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かちゃかちゃとお茶の用意をする音が響く。
沈黙が辛い。
叱るとき、ラウルは黙ってお茶の用意をする。
その間になぜ叱られるのかを考えなさいと小さい頃から言われていた。
「だってしょうがないじゃない」
たまりかねた私がこうして言い訳を始めるのもいつものこと。
「とっても苦しそうにしていたし、これが私の役目なわけだし」
もごもごする私の前に、熱々のお茶が置かれる。
私は猫舌なのに。
ラウルも知ってるのに。
「だから俺が帰って来るのが待てなかったと」
「そ、そうよ」
意地を張っているのはわかっていた。
でもなんだか悔しくて。
ラウルはそっと私のベールをあげた。
光が眩しくて目を瞑る。
「な、なによ」
ゆっくり目を開けて見上げれば、ジッと探るようなラウルの目にぶつかりつい反抗的になってしまった。
はぁ、というためいきのあと、
「いったぁっっ」
デコピンに頭を抱える。
「嘘つくんじゃない」
「嘘じゃないわ」
涙目で睨んでも、ラウルは気にも止めてくれない。
「ただ早く人間を追い出したかっただけだろう」
図星を指されて私は言葉に詰まる。
ほらな、とラウルはまたため息をついた。
「嘘じゃないもん…」
小さく呟くと、ラウルが向かいの椅子に腰を下ろす。
「根本の問題だ」
「…それが私の役目だからだわ」
何も間違ってない。
これは私のやるべきことで私にしかできないこと。
「たしかに他にできるものはいない。だからこそ無理をしすぎてはいけないんだ、システィール」
名前を呼ばれ顔を上げると、とっても真面目なラウルがじっと見つめてきていた。
これは私を心配してくれている人の目だ。
ここに来て知った、私をいたたまれない気持ちにさせる視線。
エクシオールとラウルだけが私に向けてくれる視線だった。
「ごめんなさい」
そういうしかないじゃない。
ずるいわ。
「ほら、ミルク」
あ、許してもらえた。
熱々のお茶を出したら、冷ませるようにミルクをくれる。
もうこれ以上は怒ってないっていう合図だ。
「それにあれは男だ。回復したら何をして来るかわからないだろう」
ん?
ミルクで幾分冷めたにもかかわらず私にはまだ熱くてフーフー冷ましてると、頬杖をついたラウルが嫌そうな顔をしていった。
「どういうこと?」
ラウルはさっきよりも深いため息を吐く。
「お前を襲うかもしれないだろう?」
「私魔物じゃないわ」
その返答に目を細めて呆れた顔をする。
失礼な。
「《守人》に危害を加えたらどうなるか考えられないくらいの人間なら滅んでしまえばいいのよ」
「それに関しちゃ同意するが…エクシオール様は大事な教育を丸投げしていったな…」
ブツブツいっている意味がわからない。
「魔法に薬学に生活に必要な知識、その他諸々、色々教えてくださったわよ?」
やっと飲めたお茶はほっと体に染み渡る。
瘴気を吸いこんだ後は体の中が蠢く感じがするんだけど、それが溶けていく感覚さえする。
ラウルのお茶はなかなか再現できないのよね。
「それに漏れがあったってことだ」
「まさか。エクシオール様に限ってそんなヘマするわけないじゃない」
「ヘマ…というかわざとか…?」
ラウルはいよいよ頭を抱え始めた。
何をそんなに悩む必要があるのか。
私には全くわからない。
もし襲われたとしても返り討ちにできる自信はある。
それくらいの魔法は使えるもの。
「襲ってきたら襲い返すから大丈夫よ」
「襲い返すって…はぁ」
安心させようと思ったのにさらに深いため息をつかれると、もうどうしたらいいのかわからない。
「それに私に何かあればラウルが助けてくれるでしょう?」
「…そうだな」
なんだか釈然としない様子だがこれ以上は話しても無理だと思われたようだ。
ラウルは私の額に手を伸ばした。
「痛かったか?」
「とっても」
でも今はラウルの指が心地よく撫でてくれるから悪い気分はしない。
「次無茶なことしたら一回で済まないからな」
恐ろしいことをサラッと言うラウルに恐怖を感じないのは、私を痛めつけるためにやってやろうという感じがしないから。
「はぁい」
しぶしぶ返事をすると、ホッとしたように笑うのだ。
「…お砂糖も入れたいわ」
なんだか無性に照れ臭くなってわがままを言った私のカップに「1つだけな」と角砂糖が落とされる。
ほんの少しだけ甘い、ティータイムになった。