第百七話:護衛(1)
旧クオリア南方州の街へと舌禍の英雄による魔の手が伸ばされる時。
その日よりおおよそ1週間前の事。
拓斗は国家の重鎮であり、宰相としての役割を持つモルタール老より嘆願という名の強い進言を受けていた。
「御身の護衛を増やす必要がございます」
「うーん、確かにそうだよね。今まで以上に、護衛が必要かもしれない」
その言葉に拓斗は頷く。
これまでの戦いにおいて、様々な部分で小さなミスが頻出していた。
敵の過小評価に始まり、見通しの甘さや『Eternal Nations』システムへの過信など、反省すべき点の枚挙に暇はない。
これら問題点についても拓斗は十分に把握しており、随時改善と修正を行っている。
だがその中でも最も重要で、かつ早急な改善が必要なことこそ、モルタール老の嘆願にあった王の護衛体制についてだった。
これまでの経験から敵対組織は自分たちと同等の能力を利用し、それらは時に予想を超える突拍子も無い理論でこちらに襲いかかってくる事が判明している。
敵が蛮族や聖クオリアなどの常識的な能力を有す者達ならば話は簡単であった。
だが今直面している敵は……そしてこれから現れるであろう敵は、それら常識という言葉を投げ捨てたかのように様々な手段を操り、こちらの首を狙ってきている。
今まで『Eternal Nations』で培ってきた経験は急速に陳腐化し、かつて絶対的な信頼の元に用いてきた戦略では到底足りていない。
現状にモルタール老らが懸念を深めるのは当然と言えた。
王こそが国家であるがゆえに、護衛により重きを置くのは当然の帰結だ。
特に拓斗が療養中であり、その力のほとんどを封じていると表明している以上、配下の者達が血相を変えてこの問題を解決しようとするのは自然な流れである。
「特に今後アトゥ殿が積極的に動く必要がある以上、王の身辺をさらに厳重に成すことは必定。我らでは些か力不足やも知れませぬが、それでも今度こそ盾程度にはなってみせましょうぞ」
モルタール老が是非を言わさぬ気迫ですぐ様の対応を迫ってくる。
ある程度まで持ち直したとは言え、マイノグーラの状況はいまだ危機的だ。
今、たとえ拓斗が完全に復活してレネア神光国を壊滅させた時の力を取り戻していたとしても、このやりとりは避けられぬものだっただろう。
敵はあまりにも巨大で、未知に包まれている。
故にモルタール老の言葉は何一つ間違っておらず、彼の判断は至って正しいものだ。
「護衛については安心して」
そして当然ながら、拓斗もまた同じ結論に至っていた。
「オギャア……ギャアァァァ」
「むっ!?」
どこからともなく、赤子の泣き声が聞こえてきた。
否――それは泣き声というにはあまりにも不気味で、どこか精神を摩耗させる悍ましさを有している。
突然の異変に驚くモルタール老だったが、王を守らんと臨戦態勢を取る為すぐさま立ち上がる。
だがその動作が完了する前に、拓斗の周囲で起きた変化に目を見張った。
「なっ――!!」
「アアッ……ブブゥ」
喃語じみた泣き声とともに、拓斗を守るようにそれは滲み出てきた。
犬、猫、虫、鳥……肥大化したそれらのパーツをごちゃ混ぜにし、無秩序に固め合わせたかのような――肉塊と安易に表現してしまうことすら一定の配慮があるのではないかと錯覚してしまうほどの醜悪な体躯。
身体から無数に生え出る、異常に伸びた腕部とそれぞれがまるで個別の意識を持っているかのように虚空で揺らぐ人の手。
そして何より目を見張る、中心から肉塊を突き破ったかのように存在するおおよそ赤子とは言いがたい不気味に腫れ上がった巨大な胎児の上半身。
それはモルタール老と確かに視線を合わせると、胎児の両手を万歳させながら心底嬉しそうに「キャッ!」と笑った。
「僕の護衛」
「な、なんと……これがっ!」
モルタール老は一瞬でそれが何者であるかを把握する。
話には聞いていた。
王が此度建築した《異形動物園》にて生産される新たな配下の魔物について……。目にする機会はなかったが、それが今まで以上に人の理から離れた異形の姿をしているという話を。
確認の言葉を拓斗へ投げかける前に、モルタール老の首筋に、はぁ……と生臭い息がかけられた。
(なっ! なんと!? 一体いつの間に!?)
もう一体、背後にいる。
特徴的な赤子の笑い声を前後から聞きながら、モルタール老は戦慄する。
ソレの姿に驚き戦いているわけではない。同じマイノグーラの配下、何を恐怖することがあろうか?
無論、相手がこちらを害する等とは露ほどにも思っていない。
それよりも、前後から放たれる気配だった。それがモルタール老を驚愕へと誘う。
つまり。
(この圧力……滲み出る気配! これはまるで……)
モルタール老は、その二体から英雄に達せんとする程の――力の発露を感じたのだ。
「《出来損ない》はまだ見たことが無かったかな? 異形動物園で生産出来るユニットだよ」
自慢するように拓斗がその二体を紹介する。
その説明にモルタール老はただただ言葉を失い、自分程度の考えならばすでに王は二手三手も先を行くという事実に感動するのであった。
◇ ◇ ◇
「出来損ないは戦闘力が13。これは一般的な英雄の初期能力値よりも高かったりする。しかも邪悪属性ということで様々なボーナスが乗るから護衛としてはかなり強力だ。見た目も……普段は隠れてくれているから優しいしね」
「動物という範疇からは明らかに離れていますからねぇ」
しばらく時を置いて、《出来損ない》のお披露目と同時に拓斗の新たな護衛体制の公表が行われた。
王の身辺に関する問題はモルタール老だけの懸念では無かったので、このようにマイノグーラの主要な面々を招いた大々的な発表は当然の行いである。
配下を安心させる為でもあるし、王の権威いまだ衰えずと示す為にもこの儀式は必要だと拓斗とアトゥは考えていたのだ。
だが実際には、新たなユニットの能力を紹介したいという自慢の意味もあった。
何せ……このユニットを生産することで消費した魔力は、ブレイブクエスタスの金貨一斉消費という大胆な作戦を決断した拓斗をもってしても、目を背けたくなる量だったのだから。
この位やらないと、割に合わないという半ば投げやりな気持ちもあった。
とは言え、その能力は拓斗の心労と魔力の消費量に十分見合うものである。
「加えて、荒れ地――ドラゴンタンで生産した《出来損ない》は《看破》の能力を持つ。これは文字通り敵の偽装や擬態を見破る強力な能力だ。英雄が使う特殊な偽装ですら貫通するから、一定の対策にはなると思う」
自分の事だと分かっているのか、拓斗から貰ったガラガラのおもちゃで遊んでいた《出来損ない》の一体が「ぱうっ!」と短く叫んでにっこり笑う。
常人であれば発狂不可避の闇の笑顔であったが、ここはマイノグーラであるため皆も若干困った笑顔を返す程度だ。
「そして森で生産した《出来損ない》は《擬態》や《不意打ち》の能力を持ち、存在を隠すことで敵の不意を突けます。相手に悟らせない護衛としてこれ以上のものはいないでしょう」
大会議室に用意された新品の椅子、その一つをベロンベロンに舐めていた一体が、アトゥの説明で自分が呼ばれていると気づき「キャ!」っと返事をする。
椅子の惨状に幾人かが悲しそうな顔をしたが、その場にいた者はやはり困った笑顔を返す。
「キャリアとメアリアもなるべく王の側に居るように申しつけています。英雄クラスの魔物二体に、同じく英雄クラスの魔女が二人。これにて王の護衛とします」
「がんばりますです!」
「わーいっ!」
その言葉にキャリアとメアリアが返事をする。
ちなみに、もっとも隙となる拓斗の睡眠中における護衛をどうするかでアトゥと姉妹の間で一悶着あったが、最終的に《出来損ない》が拓斗と一緒に寝ることで決着が付いている。
「今マイノグーラが用意できる最高の護衛と言っても過言では無いよ。これで突破されるなら……正直お手上げだね」
そうおどけてみせる拓斗に、配下の者達は全員が深々と頭を下げる。
非の打ち所がない最良の体制だ。無論完璧とは言いがたい。いや……敵がどのような攻撃手段を持ち合わせているか不明な以上、完璧などどこにも存在していないのだ。
であるのなら、これ以上を求めるのは不可能であるし、また無駄でもあった。
故に、最良という言葉がこの場には最も適切だ。
配下の反応を見て、拓斗は満足気に頷く。
これで一つ、マイノグーラが抱える問題が解決したからだ。
まだまだ問題や懸念事項は無数にある。だが着実に一歩ずつ、拓斗たちは前に進んでいる。必ず成し遂げると誓った勝利に向けて。
「よし、ありがとう二人とも。ちょっと圧が凄いんでまた隠れておいてくれるかな?」
「バブゥ……」「キャッキャ!」
常人であれば発狂してしまいそうな鳴き声で返事をしながら、二体の出来損ないが指示通りに動く。
天井裏にするりと上る一体と、その場に溶け込むように消える一体。それらを相互に確認しながら、アトゥはため息を吐く。
「どうしようもない事ではありますが、見た目があれですねぇ……」
「まぁ、それはね……」
マイノグーラのユニットはおしなべて個性的な見た目をしている。
それらはB級ホラー映画好きなどにはとても好評ではあり、独特の造形もあって一部のユーザーにも人気が高かったが、こと実際に目にすると非常に居心地が悪いことこの上なかった。
とはいえ、その能力は折り紙付きの一言。
今まで散々マイノグーラの愉快な仲間達を見てきた拓斗としても、この程度であれば多少愚痴をこぼす程度に精神が鍛えられていた。
「ふぅ、……ということで、今後はこの体制で僕の周りを固めたいと思う。皆これで少しは安心してくれたかな?」
「「「ははぁっ!」」」
そしてそれはダークエルフ達もまた同様だった。
むしろ悍ましい見た目はそのまま凶悪な能力を有している事を示唆する。
この巨大化した玉座の間にようやく入り込める程の巨体と、一目見て分かる程の邪悪な圧力を放ち続ける《出来損ない》ならば、王の護衛としても十分であろうとモルタール老らは心配の念を一つ減らした。
「とはいえしばらくは宮殿で療養するけどね、そもそも僕が外に出るということが間違いなんだよ」
「お、お手数をおかけしました……」
その言葉に隣でふんぞり返っていた従者が途端にしょんぼりと気分を落ち込ませる。
TRPG勢力に支配権を奪われ、拓斗の手を煩わせてわざわざ奪還して貰ったことを未だ悔いているのだろう。
無論、拓斗としてはそのような意図で言ったつもりはなかったので慌てて訂正の言葉を述べる。
「そんな、アトゥの為だったらいくらでもかまわないよ。落ち込まないで、アトゥがいてくれて僕は本当に助かってるんだから」
「拓斗さま……」
「んおっほん!」
モルタール老からやんわりと横やりが入る。
別にことさら邪魔をするつもりはないが今は会議の時間。そういうのは他でやってくれと言う言外のクレームだ。他の者も言葉にはせずとも同様の視線を向けてきている。
なんだかんだで皆も自己主張が強くなったなとその成長に感じつつ、拓斗は少し慌てながらも当初予定していた話題を出すことにした……。