23 本音は臆病なものです
千草はゆっくりと語り始める。
「貴殿の瞳にはいつだって慈しみがある。あのカジノでの振る舞いも、あの任侠の長との対話も見事ではあったが、屋敷での振る舞いの方が本来の貴殿なのだろう。心からの悪ではなく、貴殿が推しと呼ぶ彼らのためなのだろう。ならば、彼らと共に日向を歩むこともできたのではないか。なぜ今のように影で自ら泥をかぶるようなまねをしておられるのか」
彼女の言葉には確信がこもっていた。
そっか、うん。そっか。ああ嬉しいなぁ。嫌悪でもなく、頭ごなしでもなく、純粋に疑問として聞いてくれるのか。
熱いものが胸の底から湧き上がってくる。嬉しくて、ほんのちょっぴし切ない気持ちになる。
目の端に滲みかけるけど、がまんだ、せっかくしてくれた空良のお化粧が崩れちゃう。
けど、表情を崩すくらいなら良いかなぁと、にへら、と素で笑ってみた。
「んーとですね。話すととっても複雑なのですが。簡単に言うと、私は舞台の観客なのですよ」
「観客……? それは予知に関係するのでござろうか」
察しが良いのはとっても助かる。
ぱちぱちと千草が瞬くのにうなずいて続けた。
「そうじゃなかったら、裏方です。舞台に上がれる役者でも、ストーリーをコントロールできる監督でもないんです。だからサポーターとして役者が困っていたら必要な物を用意してあげて、精一杯応援して、見守るのが私がしたいことでできること。役者が余計なことに気を使わないで良いように、整えるのが私の役割です」
「貴殿の存在を、彼らは知らないのだろう。貴殿がこれほどのことをしているのを」
「全部は知りませんね」
なんとなくばれている節、はあるけれど。
「いや、知っていようと知らなかろうと、なぜそこまでできるのだ」
「世界を救うため、とか言ったらかっこいいです?」
「……」
「冗談ですよ。好きな人のためなら、なんだって頑張れちゃうんです」
確かにリヒトくん達が魔神に勝つための力をつけるために、私は動いているけど。
実際はそんなたいそうなことではないのだよ。だって推しが生きるためには私がやるべきことだったんだから。でもこう話すと異様な顔をされるんだよなあ。
だってストーリーから外れてしまう未来が怖くて、自分に割り当てられた安心できる悪役をしているんだもん。私がちゃんとストーリー通りに動いていれば、きっと勇者と聖女は負けないって信じるしかなかった。
彼女の怖いほどの真剣な瞳に向けて、私的にお茶目に笑ってみせると、なんだか物言いたげな表情をされた。
「そう、なのか」
「そうなんです。その中にはあなたも入ってるんですよ」
「アルバート殿もか」
見えている頬が赤らむのが尊い! 拒絶されていないなんて幸せか! とじーんと来ていた私は、千草のその言葉にちょっと固まった。
いつもなら即答するのに間が開いたのに気づいたんだろう。いぶかしそうにされた。
「貴殿が一番愛情を注いでいるのはあの男だろうと思うのだが」
「それは、そう。なんですが」
愛情、とはちょっと違うんだけども、最推しであるアルバートには変わらないんだけども。
なんて言えば良いんだろう。何と形容するのがいいんだろう。
アルバートは紛れもない大事な人だ。
だけど、彼からも特別な感情を向けられているとわかった今、未だにどういう態度で居るか迷っている。
もう数ヶ月経っているのにだよ。我ながら申し訳ないと思うけど。本当にこれがアルバートが向けてくれている想いと同じなのか、判断が付かないのだ。
むむむ、と考え込んでいるうちに、リヒトくんとユリアちゃんの踊りが終わっている。
うあああ、なんてこったい激しく残念! 自分の不覚っぷりに頭を抱えたくなるのをこらえてぷるぷるしていると、ぽつり、ぽつりと会場から人が減っていることに気づく。
ははん、これは始まったな。
じゃあ作戦開始だ。と思った私は、千草に視線をやって移動の合図をする。
カツコツと歩き始めて、少し目立ちやすくわかりやすい場所に移動していると、私達に近づいてくる人間がいる。
私は一瞬息が止まった。彼らもまた一見参加者との区別が付かない軍服風の仮装をして、シンプルな仮面をつけている。
さらにその頭頂部には獣人特有のケモ耳を装備していたのだ!
たぶんこの色と耳のとがり具合からすると狼かな。顔の横にも耳があるから人間がケモ耳を付けて獣人の軍人仮装という設定なのだろうけど、どこかまじめそうで不慣れな感じがたまらない。
ディーラーの青年に扮したアルバートだ。
彼がきょろきょろ周囲を探りながら歩いているとたまたま道化師に扮したウィリアムにぶつかってしまう。
すみませんと謝るのが見える。ウィリアムも気にするな、と言う感じの手振りをしている。
だがアルバートはウィリアムの仮面を見て、何かを言いかけたところで慌てて口をつぐんだ。不思議そうにするウィリアムは、足早に去るアルバートに釘付けである。
その視線を知らない振りして、アルバートは今度は私を見つけると、歩みよってきた。
「お客様、ご歓談中のところ失礼いたします。”今宵のサーカスの観覧をお望みでしょうか”」
あらかじめ聞いていた合い言葉の文言だ。私は密かににんまりした。
さてうっかりの時間だぞ。
私はせいぜい不満を隠しもせずに彼をとがめるように言う。
「遅いわ。どれだけわたくしを待たせたと思っているの。この特別な仮面をしていたらすぐ見つけてくれる手はずなのに」
「お、お客様、どうぞお声を鎮めてください。このフロアは一般のお客様もいらっしゃいますので」
迫真の慌てる芝居に私はイライラアピールをしながらも、声を潜める。
「だって、オークションをずっと楽しみにしていたのよ。参加できなかったら泣くに泣けないわ」
「ご安心ください。仮面をもたれていらっしゃる方が揃うまでは開始されませんから。ほら、まだ私と同じ獣の姿をした者が歩いていますでしょう? その数だけ仮面の持ち主がいらっしゃいますから。……ではお返事をお願いいたします」
「”見るのなら、暗くて明るい特別席で”」
「かしこまりました、こちらへ」
アルバートに促されて私と千草はひっそりと、だがしかしリヒトくん達の強い視線を感じながら会場を移動していく。
私は彼らの近くにあったテーブルの影に自分のそれを繋いでおいた。
アルバートが案内してくれている間、影を通じて彼らの会話が聞こえる。
ほむほむやっぱりはじめに気づいたのはウィリアムか。
『あの会話……もしかして仮面がオークションへの参加証になっているのではないか。オークション側のスタッフが声をかけて回っているんだ』
『もしかしたら、私が入手した仮面が似ていたのかもしれません』
『コルトさん、たぶんそうだ。でもそれならなんで間違いだって気づいたんだろ』
うわあコルトの儚げな言葉使いに隙がないすごい。
『リヒト、たぶん、参加証の仮面には魔法がかけられているんだとおもうの。それをスタッフの人がつけている仮面を通して識別してるのよ』
『ユリアの言うとおりかも知れない、ユリア、区別できるか?』
『さっきのお客さんのやつで、なんとなくわかりましたから、できます』
『スタッフの衣装も一式奪おう。客とスタッフの両面から居たほうが自由に動けるはずだ』
『わかった……ユリア、見渡してどうかしたか』
『なんかお姉様のけはいが』
『ほんとか!?』
ぶつんと即座に影との接続を切った。
どっと背筋を冷や汗が流れる。いや落ち着けまだばれたって決まった訳じゃない。
だけども、私いつも通り隠蔽してたよね。ユリアちゃん今まで気づかなかったのに。なんでなんだ成長したってことなんだろうけどちょっとどころじゃなく困るかな!?
私がだだ焦りしているのがわかったんだろう、アルバートは廊下の隅に等間隔で設けられている休憩所の一角に導いてくれたから、早口で言った。
「やばい、ユリアちゃんに悟られたかも知れない」
「とうとうあなたの技を察知するようになりましたかあの娘」
「確信得られる前に切ったから大丈夫だと思うけど。あ、ちなみに無事侵入方法に気づいてくれた。お客さんとスタッフの両側から行くっぽい」
「……相変わらず思い切りが良いことだ。この場においては的確なのが腹立つ」
勇者と聖女関係だと言葉が崩れるアルバートにギャップ萌えするけど私もそれどころじゃない。
ひとまず落ち着け、まだ完全にばれた訳じゃないんだからいつも通り仮面を……いやまて悪徳姫の仮面はかぶっちゃだめだ一応行方不明になってるわけだしさらなる改変につながるんじゃ……というか今更だけど。
「どうしようアルバート。私あの子達に前の調子で迫られたら正気を保っていられる自信がないんだけど」
あの勇者聖女カリスマを全面に押し出した説得、前はアルバートが居てくれたからかろうじて理性的に振る舞えたけど、次はどうなるかわからない。
だからできる限り悪徳姫としては会いたくない。
アルバートは呆れ顔になったけれども、いつも通り淡々と答えた。
「今のあなたは悪徳姫じゃなくて大商人エルア・ホワードでしょう。その通りに振る舞えば遠目でしたらばれません。そもそもあなたに用意されているのはVIP席です。めったなことでは顔を合わせませんよ」
「そ、そう? 良かった。ほんとに良かった」
とりあえず安堵の息をついたけど、今度はアルバートが眉を寄せている。
「……ただ勇者達の他にも、被害者が潜入してきているようです。こうして関門を用意していますが、どれも少し頭を使えば突破できるものばかりなので当たり前なんですが」
「なんとしてでも取り戻したいって人は多いだろうし、まあそうだろうなとは思うけど。アルバートはそれに違和感を持ってるのね」
「ええ、少し考えればわかりそうなものなのに、まるで建前として作ったような。あるいはあえて誘い込んでいるような気持ちの悪い気配ですね」
アルバートの言葉に私はふむと考え込む。
なんだかちぐはぐだ。大事な物を盗まれた人の中には、裕福な人も混じっていた。
盗まれたものでもオークションに参加できるのなら、大枚をはたいてでも競り落としたいという人も居るだろう。
現にリヒトくん達の戦略がそれだもの。いやもちろんというかコネクトストーリー的にはうまくいかないんだが。
つまり被害者は何をするかわからない敵であり障害なんだから、オークションを円滑に進行するには紛れ込まないようにした方がいいはずなのだ。
コルトの言葉を借りるなら、「気味が悪い」。なにか別の意図が紛れているような気がした。
私は思考に沈みかけたけれども、千草が困惑の色を浮かべているのに気づいた。
「その、あの場に居た娘は聖女様なのだろう。なぜそこまで警戒するのか。貴殿との間に何があったのだろうか」
「エルア様が口説かれたら即堕ちしてしまうからですね。あの聖女と勇者はエルア様を勧誘したがっていますから、エルア様が悪徳姫であるとばれると話がややこしいことになるんですよ」
「そ、そくおち」
「さすがに即堕ち二コマはないからね!?」
私が涙目になって言うけど、アルバートは華麗に無視して千草に言った。
「これ以上は怪しまれますので行きますが、千草さん、彼女が勇者達に遭遇した場合は一刻も早く連れ出して離脱することを考えてください」
「あいわかった肝に銘じよう」
信用ない。
がっくり肩を落としながらも、またスタッフの仮面をかぶったアルバートと共にオークション会場に入ったのだった。