祝福
この小説は、思いつきで書いたものです。
「私の事は誰にも話さないで。」
彼女はそう言って僕の前から姿を消した。
あれから半年が経つ。
もうそろそろ忘れただろうと思っていたのに、まだ覚えていた。
考えすぎて何も手につかなくなるのはさぁ。
もうこれは、結構きているのかもしれない。
元々何かに対して興味が有り余るわけでもないが、この状態は今の日常生活に支障を来しかねない。
現に来しつつある。
「30年ぶり?かなあ。ここまで来るのは。ねえ?結。」
僕は話しかける。
結は答えてくれない。
「30年は短すぎるか?僕の興味は何年くらい保たれていたんだろうか?」
また、話しかける。
「25年くらいだと思うよ。私がここにきてからの25年間だけどね。ここは、「人間界」との時間軸は違うけれど。それくらいじゃないのかな?」
やっと答えてくれた。説明も付け加えてくれた。
そのせいか、答えが返ってくるまで、2、30分はかかったけど。
「ところで、さっきから上の空ですけど、何か思い出してたんですか?例えば、私が来る前のこととか。」
そういいながら結は僕に淹れたてのお茶をくれた。
温かい。彼女のことを思い出す。彼女は料理を、家事を僕に任せきりだったけど。
結は家のこと全てをやってくれる。
「ありがと。」
感謝。
「そのように声に出されるとかえって恥ずかしいです。」
結が顔を赤らめながら言った。
ありゃ、声に出してたのか。無意識のうちに話す癖どうにかしないとな。
「ごめんごめん。この癖は中々直らなくてさ。それこそ30年前からずっと直そう直そうとしてきてるんだけど、直らないものだね。」
「姿が変わらないのも30年前からそうなのですか?」
結が質問してきた。珍しい。
「そうだねぇ、僕ら「亜人種」の中の「鬼族」で種族間なら1個体の違い、分かるんだけどね。結は「人間種」と「亜人種」が半分入ってるからそこまでは生きられないかもしれないけど。」
結がむぅぅぅぅと膨れた。最後はいらなかったかな。
「それはそうと、さっきまで私が話していた内容覚えてますか?覚えてませんよね?上の空の理由はなんなんですか?教えてください!」結は怒ってるのか拗ねてるのかわからない表情でまくしたてた。
「ごめんねぇ、聞いてなかったわぁ。一言も。」
僕は申し訳なさそうに結に謝った。
でもこれは結に話すようなことじゃない。
話さない方がいい。
話したらダメなんだ。
それでも結はお構い無しに顔を近づけてくる。
それをやり続けると時間が100年単位で過ぎそうだったから、僕の方から折れた。
「これから話すことは誰にも話しちゃダメだよ。これを他人に漏らすと君はこの世からいなくなるんだからね。わかったかい?」
と結に言った。
そりゃ、「この世から居なくなる」は言い過ぎかもしれないけど、それだけ僕の中では他言無用にしてほしいことなんだ。
結は「覚悟は出来ています。」と言った。
「じゃあ、話そうか。」
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あれは僕の興味が薄れる予兆がくる前の出来事だった。
あの頃の僕は人の中に入れないでいたんだ。
入れなくてもいいとさえ思っていた。
そんな僕かやっていることに対して痺れを切らした人の一人が僕を人の中にいれてくれた。
その人は僕よりずっと年上だった。
僕はその人と一緒にいるだけで気持ちが浮わついてたんだ。
今思えば、あの感情は『恋』だったのかもしれないね。
人の世の中に入れないでいた僕は、成り立てだった。
人の世の中のことが何一つ理解できてなかった僕にたいして、嫌な顔一つせず、僕がちゃんと理解するまで丁寧に教えてくれたのがその人だった。
僕の数少ない話し相手。
僕の初恋の人。
その人に手を引かれて人の世に紛れ込んでから15年が経った。
ある日のことだった。
彼女は珍しく早起きしてたんだ。
今思い返せば、あの人があんなに早くに起きていたのはあの日だけだったかもしれない。
あの人は早起きした理由をこう言ってた。
「私ね。これから人に会いに行くの。いつもの私なら嫌だって言ってすっぽかしてたけど、今回はそうもいかない人なの。大人の付き合いってヤツよ。お前にはまだ、わからないだろうね。成り立てだしね。あ、成り立てで思い出した!!成り立てのヤツを保護したら言わなきゃいけないことがあったんだ。全然思い出してなかった。しかも、すっかり忘れてたよ。これはね、年長者が幼き子に対してやるおまじないみたいなものなんだけどね。私たちの間では『祝福』と呼んでいるんだよ。おまじないとはまた違うか。祝福だしね。細かいことはおいといて、さぁ、成り立ての君に年長者の私から祝福を授けよう。これからどんな辛いことがあっても心折れることなく真っ直ぐ前を向いて歩けるように。そういう願いを込めての私からの祝福。」
そう言った彼女はもう出る時間が迫ってるのに僕のために祝福を授けてくれた。
案の定、彼女は待ち合わせに遅れたけどね。
相手は「女性は支度に時間がかかるから構わない」って言ってくれるたんだって。
彼女は大人の付き合いだっていってたけど、本当はお見合いだったんだ。
彼女は僕に配慮して言ってくれたんだけど、僕にはそれが要らない物だったから、なんか変な気持ちにはなったかな。
もやっとね。しただけ。
そのお見合いが成功したのか、それから彼女は彼に頻繁に会うようになった彼女は、僕に「彼を家に呼んでもいい?」と聞いてきた。
僕は、「君の家だから君の好きなようにしたらいいじゃない。僕は居候させてもらってるんだし。別にいいじゃん。許可とらなくても。」と言うと、彼女は、「それもそうなんだけど、毎日一緒に生活してたら自然と隣にいることが当たり前になってくるのよ。だから、ついつい許可を得ようとしちゃうのよね。ごめんね。」謝りながら笑っていた。
彼女に彼はどんな人?と聞いた。
彼女は、「彼はあんまり貴方のことを良く思ってないみたいなの。自分と出会う前から一緒に住んでたのなら何故彼と一緒にならないのかって私が怒られたぐらいだもの。それだけ良く思ってないって言い方がアレだったのかもしれないけど、彼は貴方の将来を危惧してたわ。その子は君に何らかの気持ちを抱いてるんじゃないのか?って。でもね、最初に初めてあったときに、貴方に教えたでしょ?年長者と成り立ての恋は特別な事情がない限り出来ないって。それを、私は彼に言えなかったの。100年生きてる私とたったの15年しか生きてないお前。15年しか生きてないものは成り立てに入るのよって。言えなかったの。彼は知ってて私に言ったんじゃないのかな?私と貴方の、お前の関係がどんなものなのかを。確かめたかっただけだったのかもしれないけど、いくらなんでも、あんな言い方はねぇ。ないよねぇ。」と苦笑していた。
僕にそんな話をされても……。って思ったよ。
僕には関係がないじゃないか。ってね。
実際、関係なかったしね。
そのときはね。
それから半年後。
彼は彼女の家に入り浸るようになった。
小説を読んでくださりありがとうございます