第百六十一話 寂静
第三都市セルドーチから南に位置する両大陸の接続領域。
丁度マイノグーラとエル=ナー精霊契約連合との国境に位置する平原。
全てが決するであろう戦い、その始まりの場所に拓斗はアトゥを伴って立っていた。
「いよいよ……か」
背後に侍るは破滅の軍勢。主に拓斗が生み出したマイノグーラの配下と、銃器によって武装されたダークエルフの精鋭部隊を主軸とした攻撃部隊である。
「戦士長ギア。並びに銃器部隊。ここに」
「モルタール並びに魔術部隊の配置も完了しております」
ダークエルフの戦闘部隊が意気軒昂に名乗りを上げる。
全員が銃器等の武装をした精鋭部隊であり、たゆまぬ訓練によって培われた強靱な精神は起こるであろう大戦争を前にしても微塵も揺るいでいない。
「ヴィットーリオはどうする?」
虚空に向かってそう語ると、どこからともなくヴィットーリオが現れる。当然ついてきているだろうと考えての問いだったが、このようにストーカーじみた現れ方をされると少々気持ち悪い者がある。
事実アトゥは嫌悪感がありありと見て取れる表情をしていた。お互い喧嘩にならない程度の分別があるのは幸いだったが……。
「ふむん。この戦線も興味ありますが、他の戦線も興味ありますからなぁ。適当にうろつきますぞ!」
「なるほど、好きにやるといいよ。君はいつもそうだし、それが君の戦い方だ」
「ふっふっふ。久方ぶりに、血湧き肉躍りますなぁ!」
ヴィットーリオの声音がいつもより楽しげに聞こえる。
拓斗同様、彼もまた戦争を楽しみにしているのだろう。舌禍の英雄は混乱と破壊、混沌と狂気こそを愛するのだから……。
「エルフール姉妹やクレーエ達も配置についたようだ。あちらの戦線も準備が出来ているようだね」
「クレーエ殿が戦争指揮の経験があったのは幸いでしたな。癖の強いイラの騎士達の手綱を握れるのも実に良い」
拓斗はモルタールに向かって再度確認を行う。
全ての情報が『Eternal Nations』のシステムで把握出来るという能力をもった彼にその必要はないため、あくまでこれはパフォーマンスに近い行いだ。
だが何もかも自分一人で進めていては組織というものは成り立たない。分かっていてなお、配下に対して確認を行う重要性を拓斗はよく理解している。
そして配下もまた、双方理解済みとは言え、言葉に出して確認することの重要性をよく理解していた。
「彼女は良い拾いものだったね。聖女の件、ちゃんと進めてやらないと……」
(次元上昇勝利を達成すると彼女が望むものも手に入るとは言え、早く済ませられるならそちらの方が良い。日記の聖女は繰腹くんがぶつかるはずだったが、上手くやってくれるだろうか?)
拓斗はモルタール老やギアと戦力の最終確認を行いつつ、平行して脳内で各陣営の配置について再確認する。
漏れや抜けがあってはいけないし、各部隊に問題が発生していればフォローが必要だ。
戦争とは事前準備によってその勝敗が大きく変わる。ここの仕上がりを起点として全ての結果が変わっていくのだから気を抜くことは出来なかった。
(各陣営はベストな形で振り分けた。おそらくこれ以上の采配はないだろう。ただサキュバス陣営のプレイヤーとハクスラ陣営が未だ不明なのが気にかかる。正統大陸側の聖女の動きも懸念だ。ただまぁ、その辺りは都度対応するしかないか……)
他の同盟国――優や繰腹は他の戦線へと向かう手筈だ。加えてエルフール姉妹やクレーエ、イラの騎士等の部隊はクオリア方面を担当する事となっている。
フォーンカヴンやサザーランドは後詰めと占領地の維持が主目的の為、拓斗が率いる軍勢よりも後ろに配置されている。
これから起こる戦いは超常の者達が繰り広げる能力のぶつけ合い。
いくら拓斗が供与した銃器などの武装があるとは言え、この世界基準の兵士たちでは無駄に命を散らす結果にしかならない。
自分たちも戦列に加えて欲しいとテコでも動かなかったダークエルフ達が異常なのだ。
薄い、だが暗いヴェールに包まれ、先が見えぬエル=ナーの国土へと目を向ける。
ヒュウと、この後の戦いに似つかわしくない暖かな風が頬を撫でた。
「拓斗さま」
「アトゥ……」
最も頼もしき配下が横に居る。それだけで今まで陰鬱だった気分が少しだけ晴れた感覚になった。
とは言え拓斗の内心は複雑だ。病床で命を終わらせたと思ったらこんな世界にやってき、いつも通り引きこもりながら過ごすかと思えばこれから起こる大戦争の最前線に立たされている。
「はぁ、まさかこんな事になるとはね。平和に暮らしたいと思っていたのに、気がつけば大戦争だ」
「ダークエルフを国民にする辺りまでは許容できましたけど、聖騎士が調査に来た辺りから明らかに嫌な流れになっていましたからね……」
アトゥの言葉に一緒にため息を吐く。
あの頃はまだ良かったと言えば、当時の自分は驚くだろうか? 自国の、マイノグーラの事だけに目を向けて入ればそれで良かったが、数々の戦いと別れが拓斗を今の立場に押し上げている。
どうしてこれほどまでトラブルに見舞われるのだろうかと今までは疑問だったが、最近はその戦いこそが仕組まれていたものだと分かり少し気持ちに整理が付いた部分はある。
もっとも、納得はしていないが……。
拓斗は自分たちをこの世界に呼び寄せ、ゲームのシステムなどと言う大層なものを与え楽しんでいる存在たちに思いを馳せる。
「それもこれも、裏で盤上遊戯を楽しむ物好きな人たちのせいなんだけれども……まぁ今は目の前の問題に目を向けないとダメみたいだね。はぁ、戦争とか本当はやりたくないのに」
「しかし、今までも大きな戦いは勝利してきました。アトゥめは、拓斗様が勝利されることを心より信じております」
「もちろんだよ」
拓斗の意思は揺るぎない。
すでに一度敗北を経験している彼にもはや甘えというものは存在しない。その後にあった数々の油断できない戦いもまた、彼の成長に寄与している。
今の拓斗は全盛期のイラ=タクトよりも数段上の高見にいるだろう。
ゲームとして俯瞰的に見るだけではなく、実際の戦場や命のやり取りを経験し、その意味を理解した彼に立ち塞がることが出来るものはそう多くはない。
この戦いもまた、拓斗は勝利を目標に全ての戦略・作戦を決定している。
彼はイラ=タクト。かつて『Eternal Nations』で世界ランキング一位を不動のものとしていた伝説のプレイヤーだ。
彼に敗北という言葉は似合わず、勝利こそが相応しい。
拓斗は勝利を望む。圧倒的な、徹底的な勝利だ。
「次元上昇勝利を目指すためにも……ね」
国民全てを真なる幸福に導く。
こんなくだらない戦争に巻き込まれることなく、ただ毎日を平和に過ごし、国と人々の事だけを考える世界を手に入れる為に。
失われた幸福を取り戻す為に。
どのような障害が立ち塞がろうとも……。
(背後にいる神々の思惑は未だ霧に包まれている。いや……明けつつある)
拓斗が抱える問題は多い。特に最大の問題がコレだ。
神々の存在は拓斗を持ってしても太刀打ちが出来ぬ、呆れるほど巨大な存在のように思えてしまう。直接的な対峙などもってのほか。
とは言え諦めぬ訳にはいかないし、諦める気も無い。
(強大な意思がある存在が僕らの目標にどのような影響を及ぼすか分からない。だが足を止めるわけにはいかない……それに)
拓斗は深く入り込みすぎた思考を浮上させ、目の前に集中する。
「やられっぱなしってのは、気に入らないからね」
己の中にある深い闇の力が、刻限が来たことを告げた。
すっと手を上げる。すると少し慌てた様子でギアが合図の照明弾を撃ち、それを確認した部隊が配置についていく。
拓斗もまた、後方に控えたとっておきの戦力に座乗するためアトゥと共に踵を返す。
「さぁ、始めようアトゥ。戦争だ。何のことはない、いつもの戦争。いつも通り――」
まるで一つの巨大な生き物の様に軍勢がうごめく、拓斗の意思を違うことなく反映し行動する彼らはまさしく破滅の軍勢だ。
全てを焼きつくさんと胎動し、獲物の悲鳴を聞く時を今か今かと待ちわびている。
頬を撫でる風を感じながら、拓斗は笑みを浮かべた。
それはは奇しくも彼が『Eternal Nations』プレイ中に時折見せる残虐なものと一緒だった。
「マイノグーラの、イラ=タクトの戦争を始めよう」
破滅の軍勢が、動き出す。
全ての敵を討ち滅ぼさんと、あらゆる障害を蹂躙せんと。
=Message=============
大儀式の効果が消えました。
仄暗い国:マイノグーラ
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