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異世界黙示録マイノグーラ~破滅の文明で始める世界征服~  作者: 鹿角フェフ
第二章:生まれ芽吹く絶望の鼓動

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第三十六話:奇手1

「不愉快……だね。考えが甘かったと言える」


 自然と呟かれた言葉にイスラは静かに主の心中を慮る。

 同盟国であるフォーンカヴンを悩ませている蛮族。

 散発的であったはずのその襲撃が突如巨大な波となって襲ってきた。

 加えてそれらは別のゲーム由来と来ている。


 常識や通例という概念を当てはめるのは愚行で、さりとて判断材料が乏しすぎてどの様な対応が最善手かすら見えてこない。

 無論時間は待ってはくれない。

 マイノグーラの本拠地。つまり彼らの平穏を脅かさんと今まさに敵の軍勢が歩みを進めているのだ。

 状況は逼迫(ひつぱく)していると言えた。


「まさかこの場所が露見(ろけん)するとは……敵勢力との接触は時間の問題ですわね。――しかし主様? 初手で敵勢力、魔王軍に対して攻撃の手を取られたことは英断でございましたわね」


 イスラはさりげない言葉で自らの主が行った決断の根拠を探る。

 結果はどうあれ、今回の軍事行動に関してタクトの指示はいささか性急に思われたからだ。

 相手が未知数でありその対処に速度が求められることは理解できる。

 またドラゴンタンの街が相手の軍に攻撃を受け、何を持っても死守が必要であったことも理解できるところであった。

 だが相手の素性や性質を判断せぬまま、ドラゴンタンで戦端を開いた事が少々腑に落ちなかったのだ。

 結果として敵将の撃破と、ドラゴンタン侵攻軍の撃退という戦果を得ることができた。

 そこに至る道筋で、自らの知らない何らかの判断材料があったのだろうかとイスラは考え、問うたのだ。


「まぁ……ね。結果としてここに敵が侵攻してきているんだから失策にも等しいけど」


 イスラの記憶が正しければ、タクトは慎重な性格をしていたはず。

 また、何を持っても平穏と内政を第一とするその性格からいままで戦争は極力避けていたことも特徴的であった。

 利さえあればドラゴンタンの放棄さえ選択肢に入れるほどの慎重さを有すのがいままでのタクトであったはず。

 にもかかわらず、なぜこうもすばやく相手との戦端を開いたのか。

 それが彼女には疑問であった。


「ただ、相手の力量がこちらの想定範囲内だった事には安心したよ。四天王であのレベルだったら、魔王もなんとかなりそうだ」


 そう一人ごちるタクト。

 先だってアトゥより得ることができた情報により、魔王軍の大凡の力量や性質が判明したことは僥倖だった。

 まだ絶望的な状況には陥っておらず、対処さえ間違えなければこの難関を乗り越えることができるであろうと分かったからだ。

 だからこそイスラは己の懸念を払拭できずにタクトを見つめる。

 その瞳の奥にはどのような思惑があるのか、はかりきれぬイスラは思い切って自らの内でくすぶっていた強い疑問を直接ぶつけることにした。


僭越(せんえつ)ながら、件の敵勢力、首魁(しゆかい)たる魔王とやらも主様の様にプレイヤーである可能性もあるかと愚考しますが、いかがでしょう?」


 イスラの懸念は一つである。

 つまり、相手もタクトと同じプレイヤーではないのか?

 であれば有する力は未知数。タクトの様に歴戦のプレイヤーである可能性もある。

 いくらこちらの世界でマイノグーラの指導者になったからといって、故郷の同胞と刃を交えるのは心苦しい物があろう。

 相手の真意はどうあれ、ある程度の被害は覚悟の上で一時停戦を求め、情報の更なる収集と対話へ舵を切っても悪い判断では無い。

 そう考えての質疑だった。

 だがその思惑は大きく外れる。


「そもそも、同じ人間……同じ日本人だとして。――どうしてそれだけで仲間だと言えるの?」


 あっけらかんと言い放たれた言葉に、イスラは思わず息をのんだ。

 その言葉には有無を言わせぬ圧力があった。

 表情は柔らかな笑みを浮かべているが、決して瞳は笑っていない。

 自らの王が何を考えているのか。それは彼の側で数多くの世界を征服してみせたイスラですら計り知れない。

 もしかしたら彼が真に信頼するアトゥならばその胸の内を打ち明けられるのかもしれないが、残念ながらアトゥはドラゴンタンの防衛に専念しており、この場にはいない。

 故にイスラは黙して頭を下げることによって王の方針に従う。

 どちらにしろ、彼女に選択肢はないのだ。

 あったとしても、はじめから王に逆らうつもりなどは到底なかった。


 ダークエルフ達がイスラやアトゥに対してある種の畏怖(いふ)と隔意を有しているように。

 イスラもまたイラ=タクトという存在と同じ場所に立ち、その全てを理解している訳では無かった。


「……ともあれ、方針は明確だ。相手がプレイヤーだろうがなんだろうがここまで来て和睦は難しい。こちらに相手の出方を座視する戦力的余裕もない。であれば全力で潰すだけだよ」


「ええ、ええ、おっしゃる通りかと」


 現状を考えるとこれ以上の疑義を挟むのは時間の無駄だ。

 何よりマイノグーラの王たるタクトがそうせよと判断したのだ。

 であれば何を持ってしてもその意思を遂行するのが配下の役目。

 意識を完全に切り替えたイスラは大きく頷き、臣下の礼をとる。


「不必要な迷いは時として自らに牙をむく。一度決めたら無意味に振り返らないのが策を成功させるコツの一つだよ」

「仰せのままに、我らが王よ」


 タクトは頭の中で戦略を巡らせる。

 過去の記憶を掘り起こし、今まで何度も繰り返された戦争の軌跡(きせき)を辿り、この状況において最も効果的で効率的な作戦を検討していく。

 無論予想外の出来事も考慮済みだ。

 ここはエターナルネイションズの世界ではないのだ。未知は山ほどあり、思惑通りにいかぬ事象など無数に存在している。


 思わず興奮で心臓の鼓動が早くなっている事を感じるタクト。

 なんだかんだ言ってこの状況を楽しんでいることに、何か奇妙なむず痒さを感じていた。


「大変です王よ! ここマイノグーラ王都に向かって敵の軍勢が!」


 タクトが脳内で今後の方針を固め、指導者の権能を用いて戦士団へと指示を送り始めた頃だった。

 伝令役のダークエルフが血相を変えて玉座の間へと闖入してきた。

 マイノグーラの配下全ての状況を把握することが出来るタクトはもちろん戦士団が発見した敵の侵略部隊の情報についても把握している。

 だが万が一の伝達不足を懸念した戦士長のギアが確認の為に伝令を送っていたのだった。


「知ってるよ」


 本来であれば許可無く玉座の間へと入る事は刑罰に当たる行い。

 だが状況が状況であるためタクトは何かを言おうとするイスラを手で制して簡潔に言葉を返した。

 伝令がその言葉にある種の圧を感じヒッと息を呑むさまを見届けながら、タクトはイスラへと目配せを行う。

 それだけで主の考えを受け取ったイスラは普段より幾分柔らかな声音でその労をねぎらい指示を出した。


「此度の敵軍侵攻、すでに王の知るところにあります。むろん戦士長ギア含め、主たる者達に王自ら指令を発し済みです。我々も指揮のため王宮を出て都市の市民庁舎へと移動します。貴方も急ぎ持ち場へと戻りなさい」


「はっ!」


 現場と首脳部の意思疎通システムは完璧に運用されている。

 各部隊の状況を把握し、直接指示が行えるエターナルネイションズのシステムは自らの手足のように軍を動かすことを可能にするだろう。

 戦士長たるギアの対応も満足いくもので、タクトが指示を出す前から戦士団を集めて市民の避難誘導と簡易の防御陣地を作っている。


 ゲーム以上に良く動く手足を持った事に感激すら沸き起こってくるタクト。

 敵の数が未知数だが、足場と視界が悪い大呪界であるのならそう大規模な軍事行動も取れない。

 加えて森林はダークエルフにとって、呪われた土地はマイノグーラの国民全てにとって有利に働く。

 状況は危機的である。だが決して乗り越えられないものではなかった。


「とはいえ……」

「少々後手に回ってしまったのは事実でございますわね」


 小さく呟いた言葉にタクトが返す。

 本来であれば本拠地に戦力を送られるなど愚の骨頂だ。

 これが観劇なら観客からブーイングが起こり、ゲームならコントローラーを投げ捨てているだろう。

 だが残念ならがこれは現実で、だからこそ決まる覚悟もある。


「よし。じゃあ一手巻き返すとしようか」


 どうやら相手は自分の事をよく知らないらしい。

 タクトは静かに嗤う。

 エターナルネイションズにおいてマイノグーラを率いて難易度ナイトメアを制覇したイラ=タクトという存在を。

 であれば教育してやらねば。

 前人未踏を踏破した。その言葉が持つ意味を。


 どこか人間味の薄れた表情で、タクトは静かにその玉座から立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
イスラが答えるところをタクトとなっている ひょっとしてイスラもタクトの人格がはいっていて実際はタクト一人ですべてを演じているのか???
「とはいえ……」 「少々後手に回ってしまったのは事実でございますわね」  小さく呟いた言葉にタクトが返す。 これ意味おかしくないか?セリフから「とはいえ……」がタクトで「少々後手に がイスラ (小さ…
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