第百四十九話 酒宴
サザーランドという国家は独特の風習を持つ。
無論かの国に限らずどの国家や民族種族に関しても同じことは言えるのだが、豊かさを求めて海へと向かわざるを得なかった彼らの歴史が生み出す風習は、他の国と比較してなお、独特のものであった。
(人生初の船……まさかこんな事で乗ることになろうとはね。ううっ、ぎぼちわるい……)
破滅の王イラ=タクトは、周りから受ける恐怖と畏れの視線の中、絶賛船酔いでグロッキーな状態になっているところだった。
マイノグーラの一行が電光石火の早さでサザーランド入りし、会談を取り付けたのがほんの数時間前。
わずかな時間の最中にこれほどまでの歓待と会議の場を用意してみせたことは拓斗達にとっても意外なことで、ある種の感動と賞賛があった。
さすがは貿易を生業とする種族だ。海洋国家かつドワーフと言うことで少々文明的に劣っているものかと感想を抱いたが、その認識を改める必要があるだろう。
例えばそう、拓斗たちマイノグーラの主賓が招かれたこの場所などだ……。
拓斗は船酔いでぐるぐるする頭とこみ上げてくる吐き気を悟られぬよう、遠くの景色へと目をやる。
そこにあるは地平線まで続く大海原と、点在する船舶。反対側をみれば陸地が見えるが、それも遙か向こう側だ。
そう……すなわち彼らはいま海上にいるのだ。
「海上に迎賓館を用意するとは、なかなか洒落た事を考えるものですねぇ。嵐の日はどうするんでしょうか?」
アトゥの言葉の通り、彼らが現在いる場所は複数の船を横につなげたその上に作られた巨大な屋敷だ。
最も地上に作ることができない分、その規模や装飾には限界があるが……。
だとしても拓斗の生前では目にたことのない豪華な邸宅がそのまま連結された船の上に乗っている。少なくとも、暗黒大陸においてマイノグーラに次ぐ第二位の国家という評価に恥じぬだけの様相はあるようだった。
(しかし、海上迎賓館とは……いかにもファンタジーって感じだよね。正直海に作る必要ってあんまり無い気もするし。少なくとも常識的な判断をしてはダメそうだな)
なぜこのようなある意味で歪で各種力学上無理がある構造物が平然と存在できているのかは拓斗としても興味深かったが、そこら辺はファンタジー的なあれこれが働いているのだろうと納得する。
マイノグーラとて余所様の事を言えないのだ。ファンタジーはファンタジーとして受け取っておくのが一番であろう。
それが如何に非効率的であり非合理的であっても……だ。
それよりも、拓斗にとって重要なのは絵的に映えるドワーフの海上建築物の構造に関してではない。もっと重要なことがこの建物一つとっても見えてくる。
(キャラベル船を迎賓館用に複数連結。それもこの規模の建築物はすぐに作れるものでもない。クオリアやエル=ナーとそこまで交流を深めているという話はないから、これは噂に聞く別大陸からの特使向けと言ったところか)
わざわざマイノグーラ用に作ったという線は薄い。流石のドワーフたちと言えども時間と予算が足り無いであろうし、よしんば足りていたとしても使うかどうかも分からないコレを事前に用意するのはよほど強権的な決断が必要になってくる。
であれば答えは自ずと分かった。
問題なのはその答えが明らかに今後のマイノグーラが覇権を唱えるにあたって懸念点として立ち塞がる点だ。
(別大陸の事は気になる。その辺りの情報もいずれ聞き出せればいいが……。幸いな事に別大陸との交易は毎回命がけとの事。気軽に介入してこられるような位置関係ではないことは安堵すべきか)
全ての事を同時に処理する事は到底不可能だ。リソースが足りなくなることをはじめ負担が大きすぎる。
それにマイノグーラが直近で解決すべき問題が巨大すぎた。正統大陸連盟をどうにかせねば別大陸のことなど検討する余地もなく滅ぼされてしまうのだから。
とは言え、頭の片隅には残しておいた方が良さそうだ。
拓斗は次から次へと山積する問題に頭を悩ませる。
この頭痛がはたしてマイノグーラが抱える諸問題によるものか、それとも船酔いの不快感から来るものか、残念ながら拓斗には分からなかったが……。
「さて、では先ほど説明させて頂いた通り、この大陸を取り巻く状況は非常に切迫しておりましてのう。サザーランドの皆様がたにおかれましても、現状を理解した上で賢明な判断を下して頂きたい」
窓の外から揺れる波が見える洒落た会談場にて、マイノグーラ側で会話の主導を握るのはもっぱらモルタールだった。
拓斗とアトゥはテーブルに座り、ただ静かにドワーフたちを見つめ威圧感を放っている。
参加者は彼らに加えエムルやダークエルフの執政官。目に見える護衛としてダークエルフの銃士とブレインイーター。
所属は違うがフォーンカヴンの杖持ちであるトヌカポリも参加している。もっとも彼女はあくまで立ち会いという立場で積極的に会談に参加するつもりはないようだが。
ヴィットーリオが参加を許されていないのは全員一致での判断だ。
拓斗が放つ破滅の王としての威圧感も相まって、相手への萎縮効果は上々だった。
否……上々過ぎると言ったところか。
(くそっ。聞いてねぇぞ。こんなとんでもねぇのがこの大陸にいるなんてよ……)
一方のドワーフ。すなわち勇猛で豪胆な海の漢である船団長たちは一様に萎縮し、いつもの調子を欠いていた。
総船団長のドバン辺りはまだなんとか国の代表としての威厳を保てているが、他の船団長――特に年若い者達などあからさまに視線をそらして震えるばかりだ。
ドバンは「んんっ」っと身じろぎすると、あまり見慣れない仕草で己のあごひげをなで上げる。
『おい、てめぇら! 不抜けた態度見せてんじゃねぇ! これじゃあ足下見られて商売あがったりだろうが!!』
ドワーフたち……特に船団長クラスのものになると商談の為に仲間内でしか通じない特殊な暗号を用いる。その一つがこの仕草だ。
あごひげのさわり方で簡単な意思疎通を行い、交渉相手に悟られぬよう仲間内で相談し物事を有利に進める。
この海にやってくる前から伝わる伝統的な手法で、もちろん全員が複雑かつ繊細な仕草と意味を全て理解しているが、その内容を受け取り実行できるかはまた別の話だったようだ。
(ちっ……どいつもこいつも度胸が足りねぇ。やっこさんは交渉に来てるんだ。おじゃんにならねぇ限り手出しはしてこねぇってのによぅ)
反応薄く相変わらず震える仲間達に内心で罵りながら、だが総船団長ドバンはそう強く非難できないことをよく理解していた。
他ならぬドバンも、少しでも気を抜けば叫び出しながら逃げ出したい衝動に駆られるのだから……。
(サキュバスにいいようにやられたって話だからもう少しマシなやつを考えていたが、こりゃあ下手に突いて反応を見ることもできねぇ。邪神だの破滅の王だの、どうせ箔付けの為の大げさな呼称かと思っていたが、まさか本当とはな……)
この姿を――破滅の王の姿を直接見てしまってはドバンも方針転換を考えなければいけない。
むしろサキュバスにやられたというのもブラフの可能性が高い。何らかの目的があって一時的に引いたと考えるのが筋であろう。
ドバンとてサキュバスやプレイヤー――すなわち外来の存在をその目で見ている。無論その圧倒的な脅威もだ。
故に外来人に対して安易な評価をしていた訳でも軽んじていた訳でもない。
だが……それだとしてもなお。
彼らが目の前にする破滅の王は異常だった。
なおとうの本人であるイラ=タクトは絶賛船酔いでグロッキーである。同じく邪悪の顕現である汚泥のアトゥはそんな主を心配することに夢中でドワーフなど眼中になかったし、最も厄介な英雄はこの場におらず無断で街に繰り出して余計な事をし始めている。
実情は彼らの考えから大きくかけ離れていた。……良くも悪くも。だ。
(ちっ、この歳で玉が小石みてぇに縮んでやがる。どうして俺の代でこんな厄介事が舞い込んで来るかねぇ……)
だが彼は腐っても総船団長。数多くの船の頂点に立つ漢だ。
彼こそがドワーフであり、彼こそが船乗り。
故に、ここで怯えて相手の目の色をうかがうような媚びた態度は取れない。
たとえそれが、自分の命が尽きることになったとしてもだ。
サザーランド総船団長ドバン。その名に恥じぬ、度胸と胆力を持った男だった。
「しかし解せねぇ。おたくらが俺たちの力を欲しているのは分かる。だが見たところ王ほどのお力を持つ者なら、俺らの協力など必要ないんじゃねぇか?」
まずは一発放った。
ドバンの掛け値なしの本音であり、腹を割った話の第一声である。
先ほどドバンがモルタール老を通じて説明されたマイノグーラの要求は思った以上に単純だった。
すなわち正統大陸連盟への対抗として暗黒大陸の国家で同盟を組み、同じ連合国家としてデカい戦いをやろうという話だ。
もっとも相手からの要求は一方的なものであり、比較的友好的な態度で接してきているもののその中身や突然やってきた事を考えれば交渉という名の最後通告に等しい所業であることは確かだ。
それはマイノグーラが同盟締結の暁には技術提供を求めていることからも明らかだった。
「未知の別大陸産の技術……それを渡せば仲良しこよしって訳か」
「貴国が向こう側の別大陸と細々ながらも交流を行いいくつかの技術を入手しているのはすでに我が国の知るところです。それらを提供して頂ければ、正統大陸連盟への対抗として我が国が役立ててみましょうぞ。他ならぬ貴国よりも」
モルタール老がジャブを放つ。
少し挑発的な物言いであり、あえての言ではあったが、この程度で怒りに身を任せるドバンではない。髭をなでながらのらりくらりと明言を避ける。
「しかし、安かねぇよ? 技術ってのは。特に他に知られていない独占技術ならなおさらだ。それをいきなり渡せって言われてもなぁ」
「我が国は魔法系の技術が発達しております。それらを提供するという形ではどうですかな?」
「ほう! 魔法系! そりゃあ興味が湧いてきたな!」
即答で技術提供を提示されたということは相手側もすでにこの程度の支払いは予定済みということだ。
もう少し粘れば何か出てくるか? たがあまりごねて機嫌を損ねても両得の商売が行えぬ。
破滅の王を前にしても未だ商売人の思考。総船団長ドバンは根っからの商人であった。
一方のモルタール老はそんなドバンの反応から相手の評価を行う。
(ふむ。王を前にしてもこの態度。さしものドワーフたちの頭領ところですかな。こういう輩は本来ならもっと時間をかけてじっくりと交渉を続けていくのが吉ですが……我々には時間が無い。とは言え足下を見られるのも業腹。いやはや、如何ともしがたいですなぁ)
チラリと、モルタール老が拓斗とアトゥの様子をうかがう。
いくらモルタール老がマイノグーラ側の代表の一員として会議の主導を握っているとしても、全ての決定権は偉大なる王にあるのだ。
王と……そして彼の意思を代弁する忠誠なる部下のアトゥがどう反応するか常に気にする必要があった。
特に今のところドワーフたちが何やら煮え切らぬ態度でのらりくらりと決断を渋っている状況だ。
拓斗はさておき、アトゥがしびれを切らして激怒する可能性が十分にあった。
もっとも……とうの本人達は船酔いでそれどころではない。
拓斗はずっと気分が悪いままだし、アトゥはそんな拓斗を気遣い誰にも気づかれぬよう触手でそっと背中をなでるのに一生懸命だ。
もうしばらくどころか、あと小一時間ほど放置しても問題ないほどには二人は自分たちの世界に入り込んでいる。
そんなある意味で予想だにしない戦いに赴く二人の主従の態度をどう判断すべきか、傍目には一切動きや変化が無いように思われる彼らの表情を確認しモルタール老が焦りの感情を抱く。
(いかんな、王とアトゥ殿が先ほどから無言だ。わしの経験上これはあまり良くない流れ。明らかに気分を害されておる)
モルタールの額に冷や汗が一筋流れた。
彼にとってマイノグーラの王たるイラ=タクトは常に偉大で決して自分ごときではその全容を推し量る事のできぬ存在であった。
それは当初会ったときからそうであったし、数々の出来事を通じてその思いを深めてきた。
故にモルタールは王がこの状況に焦れている事をよく理解できた。
すなわちそれは会談の破綻を意味し、全ての計画が白紙に戻ることを意味する。
と同時に、モルタール自身の責任ともなるのだ。
この交渉の場を上手く収められなかった責任はいかほどか。
のらりくらりと話をかわす矮小なドワーフどもにいささか情けをかけすぎた。
モルタール老は気持ちを切り替え、相手に余裕を与えんが為に交渉の度合いを一段階変化させることを決意する。
「すでにトヌカポリ殿から聞いているでしょうが、我々には時間が無い。王の慈悲は寛大無偏なれど、我々配下はそうではありませぬ。中には力でと考える者もでてきかねません。特に会議が行き詰まれば……のぅ?」
モルタールが視線をブレインイーターに向け、何やら思わせぶりな笑みを浮かべる。
ドバンはブレインイーターと呼ばれたその護衛らしき存在に目をやるが、相手がどのような考えを抱いているかはマスクに隠された顔からは分からなかった。
ただ一つ分かったことは、そろそろ潮時だという事だけだ。
「いやいや! 勘違いしてくれちゃあ困るぜ! 基本的にはおたくらと同盟関係を結ぶのは問題ねぇ。実はうちの者たちでも内々ですでに決まってることでな。だが下の者を納得させるにはそれなりの理由が必要なんだ。なんせあんたらマイノグーラが頭を張るつもりなんだろう?」
「無論、今後の戦を見据えそのつもりではありますがのう」
「フォーンカヴンはそのつもりだよ。この酔っぱらい達のお守りは手に余るからね」
この場に参加していたトヌカポリがようやく口を開く。だがそれもサザーランドへの文句の混じった味気ないものだ。
もっとも、マイノグーラとフォーンカヴンがすでにズブズブな関係であることは周知の事実だ。ならその関係に自分たちも混ぜてもらう事に何も否はない。
(あれから急ぎで調べたが、フォーンカヴンの連中も全員が全員頭がおかしくなってるって訳じゃねぇ。まぁイラ教って厄介事がある分、ある意味で侵略はされているんだがな……とは言え、まずは俺たちが生き残る事を考えねぇとな)
イラ教の問題はサザーランドでも何度か議題に上がったことのある厄介な話題だ。
まだ活動は初期段階とは言え、すでに破滅の王イラ=タクトを神と崇めるこの新興宗教はフォーンカヴンとの交易を通じて入り込んでいた。
このまま放置すればいずれ大きな問題になる事は明らかで、サザーランドとしても何度か規制を考えたがその全ては議論の俎上に上っただけで立ち消えとなっている。
ひとえに、ドワーフたちが自由を重んじる気風故に、個人の信仰にあまり介入したいと考えなかったからだ。
実のところ、この不介入方針が今回マイノグーラにとって追い風となっていた。
船団長の中にはまだ信徒はいないものの、サザーランド中に散った信徒達がマイノグーラとイラ=タクトが如何に素晴らしいかを説き伏せていたのだった。
その結果としてサザーランド国内に「まぁなんか邪悪な国家みたいだけど一応商売はできるみたいだな」というぼんやりとした認識ができあがっていたのだ。
物が売れれば神さまとも商売をしてみせるとは彼ら自身が普段から風評している商売への態度だ。
その実践がやってきたまでのこと、というのがサザーランドが気づかずにうっすらと抱いていたマイノグーラへの評価である。
このような経緯によって、おおよその合意は取れた。
すでに総船団長の口から同盟への参加についての言及がなされた。それが「概ねそのつもり」といった些かはっきりとしない言葉であっても指導者たる者が発した言葉の重みは段違いだ。
両者の間――特に周りで推移を見守っていた者達から安堵した空気が漂ってくる。
後は細かな部分での折衝を行えば話は終わる。大枠が決まれば後は消化試合だ。
そういう少し気の抜けた空気が漂い始めたその時だった。
「とは言え、まだ問題がある!」
突然、合意しかけていた話をドバンが蒸し返した。他ならぬドバンがだ。
果たしてその意図は何か? さしものモルタール老もこの暴挙には些か眉をひそめざるを得ない。
普通ではあり得ない事だったからだ。無作法という意味で、だ。
「む……一体何が問題なのですかな?」
静かに問う。相手が道理の分からない無法者ではない事はよく理解している。マイノグーラの不興を買ってまで下手な要求を差し込むような愚か者では無い事も。ここで下手に警告などをしてまた話を出発点に戻すこともなかろう。モルタール老はそう判断する。
とりあえず、話を聞いてみなくては。まずはそこだ。
「格付けがすんでねぇ!」
チラリと、モルタール老はトヌカポリに視線を向けた。
当初からオブザーバー、すなわち見届け人の様な立ち位置でいたフォーンカヴンの代表にドワーフの長が言い放った珍妙な主張の意図を確認しようとしたのだ。
「ドワーフだからねぇ。頑固なんだよ。頭を下げるにも理由が必要なのさ」
そしてその意図を視線だけでトヌカポリは正しく受け取った。……受け取ったと言うよりは、誰がどう見ても問いたいことは一つと言ったところだったが。
すなわち「こいつら本気で言ってるのか?」である。
「彼らの気質は多少聞き及んでおりますが、それだとしても些か悠長ではありませぬか?」
「アタシに言わないでくれよモルタール老。こいつらは昔からこうなんだよ」
「はぁ……」
ともあれ大切なのはドワーフたちの面倒な性格がまた一つ明らかになったという点だ。
あまり喜ばしい事態でないことは確かだが……。
モルタールがため息しか出せないのも仕方なかろう。唯一幸いだったのは彼らから見てマイノグーラの王たるイラ=タクトがこの状況にさしてストレスを感じている様子ではなかったことだろう。
もちろん、拓斗は絶賛船酔い中なのでそんな余裕がないだけだが。
その態度を総船団長ドバンがどのように受け取っていたかは分からない。
だが自分が無茶な物言いをしていることは理解しているのだろう。同時に相手側に対してひどく無礼な事をしていることも。
彼はガバッと勢いよく頭を下げると、テーブルに額をこすりつけたままよく通る声で己が事情を話し始めた。
「わりぃな。勇猛果敢なる破滅の王よ。あんたらにも事情があるってのはよく分かる。俺たちにもそれがあるんだ。何も話を混ぜっ返そうってわけじゃあねぇ」
拓斗はその言葉を聞き、静かに頷く。
その程度しか反応できなかったという方が正しいが、だとしても彼の言葉を聞いていない訳ではない。その上で、彼の主張を聞いてみようと思ったのだ。
「少なくとも、マイノグーラが俺らの頭をはるってのには同意だ。だが張ってもらうにしても俺たちにも誇りってもんがある。王にとっちゃちっぽけなもんかもしれねぇが、そこを引いちゃ俺たちゃおしまいなんだ」
言わんとしていることは拓斗も理解できた。
彼もEternal Nations世界一位と称されたほどの男だ。言葉が持つ重みも、称号が持つ重みもよく知っている。
時には採算や損得を度外視してそれを守らなければならないときがあると言うことも……。
拓斗は少し懐かしくなった。
昔、彼が世界一になったときにどこぞの掲示板やチャットで「イラ=タクトは不正を働いている」などと妄言を吐いた輩に行った報復を思い出したからだ。
方向性や事例はかなり違うが、そうせねばならぬほど大切なものが世界にはある。
それは物質的なものや金銭的なものでも何もないが、だとしても確かに存在するのだ。
「良いですかなドバンどの、いくらそのような事をおっしゃっても――「モルタール老」」
「はっ!」
「かまわない」
「も、申し訳ございませんでした……」
拓斗の一言で、モルタール老が押し黙った。
彼の額には汗が一筋。先ほどの言葉が王の意にそぐわぬ物言いだった事に気づいたからだ。
王であるイラ=タクトは思慮深く常に配下を慮って全てを差配し発言している。
その慈悲は無限なれど、時として配下の至らなさが王の機嫌を損ねてしまうことがある。
それが今だ……。
モルタール老は自分が増上慢になっていた事を自覚し、改めて己が王の意思の代弁者に過ぎないとこを理解し戒める。
全ては王がいてこそなのだ。そこを忘れてはいけない。
モルタール老が黙ったことで、奇妙な緊張が漂い始める。
拓斗の視線がドワーフ達の長、総船団長ドバンを突き刺し、ドバンもまたテーブルに両手をついたままゆっくりと頭を上げ、破滅の王から受ける視線から来る恐怖の風に果敢に立ち向かう。
やがて、今まで一番低く力のこもった声で、勇敢な海の漢は破滅の王へと言い放った。
「矮小で取るに足らない姑息な商売人が勇猛果敢なる破滅の王たるイラ=タクト殿へ我が身の恥を顧みず言上つかまつる」
「どうぞ」
「我々がサザーランドが持つ最大の戦力と、そちらが持つ戦力で手合わせを願いたい。その結果を持って、我らドワーフはサザーランドの船頭を決める」
彼らにとって船とは命そのもの。船頭とはその命を左右するもの。
拓斗は勇気と意思に敬意を表し、静かに頷いた。
ドバンは交渉の成立にニカッと笑うと、ガタリと大きく椅子を後ろに飛ばしながら立ち上がる。そして今日一番の大声で……。
「格付けの時間だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
まるで祭りの始まりかと言わんばかりに、叫ぶのであった。
=Eterpedia============
【ドラゴン】戦闘ユニット(魔獣)
戦闘力:3~8 移動力1
《捕食》《人肉嗜食》《飛行》
―――――――――――――――――
ドラゴンは強力な力を持つ魔獣です。
鋭い牙、強力な爪を持ち、飛行能力や魔法行使能力を持つ存在もいます。
個体毎の差が大きいため一般的に大別して初級~上級に分類されており、上位のドラゴンほど人類にとって大きな脅威となります。
現在イドラギィア大陸では確認されておらず、聖なる国家によって絶滅させられたと考えられています。
上級を超える超位のドラゴンなども存在しますが、伝承に残るのみで実際にあった人物は皆無です。
―――――――――――――――――




