第十三迷宮
『急行新宿往き、次は十三番迷宮、十三番迷宮です』
電車のアナウンスが聞こえる。
蒔人は、床に置いておいたケースを肩にかけ降車するためにドア付近に寄った。
十三番迷宮とは、その名の通り全国で十三番目に発見された迷宮である。
東京と神奈川の境目に現れた迷宮であり、その規模は全国で3番目に広いと言われている。
全国には、確認されているだけで126銅の迷宮があるとされ、今後も数を増やしていくと迷宮研究家の間で言われている。
はっきりと全国順位が付けられないのは、最深部にまだ到達していない迷宮がたくさんあるために正確な広さが分かっていないからだと言われている。
車内の半数ほどが、ここ十三番迷宮駅で降りるらしい。ぞろぞろと様々な荷物を抱えた探索人らしき人々がホームに降りていく。その後に続いてホームに降りる。
蒔人は、案内掲示を見ることなく階段を登っていく。
スマホで時間を確認し、そのままメッセージアプリで達也や明里から連絡が来ていないかをチェックする。
1件通知があり、明里はもう着いているらしい。
改札を出ると茶髪のロングヘアに毛先にパーマをかけた女性が目に入る。
身長が高く、引き締まった躰をした明里は目立つ。遠めからでも待っているのが彼女であると気付く。
もっとも、いつもの集合場所であるためすぐ見つけることが出来るのだが。
蒔人は、若干背筋を伸ばしながら明里の元に向かう。
「ういっす、お疲れ~」と蒔人は大学生になってから身につけた挨拶をする。どんなときもお疲れさまと言っておけば問題ないはずである。
「お、蒔人くんお疲れ~」
と明里もゆるく大学生ぽい挨拶を返した。
「達也は? 明里、何か連絡きてる?」と話題を振る。
何も~と首を振る明里。達也が遅れることはままあることなので、そっかと軽く流し、着いたぞとメッセージを一言入れておく。
明里も蒔人も、スウェットにジャージとラフな格好である。十三番迷宮駅から、迷宮に向かう人達も軽装が多い。
そして、手には武器防具類が入っているだろう大型のケースを持っている。
「そういえばさ、蒔人くん、ボウガン、フェード社の新作【ミドシューター06】にしたんでしょ~?ちょっと見せてよ~っ」
と、蒔人の肩かけたケースを軽くとんとんと叩く。
「ちょっとだけな」
軽く笑いながら応える。
迷宮施設の外では、武器防具類はケースにしまっておかなければならないと法律で決められているためだ。しかし、ケースから出すわけではなく、見せるだけなら大丈夫だろうと考え、ケースのファスナーを下げる。
ミドシューターとは、自動装填機能付きの中型ボウガンで、その使い易さと安定性から人気の製品で、使用者も多い。
実際に、明里もミドシューター使用者である。
蒔人が迷宮探索で貯めたお金で買った新作のミドシューター06は、フェード社の開発した新素材、特殊プラスチック素材を使用しており、軽さと強度の共存を可能にした最新モデルである。
明里が装備するミドシューター05と比べると、重さは1,2kgも軽くなっているのに性能は変わらない。それどころか細かい改良により、装填速度も若干優れているらしい。
「わあ、これか~!いいなぁ」などと言いながらケースを持ち上げ、うわかるっと騒いでいる。そんなテンションの高い明里と話していると、達也がやって来た。
がたいのよい達也は、他の2人よりも大きめのケースを背負っていた。
「うい~す、待ったか?」
片手をあげ、挨拶をしながら達也がいう。5分ほど遅くなっただけであるから、達也にしては早い方だろう。
「今日は、直樹はいねえんだもんな。じゃあ早速いこうぜ」
遅れたことはもう忘れたかのようにみんなに声をかける達也。
リーダーを決めた訳ではないが、自然と達也が引っ張っていく流れが出来ている。
迷宮探索者はもっとも長い経験を有する者がリーダーとなるのが通例である。
大学生から迷宮探索をしている明里と達也に比べると、高校で迷宮研究部に所属していた蒔人と直樹の方が探索者経験が長いのだが、性格的にあまり表だってみんなを引っ張るのには慣れていない。
達也が中心となって、他のメンバーが支える。この状態を、蒔人は好ましく思っていた。
パーティーとしての役割のバランスがとれているし、仲も良い方だろう。
迷宮入り口へ移動中、明里は達也にもミドシューター06のことを話している。大分、新装備にテンションが上がっているようだ。それ明里の装備じゃないんだけどなぁと蒔人は内心で苦笑した。
迷宮が出来た当初は、もともと地面にぽっかり穴が出来たようなものであり周りには何もなかったと言われているが、現在は国によって管理され周囲をぐるっと黒い建物が覆う一大施設となっている。
建物には、迷宮産出品の買取販売所はもちろん、ロッカールーム、レストラン、カフェ、トレーニングルーム、コンビニ、と利用者の利便性を高めるための店舗が数多く入っている。
施設の入り口にも警備員が立っており、その横の改札口で、迷宮探索人としての登録カード通称探索人カードをスキャンする。
通過すると、装備に着替えるため明里とは一旦別れ、男性更衣室に入る。
ロッカーを借りてから、装備を装着する。
蒔人の装備は、上下プロテクターに、メット、目を保護するグラス、靴は靴底と先端に合金が入った高級品を使用している。靴は探索者の命であるというため、ワンランク上のものを使用している。
そして、腰には、特殊警棒、フラッシュボム2個を装着し、肩にはスリングしたミドシューター06、左手には直径30ほどのバックラーを装着している。
遠くの敵にはボウガンによる射撃、近くの敵にはバックラーで身を守りつつ特殊警棒で牽制するスタイルである。
一方、達也の装備はというと、全身黒いプロテクターで身を包んでおり、プロテクターは蒔人のものよりも分厚いものを使用している。
靴は先端にスパイクが付いてるもので、蹴りの威力を高めたいかついデザインである。
メイン武器は、メイスである。長さ50センチの鉄棒の先端に重しを付けさらにスパイクを付けたものである。サブ武器として、大型の軍用ナイフを太ももに装着し、腰には蒔人と同様に特殊警棒とフラッシュボム2個を装着している。
装備を確認し終えた二人は、魔物の解体用具と治療セットの入ったザックを手にし、迷宮の入り口前へと向かった。
入り口では先に装備を身につけた明里が待っていた。
彼女の装備は、蒔人と似たようなもので防具は靴以外は同じであった。上から下まで全身、レーガル社製の防具で固めている。コスパと信頼性抜群の初心者から中級者まで御用達の装備である。
明里のメイン武器は、ミドシューター05であり、サブとして特殊警棒を持っている。蒔人や達也と異なり、フラッシュボムは持っていないが代わりに投擲用のダガーナイフを腰のポーチに挿している。
「よし、じゃあ行きますか」
少し気合の入った声を出す達也に、
「おう」「そうね」と軽い返事をする二人。だが、その表情は引き締まっている。
迷宮に入る前はいつだって緊張する。もう何度も通っているはずだが、この感覚は慣れることはないようだ。
1階層へ降りるためのAゲートから、5階層ごとにゲートが分けられている。
今回は、新装備であるミドシューター06の試し撃ちをしに、3階層へと行く予定であるためAゲートから入る。今回は直樹が来ていないため、ちょうどいいレベルだろう。今日は、一日使って新しい相棒の感覚にになれるつもりだ。
メットに組み込まれているヘッドライトを付け、装備の最終確認をする。
「忘れ物ない?」
「おっけ~だよ」軽く伸びをして答える明里、適度な緊張感を持っているが体はリラックスしているようだ。
「っし、行けるぜ」とプロテクターをガンガンと打ち鳴らす。
三人はお互いの様子を確認した後、ゲート横に立つプロテクター姿の警備員に、軽く会釈しながらゲートを潜る。
さあ得体の知れない魔物の待つ迷宮へ。