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異世界黙示録マイノグーラ~破滅の文明で始める世界征服~  作者: 鹿角フェフ
第七章:数多の願いが集うとき

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第百五十八話 意地

 破滅の王と呼ばれる男と、かつてゲームマスターと呼ばれた男の再戦は、一つの弾指音から始まった。

 スナップだとか、指パッチンだとか呼ばれる、擦り合わせた指を弾いた時に鳴るあの音だ。

 音の発生源は繰腹慶次。その仕草には何やら意図的なものが含まれており、彼の表情は真剣だ。

 拓斗はその様子から相手がすでに先手を打って何らかの行動を起こしたことを知る。


(ルーティーンか? 動作を起点にサイコロを振るイメージをしているのか……)


 先手を譲るという行いには一定のリスクがある。

 拓斗ももちろんその点についてはよく理解している。だが繰腹慶次はあれだけの大見得を切って拓斗との決戦を望んだのだ。

 何らかの秘策があるはずで、まずは警戒を含めその点の確認をするつもりだった。


 パチン、パチン、また数度、繰腹はスナップを繰り出した。

 拓斗は一瞬訝しむ様子を見せると、小さく舌打ちをする。


「そう来たか……」


 メッセージが出ない。

 どうやら他のプレイヤーに秘匿する形でサイコロを振っているらしい。

 TRPGにおいて、参加者同士の利益が対立する場合、このような手法がとられる事がある。

 参加者が各々サイコロを隠して振り、GMのみに出目を開示する。

 後はGMがストーリーと設定に沿ってよしなに采配を下す。

 所謂シークレットダイスというものだ。GMがストーリーを盛り上げる為に使ったりもするが、繰腹はこのシステムをずいぶんと自分に有利に使っているらしい。


「ああ、不味いな」


 拓斗は呟き、外出用のローブの内側から一本の剣を取り出す。

 手に持つそれは、かつてRPGの勇者である優から受け取ったレガリアの宝剣だ。

 次元上昇勝利の達成条件の一つであるこの宝剣は、それそのものが戦闘ユニットを強化する強力なアイテムとなり得る。

 加えて拓斗には《イラ神の権能》がある。いずれもこの世界において比類を見ない強力な力だ。


 繰腹のスナップは続く。

 パチンパチンと、何度も何度も繰り返され、そのたびにサイコロが振られる。

 拓斗は首を左右に振り、大きく剣を振りかぶった。


「仕方ないか……」

「――っ!」


 刹那。瞬きをする程の間に拓斗は繰腹の目の前に出現する。

 瞬間移動――否。あまりにも早い疾駆ゆえにそのように見えるだけだ。

 単純な走力による接近。空気を切り裂く轟音と共に一閃、繰腹の首筋を正確無比に狙う。

 誰も、その場にいた誰もが反応できなかった。

 聖女も魔女も、邪悪なるバケモノ達も……。

 まさに神の御業。《イラ神の権能》はそれほどのものを拓斗に与えていた。


 ――だが。


「そう来るだろうって思ってたぜ!」


 唯一それを狙っていた者が居た

 キュインという聞き慣れない、そしてどこか軽妙な音が鋭く響く。

 その音が鼓膜を揺らすわずかな時間、拓斗は自らの斬撃がある種の鋭い力場となってそのまま自らに襲いかかる様を視界に収めた。


「ぐっ!」


 鮮血がほとばしる。

 大量の血が天高く上り、ビシャビシャと水音を伴って地面にぶちまけられる。

 拓斗の右手は肩口からごっそりと抉り取られており、明らかに命にかかわる傷跡からはドクドクと鼓動に合わせて絶えず血液が流れ出している。


「拓斗さま!!」


 少し離れた場所でカランと宝剣が転がる音を聞き、戦いを見守っていたアトゥはようやく悲鳴のような叫びを上げる。

 繰腹が追撃とばかりにスナップを弾き、トドメとばかりに腰だめに構えた。


「はっ! ざまぁねぇな! ――ぐべっ!」


 強力な破裂音と共に地面に転がっていったのは優勢を保っていたはずの繰腹だった。

 拓斗にトドメを刺すよりも早く、顔面を全力で殴られたのだ。

 ――破壊したはずの右手で。


「ケイジさん!!」


 ソアリーナが叫びを上げる。だがそれよりも全員の視線は拓斗に向いていた。

 確かにあの瞬間、イラ=タクトの右手は粉砕されたはずだ。

 それは誰もが見た光景で、一瞬にして決着が付いたかと思われた。

 血の流れる音、漂ってくる鮮血の香り。そして濃厚な死の気配。

 その全てが本物だった。


 だがイラ=タクトは平然としていた。

 まるで何事も無かったかのように。破壊された右腕も、流れ出した血も、身に付ける衣装すら元のままに……。


 二人の聖女に動揺が走る。

 幻覚では無いことは確か。繰腹が攻撃を行った際に弾かれた宝剣が今も離れた場所で転がっていることからもそれは明らかだ。

 すなわち強力な再生能力……。

 いや、再生などとは生ぬるい。肉体的な再生では服などは元に戻らない。

 あれはもはや復元や奇蹟と言った類いの能力だ。


「くそがぁ! 痛ぇぇっ!!」


 殴り飛ばされた先で、繰腹が叫ぶ。

 イラ=タクトが未知の能力を使って命の危機を軽々しく脱して見せたのであれば、繰腹慶次もまた同じく未知の力をもってそれをなしえていた。

 拓斗が初手で放った斬撃、そしてカウンターとばかりに顔面に放ったパンチはどれも常人ならば肉塊になるほどの力が込められたものだ。

 拓斗は手加減などしていない。

 《イラ神の権能》を全力で乗せたし、殺しても構わないという気概で攻撃を加えた。

 だが現実として繰腹は生きている。

 痛い痛いと顔を押さえて叫ぶ彼だが、本来ならその程度で済む話ではなかった。


 一瞬の攻防にて両者の格をこれでもかと示した二人のプレイヤー。

 両陣営の配下や仲間たちは、この時点で自分たちが立ち入る事の出来ぬ世界での争いであると理解する。


「やぁ、少しびっくりしたけど生きてて良かった。あの程度でやられてたら興ざめだからね」

「いつつ……。はっ! 右腕吹っ飛ばされておいてずいぶん吠えるじゃねぇか! もう一度飛ばしてやろうか!?」


 だが、その攻防に驚愕しているのは何もこの争いを見守っている者たちだけではない。

 とうの本人達もまた同様の驚愕と衝撃を抱いていた。


(防御系の行動と反撃系の行動を重ねまくったのか? 判断も速いし感覚系もやってるな。チッ! 頭が回る! 何を使ったのか分からないとかほんとチートすぎるでしょ! だから繰腹くんとやるの嫌だったんだよ!)


 拓斗が内心で叫ぶ。

 初手で右腕を持って行かれたのはあまりにも痛い。罠を張っているだろうことは理解し、あえて挑発に乗り挽きつぶしてやろうと飛び込んでみればこの様だ。

 想像以上に凶悪かつ強力だ。

 下手をすると相手の行動や能力が見えない分、GM権限よりも厄介かも知れない。


 高速に戦力分析を行いながらも、次の一手を考える拓斗。

 だが一方の繰腹もまた拓斗との戦いに内心で罵声を放つ。


(あぶねぇ! 初手の《戦力分析》がクリってなかったらもう死んでるぞ! あとマジでここに来る前に《防御》を山ほどかけておいてよかったぜ! ってか《反射》は効いてるよな? なんで何事も無かった様に手が生えてんだよ! どういう絡繰りだよ! だからコイツは嫌ぇなんだ!)


 繰腹は震える足に力を入れて立ち上がると、また数度スナップを繰り返す。

 先程消費した判定を重ねがけしないと次は命に関わる。

 だがその余裕があるだろうか?

 拓斗は両手を広げ、何かを呼び出すような仕草を見せる。

 頭上にどこからともなく黒雲が出現し雷鳴がとどろく。

 大樹かとまごうほどの雷は、狙いを決して外さないとばかりに繰腹に降り注いだ。


「あああああっ! こええええええ!!」


 繰腹が情けない叫び声を上げ、重ねかけした《回避》を用いて避ける。

 間髪いれずに拓斗が手を振ると鋭く尖った氷塊が周辺にいくつも浮き上がり、まるで投擲されたバリスタの矢の如く必殺の速度と威力を持って飛翔する。

 それらをまるで軽やかなステップを踏むかのように避けていく繰腹。

 殺到する雷撃と氷結は一歩でも踏み外せば終わりを予期よさせる致死的な威力を持っている。

 だが導かれるように避け続ける彼に死の未来は見えない。


「システムに質問。過度のダイス判定と結果の重複はTRPGのプレイングにおいて不適切では?」


 返答が無いことに拓斗は小さく舌打ちをした。

 ダメ元でやってみたがやはり返答はなかった。

 GMに対する懲罰動議の際はあくまで例外的な処理だったためにシステムが反応していたが、本来その辺りの裁定はGMが行うものだ。返答が無いのはある意味で予想通りだ。


「GM権限か? ソイツなら今頃ハワイでバカンスだぜ! おめぇが首にしたからな!」


「裁定者無しのやりたい放題ってことか、やりづらい――!」


 繰腹が攻撃の回避と共に懐から投げナイフを取り出し《投擲》する。

 おおよそあり得ぬ、まるで生物のような軌道を取りながらソレは拓斗の眉間めがけて恐ろしい早さで飛翔してくる。


「おめぇのおかげだよ、ありがとう! 《反射》! ついでに《必中》だおらぁぁぁ!!」


 繰腹は大声で叫ぶとともに拓斗が放った攻撃に飛び込む。

 軽妙な音と共に全ての攻撃がまるで裏返したかのように拓斗へとその矛先を変えた。

 互いの距離はすでにわずか数歩。めまぐるしく変わる攻防と状況の隙をついて、《必中》の属性が突いた攻撃が拓斗に突き刺さる。


「雷撃・氷結および投擲攻撃の無効化。――神に傷つけること叶わず」


 だが受けるは邪悪なる軍勢を率いし破滅の王。


「なら《無効化》の《無効化》だオラァァァ!!」


 しかして相対する者は神に見いだされた裁定者。


 双方の知恵と力が激しくぶつかりあり、意思と信念の炎を燃やす。

 拓斗が防御の為に放った火炎によりバァンと巨大な爆発が起こり、全てが吹っ飛ばされた。

 戦いを見守る者達が見たのは、巨大なクレーターの上に立つ二人。

 双方いまだ健在。

 どのような力のやり取りと処理が行われたかは不明であったが、だが互いに決定打を撃てていない事は明らかだ。


(おいいいい! ふざけんじゃネェよイラ=タクト! なんでアレで当たってないんだよ! 《無効化》を《無効化》しただろ! 何が神だ止めろよそういうクソみたいな無敵設定! 少しは俺に勝てるチャンスを寄越せよ!)


(《無効化》を《無効化》ってなんなんだよ! それ場合によっちゃあ無限に無効化合戦になるやつじゃん! ってか裁定するGM不在だからって解釈と振る舞い好き勝手しすぎでしょ! 権限引っぺがしたのになんで相変わらずクソみたいな概念バトル仕掛けてくるのさ!)


 双方内心であらん限りの罵声を浴びせる。

 双方相手の事を無茶苦茶だと思っており、双方自分の事を相手の無茶苦茶になんとかついて行っていると思っている。

 もしここにRPGの勇者である優辺りが居れば、そのルールなどあってないような無法ぶりに頭を抱えていただろう。


 だがこれが現実として起きている戦いだ。

 双方の狂った能力解釈のぶつかり合いが、一切の余人を寄せ付けず超常の争いへと昇華されていく。

 プレイヤーという存在が持つ本当の脅威が、まさにここに顕現していると言えた……。


 そして双方気力は十分。まだまだこの戦いは続く。

 見守る誰しもがそう思った。本人達もそう考えていただろう。

 だが終わりは唐突に訪れる。


「あっ? なんで――」


 次なるスナップを打とうとしていた繰腹が急に糸が切れたように膝を突いたのだ。

 慌てて力を入れ立ち上がろうとする繰腹。だが身体中に鈍い痛みと震えが広がる。

 まさかイラ=タクトの攻撃か?

 慌てて《分析》の為パチンと指を鳴らす。同時に彼の表情が驚愕と苦渋に染まった。


「嘘だろおい……疲労の蓄積って、そんなのありかよ!」


 終わりを告げる言葉は拓斗も聞いていた。

 何事にも弱点はある。それは拓斗も理解しており戦闘の最中、繰腹の判定の能力が持つ弱点を探していたのだが、どうやら意外な部分でそれは存在していたらしい。


「なるほど、いくら判定で能力を強化出来るとしても、本人が気づかないデメリットを抱えていた場合対処できないってことか……」


 この結末には拓斗も少し驚いていた。一見無敵に思える判定の重ねかけだが、そもそも知らないデメリットは対処のしようがない。

 とは言え、その段階に至るまでの攻防を考えるに十分であり、拓斗でなければ問題なく決着はついていただろう。


「くそっ! 《調査》! 《戦力分析》! 《休息》!」


 繰腹から闘志は消えてない。むしろ更に勢いを増したようにも思える。

 彼は何度もスナップを繰り返し、サイコロをふるう。

 この状況を覆す判定を行っているのだろう。だがこの短い時間での対処は無理だ。

 可能なら未だ膝を突いているはずがないのだから。


「疲労って判定ですぐに回復できるものじゃないでしょ? 少なくともゆっくりと重ねる時間が必要だ」


 事実を指摘され、だが繰腹の心はまだ負けていない。

 決して揺るがぬ意志の強さは、かつての彼には存在していなかったものだ。

 二度と負けない。二度と失わない。

 声にならない叫びに、拓斗もどこか感じ入るものがあった。


「なめてんじゃねぇぞイラ=タクト! 俺はまだやれる!」


「いや、ここまでだ。そして勝負は引き分けとしておこう」


 決着がつこうとした瞬間だった。

 思わずソアリーナがルールを破って繰腹を助けるため死地に飛び込もうと身構えたほんの数秒前である。

 拓斗は少しばかり疲れた様子で天を仰ぐと、静かに繰腹に告げた。


「……は? なんでだよ? どう考えてもお前の勝ちだっただろ? なんだ? 同情か?」


 繰腹が嫌悪を伴った表情で問う。戦いを侮辱されたと感じているからだろう。

 だが拓斗としてもこの結果で勝利を宣言することは憚られた。


「さぁ、なんでだろうね? とにかく戦いは終わりだ。僕は疲れた」


 そうぶっきらぼうに言い放つ拓斗。少し不機嫌な、どこか拗ねた感じも見られるその反応に繰腹はますます混乱してしまう。

 そんな彼に助け船を出したのは、いつの間にか彼の隣までやってきた聖女フェンネだった。


「おそらく能力の発動限界でも来ているんじゃないかしら? 一瞬で傷の完全完治だなんて、普通に考えたら何らかの代償が必要なものよ」


 繰腹は半分しか理解していなかった。

 ただ相手も限界という点は理解できたので概ね問題ない。

 その言葉を補足するかのようにいつの間にかやってきたザンガイが口を開く。


「少し違うけど、まぁこのまま続けていたらヤバいことになるのは間違いないね。引き分けってのは嘘じゃあない。コレが保証する。お前やるじゃん! コレの命、守れたな!」


「お、おおお……」


 心配そうな、そしてどこか嬉しそうな表情を見せるソアリーナに介抱されながら、繰腹慶次はいまいち締まらない声を漏らした。

 だが彼は理解できずとも周りの者はよく理解している。格付けは済んだ。両者同率という意味で。

 そしてここに繰腹のリベンジは果たされたのだ。

 一方の拓斗もまた、ザンガイに頭をガシガシと撫でられもみくちゃになっている繰腹を見ながら、周囲にやってくる気配を感じていた。


「た、拓斗さま……」

「ああ、ごめんアトゥ。情けない姿見せちゃったね。ただこれ以上はリスクに見合わない。アレがあるからね……」

「だ、大丈夫ですよね? まだ大丈夫ですよね!?」

「かろうじて、ただ若干ヤバイ」

「た、拓斗さまー!!」


 アトゥに落胆されるかとタクトは思っていたが、それ以上の心配が彼女にはあったようだ。

 実のところまだ余裕はある。先の言葉はあくまでブラフだ。

 そして繰腹へのちょっとしたサービスでもあった。

 拓斗の目標はあくまでTRPG陣営との協力体制の構築。ここで繰腹を再度打ち倒したところで骨折り損のくたびれ儲けとなってしまうだけだ。


(とは言え、流石にもう少し楽な展開を考えていたよ……)


 拓斗は内心で一人ごちる。

 初手で右腕を持って行かれたのが不味かった。

 アレの再生――というより傷ついたという事象の拒絶でかなり力を使ってしまった。

 《イラ神の権能》は信徒が願う神そのものになる能力だ。神は傷つかないし、神は血を流さない。もしそんな事が起きたとしたら、それは何かの間違いなのだから……。


(経典のイラ神はそれこそアニメのチート主人公かって位に設定が盛られていたから多生は楽できるかと思ったけど、儚い夢だったな……)


 何故か無性にヴィットーリオに会いたくなっている自分から目を背け、拓斗はこの上々の結果に一旦は納得する。

 元々が命を賭ける程の戦いでも無い。

 確かに殺す気ではやった。ザンガイ含めて排除するつもりで戦ったが、こういう終わりになるのであればまぁ仕方ないかという気持ちにもなってくる。

 お互い格を示したという点ではこの辺りが落とし所だろう。


(終わり良ければ全てよし、か。とは言え、一つの問題が片づいたと思ったらまた新たな問題が発生したけどね)


 懸念はそれだ。ザンガイという存在の得体の知れなさは依然として脅威だった。

 だがTRPG陣営の繰腹慶次に限ってはその分かりやすさが功を奏した。

 互いにシコリがなくなる程度にぶつかって、後はエラキノの復活を約束すれば問題なく話は進むだろうという手応えはあり、事実相手側もそのような雰囲気だ。

 ザンガイに関しても一旦は保留だ。少なくとも繰腹を抑えておけばある程度のけん制になるだろう。

 そのような腹づもりでいた。


「そうか、引き分けか……俺が、引き、わけ」


 一方の繰腹は、拓斗の予想通り満足感に包まれていた。

 彼がイラ=タクトの撃破を求めたのはあくまで自分の過去にケジメを付けるという意味合いが強かったからだ。

 すでに繰腹の目的はエラキノの復活と、仲間たちの願いを叶える事に向いている。

 殊更ここでイラ=タクトに執着してまた悲劇的な結果を迎えては元も子もない。

 むしろ繰腹はこの状況を最良の結果であると考えていた。


「ははは! そうか、そうか! 引き分け、引き分けかぁ! 上等じゃねぇか! 俺があのイラ=タクトに引き分け! くくっ! なんだぁ! 俺も意外と捨てたもんじゃ無かったんだな!」


 疲労で震える身体をソアリーナに支えて貰いながら、繰腹は立ち上がる。

 そして晴れがましい、今まで見たことの無いような自信と満足に溢れた顔で自らの仲間へと宣言する。


「ソアリーナ。フェンネ。見せちまったな俺の本気を……。ああ分かってるさ皆まで言うな、調子に乗るな。だろ? ……ああそうさ、俺はまだヒヨコ。歩き出したばかりのペーペーだ。けどなぁ! いずれ大空を羽ばたく大鷲になるぞ俺は!」


「はい――ケイジさん!」

「引き分けでそこまで喜べる人間、私初めて見たわよ」


 ソアリーナはそんな繰腹に嬉しそうな笑みを向け、フェンネはヴェールの下からこれでもかと胡乱な視線を向ける。

 ザンガイは少し離れた場所で腕組みながらウンウンと満足気に頷くばかり。

 先程の激闘はなんだったのかと思わんばかりの、どこか軽やかで清涼な空間がそこにはあった。


「俺は進歩している! 見ているか天国のエラキノ! お前を取り戻すまで、俺は止まらねぇからよぉ!」


 繰腹が拳を高く上げ、ソアリーナが笑顔で小さく拍手する。

 フェンネがヤレヤレと首を振り、ザンガイが目をつむり大きく頷く。

 そんな物語の一ページ。過去の決別と新たな未来を象徴するシーンの最中――。


「じゃあ帰ったら早速会議を始めようか。おめでとう、山のような書類が繰腹くんを待っているよ」


 イラ=タクトは無慈悲に邪悪なる破滅の王としての本性を見せた。


「――え?」


 素っ頓狂な声が繰腹から漏れる。

 彼の周りに集う仲間からはそれらの反応が見られない辺り、本当に気づいていないのは彼本人だけであろう事は明らかだ。


「いや、正統大陸連盟に対抗するため協力するって話してたじゃん。勝負も引き分けだから互いに立場はイーブンだ。僕が誘ったとおり当初の予定で行くしかないでしょ?」


「せいとう……たいりく……え? 何?」


 あーという空気が双方から流れる。

 誰しもがなんとなく気づいていたが、なんとなく言い出せなかった事柄だ。

 繰腹慶次は一人で盛り上がりすぎている。

 彼はもしかしてあまり未来の事を考えていないのではないか? と。


「というか途中からほんと言いたかったんだけど、話を聞く限りエラキノの復活が今の目的なんでしょ? マジで連合をどうにかしないと君たちの夢も潰えるんだけど、そこのところちゃんと理解してた?」


「い、いや……まぁ。お前ぶん殴って勝てば後は流れでなんとかなるかなって。だってお前一番強いし」


 確かにザンガイの横やりで無理矢理決闘が行われた経緯はある。

 だが一人で盛り上がって一人で盛大に大言壮語していたのは彼だ。

 これがただ単に決着を付けただけなら話はまだ分かる。

 だが繰腹慶次という男は、イラ=タクトという存在に一矢報いて引き分けになっただけで全てが解決してバラ色の人生がやってきたとばかりに振る舞っているのだ。

 呆れるものが出るのも当然。

 むしろこの場にいる彼以外がその態度に一抹の不安を感じていた。


「な、なんだよ……」


 拓斗がため息を吐く。

 ようやく自分が何らかの注目を浴びていると感じた繰腹は、思わず声をうわずらせながらキョロキョロと全員を見回す。


「呆れてるのよ」

「馬鹿にされてんだよ」

「そ、そんなこと無いですよケイジさん! その、えっと……そんなことないですよ!」


 ソアリーナのフォローも今の繰腹には意味をなさない。

 なんとなく気遣われたことが分かる程度には彼も成長しているからだ。

 だからといってこの場を取り繕う適切な言葉が出てくるはずも無い。


「なんだよぅ! 悪いかよぉ!」


 繰腹はただそれだけ叫んで、開き直ることにした。

 いつもの彼、いつもの手段、いつもの応対である。

 そんな彼を見ながら拓斗は再度ため息を吐く。

 あれほどの脅威と認定していた繰腹だったが、味方にしたときに同じく頼もしさを感じられるか少し不安になったからだ。


「繰腹君が味方になってくれて頼もしいよ。一緒に世界征服しようね」


 ともあれ目標は達成した。

 拓斗は新たな協力者を手に入れ、ここに彼が構想した反撃の布陣は完成を見せるのであった。


=Message=============

以下の勢力との同盟が締結されました。


【TRPG勢力:繰腹慶次】

―――――――――――――――――

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― 新着の感想 ―
正直これがTRPGですと言われたらナメんなよとしか言えない 振り直しに重ね振り?TRPGナメてんのかな 洗脳の件でもつまらないと感じそこはほぼ読み飛ばしたが、これはもういいかな
さようならとか文句言って去る人なんなの? そんなにかまってちゃん? 去るなら何も言わずに去ればいいやん。 現実では何も言えないヘタレちゃん。 こうした、駆け引きもSLGらしくていいと思う。 ほんとは舐…
さんざん我慢して見てきたがドンドンつまらなくなっていきましたね、さようなら。
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