第百五十一話 伝承
サザーランドとの交渉も無事終わり、拓斗ら一行は大呪界に戻ってきていた。
多種多様な出来事や問題が当然のように存在していたが、それらを全て捌ききった今となっては良い思い出とも言える。
これで最初の大目標はクリア。拓斗やアトゥたちの表情も心なしか晴れやかで、付き従ったダークエルフたちも満足気な雰囲気を漂わせている。
疲労はあれど気力は十分。
全員が達成感によるある種の高揚感に包まれている最中だ。本来なら休息も取らずに次の作戦へと行きたいところだったが、拓斗はあえて今回の交渉役達に半日の休暇を与え、英気を養う時間を作っていた。
「そういえば、他の都市国家はどうしましょうか拓斗さま? サザーランドは首尾良く同盟関係を構築できましたが、他の二国についてはまだ何も行っていませんよ?」
拓斗の執務室。
椅子にゆったりと腰掛けながら菓子をほおばる拓斗は、アトゥの言葉にウンウンと頷きながら喉を詰まらせないよう口の中のものを咀嚼する。
またアトゥの方も両手でコップを持ちながら湯気立つ暖かいココアを飲んでいる。
問われた内容に反して二人が比較的気軽な態度を取っているのはあくまでこの時間が休憩と相談を兼ねたものだからだ。
本来なら休憩時間やプライベート時間にあまり仕事の話を持ち出すのは良くないのだが、拓斗もアトゥもそんな悠長な事を言っていられる立場ではなく、また共通する話題にも乏しいため必然的に今後の国家運営の話となってしまっていた。
「そこに関しては安心していいよ。どうやらサザーランドの方で交渉の人員を出したそうだ。まぁ点数稼ぎや交渉材料とする腹づもりだろうけど、実際彼らの方が都市国家と付き合いがある分交渉は有利に進むと思うよ」
「上手くいくでしょうか? 小さいとは言え相手は国家。いくらサザーランドが大国とは言え、そう簡単に話が進むようなものではないと思いますが……」
アトゥの言葉は正しい。
ただ今回の件はサザーランドだけではなくフォーンカヴンも動いている。元々暗黒大陸でその存在感を示してきた二国だ。都市国家との関係性がどのようなものかは分からないが、拓斗らマイノグーラが出るよりも話はスムーズに進むだろう。
と同時にマイノグーラが出るほどのものではないとも言える。サザーランドに直接乗り込んだのはかの国がそれだけの国力を誇っている上に、早急な取り込みが必要だったからだ。
それらの説明をアトゥにしてやると、彼女は納得したとばかりに顔を輝かせる。
彼女にとってマイノグーラの不利益となること、ひいては拓斗の頭を悩ませる問題は全て嫌悪すべき事象だ。
それらの一つが懸念無く進みそうであると分かれば、アトゥが顔を綻ばせるのも当然と言えた。
「という事は、都市国家二国の取り込みは遅かれ早かれ既定路線ですか。支援やけん制などはお考えでしょうか? 戦端が開かれた際に余計な動きをしないとも限りませんが……」
その点はあまり考えていなかった。正直な話、別に邪魔せず適当に背後でそれなりの補給や支援、また治安維持に動いてくれれば御の字だと思っていた。
対応については後々考えれば良いと判断していた拓斗は、折角のタイミングなのでサザーランドの影に隠れていまいち印象が薄い都市国家の二国について考える。
(確か獣人系の都市国家と犯罪国家か……。犯罪国家の方が少し気になるが、ブレインイーターを配置することで厄介事は防げるか?)
暗黒大陸の都市国家は二つ。
一つが獣人系の都市国家アイアンヘンジ。ここはフォーンカヴンと大昔に分かれた国家で、魔法よりも技術を信奉する特徴がある。とは言え所詮暗黒大陸、大したブレイクスルーも出来ずにくすぶっている状態。
もう一つは犯罪国家グラムフィル。犯罪者の楽園と言われており、各国から逃げ延びた者達がひしめく危険な場所だが、上層部は政治犯などで固められており最低限国家としての体裁は保たれている。
どちらもマイノグーラに併合される以前のドラゴンタンと五十歩百歩と言った規模感。
国家二つと言うよりも自主性の高い都市二つと考えた方が現実の状況に近いだろう。
(どちらにしろフォーンカヴンやサザーランドの話を聞く限り、大した影響力も野心も無いことは確か。であれば一旦マイノグーラは静観の構えで他の作戦に注力する方がよいだろう)
むしろフォーンカヴンにしろサザーランドにしろ全て任せた方が向こうも喜ぶだろう。
面倒毎を引き受けることによって有能さを示そうとしているのか、恩を売って戦後の地位向上を見据えているのか、いずれにしよ意図としては似たり寄ったりだがいらぬ労力を割かないで済む分ありがたい。
繰腹慶次らTRPG勢力が犯罪都市グラムフィルに落ち延びている可能性は高いが、サザーランドとの折衝の負担が重いため今はそこまで手を回せない。
出来れば万全の状態で繰腹と相対したいと拓斗は考えていた。
となれば、出来ることやるべきことは自然と限られてくる。
次の作戦を進めるべく、そしてアトゥをこの場に呼んだ真意を説明すべく、拓斗は次の一手を打つ。
「さて、今日アトゥに相談したいことはまた別にあるんだ。サザーランドについては一息つくことができたからね、他の作戦を進めたい」
「他の……ですか? それは一体どのような?」
サザーランドの取り込みが順調に終わった関係上、現在拓斗ら指導者層は比較的手空きの状態だ。
むしろモルタール老やエムルと言った実務の担当者および責任者はそれどころではないが、拓斗やアトゥ、一部の配下に関してはサブプランを走らせる程度の余裕はある。
となると来るべき大戦争を見据えてやるべき事柄は一つだ。
「アトゥの強化だよ。ちょっと本気で進めようと思うから協力して欲しい」
「私の強化ですか、それはもちろん喜んで……。ですが現状ではドラゴンタンの龍脈穴も大地のマナで固定しちゃっていますし、後は敵を倒すしかありませんよ?」
アトゥは、戸惑いの色を隠せずそう答えた。
英雄たる汚泥のアトゥを強化する方法は実のところ多数ある。とは言え実際に利用出来るかどうかは限定的だ。
まず一つ目は時間経過。英雄は時間経過によって戦闘能力が上がる性質がある。これは英雄を英雄たらしめる最も強力な能力であり、他の一般的なユニットと違って手元に置いておくだけで経験を積んでくれるという手軽な強化方法だ。
だが時間は何人たりとも手を出すことの叶わぬ領域。少なくとも拓斗に時間をどうこうできる力は無いのでこの手段は使えない。
続いてが彼女の能力であるマナとの親和性。
国家が特定のマナを保有すれば保有するほど強化される彼女の性質は、一切の制限が無いために理論上は無限に強くなることが出来る。
だがそれには龍脈穴という希少な資源地が必要であり、現状ドラゴンタンのそれは土地の肥沃化に利用する大地のマナの産出で埋まっている。
産出マナの変更は不可能では無いが、それを行うとフォーンカヴンを含めた暗黒大陸全体の食糧生産に多大な影響が出てしまう為に現状では不可能だろう。
無論広大な暗黒大陸を探せばもしかすれば他の龍脈穴が見つかるかも知れないが、そこにかけるには少々分が悪い。
――となると。
「御言葉ではありますが、暗黒大陸に住まう蛮族は脆弱かつ種族は多くありません。能力の奪取についてもおそらくRPG勢力であるブレイブクエスタス魔王軍との激突の際に手に入れているかと……」
敵の撃破による強化しかない。
アトゥは敵の能力奪取という彼女しか持ち得ない強力な能力を有しているが、だとしても暗黒大陸ではその力もすでに出番を終えているだろう。
後は地道に敵を狩ってレベル上げ……となるが、現状のアトゥでは蛮族どもはあまりにも脆弱過ぎて殆ど無意味と言って良いほどの効果しか無い。
もちろんその程度の事、自らの主であるイラ=タクトが理解していないはずは無い。
だとしたらどのようにして自らを鍛えるのだろうか?
その思いが期待と共に疑問となって拓斗へとぶつけられる。
「ところがね。少し面白い話を聞いたんだよ!」
拓斗は、まるでイタズラが成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、少し興奮気味に言った。どこか期待するような、未知を楽しむ笑顔だ。
アトゥはその態度に思わず驚く。一体どのような話が出てくるのだろうか? そしてその期待の意図は?
現在のマイノグーラ、そして暗黒大陸が抱える状況は逼迫している。
相手の正統大陸連盟の戦力が正確に読めない以上、こちらもできる限り戦力をそろえなければならないのだ。
その状況を覆すだけの何かが、そこにあるのだろうか?
タクトの期待と興奮が伝播したのか、思わず執務机に身を乗り出しながらアトゥはもたらされるであろう作戦に期待を寄せる。
「それはどのようなことでしょうか?」
「――伝承に残る存在」
アトゥの目が見開かれた。
それはかつてどこかで聞いたことのある話だった。
激動の日々の中でいつのまにか記憶の奥底に放り込まれてしまったものだが、一体その話をしたのは誰だったか?
アトゥは自らの記憶を辿る。
そして思い至った記憶は、拓斗とアトゥがマイノグーラを建国しダークエルフたちと共に国家運営を始めたその時まで遡った。
『古い伝承に残りし破滅の王。偉大なる存在の元で生きる事を許される誉れ。我々ダークエルフ一同心より感謝し、忠誠を捧げますじゃ』
確かモルタール老だったか。
そのような仰々しい言葉を上げてきたのは……。
アトゥは確かにそうだと記憶をより鮮明にさせる。その後はエムルをこっそり呼びつけてそれとなく古い伝承について聞いた記憶も鮮明になってきた。
曰く――世界には伝承に残る古いものたちが数多く存在していると。
旅する巨像。生きている海。次元からの使者。自動拷問機械……など。
それらはいつ編纂されたか分からぬ様な書籍に記されるのみで実情は殆ど分からない。だがその恐怖を滲ませた文章は、確かにこの世界にそれらが存在したという生々しい印象を与えてくる。
拓斗が常日頃から利用している破滅の王という名称も、そのような文献の一つに記載されているらしい。
よくよく考えればその辺りの検証も本来ならやっておく必要があったかもしれない。
とは言え、どちらかというと考古学の分野になることは確かなので激動の時にあっては優先度が最低だったことは間違いないが……。
アトゥの中で情報が出そろい、色を帯びてくる。
伝承に残る存在とやらの記憶が完全に思い起こされた頃合いを見て、拓斗が話を続けた。
「サザーランドが傘下に入ったことで禁書の閲覧を許可して貰った。大抵は眉唾や創作だというのがモルタール老配下の研究者達の見解だけど、中にはどうにも嘘と断じられないものがいくつかある」
アトゥの表情が変わる。それはどこか残虐さを含むもので、この愛らしい少女が確かに闇のものである事を指し示すかのようだ。
アトゥは問いなどを投げかけず、あえて言葉をまった。王の言葉を。
「アトゥ。大物狩りは好きかい?」
ハッキリと、だが期待に満ち満ちた声で、アトゥは王の問いにはいと答えた。
◇ ◇ ◇
事前の調査で判明したいくつかの伝承封印地点。
その一つに拓斗達はやってきていた。
辺りは毒の沼とそれらが気化した濃い霧が漂っている。
このような過酷な環境下においては生命など存在できようもないと思わせる極地ではあったが、ウゾウゾと脈動を続けるスライム状の塊がいくつか見える辺り生命の神秘と力強さを感じさせる。
腕を組みながらこの様な環境でも比較的快適に過ごせるとは、やっぱりマイノグーラは邪悪な国家なんだなと感慨にふける拓斗。
そんな彼の微妙な感情の揺れなど知ったことかと、先程からやかましく騒ぎ立てるのはこの大物狩りに参加者件見学者の一人、ヴィットーリオだ。
「わざわざこんな雑魚英雄の為に暗黒大陸南の果てまでやってくるだなんてぇ、吾輩信じられなぁい!」
いろいろと便利だったので無理矢理連れてきたのだが、なかなかに不満そうだ。だが逃走を選んだり出発日に雲隠れしたりしない辺り、本人も少なからず興味はあったらしい。
「拓斗さま? 折角殺しても死なない便利な手駒がいるのですから。コレを偵察代わりに派遣すれば良いのでは? いくら戦闘能力が無いと言えど分析程度はできるでしょう」
そんなヴィットーリオを完全にいない物として扱いながら、拓斗だけを視界に入れて話しかけるのは今回の強化作戦の主役。汚泥のアトゥである。
今まで戦闘面においていくつかの失態を犯していた彼女は、ここが分水嶺とばかりに気合いを入れている。もうかつてのような無様な姿を主に見せない。
気合いの入った彼女にとって、今のヴィットーリオはただの口うるさい同僚だ。
「チミ。吾輩のこと残機無限のお助けキャラとか思ってなぁい?」
「排除不可のお邪魔キャラとは思っていますよ」
だからヴィットーリオの軽口にも適当に返すだけで終わる。
いつもならもっと激高して双方止まらぬ応酬となるのだろうが、今日この場においてはその可能性は限りなく低かった。
「まぁ、実を言うとヴィットーリオを使う偵察作戦は考えてはいたんだ。でも彼が今回の討伐対象を洗脳して大呪界に凸してくる可能性を捨てきれなかった。ほんと捨てきれなかった。マジでやりそうだった。だから却下したんだよ」
「ええぇ、まぁ絶対やるでしょうね」
「んまっ! 吾輩を見くびるな! なお先程の議題については個別案件の為回答は差し控えさせていただきまぁす」
「ラストアタックはアトゥにさせるように」
英雄以外にも配下は連れてきている。戦闘力の関係で数体の《出来損ない》だが。
もっとも下手な軍勢をぞろぞろ引き連れるより彼ら数体の方が強力だ。先の言葉はそんな彼ら含めて全員に向けた物だ。
「ふむん? となると吾輩応援しか出来ないのですがぁ? こんなことなら応援用のチアコス持ってくるべきでしたなぁ」
「ヴィットーリオはデコイだよ」
なんでこの国で吾輩だけ人権がないの? と至極真面目な顔で呟くヴィットーリオ。無論自らがいままでやらかした行いの数々は彼の頭の中にはすでに存在していない。
そして反省という言葉も関連する語句も同じく頭の中に無い。
「ちょっとそこ邪魔なのです」
「やる気がないならかえってねー」
「クソガキ過ぎるでしょ……」
ヴィットーリオがぶー垂れているがエルフール姉妹は意に介しない。
セルドーチで執務に追われている彼女たちに無理を言って連れてきたのは、実戦経験を与える事と万が一の為の戦力だ。
おそらくオーバーキルになってしまう感覚はあったが、大儀式の効果中は基本的に敵対組織との戦闘活動が一切不可能な為、この機会を逃したくなかったというのが理由だ。
なお大儀式の効果は蛮族――所謂国家や組織認定されていない中立NPCには適用されない。
そこら辺に歩いているモンスター扱い、というわけだ。この抜け道はすでに『Eternal Nations』時代からよく知られた事柄だ。
それらを用いた裏技じみた作戦ももちろんあるのだが、状況が合致しないためこの世界では使えない。
ともあれ、貴重な一年の間にアトゥの強化が行えるという状況はありがたいの一言に尽きる。
あとは余計な油断などをして想定外の損害を負うことさえしなければ問題ないが……。 むろん今の拓斗にそのような隙は無い。
「さて、そろそろ沼地の中央だ。みんな警戒を怠らないでね」
拓斗が全員に声をかける。
それと同時に視界に巨大な石造りの建造物が見えてくる。
全員の気が引き締まり、戦いのそれへと思考が切り替わっていく。
伝承の存在とやらが永い眠りの果てに加えられる暴力に何を思うだろうか?
少なくとも、マイノグーラ側は都合の良い経験値以上の感情は抱いていなかった。
◇ ◇ ◇
結論から言うと、討伐自体は至極簡単に終わった。
それもそうだ。マイノグーラが誇る英雄に加え、強力な配下が揃っているのだ。この戦力で袋だたきにすれば余程の相手ではない限り楽に話が進む。
そして伝承を分析する限り、マイノグーラが戦闘回避を決断しなければならない程の存在ではないのはすでに明らかとされていた。
苦戦する方が難しいとは確かに事実である。その上で一切の甘えを排除した。
当然の結果と言えよう。
「雑魚だったのです。せっかく王さまに連れてきて貰ったのに、これでは訓練にならないのです」
「私たちだけでも倒せたねー」
戦闘能力としては中期の英雄レベル。おそらくプレイヤー配下の平均値と言ったところか。
ブレイブクエスタスで言えば魔王。サキュバスで言えば護衛のノーブルサキュバス。
確かに強力な存在であり、この世界に来た当初の拓斗たちが遭遇したら間違いなく全滅は必須の存在だ。
だがこの世界で数々の経験をし戦いを経てきた彼らにとって、この程度の存在を食らうのはすでに朝飯前となっていた。
無論油断も隙も見せず全員でボコったが……。
遊んでいたのは戦闘力の無いヴィットーリオくらいだろう。もっとも、彼も万が一の場合はその洗脳能力などを駆使して相手の足を引っ張る算段だったようだが……。
ともあれ現在拓斗達の目の前にあるのはかつて伝承の存在と呼ばれ恐れられた者――のスクラップだ。
確か名称は《自動拷問機械》。
正式名称かどうかは不明だが、名にふさわしい様々な悪意を具現化したような凶器で構成された動力不明の巨大な自立兵器である。
拓斗らはこの世界に似つかない、どうにも別世界の概念を有していると思わしき風体のスクラップが復活しないことを確認し、ようやく張り詰めていた警戒の意識を一段階下げる。
「ふぅむ。クソガキの言うとおり、なんだか拍子抜けですなぁ。伝承に残る存在だなんてカッコイイ題目掲げた割には雑魚ぅ!」
ヴィットーリオの言葉は事実だ。ただしそれはマイノグーラ側から見た視点であり、この世界の一般的な常識とは異なる。
ゲームのシステムと共にやってきたプレイヤーならいざ知らず、この世界に元々住まう人々からすればこの程度の存在であっても十分脅威なのだ。
そして同時に、自分たちにとって脅威ではないから価値がないと断じることはできない。
「レアボスであることは確かだから……楽しみだね。アトゥ。どうだった?」
「お喜び下さい拓斗さま。《無機物》《出血攻撃》《精神無効》を入手しました。あとついでにスライムから《猛毒》《毒無効》も」
思わずおおっと感嘆の声があがる。
想像以上に強力な能力を手に入れることが出来たからだ。特に《無機物》と《精神無効》が強い。これらは敵の特殊な攻撃を防ぐ効果があるため、イレギュラーな事態になりにくい。
過去、TRPG勢力に襲われたときも《精神無効》があれば決してアトゥが奪われることも無かっただろう。それほどまでに強力な能力なのだ。
(加えて道中のスライムからも能力を入手出来るとは……。なんか戦闘に勝手に巻き込まれていたから微妙に気になってたんだけど、それが幸いしたみだいだね。というか《猛毒》持ちだったのか……)
拓斗は姉妹へと能力の詳細を説明するアトゥを横目にこの思いがけないプレゼントについて考える。
例のよく分からないスライムは雑魚だと思って放置していたが、それなりに凶悪な魔物だったようだ。
《猛毒》は単純に攻撃力があがるし相手にデバフを与える事が出来るのでかなり有用な部類のスキルになる。加えて《毒無効》のおまけ付きとは幸先が良すぎる。
暗黒大陸にはもはや蛮族はいないとはアトゥの言葉だったが、やはり実際に確認してみないと分からない事は沢山ある。
この毒沼だって存在自体は知っていたが毒スライムの事までは把握していなかったのだ。
拓斗の中でなんとも言えない興奮の気持ちがわいてくる。
自らの腹心でもっともお気に入りのアトゥがドンドン強化されているという喜びと、まだまだ世界は未知にあふれていて自分の知らない事が沢山あるという感動だ。
ただ……その喜びに隠れて懸念が湧き上がってくる。
すなわち先程倒した自動拷問機械についてだ。
(伝承に残る存在……か。この世界の一般的な戦力から考えるとあまりにも過剰な戦力だ。一体どういう経緯でこんなのが封印されていたんだ?)
首をかしげる。
プレイヤーを抜きにしても、この世界には不思議なことがいくつかある。
その最たるものがこの伝承関連だ。拓斗が最初にこの場所にやってきた際にあった石造りの台座しかり、今回の謎の石柱しかり、古い書物に残る様々な脅威しかり……。
この世界には過去に何らかの巨大な存在が跋扈していた事が示唆されている。
だがそれらの痕跡は今や殆ど無く、意図的に探してようやく見つかる程度だ。
一体どの様な秘密が隠されているのか?
ゲーム的に言うのであれば世界の真相といったところか、興味は尽きないが厄介事だと困るなと拓斗は二律背反の思考に囚われる。
「レベルアップはどうだったのです?」
「一応、といったところですね。また一つ強くなりました。貴方とは違い、私は!常に!拓斗さまの役に立とうと努力し進化しているので!」
「ほーん……」
ヴィットーリオはヴィットーリオでアトゥの言葉に軽口や嫌みを返すわけではなく思案にふけっている。
おそらく彼なりの推測を進めているのだろう。
拓斗と同じく、この存在は一体どこから来たのか? という疑問への答えである。
「ヴィットーリオはどう思う?」
拓斗が意見を求める。
その言葉にヴィットーリオは拓斗が自らをここに連れてきた真意を理解する。どうやら戦力としてではなく頭の方を借りたかったらしい。
彼としても日がな一日拓斗をからかったり挑戦していたりするわけではない。自分自身も気になる点が多かったので現状における推論を話し、意見をすり合わせることにした。
「うーん、微妙なラインですなぁ。単純に考えれば過去に何かデカい事件でもあったと判断するのが順当ではありますがぁ……神はどう思われます?」
「僕もちょっと判断しかねるね。というか実のところ予想はついているんだけど当たって欲しくないから目を背けている」
「ええぇ……。神がそう判断されるってめちゃヤバ案件じゃなぁい? ちょっとなんで吾輩呼び出したの? 帰りたいんだけど、召還とか出来ます? ほら、還す方のあれ」
「無理に決まってるでしょ」
ヴィットーリオはめちゃくちゃ嫌そうな表情を見せている。彼がこのような表情を浮かべることはまれだ。拓斗がそう判断するということは相当な裏が隠されているに違いない。
再度破壊された自動拷問機械の死体――スクラップを眺める……。
ヴィットーリオの頬につつと汗が流れ落ちる。拓斗が言う当たって欲しくない予想というものに彼もまた思い至ったからだ。
「むむむぅ!」
そんな二人の反応にしびれを切らしたのがアトゥだ。
彼女は自らがどうしても劣ってしまう部分で拓斗とヴィットーリオが仲良く意見をすり合わせているところが気に食わなかったのだろう。
有り体にいうとすねていた。もっと自分を構ってくれという嫉妬心の発露である。
無論その場に居る全員がその事を理解している。ただ指摘すると面倒になるので言わないだけだ。
言うのは面倒になることを歓迎する者だけ……。すなわちヴィットーリオ。
「話についていけないからむくれているのですな! いやぁ、学がないって可哀想! そりゃもう汚泥のアトゥくんは最終学歴が無ですからね! 園卒にすら勝てないって、それでどの面下げて英雄名乗ってるの? 厚顔すぎて逆に怖いわ」
「貴様もでしょうが!!」
このまま放置すればまたぞろ喧嘩が始まる……。
本来なら別々に行動させるのが最善手なのだろうが現状はそうも言ってられない。
時間は有限だ。そして今この瞬間も消費され続けている。わりと無駄に。
気がつけばエルフール姉妹が姿を消している。近くにいた《出来損ない》に話を聞いてみると飽きて先に帰還の途についたと身振り手振りで伝えてくる。
確かにこのまま毒の沼地で油を売ってても仕方がないことは確かだ。
拓斗は辺りをもう一度見回し、資料や研究目的として《自動拷問機械》のスクラップの回収を《出来損ない》に命じると、誰に向けるでもなく呟く。
「とりあえず、この調子で隠しボスたちをボコっていくか……」
そうしてパンパンと手を叩き口論が過激化しつつある二人を諫める。
結局、その程度の仲裁で止まらなかった二人は拓斗と《出来損ない》達の強制介入によって拘束され、肩や涙目、肩や喜悦の表情で大呪界へと帰還するのであった。
=Message=============
汚泥のアトゥがユニット撃破により次の能力を取得しました。
《無機物》《出血攻撃》《精神無効》
《猛毒》《毒無効》
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