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コ・コ・ロ・の・カ・タ・チ

作者: 宮内ルミ

「……ですから、本校に入学された諸君には、3年間を通してこれからの人生に必要な事を学んで頂きます」


「よき習慣を身につけること」

「何事も諦めずに挑戦し続けること」

「他人を思いやる気持ちをもつこと」


「自分自信で努力し、仲間と協力し、助け合い、より良い学校生活を過ごされる事を望んでおります」



 春。


 桜舞う入学式。


 校長先生の読む祝辞が、体育館の中に響き渡る。


 ……くだらない。


 真新しいブレザーに袖を通した新入学生達が、希望と不安に胸を踊らせている中、私、宮内ルミはそう思った。


 仲間とか助け合いとかどうでもいい。

 3年間という長い時間をどう過ごすか。


 ……まぁ先の事なんて考えても仕方がないか。

 取り敢えず今は、この無駄な時間が早く終わってほしい。

 入学式なんて何の意味もない。

 先生達の言葉を胸に刻みながら、その通りに高校生活を送るヤツなんているのだろうか。

 形だけの式なんて無くていい。

 形だけなんて……


 思えば、この高校入学だって形だけの物だった。

 もともと進学を考えていなかった私が今ここにいる理由……それは家族の為だった。


 私には6つ離れた姉がいる。

 たったひとりの家族。

 両親とはもう何年も会っていない。


 せめて高校だけは卒業させたいと、姉が工面して入学させてくれた。

 もちろん最後まで拒否したが、中卒の私に出来る事は無く、逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。


 普段は小言しか言わない、母親代わりの姉だし、ケンカばかりだけど、心の中では感謝してる。

 言葉では絶対言わないけど。


 高校を卒業したら、今までの恩返しをしようと思っている。


 だから、あと3年のガマン……。




 式が終わり、教室に戻る。

 今日はこれで終わり。

 明日はオリエンテーションとか言う行事。

 面倒くさいな。


 クラス中がザワザワし、どこの中学校出身だとか、どこに住んでるとか話し声が聞こえる。


 くだらない。

 早く帰ろう。



「あ、あの……」

 突然隣の席から声をかけられた。

「私、橋野友香はしのともか。隣りどうしこれから宜しくね!!」


 ……。


 別に誰かと慣れ合うつもりのない私は返答に困る。

「良かったら連絡先とか交換しない??」


 あ~、もう面倒くさい。

「私に構わなくていいから。」

 と、言い放ち席を立った。

 困惑した彼女の顔を見ないように教室を出る。



 所詮カタチだけ。

 深入りすれば傷付け合うのはわかってる。

 それなら、最初から1人の方がいい。



 下駄箱で靴を履き替えていると、

「ねぇねぇ!」

 急に呼び止められた。

「確か同じクラスの……」

 またか。

「ルミちゃんだっけ!?」

 少し茶色がかった長い髪をポニーテールにしている彼女は、屈託のない笑顔を向けてきた。

 馴れ馴れしいやつ。

「だれ??」

 出来るだけ表情を崩さないように答える。

「私、同じクラスの相原華憐あいはらかれん。華憐って呼んで!!」

 彼女は笑顔のまま首を横に傾げた。

「ふ~ん」

 私はそれ以上何も言わず、バンっ、と下駄箱の蓋を閉めた。

 頼むから私に構わないでくれ。

「じゃぁルミちゃん!また明日ね~!!」

 彼女の言葉を無視しながら、ツカツカと校舎を後にした。



 学校から最寄りの駅までは徒歩30分くらい。

 わざわざ、家から数駅離れた学校を選んだのにも理由がある。

 知っている人が居ない所に行きたい。

 ただそれだけ。


 友情とか人間関係とかほんとウザイ。


 仲が良くなるほど、その関係が崩れた時の反動は大きい。


 所詮、形だけ。


 かたちあるものいつかは壊れる。




 次の日、私は学校を休んだ。

 オリエンテーションなんて、私には必要ない。




「ルミっ!!あんた学校行ってないんだって??先生から連絡あったんだけど」

 入学式から一週間たった土曜日の朝。

 姉のアヤに突然叩き起こされた。

「ん~・・・来週からちゃんと行く」

「高校は義務教育じゃないんだから!!留年出来る余裕なんて家にはないんだからね!!」

 そうか……。

 単位??とかってやつが足りないと進級出来ないんだっけ。

「食費だって生活費だって2人分かかるんだから!!これ以上……」

「うっせーな!来週から行くって言ってんじゃん!」


 少し沈黙がながれる。


「……とりあえず仕事行ってくるから、掃除と洗濯しといてよ!!」

 布団をかぶり直す私を後目に、アヤは家を出た。


 朝も夜も、私の為に休みなく働いているアヤ。

 なのに……素直になれない。

 ゴメンねお姉ちゃん。


 次の週は真面目に学校に行った。







「アヤ、ルミ、よく聞いて。この人が新しいパパになる人よ」


「ルミちゃんはお母さんに似て可愛いね~。まだ10歳なのに発育も良くて。将来はきっと美人になるよ」


「ルミちゃん。一緒にお風呂に入ろうか?」


「ルミちゃん。パパが楽しい事教えてあげる。でも、ママには秘密だよ?」


「ルミっ!!もうこれ以上あの人をたぶらかさないでっ!!」


「ルミちゃん。今日もいつもの……」


「ルミちゃん」


「ルミっ!!」


「ルミちゃん」


「ルミっ!!」


 ……

 ……だれか

 ……だれか助けてっ!!

 助けてっ!!……お姉ちゃん……



 嫌な夢で目が覚めた。

 久しぶりに見た夢。

 思い出したくない過去。

 汗でびっしょり濡れた額を拭う。

 時計の針は10時を少し過ぎていた。

 ……今日も遅刻だ。


 シャワーを浴び、髪をとかしながら冷蔵庫に貼ってあるメモを見る。


(サンドイッチ作ったから食べて。お弁当忘れずに。遅刻は絶対しないよーに!!アヤ)


 アヤさんきゅ。

 心の中でそう答え、制服に着替える。

 サンドイッチを頬張りながら学校へ向かった。


 電車の中、外の景色を眺める。

 ついこの間まで桜で埋め尽くされていた外の風景も、季節の変わりと共に姿を変えている。

 入学式から2ヶ月が過ぎ、初々しかった新入生たちが徐々に学校生活に馴染んで行くなか、私だけはクラスの中でさえ馴染めずにいた。

 なれ合うつもりもないし、別にこのままでいい。

 持ち前の、人を寄せ付けないオーラで何とか乗りきってきた。


 ただ、1人だけ、毎日のように声をかけてくるヤツがいる。

 入学式に下駄箱で声をかけてきたあいつ。

 相原華憐。

 ちょっと変わった子だ。

 別に友達がいない訳ではなく、むしろ、クラスの中では人気がある。

 それなのに、毎日馴れ馴れしく声をかけてくる。

 友達がいない私に対しての同情心ってやつか??

 虫酸が走る。



 校門をくぐり、校舎に入ると、下駄箱の隅の方から声がした。


「ねぇ、君、新入生の子だよね??」

「どこのクラス??」

「い、いや……私は……」

「めっちゃ可愛いね!俺タイプかも!」

「え~っ!?こんなガキが??」

「おまえロリコンかよっ!?」


 どうやら新入生の誰かが、ガラの悪い先輩に絡まれているらしい。

 まぁ私には関係のない事だ。

 そのまま靴を履き替え素通りする。


「おっ!?見ろよあの子!!スタイルよくね!?」

「ほんとだ!!」

「ねぇねぇ、名前なんてゆーの??」


 ちっ。

 男ってのはいつもこうだ。


「一緒に遊びに行こうよ。新入生歓迎会って事で、色々教えてあげるからさ」


 最悪の目覚めで虫の居所が悪かったせいもあるだろう。

 カチンときた。


「あら、先輩方。誰が何を教えてくれるんですって??とても経験豊富そうには見えないケド。逆に私が教えて上げましょうか??」

「なにぃっ!?」

 顔を見合わせる男たち。

 所詮口だけね。

「まさか、か弱い女子に暴力を振るうつもり??たかが1・2年早く産まれたからって先輩ヅラすんじゃねぇよ」

 ……らしくない。

 感情的になるなんて。

 だが、これ以上は時間の無駄。

「ふんっ」

 私は、まだ何か言いたそうな彼等を一瞥しその場を後にした。


 教室に入り、窓側にある自分の席に座る。

 頬杖を突き窓の外を見ていると、

「ルミちゃんおはよっ!!」

 と声をかけられた。

 相原だ。

 私はそのまま見向きもしないで、片手を挙げた。


 変わったヤツ。

 何がしたいんだ??




 放課後。

 珍しく、相原以外のクラスの女子に話しかけられた。

「宮内さん、さっきはありがとう」

 ブレザーよりもランドセルが似合いそうな童顔の彼女は、不安そうな顔でこちらを見上げる。

 絡まれていたのはウチのクラスの子だったらしい。

「ああ、べつに……」

 助けたわけじゃない。

 と続けたかったが、他の声にかき消される。

「ゆずぅ~!!はやくかえろ~!!」

「あっ!ちょっとまってぇ!!」

 彼女は声のする方へ走って行く。

 教室を出る前で立ち止まり、こちらを振り向くと、はにかみながら手を降った。


 小林柚子。

 その日から、声をかけてくるヤツが1人増えた。






 7月。

 連日降り続く雨の音と、じっとりとした暑さで目が覚めた。

 学校の準備をして家を出る。

 今日も遅刻。


 雨はキライだ。

 どんよりとした空気が嫌な事を思い出させる。

 いつもより混み合う電車の中、傘を差して歩く人々を、見るとも無しに眺めていた。



 教室に入り席に座ると、さっそく

「おは~っ!!」

「ルミちゃんおはよう!!」

 と、2人に挨拶された。

「おはよ」

 無愛想に挨拶を返す。

 近頃は少しだけど会話をするようになっていた。

 会話といっても、頷くか、質問に対し最小限の答えを返すだけ。

「来週から期末テストぢゃん。華憐ちゃん勉強してるの??」

「私はバッチリだよ!!てか、私たちよりルミちゃん大丈夫なの??最近休みがちだし」

「確かに。赤点取ったら夏休み補講で学校こないといけないんだって!!」


 げっ!!まじか!?

 ……聞いてない。

 まぁ、サボってた私の自業自得だけど。

「補講出なかったらどうなるの??」

「単位とれなくて、最悪留年とか」

「……マジか」

 それはまずいな。

「ルミちゃん、良かったら、柚子の秘密のノート貸したげよっか??今回は範囲狭いし、ポイント絞り込んであるから」

 小林柚子。

 なんてお人好しなんだ。

 そこまでの仲じゃないだろ。

「え~、私にも貸してよ!!」

「華憐はバッチリなんでしょ??ルミちゃんの方が心配だもん」

「ぶ~」

 ん~……どうすべきか。

 借りは作りたくないし。

 と悩んでいると、

「その代わり一つだけお願いがあるんだけど……」

 柚子は俯きながら恥ずかしそうに続けた。

「夏休みに3人でデートに行きたい……」





 期末テスト最終日。


 チャイムの音と共にペンを置く。

 もぉ無理だ。

 勉強のしすぎで頭が悪くなりそうだ。


「ルミちゃんどぉだったぁ??」

 柚子がトタトタと駆け寄ってきた。

「微妙」

「そっかぁ。ドキドキだね」

 と言い、友達の所へ戻って行った。



 疲れた。

 家に帰ると、すぐにベッドに潜り込む。

 夢の中に入るのにそう時間はかからなかった。




 ガチャガチャ、ガチャリ。

 ドアが開く音で目が覚める。


「おかえり」

「ただいま。あ、ゴメン、起こしちゃった??」

「別に大丈夫」

 私はベッドから出て目をこする。

「あんたテストどうだったの??ま、補講は確定だろうけど」

「ば~か。自分の妹を信じろよ」

「はいはい。とにかく留年だけはしないでね」

「分かってる……」

 そんなの……分かってるよ。

「さぁ~て。シャワーでも浴びるか。ってか、ご飯まだでしょ??」

「うん。これから。アヤの分も作るよ。テキトーでいい??」

「任せたっ!!」

 そう言うとアヤは服を脱ぎ始めた。





「っしゃぁ!!」

 何とか赤点を免れた私は、ガラにもなく叫んでしまった。

 ふと冷静になり教室を見渡すと、柚子がピースサインをしてきた。

 相原なんか、立ち上がりグーサインを向けている。

 何だあいつは。

 最近調子が狂っているのはこいつらのせいだ。


 休み時間になると、すぐに2人が駆け寄ってきた。

「ルミ、おめでと~!!」

「ルミちゃん、よかったね!!」

「あぁ、さんきゅ」

「それでね、約束の……」

 私は柚子の口に人差し指を当て、

「その話は後で」

 と言った。



 放課後、みんなが帰ったところで私は切り出した。

「それで、約束の件だけど……」

「は~い!!私、動物園がいい!!」

 相原、お前には聞いていない。

「まず、私はあんたたちと仲良くなった覚えも、仲良くするつもりもないから」

 柚子の表情が一瞬曇るのがわかる。

「だけど、感謝はしてる。ありがとう」

「だから、1回だけ付き合うよ。動物園以外でね」

 さっきまで曇っていた顔がニッコリ微笑んでいる。

 なんて分かりやすいヤツ。

「へっ!?」

 キョトンとしている相原は無視し、話を続ける。

「で、どこに行く??」

 柚子は満面の笑みで

「水族館っ!!」

 と言った。

 ホントお子様。

 動物園と対して変わらないじゃん。

 でも、今回は柚子のノートのおかげ。

 決定権は柚子にある。

「わかった。だけど、知ってる人に見られたくないから、なるべく遠い所にしてくれない??」

 それから私達は、水族館デートの計画を話し合った。





「ルミ、なんか最近変わったね??いい男でも出来たの??」

「そんなんじゃないし。男なんてみんな同じだよ。それより、アヤこそはやく彼氏作れよ」

「うるさい。余計なお世話っ!!」



 自分でも変わっているのはわかる。

 あの二人のせいだ。

 ……らしくない。






 8月。

 夏休み。

 お気に入りのタイトなジーンズに足を通すと、何を着ていくか考える。

 今日は30度を超えるらしい。


 電車で1時間以上かかる県外の水族館。

 私だけは現地集合。

 行くまでに誰に見られるかわからないから。


「ルミ遅いよっ!!」

 ポニーテールに白のブラウス、黒のミニスカート。

 まるでアイドルのような恰好の相原は、いつものように馴れ馴れしい口調で人の心にずけずけと入り込んでくる。

 最初は鬱陶しく思ったが、最近は嫌ではなかった。

「おはよ、ルミちゃん」

 柚子は花柄のワンピースに麦わら帽子。

 近所の子供みたいだ。

「お待たせっ!!さ、行こうか」

「ルミ露出度高すぎない??」

「ほんと、モデルみたい。私もオフショルダーとか着てみたいなぁ」

「柚子にはまだ早いよ。……てか、一生無理かも」

「そうゆう華憐だって絶対似合わないよーだ!!」


 この2人はほんと仲良いんだな。




「柚子~。この魚見てみ!!相原そっくりだから!!」

「あははっ。ほんとだぁ!!」

「ぶ~だ。私そんな顔してません~」


「うわぁ~。なんだこれ。生きてんのかな??」

「どれどれ??お~い!!」

「華憐。ガラス叩いちゃだめだって!!」


 

 何だかんだ楽しんでる私。

 こーゆーのも悪くないな。


 館内のレストランでランチをし、イルカのショーで水に濡れ、あっという間に時間は過ぎていった。


 出口のお土産売り場。

 柚子が買い物をしている間、私と相原は近くのベンチで休憩する事にした。


 少しの沈黙。

 最初に口を開いたのは私だった。

「ずっと気になってたんだけど、相原って何で毎日声掛けてくるの??」

「う~ん……。私って、美形が大好きなの。男女問わずね。ルミってキレイだからさ」

「げっ……。私、そうゆう趣味無いよ……」

「あははっ。冗談冗談。ホントはね、ルミの笑った顔が見たかったからかな」

「何それ??」

「私、他人の笑顔が大好きなんだよね。みんなが笑顔だとこっちも嬉しくなるでしょ??だけど、ルミはいっつも無表情だし無愛想だし。だから、いつか絶対笑顔にしてやるんだって思ってた」

「……」

「ルミって自分から人を避けてるでしょ??理由は分からないけど。他人を傷つけたり、傷つけられたりするのが嫌なのかなと思って。でも、それって、ルミ自身が優しい人間だからって事だと思う。だから仲良くなりたくて。きっと柚子もそう思ってるんじゃないかな」


 ……。

 意外な返答。

 私は相原の事を知らなかった。

 相原だけじゃない。

 柚子の事も。

 他のクラスメイトの事も。

 知ろうともしていなかったから。


 こちらに向かって走ってくる柚子の笑顔を見て、相原の言っている事が何となく分かった気がした。


「ルミちゃん、華憐、ちょっといいの見つけたんだけど……良かったらみんなで一緒に買わないかな??」

 と言って、柚子は売店から持ってきた物を見せた。

 ガラスで出来たクジラのキーホルダーだった。

「可愛いいじゃん!?色違いで買おーよ!!友達の証として!!」

「ねっ、ねっ、いいでしょ!?」

「やだよ。お揃いとかハズいし。しかもクジラって。イルカとかの方が可愛いから。第一、友達になった覚えはないけどね」

「だってイルカとかありきたりじゃんっ??今日の記念に買おうよ!!」

「マジか~。買っても絶対付けないよ」

「私ピンクにしよっかな」


 結局2人に押され、私は青、華憐はピンク、柚子は透明のクジラを買った。







 ベッドの上でクジラのキーホルダーを眺める。

 友達の証か……

 正直、嬉しかった。





 夏休みはあっという間に過ぎ、2学期が始まった。



「あんた、珍しく今日早いじゃん」

「うん。たまにはね」

「変なの。弁当置いとくよ!!」

「は~い」

「そんじゃ、仕事行ってくるわ」

「アヤ!!」

「ん??」

「あの……。仕事頑張って!!」

「お、おう!ルミもね!!」



 いつもありがとう。

 が、言えなかった。




 電車の中から見える景色は日々変わって行く。

 私の心のように。


 カバンに付けたキーホルダーを見る。

 柚子も華憐も付けてくるかな。

 私は浮かれていた。


 だから……全て私が悪い。


 浮かれていたから。


 信じてしまったから。



 教室に入ると、早速2人が話しかけてきた。

「絶対付けないとか言って、結局付けてんじゃんっ!!」

「ほんとだねー!!」

「だって友達の証なんでしょ??」

「ルミちゃんっ。私一生外さないよ!!」

「私も無くなるまで外さないっ!!」

「相原、それ無くすの前提じゃんか!!」




 2学期が始まって数日が過ぎた頃の出来事。

 それは、お昼休みに起きた。

 お弁当を食べ終えた私達はいつものように、残りの時間を雑談で過ごそうとしていた。


「バタンッ」

 大きな音と共に教室のドアが開かれ、3人の女子生徒が入ってきた。


 明るい髪の色。

 パーマにピアス。

 派手なメイクと丈の短いスカート。

 校則違反だらけの彼女達は、一目で優等生では無いことが分かる。

 学校内では有名な3年の先輩達だ。


「ちょっとおじゃま~!!宮内ルミって子いるかな??」

 クラス中の視線が私に注がれるのが分かった。

 3人が私の席を取り囲む。

「ふ~ん。確かに遊んでそうだな」

 リーダー格っぽい子が言う。

 状況が飲み込めない。

「何ですか??」

「お前、私の彼氏に手ぇ出しただろ??」

 なるほど、そうゆう事か。

 ……厄介だな。

 思い当たる節は少しある。

 だけど、誰の彼氏とかいちいち詮索しないし、言い寄って来るのはいつも男の方だ。

 私のせいじゃない。

「知らないですけど」

「とぼけんじゃねぇよ!!」

「かおりっ!!私コイツの噂聞いたことあるよ。お前○○中だろ??」

 リーダー格は、かおりと言うらしい。

 私の出身中学校を言われ、ドキッとした。

「あたしの後輩にコイツと同じ中学のヤツがいんだけどさ、コイツ、親に虐待されてたらしいよ。性的虐待ってやつ!!」

「ははっ!?何それ??めっちゃウケるんだけど」

「気持ち悪っ!!」

「そんでさ~、友達に相談してたらしいんだけど、暴露されて学年中に広まったらしくて。それから学校来なくなったって言ってたわ」


 下を向くしかなかった。

 最悪だ。

 わざわざ遠くの高校にしたのに。

 また同じだ。

 一番知られたくなかった事。

 こんな形で知られてしまった。


「また学校来なくなっちゃうんじゃね??」

「自業自得だろ!!」

 静かな教室の中、3人の笑い声が響き渡る。


 ……。

 ゴメンねお姉ちゃん。

 もう無理だ。


 カバンを手にし、その場を離れようとする。

「逃げんじゃねぇよっ!!」

「離してっ!!」

 掴まれたカバンを無理やり引っ張った瞬間


 ブチッ


 と音がして、青いガラスのクジラが宙を舞う。

 慌てて拾い上げようとするが、クジラは蹴り飛ばされた。



 教室の隅に転がった、尻尾が欠けた、友達の証。



 そこから先はよく覚えていない。

「お前達何してるんだっ!?」

 先生の声。

 誰かが呼んできたらしい。

 鼻を押さえてうずくまる女子生徒。

 血が床に滴り落ちている。

 下を俯く私。

 床に落ちたカバン。

「職員室にきなさい!!」

 そのまま私と3人の女子生徒は教室から連れ出された。


 みんなの視線が怖かった。


 同情と嫌悪の目。


 あの時と同じだ。




 生徒指導室。


 私は俯いたまま何も答えなかった。


 結局、普段から素行の悪い彼女達のせいで喧嘩になったと結論付けられた。

 ただ、相手に怪我をさせてしまった事もあり、喧嘩両成敗と言うことで、4人全員が3日間の自宅謹慎になった。



 カバンを取りに教室へ向かう。


 どんな顔をして戻ろう。


 答えが出ないまま教室の前に着く。


 静まり返った教室。


 そっか。

 次は体育だった。


 自分の席に座り、ため息をついた。


 もう帰ろう。


 そう思って立ち上がり、ふと、柚子のカバンを見る。


 クジラのキーホルダーは付いていなかった。


 華憐のカバンにも。


 一生外さないって言ってたのに。


 だから……

 信じた私が悪かったんだ。

 やっぱり形だけの友情だったんだ。





「ルミ!!学校から連絡あったよ。何があったの??」


「ゴメン」


「……とにかく、今日はもう寝なさい」


「ゴメン」


「明日、怪我させた相手に謝りに行ってくるから」


「……」

「私、もう無理だよ……」

「もう学校に行きたくない」


「ルミ……」


「ゴメンねお姉ちゃん……」




「……わかった。ルミがそう思うなら好きにしなよ。私の方こそゴメン。無理強いさせちゃってたね。たった一人の大切な妹なのに。卒業させる事しか頭に無かったみたい。助けられなかったね。何もしてあげられなかったね。ゴメンね」



 アヤの優しさに包まれて、私は涙が枯れるまで泣いた。




 次の日。

 退学届けを出すために学校へ向かった。

 電車内から見た外の景色は、いつも私の心を映す。

 全ての色を失い、白黒の景色。



 ふと、水族館の事を思い出す。


 信じようとしていた。


 信じたかった。


 だけど、全て形だけ、上辺だけだった。


 学校の校舎をくぐり、


 下駄箱を開ける。






 どうしてだろう。


 それまで抑えていた感情が溢れ出す。



 形にこだわっていたのは私だけだった。



 かたちなんて最初から無かったんだ。



「私」という「カタチ」が壊れていく。





 下駄箱の中には


 尻尾が欠けたクジラが

 

 3つ置かれていた。


(ルミの傷は私達の傷)

(ルミの痛みは私達の痛み)


 という手紙と一緒に。









 

 



 アヤ。

 いつもありがとう。



「あっ!!私フランクフルト食べたい」

「華憐。そーゆーのは初詣が終わってからにしな」

「そうだよっ。早くお詣りしよっ!!」

「美味しそうなのに~」




 あのカタチだけの家族から救い出してくれてありがとう。




「2人とも何お願いするの??」

「私はね~。ステキな王子様が現れますようにって!!」

「華憐らしいな」

「ルミちゃんは??」

「私はねぇ……秘密っ!!てか、こうゆうのって言っちゃったら叶わないんじゃなかったっけ??」

「げっ!?私言っちゃったぢゃん」

「柚子のは聞かなくても分かるけどなぁ。オッパイが大きくなりますようにってね!!」

「違うもんっ!!別にこのままでいいもんっ!!大きけりゃいいってわけじゃないし!!」

「でたでた不毛な争い。良かった~!!私、美乳で」

「見せる相手いないけどな」

「豚に真珠」

「豚って何よっ!!せめて猫の方にしてよ!!」

「ほら、ウチらの順番だよ!!」



 これから先、アヤが幸せになりますように。


 そして


 みんなの願いが叶いますように。



 完


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