対にそのちょっと上で落札価格を入れたからね!

 一人勝ちってもんよ。


「お支払いを確認いたしました。ではこちらをどうぞ」


 オークションを途中退席して、別室で持ち込んだ現金で一括払いをすると、若干引きつった顔をされたけれども、恭しく舞台にあげられていた抜き身の刀と鞘が運ばれてくる。

 すると、千草の表情が隠しきれない喜色がのぞく。

 シルクハットの中がもぞもぞっとしている。


「お間違いございませんか」

「ええ……千草」


 スタッフに促されたので、私が声をかけてあげる。

 千草は刀に近づくと、愛おしい者に再会できたかのように涙ぐみ、けれど涙を流すことはなく、ただ震える指でそっと、柄をなでる。


「萩月、すまない。待たせたな」


 万感のこもったその言葉と共に、彼女は鞘を持ち上げると、流麗なしぐさで萩月を納刀する。

 月の光のように黄金色かかった刀身が、いっそ質素に見えるほど黒々とした鞘に収められ、千草の手にあるそれは一番しっくりときていた

 その一幅の絵のような姿に私まで涙ぐみかけた。

 スタッフを追い出して千草と二人きりになったところで、私は涙腺を決壊させた。


「うっうっ、よかったですね……」

「なぜ貴殿が泣いておられるのか」


 萩月を両手で大事ににぎった千草がすこし照れくさそうに言うけど当たり前じゃないか。


「だって、だってえ……萩月はあなたにとっては村を思い出す、唯一の、よすがなんでしょう……」


 だってもう、千草の故郷はないのだから。

 すると千草は困ったように眉尻を下げた。


「そうか、そこまで千里眼で見られていたか」

「ああ、そうでした、ぐすっ。その洋装だと刀が差せないでしょうから、こんなベルト用意しました……今だけでも、使って、くださいぃ……」

「き、貴殿のスカートはどうなっているのだ……?」


 ずびずび泣きながら、スカートの隠しから取りだしたベルトを受け取った千草は、ぎこちないながらも巻いて、刀を収めていく。

 太ももと腰で固定するタイプのベルトは、ゲーム中で使われていたデザインと一緒だ。

 勇者くんがジョブ「剣客」になると使っているやつだ。うふふ私が全力でわがままを言ってがっつり監修しましたとも!


「おお、着物に刀を差すのとはまた違った感触だが、これは良いな。なにからなにまで世話になりもうした」

「うわやっぱり洋装に刀ベルト似合いすぎかよやべえな」

「……え、えるあ殿」


 全力で引いている千草にはっと私は我に返った。


「す、すみませんけして趣味でこれを勧めた訳じゃないんです、でもよかった! では後はこの事態が収束するまでおつきあいをお願いします」


 コルトヴィアのコネクトストーリーは、騒ぎが起きたあとコルトがリヒトくんたちに本性を表して、テベリス伯爵に話をつけに行く展開だったはず。

 そこで悪あがきをする敵に対して、のさばる悪が居るうちは抑止力として自分のような者が必要なんだ、というコルト。

 鋼の意思を見せる彼女にリヒトくん達が「いつか、あなたが悪じゃなくなる未来を作りたい」って答えて、コルトと彼の仲が深まるんだ。

 だからこの後の私の役割は、彼女たちがテベリス伯爵に突撃する前に「盟主」とやらを引きはがすことと……

 と考えていると、千草が耳が出ていたらへにょんとしてそうな感じで眉尻を下げた。


「貴殿に支払って戴いた拙者と萩月に対する金子は、拙者が生涯をかけて支払っていこう」

「あ、それはお気になさらず。今払ったぶんはこれから取り返しますから。そのために手を貸して戴けましたら十分です」

「は?」


 千草のかたわらで、私は目をつぶって支払い手続きを取ってくれたスタッフの影に潜り込んで追跡していた。

 目をつぶらなきゃいけないし、顔が上の空になるから見せられたものじゃないんだけど、それはそれ。

 ほんほん、割と複雑なルートをたどっているけど、覚えましたよっと。

 隠し金庫にたどり着いたスタッフが、金庫のダイヤルを回す手順と鍵の持ち主まで見覚えた私はにんまりする。

 闇魔法、盗み見盗み聴きに超便利なんだよね。むっふっふっ。


「だって元々支払う必要のないお金でしょ? それなら元金を取り戻すのが道理ってものですよう。というか千草さんに支払うはずのお金を横取りなんてだめでしょ?」

「貴殿は食えないお人でござるな」

「私そんな変なこと言ってます?」

「いいや、拙者の硬い頭では思いつかんことばかりだ。めちゃくちゃにも関わらず、筋が一本通っておられる」


 んむ、なんか千草の声色がとっても優しい。今すごい顔を見たいけど、ちょっと闇魔法を使っている彼の位置がここから遠いから、現実の目を開けちゃうと制御できなくなりそうなんだよね。

 うう、悔しいけど仕方ない。


 と、思っているとスタッフの彼が男性に話しかけられた。

 仮面はかぶっているものの、上等な仕立ての従僕の衣装をまとっている。特徴的と言えばやけに首が詰まった意匠のシャツを着ているなと言うくらい。

 表に出てくるケモ耳スタッフとはまたカテゴリが違うみたいだなあ、とのんびり思っていたのだけど。

 私はその従僕が身につけていた袖のカフスに釘付けになった。



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