第百五十話 落胆
「正式な締結はする! 同盟はするのは違いねぇ! マイノグーラが頭だ! だがその前に格付けだ。互いの一番を出して、己の意地を見せ合う――むろん、アンタらがとんでもねぇ力を持っているのはよぉく知っている。けど俺たちも捨てたもんじゃねぇって事を証明しなきゃ、商売あがったりってわけだ!」
ドバンは豪快に言い放った。
拓斗もその様子を少しばかり楽しそうに見る。ここ数日は急ぎ足で物事を進めすぎた。この程度の余興を楽しむ余裕はあっても良いだろう。
むしろ休憩と言った方が良いかもしれない。何事も急いては事をし損じるし、休み無く無限に走れる生物は一応存在しない。
戦闘行動に関しても戦争状態に無い国家との模擬戦という形ならなんとか誤魔化せそうだ。
船酔いからなんとか復帰した拓斗はモルタールが先ほどの物言いで少し遠慮していることをアトゥから念話で教えてもらうと、彼に向かっていつもより大きな仕草で頷いてみせた。
「ふむ。力比べと言ったところですかな。王も……王も特段それで問題ないとおっしゃっております。して、偉大なる海の益荒男たちは、一体どのような戦士を出すのですかな?」
確かにこれは興味が湧くところだった。
少なくともそこらのドワーフの戦士を出したところでたかが知れている。確かに彼らの中で猛者とも呼べる者がいるかもしれない。だとしてもそれはドワーフの中で……という但し書きがついてしまうのだ。
それでは少し弱い。インパクという意味でも実力と言う意味でも……。
「ふふふ、聞いて驚くな! 見て驚くな! おい! 出番だぞ! アレをだせ!」
だが拓斗らの予想を裏切って、それはこの場に現れた。
『拓斗さま。何か来ますね。匂います』
『ん……。この気配。何か魔物かな? 水生生物じゃないみたいだけど、なんだろう?』
拓斗とアトゥが念話で密かに話し合う。
アトゥは英雄が持つ超人的な五感によって、拓斗はなにか得体の知れない由来不明の力によって……。
やがて、ドシドシと、誰の耳にも聞こえるほどの距離にその存在がやってきた。
拓斗たちは気配のする方、ちょうどドワーフたちが座る椅子の後ろ、柱の間から見える船内へ下る巨大な階段の方へと視線を向ける。
「これが! 俺たちのぉ! 最大戦力だぁぁぁ!!」
そして、まさしくぬぅっと言った表現が正しいかのように、それは……そのドラゴンは拓斗らの目の前に現れた。
「おお、ドラゴン」
「ドラゴン……ですか」
「これは驚きましたな……」
拓斗、アトゥ、モルタール老。それぞれが驚いたということは少なからずマイノグーラに一杯食わせたと言っても差し支えないだろう。
それだけでドバンの機嫌は上機嫌になる。反対にトヌカポリはマイノグーラが何に対して驚いているのかなんとなく理解できている為にややあきれ顔だが。
「どうだ! これが俺たちのとっておきよ!」
拓斗の意識がドラゴンへと向く。
体長は10メートルほどであろうか、赤褐色のうろこに鋭い爪。ギラリとした蛇を思わせる瞳に体躯から計算するとやや小ぶりにも見える巨大な羽。
オーソドックスと言えば些か陳腐になってしまうかもしれないが、そこには様々な伝承やゲームで語られてきたドラゴンが、確かに存在していたのだ。
「グッギッギ」
ドラゴンが笑う。どこか誇らしげで、驚く面々に対して優越感に浸っている様子。
明らかに知能のある証拠。一瞬拓斗やアトゥを見てギョッとした表情を見せた辺り、互いの格の違いも良く理解している。
その上で未だ自分が頂点だと言わんばかりのその態度。傲慢で、誇り高く、凶暴で、そしてなにより強い。
拓斗が知るドラゴンという存在の体現が、まさにそこに現れたのだ。
先ほどの船酔いはどこにいったのやら、すでに彼の瞳はキラキラと輝いており、初めて見るファンタジー的な生物に心躍らせている。
ここが大呪界なら飛び跳ねて喜んでいただろう。だがこの場は相手国、しかも交渉中の場所だ。
流石の拓斗も己の気持ちを抑えつけ、状況を観察する。
その上で自分の知識と照らし合わせ静かにマイノグーラの益となるよう話を進める。
「モルタール。これはどの段階かな?」
ドラゴンには段階がある。以前モルタールから聞いたことがあった話を拓斗は確かに覚えていた。
下位・中位・上位……そして超位。
無論階位が上がる毎に強くなる。超位や上位ともなるともはや伝承や歴史の中の存在となってしまうが、それでもドラゴンは驚異だ。
この大陸では聖なる国家によって過去全て刈り尽くされたとのことだったが、最盛期では時に上級聖騎士や聖女すら敗北を喫するほどの力を秘めていたらしい。
事実であれば、非常に興味深い存在であった。
「こちらは中位のドラゴンですな。いやはや凄い……ワシも直接見たのは120年ぶりですじゃ。この大陸にもそこそこ数がおったのですが、全部クオリアに狩られてしもうたので」
「なるほど」
感嘆の籠もった説明で端的に別大陸から輸入したであろう推測を匂わせてくるモルタール老。
拓斗もその示唆的な一言を正しく受け取り、脳内で様々な情報を高速で組み立てる。
未だ情報が不足してる別大陸。現状では真剣に取り組むほどではないしその余裕もないが、少し情報を探っても良いかなと思わせる程度には衝撃的であった。
それにしても……。
ドラゴンとはなかなかに強力だ。
Eternal Nationsではドラゴンと言っても千差万別でそこらのトカゲと変わらぬ存在から、中には英雄すら撃破する強力な存在までいた。
というかドラゴン国家とかもあったしドラゴンの英雄とかも存在していた。NPCにもドラゴンはいたし、運が良ければ自国の戦力に組み込むこともできた。
その点では拓斗としてもこれらの戦力には少しばかり興味がある。
どの程度の戦力となるのか、今後どのように運用していけるのか? 隠し球があるとは思っていたがなかなかに面白いものを出してきた。予想外かつ好印象だ。
もっとも、それらはおくびにも出さないが……。
「中位ですか。確かブレスを吐いて人語も完璧に理解するんでしたね。戦闘能力は上級聖騎士と同等か少し上。装備を用意し軍の作戦に組み込めば確実に上ですね」
「ふむ……」
感心するアトゥの言葉の言葉ではあったが、実際のところ軍に組み込むのは少し微妙かなという評価だった。
モルタール老の言葉や彼らの態度から別大陸の輸入品ということはほぼほぼ確定だろう。
だとしたら数がたりない。確かにドラゴンは単体でも聖騎士と同等の力を持つ強力な存在だ。
だがこちらにはイラの騎士として転向した元聖騎士たちがいるし、マイノグーラが誇る配下も存在する。
マイノグーラ側で装備の提供などを行いドワーフの部隊に所属させたとしても、数が揃わないいじょう戦力としては焼け石に水だろう。
繁殖が叶っているのならもっと違った態度だろうし、そもそも国家に来た時点でその気配や匂いが漂っているはずだ。
ロマンも含め将来性は百点満点だが、現状を評価するのなら20~30点がせいぜい関の山といったところが正直な感想だった。
だがドワーフたちはそう考えてはいないらしい。
「があっはっはっっは! 流石に破滅の王も俺たちがドラゴンを連れているのは知らなかったみてぇだな! どうだぁ? コイツとおたくらの戦士で腕試しというのは? どうせ何か連れてきているんだろ?」
非常にご機嫌だ。総船団長ドバンをはじめとして、船団長たちは恰幅の良いその身体を多きくゆらしながら笑っている。
それほどまでに自信の逸品らしい。
彼らを見ているとどんどん話の本筋から離れていっているような気がする。
今はドワーフたちの誇りを守るためと言うよりは、なんとかマイノグーラを驚かせたいという意図が大きくなっているように見受けられる。
そもそもこの会談は北の正統大陸同盟への備えに向けて同盟関係を締結する。という点を主題として行われているものだ。
力比べで盛り上がる為でも、マイノグーラに自分たちを認めさせる為でもない。
「少し調子にのっていますね。教育すべきでしょうか?」
「アトゥ」
「うっ、申し訳ございません拓斗さま」
さらに不味いことにアトゥの機嫌が急降下し始めた。
マイノグーラが侮辱……この場合は拓斗が侮辱されることが何よりも我慢できないアトゥは、ドワーフたちが調子に乗っていることが何よりも許せないのだ。
ありとあらゆる生命はイラ=タクトに傅き頭を垂れるべきと当たり前のように考える従者は、とても忠誠が高く頼もしい存在であったが、割と頻繁に暴走しそうになるという問題があった。
『わざわざ君が出る必要は無いよ。ドラゴン程度にアトゥはあまりにも勿体ない』
『拓斗さま……』
無論拓斗は昔とは違って慌てずすかさずフォローの念話。
最近は拓斗もアトゥの扱いが日に日に上手になってきている。
拓斗自身もその自覚はあるのだが、あんまりこういうのが上手になってもなぁと少々悩みどころではある。
アトゥは彼にとって大切な存在なのだ。手綱を握って好きに動かすよりも、どちらかというと対等な関係でいる方が好みであった。
もっとも、ダークエルフ側の言い分としては暴走しがちなアトゥを拓斗がしっかり抑えてくれないと困るのだが……。
誰もこの件に関しては口にすることはないが、個々の立場で微妙に見解や認識の相違がある問題だった。
とは言え、拓斗がしっかりとアトゥを抑えてくれているおかげでこの場でドワーフとドラゴンが触手で串刺しにならないのもまた事実である。
そんなことを知ってか知らずか、ドラゴンを出して上機嫌なドワーフたちはコレで自分たちの面目も立ったと機嫌良く酒をかっくらっている。
負けはしたが名誉ある負け。頭は下げたが相手に一泡吹かせた上での従属。
そのような立ち位置を狙っているのだ。
反対にマイノグーラとしては圧倒的な立場からの支配を強調しなければならない。当初からの付き合いであるフォーンカヴンの手前、あまり妥協した姿を見せられてないという理由もあるし、何よりイラ=タクトが治める国にそのような弱い姿は似合わないから……。
(しかしまぁ、機嫌良く笑っておりますなぁ。王が何を連れてきたのかも知らずに……)
ともあれ、先ほどの事情がいくらあろうとも、すでに結果は決まっているも同然だった。
モルタール老はいっそ哀れみの目でドワーフたちを見つめる。
彼らにも種族や長としての立場もあるので引けないのは分かるが、もう少し彼我の戦力差と強大さを理解すれば良いのにと。
反対に、自分たちが如何に最初の王との謁見で正しき選択をしたかを誇りに思う。
あの時すぐさま王が秘める無限の知と魔と力をその一端とは言え見抜けたからこそ、今まさにマイノグーラの国民として栄光ある未来に向けて邁進できるのだから。
とは言え、今後は彼らとも仲良くしておかなければならない。
今回の戦がどのような結末を迎えるかはさておき、今後を見据えるのならばこの接触を奇貨として交流を深めていきたいからだ。
王の方針は実際のところ本人の言とは違い決して融和的でも平和的でもない。かといって現状破滅的でも絶望的でもない。
であればフォーンカヴンと同様に敵対しない限り表面上は良き関係を繋ぐという選択肢をとるはずだから……。
(とはいえ、あのドラゴンは……)
モルタールはドラゴンの弱点を一目で見抜く。
確かに中位のドラゴンは危険だ。強力無比な配下を多数保持するマイノグーラとて軽んじては大きなしっぺ返しを喰らうことは必定。
だとしても今回サザーランドが出してきたそれは大きな問題があった。
その問題に彼らが気づいているのか気づいていないのか、少なくともモルタール老が忠誠心を捧げる王はあまりその点は興味なさげに思えた。
「いやぁ、ケガさしちまうからなぁ!」
「ゲッゲッゲ!!」
「なんかアホっぽくないですか?」
盛り上がるドワーフたちを余所に、その違和感を最初に口にしたのはアトゥだった。
どうもマイノグーラの皆が思うドラゴンと少しばかり様子が違って見えたのだ。
具体的にこう口にするには憚られるが、微妙に威厳やら何やらが足りなかった。
「おそらく言うことを効かせるために相当あまやかしたのでしょう。見てくださいあのドラゴンの腹を。誇り高き竜にしてはあまりにも太りすぎている」
モルタール老が指摘し、アトゥ含めダークエルフの何人かがじぃっとドラゴンの腹を見つめる。
するとどうだろう? 先ほどまでは中位のドラゴンというインパクトに打ち消されていたこう何かたるみというか余分というか、そのような違和感が表出してきた……。
すなわち、そのドラゴンの腹はあまりにも贅肉で満たされていたのだ。
「グギッ! ギャアアアアアス!」
自分の腹を見つめられていることに気づいたのか、ドラゴンはぐるりと腹を隠すように体勢を変え、大きく口を開け威嚇する。
だがその動きもどこか緩慢で、ドタドタという擬音が似合いそうな違和感を覚えさせる。
そしてこの違和感にようやく気づいたのがドワーフの船団長たちだ。
彼らにとってもドラゴンは未知の存在。今までこういうものかと納得していたが、その鈍い動きを見て疑問が湧いてきた。
「おい、アレ大丈夫なのか? 飯の食わせ過ぎじゃねぇのか?」
「いや、俺もあんくらい腹が出てるから大丈夫だと思うぞ?」
「餓死させちゃ可哀想だから食うだけ食わせたよ」
「酒は?」
「もちろんちゃんと飲ませてるぜ! 仲間はずれになんかさせるかよ!」
「なら大丈夫だな!」
何も大丈夫じゃない言葉がドワーフたちから漏れ聞こえてくる。
ペットの健康は飼い主の責任だ。ドラゴンが果たしてペットの範疇に入るかどうかは疑問が残るが、少なくともあの腹はドワーフたちに責任があるだろう。
「まぁいいや。模擬戦ならいけるだろう。殺すと不味いからな! おい、分かってると思うが。殺しはダメだぜ。相手に花を持たせつつ、こっちもそれなりにやれよ」
「ぐグぅ……」
「上手くやれば飯を二倍だぜ……っ!」
「グギャギャギャ!」
ドラゴンに耳打ちをするドバン。途端にその端正な顔をにまぁとニヤけさせうれしそうに笑うドラゴン。もう上手くやって二倍の飯をもらう腹づもりらしい。
正直上手く話をまとめるつもりならここで相手に乗ってやるのが手だが、それで納得できないのが拓斗という人間だ。
模擬戦とは言え八百長じみたことはやりたくなかったし、マイノグーラの力というのを見せつけたやりたかった。
あと飯抜きになった方がドラゴンの為になるなぁ、という意図もあった。
拓斗は一度モルタールへ視線を向けると、自らの背後に向かってちょいちょいと軽く指を動かし何かを招く仕草をする。
先ほどから機嫌良くドラゴンの食事事情の話題に花を咲かせていたドワーフたちも、何かあるのかと注目する。
「我々の陣営にもちょうどよい飼い犬がおりましてな。良い機会です。ここは獣同士仲良く力比べといきましょうぞ」
モルタール老が王の言葉を代弁し、挑発的な物言いでドワーフとドラゴンをねめ付ける。
「んんっ? どこにいるんだ?」
獣と言われたことにドラゴンが怒りをにじませ、ドバンがマイノグーラ側の獣とやらがどこにも見当たらない事を疑問に思ったその瞬間。
モルタール老は自らの杖を、コツンと鳴らした。
「オンギャアアアア!!」
瞬間、その場に現れたのはまさに獣だった。
否……獣と評するにはあまりに異形。犬、猫、虫、鳥、そして赤子を全部混ぜ込んだかのような不気味なバケモノが、まるでにじみ出すかのようにその場に出現したのだ。
その大きさは3~4メートルほど。
ドラゴンと比べるとやや小柄に思えたが、その存在が持つ圧力と恐怖は並大抵の生物では耐えられない。
マイノグーラが誇る戦力、それも主力として運用することも検討されているそのバケモノが、《出来損ない》が、その場には存在していた。
「はかねぇ命だったな……」
「すまねぇ。俺たちじゃ助けられねぇわ」
「飯、もっと食わせてやればよかったな」
「母ちゃんに殺される……」
ドワーフ達はお通夜ムードだ。
なおとうのドラゴンは彼にしては機敏に動くとすぐさま腹を見せながら情けない声で降伏のポーズを取っている。
勝負はすでに決していた。始まる前に終わっていたし、どちらかというと棄権に近いが……。
もはやドワーフの威厳だの誇りだの、そういう場合ではなかった。
「アブゥ……」
《出来損ない》が困惑の視線を向けてくる。
腹を……そのでっぷりと肥え太った腹を見せながら、まるで気の弱い飼い犬のごとく降参のポーズをしているドラゴンを見て反応に困っているのだ。
折角自分の出番だと意気揚々と《擬態》を解除したにも関わらず拍子抜けにもほどがある。
それどころか、もう出番が終わったから悪いけどもう一度隠れてくれる? と王である拓斗に言われてしまってはやれることは何もない。
「アブゥ……」
悲しげな声で小さくなき、そのままスゥっと消えていく《出来損ない》。
本来ならドワーフたちがその隠遁技術とあれほどの巨大なバケモノを十全に使役しているマイノグーラの力量に恐れおののく場面なのだが……。
未だ腹を出して降参のポーズをしている情けないドラゴンと、脳裏にこびりついて消えないあの悲しげな《出来損ない》の鳴き声が、そんな空気をいずことも知れず連れ去ってしまっていた。
=Message=============
以下の国家との同盟が締結されました。
【海洋国家サザーランド】
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