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「ねぇラウル。人間ってどうしてこんなにばかなのかしら」


「さぁてね。そういう生き物なんでしょう。よっと」


私の言葉に、ラウルは困ったように肩をすくめて倒れた男を担ぎ上げる。

毎度毎度懲りずに森に入って来るのだから覚悟はあるだろうと許可はするのだが、死を目の前にするとその覚悟というものは塵と化しているようだった。

あるものは無闇矢鱈に攻撃を仕掛け自滅したり、迎えに来た自分たちを遅いと罵る者も少なくはない。

ラウルの肩に身を任せている青ざめた男を見上げる。

数日前、森に入る前に挨拶に来ていたことを思い出した。

どこかの国の何番目かの王子とかいっていただろうか。

名前は…思い出せない。


「護衛していた兵士は森の入口までかえしてある。この王子様をうちでしばらくあずかることを伝えてこないとな」


「任せるわ」


人間と関わるのは面倒だもの。

自分の力量もわからずに、名声と金を求めて森を荒らす。

昔から大嫌いだった。


「じゃあとりあえず帰るか」


『帰還 守人の館』


ふわっと私たちの周りに光が舞う。

私たちの姿は足元から光の泡となり、一瞬浮き上がる感覚とともにすぐに重力を感じる。

コツ、と靴が床を鳴らした。

ここが我が家、守人の館と呼ばれる冒険者たちの最後の砦。

ラウルは一階の一室に男を運ぶ。


「奥の部屋へ置いて来た。俺が帰って来るまでは家から出ないこと」


「大丈夫よ。森は今落ち着いてるみたいだからそうそうなにもないでしょう」


「そういって目を離すとすぐにいなくなるのが嬢ちゃんだろう」


ラウルはやれやれと首を振る。


「早く行ってらっしゃいな」


拗ねて顔を背ければ、ラウルの手が私の頭をくしゃっとなでた。


「嬢ちゃんに何かあったら、エクシオール様に顔向けできないからな。…じゃあいってくる」


ラウルの姿が私の影に溶けていく。

私が感知できる範囲まではこれで移動できるのだから、と一応主人の私を便利に使ってくれるものだ。


「さてと」


外に出るまでもなく、今はやることがある。

扉を開ければ、ベッドの上で浅い呼吸の男が苦しげに眉を潜めていた。

森の魔物は瘴気の塊。

森にいるだけでも瘴気の影響を受けるのだが、魔物の攻撃を受ければその何倍もの被害を負うことになる。


「この装備だから助かったようなものね」


普通では手に入らない高価な鎧。

そして装飾。

権力を持てば防具にまでこのような装飾を施して虚勢をはるのか。

本当に人間は…。


『瘴気よ浮かべ こちらへきなさい』


男の額に手をかざして呟くと、彼の体から黒い湯気が立ち昇る。

森に入っただけで受ける、少しくらいの瘴気ならば自然に抜けていく。

ちょっと多めの瘴気ならば薬で緩和できる。

だが大きな影響を受けたのならば、瘴気を吸い取ってしまうしか方法がない。

多少他のものも吸い取ってしまうけれど命が助かるのだからいいでしょう、回復するし。

これができるのは《守人》だけ。

よくもまぁ、こんなにもの瘴気を溜め込んだものね。

森で戦っただけでここまでになるものなのだろうか、とも思ったけどそんなことはどうでもいい。


「…っく」


瘴気の流れが不快なのか、男が身をよじった。

汗が額に浮かんでいる。

でもそれは私も同じなんだから耐えてちょうだい。

黒い湯気は私のかざした掌から吸い込まれていく。

熱いような冷たいような。

ぞわぞわするような感覚はいつまでたっても慣れないしできればやりたくはない。

けれどこれが私の役目。

思ったよりも多い量に体がふらつく。

ラウルが帰って来るのを待っていればよかったかもしれない。

でも立ちのぼる瘴気はなくなっているからもう少し。

覚悟を決めて一気に吸い込む。

うん、これはあとで叱られる。


「ん…? ここは…」


男は目を覚ましたようだ。

眉間のシワも無くなっている。

乱れた髪をかきあげながらゆっくり半身を起こしてこちらを見上げた。

私は力が入らない足で無理やり直立する。

不自然かもしれないくらいの姿勢の良さだと思う。

…ベールがあってよかった。

じゃないと涙目ではぁはぁしてる姿を人間なんかに晒すところだった。

多分今の私顔色も良くないし。

守人の威厳に関わる問題だものね。


「《守人》?」


「おう、起きたか」


いきなりかかった声にビクッと体を強張らせた。

思ったより早い帰宅だったわね、と言いたいところだけど人間の前では極力話さないようにと言われているし話せる状態でもない。

そんな状態の私のことなんてラウルはお見通しで、肩に手を回してさりげなく体を支えてくれた。

ラウルのくせに生意気。


「説明はあとでするからもうしばらく寝ていろ。お前の連れてた奴らにはそう伝えてある。ああ、ここは守人の館だ。ないとは思うが面倒ごとは起こすなよ」


男はまだ頭がはっきりしないようでラウルの言葉にうなづいた。


「何かあったらそこのベルをならせ。気がついたらきてやる」


その言葉にベッドサイドに置いてある小さなベルに視線が向かう。

視線がこちらから外れた瞬間にラウルは私を抱え上げて部屋を後にした。


扉を出る瞬間。

ラウルの肩越しに男と目があった気がした。

ベールで私の顔なんか見えるはずがないのに。

なぜだか私はその灰色の瞳から目を反らせなかった。

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