第百六十二話 全陣営聖魔大戦
正統大陸連盟構成国。エル=ナー精霊契約連合領土。
臨時造成防衛砦並びに第一次防衛線。
かつてサキュバスに打ち砕かれたエルフの防衛砦に似た構造物。その数倍はあろうかという防衛拠点がこの最前線には構築されていた。
近隣のエルフ都市から南部に降った先にある平原。その場所に建てられた建築物はいっそ異様とも言える印象を見るものに与える。
「う~ん、まずったわね。破滅の王がこんな作戦をとるなんて。何が起こるか……流石のアタシも恐怖で漏らしちゃいそうよんっ♥」
防衛砦の最上階。最も見晴らしの良い場所に陣地をとりながら、サキュバスの魔女ヴァギアは自らの失態を悔やむ。
見据える先は真っ黒なヴェールに包まれたマイノグーラの領土。イラ=タクトが全陣営会談で放った大規模魔術は暗黒大陸を覆わんばかりの広がりを見せ、こちらとあちらに一切の干渉を許さぬ境界を引いた。
無論正統大陸連盟も座して待っていた訳では無く、今の今までなんとかこの術式を突破する術はないかとあらゆる手段を試していた。
結果がどうであったかは現在の状況が如実に表している。
この時点で相手に一歩先んじられていることは明らか。ヴァギアの中に焦りが生まれるのも無理からぬことではあった。
「女王。しかし問題ないのでは? 我々の力は強大だ。それはすでにあの会談より破滅の王が逃げ出したことからも明らか。いくら時間をかけようともこの差を覆すことは不可能だろう」
「ふ、ふぇ~。そうですよ。相手に時間があるということは、こちらにも時間があるということ。すでにH氏の武器防具もエルフさんやサキュバスの皆に行き渡っています。クオリアだってこの一年で完全に戦時体制に移行しました。後は私たちの勝利の日を待つだけですぅ~」
最優の配下がヴァギアの焦りにフォローを入れる。H氏が提供したもののなかでも最上級の装備に身を包む彼女たちはサキュバス陣営の主要戦力である。
ノーブルサキュバスという数少ない貴族階級のサキュバスであり、立ち位置的にはマイノグーラにおけるアトゥ、TRPG陣営におけるエラキノの様な存在だ。
すなわち一騎当千の猛者。
そこらのサキュバス達とは一線を画すのだ。その彼女たちが、自信に満ちあふれた言葉でこの戦争の行く末を評価する。
「そう。そうよね……」
ヴァギアは彼女たちを慮るように頷き、内心で独りごちる。
(けど、一年……か)
期間が一年という貴重な情報は、幸いにもクオリアにいる依代の聖女よりもたらされた。
見通しの立たない戦時体制の維持は流石のヴァギアとて士気の維持が困難であったためありがたかったのが本音だ。
だがその時間が問題だ。あの全陣営会談で一気呵成に首根っこを押さえるはずだったイラ=タクトが逃げ延び、こちらへ対抗するための準備を整えている。
その事実にヴァギアは内心冷や汗が止まらない。
配下の者たちやクオリアは自陣営の圧倒的な戦力に浮かれ気味のようだが、一年という時間は何かを企てるには十分すぎるものだったから。
だがヴァギアはここで脅威論をぶちまけるつもりはない。
いくら言ったところで根本的に楽観主義者であるサキュバスたちを説得するのは難しいことであるし、加えて正統大陸連盟が圧倒的な軍事同盟であることは揺るぎない事実なのだ。
一年でどう準備してくれるか分からないと判断するヴァギアよりも、一年でどう準備したところで彼我の戦力差は覆せないと判断する護衛の二人が正しい。
だが相手は破滅の王イラ=タクトなのだ。
ヴァギアはかぶりを振って笑顔を作る。
仮初めに演じるキャラクターとしては慣れすぎてしまった感があるが、だとしてもこちらの方が自分らしいと自信を持って言える。
なにより、こうなりたかったのは自分だ。だから――。
「いやん♥ 私ったら、変に悩んじゃって! こんな萎えた気分じゃ殿方を喜ばせられないわよねん! さっ、そろそろ時間よっ! みんな~! 準備はいいかしら~♥」
だから彼女は貞淑の魔女ヴァギアを演じる。《《拡大の神》》との契約を果たすため。
宇宙全てに彼女の愛を届けるため。
「「「「わあああぁぁぁぁいっ!!!」」」」
サキュバス達の歓声が聞こえる。
皆美しく、気立てがよく、欲望に忠実。そしてなにより強力だ。ヴァギアが作り上げた軍勢は何も男を誑かすだけにその能力全てをを割り振っている訳では無い。
協力者であるH氏の武器防具を装備した一騎当千の猛者たち。
加えてこの戦いに備えて事前に有効だとなり得るトレーディングカードゲームの魔法カードも精査し準備している。
同盟国である聖騎士にもそれらの恩恵は与えられ万全の体制が取られているし、向こうには数が減ったとは言えまだ聖女がいる。
一点こちら側でエルフの三聖女との協力関係があまり上手くいっていないのは気がかりではあるが、こと戦力という点で見れば十二分すぎるものが揃っている。
加えて、ヴァギアはその必殺のコンボでイラ=タクトや優を一度圧倒しているのだ。
いくら戦力を再整理したところでどうしようもない。
だが――。
「女の勘がビンビン伝えてくるわん。激しいぶつかり合いになるってね♥」
(気合いの入れ時よヴァギア。ここで勝たなきゃ全てが終わる……)
己に言い聞かせるよう内心で呟く。
もうすぐ幕開ける大戦争が楽しみなのか、はたまた緊張による自己防衛で自然とそうなってしまったのか……。
ヴァギアの顔がとろんとした優しげで淫靡なものから凄惨で凶悪な笑みに変わる。
やがて――。
この大陸に集う全ての陣営に告げるかのように、
まるで盤上を眺める神々が宣言するかのように、
戦いに向かう全ての者が魂から叫んだかのように、
……暗闇のヴェールが消え去り、
――その時は訪れた。
=Message=============
大戦争が始まりました
―――――――――――――――――
=Message=============
セッション(大戦争)が始まります
参加者は挨拶を忘れずに
―――――――――――――――――
=Message=============
タマシイ が ふるえる
*大戦争* が はじまったみたいだ
―――――――――――――――――
=Message=============
It is a day of destiny.
All fight for their pride.
The Great War has begun.
―――――――――――――――――
=Message=============
シナリオ:終わりの無い最後の戦い
大戦争ルートに突入しました
―――――――――――――――――
二つの大陸を巻き込んだ大戦争が・・・・・・。
ついに、始まった。
◇ ◇ ◇
大戦争の幕開けは、劇的で、衝撃的で、圧倒的だった。
闇のヴェールが消え、破滅の軍勢が現れる。
ADV陣営の戦力であり、正統大陸連盟側の主力であるサキュバス達は自らの圧倒的力を疑ってはいなかった。
蹂躙と征服。侵略と拡大。
自らの担当神である《《拡大の神》》の命じるままに、もはや本能にまで刻み込まれた支配欲求によって全てを食らいつくさんと羽を広げる。
だがその動きが一瞬止まる。眼前を見据えた者たちは、一瞬自分らが夢の世界に迷い込んでしまったのではないかと呆気にとられた。
「なんなのあれ……」
戦端が開かれたと同時に名も知れぬサキュバスが呟いた言葉は、その光景を見た全員の思いを代弁するものだ。
「馬鹿な! こんな馬鹿げたことがあるか!」
サキュバスの女王ヴァギア。その腹心たる長身のノーブルサキュバスが叫ぶ。
「なんで、なんであんなものが陸を走っているのですか!?」
同じく腹心たる幼げなノーブルサキュバスが怯えたように後ずさり、これから来るであろう衝撃に身を震わせる。
目に映るソレは、あり得ない光景だった。
どう考えても予想できない。ありとあらゆる可能性を、ありとあらゆる手段を検討し検証したとしても絶対に出てこない方法。それが現実の脅威としてこの瞬間襲いかかってくる。
砦の頂上から部隊を指揮していたヴァギアも、その光景に目を見張る。
相手の戦力や底力を舐めたつもりはなかった。
一切の油断なく最大の戦力を用意したし、おそらく来るであろう敵の突撃を受け止めカウンターを入れる為に少なくないコストと時間をかけて防衛砦も建築した。
いずれも万全だった。
銃だろうが、魔法だろうが、魔物だろうが――プレイヤーだろうが打ち砕くだけの準備と自信があった。
だがあれはあんまりだろう。
こんなものを検討しろと言うのはあんまりだろう。
ソレは、あまりにも巨大でおおよそ陸上に存在してはいけないはずのソレは、まるで特別危険な薬で狂っているかのように大声で笑いながら叫んだ。
「アヒャヒャヒャハハ! ピンクのゾウさんが見える! ピンク色のゾウさんだぁぁぁ!!」
歪な声で、不快な声で、ギシギシと軋むような声で、
そう、叫んだのだ。
――巨大な船が。
まるで汚染されたかのようにドクドクと脈打つ赤い葉脈を全体に走らせる白い船。
マイノグーラが用意し、イラ=タクトが切り札として最初に投入した英雄。
《虹色に輝ける宇宙キノコ》と呼ばれる特殊な英雄を取り込み変質したソレは、大海原を進むかのように陸地の全てをなぎ払って進んでくる巨大なガレオン船だった。
「ああ、ゾウさん。可愛いよピンクのゾウさん! 一緒にいこうね!!」
ギャハギャハとおよそ正気を保っていないかの様な言葉を繰り返しながら陸の海を進むその船を止められる存在はどこにもいない。森林地帯でゲリラ戦を行われる事を恐れ、決戦の場所に開けた草原を選んでしまった事も最悪に加担している。
速力は超常の存在達に比べれば牛歩に近いものであったが、それでも一般の兵士達には追いつけないほどの速度が出ている。
大きさに比べ馬鹿げた速力を保ったまま、その巨大な質量は一直線に突っ込んで来ているのだ。
「こ、このままでは砦にぶつかります!」
幼い見た目のサキュバスが叫んだ。見て分かる事をわざわざ説明する暇など無かったが、あまりの非現実的光景に唖然としていた砦のサキュバス防衛部隊の意識を切り替える役には立った。
「反撃魔法を撃て! 支援部隊も攻撃部隊も、全員ありったけの攻撃をアレにぶつけろ!」
長身のサキュバスが指示を出す。
サキュバスの中でも上位の者達が慌てて魔法の詠唱などを行う。
H氏の装備によって可能となったものや、サキュバスが元々もっていたもの、エルフの協力によってなされたものなど様々ではあったが、色とりどりの攻撃が狂いしメルーリアン号に向かって飛んでいく。
「アアアァァァ!!! キノコォォォ! キノコが足りないよゾウさん! キノコをよこせえええええ!!」
白い巨体が近づくにつれどんどんと狂った絶叫が大きくなっていく。
ヴァギアは額に汗を流しながらその光景を見つめる。
麻薬に犯されたものは痛覚も感覚も鈍化し、頭のリミッターが外れて恐ろしい力を出すとは聞いたことがあったが、まさにその通りの光景が繰り広げられている。
もっとも、薬物中毒者などという可愛らしい表現はこの光景に似合わないが……。
「ふぇ、攻撃、きいていません!」
「側面から襲撃しろ! 正面はマズイ! 甲板にも乗り込むんだ!」
何だ、アレはなんなんだ?
あんなもの見たこと無い。あんなバケモノ相手にしたことが無い。先程までの熱狂が嘘かのように引いてく。冷や水を浴びせかけられたかのようにサキュバスたちは黙りこくり、もしくは悲鳴を上げる。
だがサキュバスの陣営とてまた一騎当千の猛者揃い。動揺はあれどこの程度で瓦解するほど練度は低くない。
飛行能力を持つ彼女たちは指揮の通り正面を避け上空や側面からメルーリアン号を撃破する事を選択した。
無数のサキュバス達が楕円の軌道を取りながら左右上空から殺到する。
しかし、その程度の作戦行動をイラ=タクトが予期していないだろうか? その程度の攻撃をイラ=タクトが対処していないだろうか?
答えは当然ながら否であった。
「ああっ! キマってきた! キノコがキマってきたよピンクのゾウさん!! さぁ手を取って! 一緒に海を見に行こう、さざ波に揺られながらその愛らしい鼻で当艦を撫でておくれ? ああ、ゾウさん! ダメだよゾウさん! そんなの激しすぎる!!」
下品極まる言葉と共にバァッと羽虫の様な音が強烈に鳴る。同時にメルーリアン号から発せられた光の線に触れたサキュバス達が血しぶきを上げながら落下する。
いや――落下と言うには生ぬるい。その場で破裂したと表現した方が正しいだろう。
おそらく強烈な銃器であることは分かったが、どれほどの火力を用いればあのような芸当ができるのか。
下位とは言えサキュバスだ。しかも強化済みの……。
イラ=タクトが用意した兵力の底知れなさにサキュバス達にもだんだんと戸惑いと怯えが広がってくる。
「全員とびなさぁい。こんな地面に居ちゃああっという間にイカされちゃうわよ♥」
悠々と語るヴァギアの言葉にサキュバス達の動揺がいくらか回復し、皆が慌てて砦から飛び立つ。
眼下に見える防衛線は紙くずのように破られていった。
幾重にも張られた魔力結界も、構築された塹壕や馬防柵も、この巨体の突撃ではひとたまりもない。
もちろん地上に配備されたサキュバスやエルフ達がそれぞれ必死に反撃しているが、火力の高さ故に近づけず、またその巨大さ故思うようにダメージを与えられていない。
地獄の様な状況が繰り広げられている。
開戦わずか数分で全てがめちゃくちゃにかき回された。
だが、本当の地獄はこの程度では終わらない。
なぜならこれは全ての陣営が参戦する大戦争なのだから……。
「緊急報告! 想定外の襲撃です! 魔物――魔物が現れました! 背後が襲われています! 首都およびマナソースの防衛拠点に同時襲撃を受けています!! 推定戦力プレイヤー。および複数のノーブルクラス!!」
「聖王国クオリア防衛部隊より救援要請! 離反が相次いでいます。武器を装備した聖騎士が同士討ちを始めています!」
「追加で報告です! クオリア防衛線にてプレイヤー・聖女・魔女の参戦を確認! クオリア側も聖女で応戦していますが未知の能力により劣勢です!」
「「馬鹿な――っ!!」」
護衛の二人の表情がいよいいよ青ざめた。
事態の急変に気づいたからだ。加えて同時多発的に行われる襲撃。
その言葉の必死さからおそらくここと同規模の攻撃は行われていると察するのは容易い。
だがヴァギアは同時に歯噛みする。
報告の一部に非常にマズイ内容が混じっていたからだ。
(マナソースを抑えられたのね……! ちぃっ、これじゃあ魔法カードも形無しね!)
ヴァギアはトレーディングカード勢力よりその力の源泉でもあるカードを奪い去っている。
元々自分が知るゲームではないため、運用とシステムの理解には苦労したが、それでもこの戦いを有利に運べる程度の力量と理解力は手に入れたはずだった。
だがそれも水疱に帰す。
様々な効果の発動にマナソースを利用する『七神王』のカードゲームは、その魔力源を抑えられては一切の行動が不可能になるのだ
しかし一つだけ不思議なことがあった。
有名なマナソースである首都の世界樹は別として、他のマナソースや結晶化したマナの場所は秘匿されていたはずだ。その情報はサキュバスやエルフでも一部の者たちにしか知らされていない最上級の極秘情報。普通なら知られるはずの無いアキレス腱である。
どうやって知った!? どうやって調査した!?
その言葉が何度も繰り返されるが、答えは出ない。
もしかしたら何らかの能力を使って知り得たのかもしれないが、考えを巡らせる余裕も時間もない。
なぜなら……。
「やっばっ、これはダメねん……」
遂に船が目的地に到達したからだ。
ヴァギアの投げやりな呟きとほぼ同時。
移動する白い巨船は狂った笑い声とともに砦にぶつかった。
砦が用意していたエルフ謹製の防御および反撃術式はこの一撃であっけなく破壊され、貴重な石材と精霊から祝福を授けられた古代樹で作り上げられた堅牢な砦はガレキの山と化した。
爆音と土煙。悲鳴と絶叫。
もはや双方軍事的動きは不可能とも思える程に戦場は混乱している。
何もかもがめちゃくちゃで、なにもかもが混沌としていた。
それぞれが目に付いた敵に片っ端から攻撃し、ただ己の敵を撃滅せんと死力を尽くす。
「ああピンクのゾウさん・・・・・・今日もよかった、よ」
巨大な質量がぶつかり合った跡地は悲惨の一言だった。
メルーリアン号はかろうじて原形を伴っているが、それでも頭の部分は大きく損壊しており、側面にもいくつかの穴があるため走行は不可能だ。
一方の砦も機能の中枢を担う中心部分が大きく破壊されており、原形を留めるのはあっても無くても変わらないような石壁といくつかの倉庫や小屋のみ。
空を飛び戦況を確認したヴァギアは瓦礫の山、その頂に降りる。
歪ではあったが砦の尖塔が一部残っており、丁度船の甲板が見えるような高さだったからだ。
彼女はメルーリアン号へと視線を向ける。
彼女にしては珍しく、焦りと驚き、だが同時に強い意志と戦意の感じさせる瞳だ。
向ける先には彼女がこの世界でもっとも危険視する男がいた。
「やぁ、貞淑の魔女ヴァギア。再戦のお誘いだ。一緒に踊ってくれるかな?」
「情熱的なお誘いね♥ 乗らなきゃ女が廃れるわん。けど出来るかしら?」
何事もないかのように潰れ破砕した甲板でこちらを挑発してくれるイラ=タクトに魔女ヴァギアは軽口を放ってみせる。
この男だけはここで止めなければならない。出来るのは自分のみ。
その覚悟がヴァギアにはあった。
「私、殿方を振り回すのが大得意なのよん♥」
ヴァギアは隠し持っていた武器を両手に構える。
H氏から与えられたレジェンダリークラスの武器だ。
圧倒的な力が魔力の風となって辺りに吹き荒れる。
気迫だけで辺りを威圧し、双方の配下たちが巻き添えを恐れて自然と距離をあける。
本能的な恐怖が戦場を支配し、誰も彼もがヴァギアに一瞬注目した。
そのような中であっても、イラ=タクトはただただ楽しそうに嗤うのみであった。
=Message=============
【連鎖イベント】終末の訪れ:大戦争
レガリア条約機構が正統大陸連盟に宣戦布告しました!
偉大なる指導者《イラ=タクト》
~ 全てが滅ぶまで、お互い楽しもう ~
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