第9話 三人の少女と連れの諦め
「……爺さん、何言ってんだ? とうとう呆けたか……」
呆れたようにヴォルフラムがいい、続けれフランクも、
「内容も聞かずに依頼を受けるんじゃない。そもそも、俺たちはまず、冒険者組合に本人確認をするなりなんなりして、今まで通り冒険者として働けるようにしてもらわなければ依頼すら受けられないんだぞ。加えて、俺はただ働きは御免だ」
と言った。
冷淡な反応だ、と思われるだろうが、フランクも別に血も涙もないからこんなことを言っているわけではない。
しっかりとした契約に基づいて依頼を受注し、遂行することが自分たちのためにほ依頼者のためにもいいことを知っているだけだ。
そしてそれをサンドラが知らない様子なので、これからのためにも分かっておいてもらわなければならないとも。
もちろん、それと依頼を受けるかどうかは別問題だが。
ジュゼッペはそんな二人の叫びを無視して、話を続ける。
「何、この二人は昔から照れ屋でな。口ではこんなことを言っておるが、最後には一緒に依頼を受けてくれるぞ」
「で、でも、冒険者として働けないってちらっと今、言いましたよね……?」
流石に素直かつ割とおめでたい思考をしていたサンドラも、フランクの真面目な口調でなされた話の内容には不安を覚えたようだ。
そもそも、冒険者を名乗っておきながら冒険者としてこれから働けるかどうかも分からない、というのはどういうことか、と誰でも思うからだ。
しかしジュゼッペは、
「些末な問題じゃよ。冒険者組合なんてザル団体じゃからな。まぁ、色々な事情をわしらは抱えておるが、最悪、その事情を説明しても理解してもらえない場合は冒険者組合に新規登録し直せばいいだけじゃ。簡単な話じゃ」
と言い切った。
確かに、理屈の上ではそれは間違いではない。
冒険者組合はその登録についてどんな人間のそれをも受けることで有名だ。
身のために合わない依頼を受けて死んだら?
そんなもの本人の責任だろう、依頼者の信頼?知ったことかとでも言わんばかりの酷い運営をしている。
だからこその冒険者の山師扱いなのだが、その中でもヴォルフラムたち三人は依頼達成率がかなり高い方だ。
失敗することも全くないとは言えないが、稀であり、しかも問題になることもほとんどないのだ。
性格には多大な問題を抱えている三人だが、その実力派まさに折り紙付きと言っていい。
そんな三人である。
もし、冒険者組合に行って、本人として認められないと言われたとしても、問題なく登録し、そして冒険者としてやっていけるのは間違いない。
ただ、その場合はランク上げからやり直しになり、受けられる依頼にも制限が出てきて色々面倒なことになるが、サンドラが自らヴォルフラムたちを指名して依頼する分には、どんな依頼も可能なのだ。
だから問題にはならない……ジュゼッペはそんな意味合いで言っているのだ。
ヴォルフラムとフランクの心情をまるで考慮しない好き勝手な主張だが、二人とももう、諦め気味である。
ジュゼッペの暴走は今に始まったことではない。
女にとにかく甘いのだ。
そして、ヴォルフラムとフランクも暴走しないことがないわけではない。
だから、こういうときはお互いに止めても最終的には巻き込まれることが分かっていたし、それでやってきたので別にもう仕方ねぇという気分もあるのだ。
とは言え、だからと言って何の抵抗もなくすべてすんなりいかせるのも酌にさwる。
ヴォルフラムは言う。
「爺さん、別に依頼を受けるのはあんたの自由だが、一人でやればいいじゃねぇか。その間、俺とフランクはここで酒飲んでるからよ」
「そうだな、それがいい。なにせ、あんたはデアイドル一の大賢者様だ。少女一人の依頼くらい、一人でもなんとかできるだろう」
フランクもこれに乗った。
ジュゼッペはその言葉に、眉根を寄せ、
「……おぉ、我が従者たちはなんてひどいことを言うのじゃ。こんな老人捕まえて、一人で行って来いとは! お主ら、長い付き合いになるじゃろう? 老い先短い年寄りの願いだと思って、頼む……たのむぅぅ……!」
とおいおい泣き出してヴォルフラムとフランクの足元で土下座し始めた。
それにサンドラはぎょっとしたが、ヴォルフラムもフランクも、そして店主ルイスですら呆れた目をしている。
その目は雄弁に語っていた。
――この年寄りはいつもこれだ、と。
「あんたが老い先短い? 何の冗談だ……俺たちが爺さんになってもまだ生きてそうだぜ、あんた」
ヴォルフラムがそう言うと、ジュゼッペは、
「何を言う……こんな手足の細い年寄りが、そんなに長く生きられるはずがなかろう……」
と言って、手を伸ばす。
それを見てヴォルフラムは、
「あんたの手足は細くは……あぁ、そうか、今は……」
と言って首を振った。
実のところ、ジュゼッペは以前、パッと見は非常に華奢な老人に見えたが、ローブを少しまくるとそれこそ屈強な肉体を持ったまさに冒険者であると言って差し支えない体をしていたのだ。
もちろん、肉体労働を専門とするヴォルフラムやフランクと比べればさほどのものでもないが、一般人相手になら、それこそ成人したばかりの男を相手にしても腕相撲で間違いなく勝つだろうと言うくらいには。
明らかに自分でトレーニングをして鍛えていたことが分かる。
ジュゼッペは魔術師なのであるから、そこまですることも本来はないのだが、この老人の意外なほどの執念というか執着をヴォルフラムもフランクも知っている。
一つ目標を定めると際限なく邁進するのだ。
その体とて、そのような努力でもって手に入れたことは容易に想像できた。
しかし、今のジュゼッペは……。
兎耳の少女なのである。
まさに腕も足も華奢で、本人の申告通りだ。
これでは否定しても意味がない。
しかし、そんな彼女の手が掴む足はギリギリと締め上げられていて、華奢とか何寝ぼけた話してるんだと言いたいくらいの力が込められている。
「……フランク、何とか言ってくれ」
とうとう何も思い浮かばなくなったヴォルフラムは、三人の中で最も常識のある男へとさじを手渡した。
しかし、フランクも首を振って、
「意地になった爺さんに何を言っても無駄だ……まぁ、仕方あるまい。しかし、その前にまずは冒険者組合だぞ。それに、そこの少女……サンドラ、といったか?」
「はいっ」
「あんたの話も聞かなきゃならない。それでいいか?」
ジュゼッペに呆れたように言ったフランクである。
ジュゼッペは自分の主張がほとんどすべて通ったことに満面の笑みを浮かべ、
「それでこそわしのパーティメンバーじゃ! ありがとう、ありがとう!!」
と言いながら、ヴォルフラムとフランクを抱きしめ、その頬にキスの嵐を振らせたのだった。