第8話 三人の少女と策士の誤算
「……それで?」
ヴォルフラムが胡乱な目つきで少女を見ながら、そう尋ねた。
少女はその目つきにびくり、として、それからゆっくりと目を逸らし、
「……ええっとぉ……何でしょう?」
と微笑んだ。
その様子に、こいつ明らかに喋る気がないな、と察知したヴォルフラムは、
「てめぇ……よし、いいだろう。さっきの奴らを呼んできてやるから、自分で話をつけるんだな?」
と言いながら、酒場を出ていこうとする。
そしてそれが冗談や脅しではなく、真剣に言っているということはなんとなく少女に理解できた。
なにせ、ヴォルフラムの目は座っている。
だから少女は慌てて、
「ちょ、ちょっと待ってください! 喋ります! 喋りますから……!!」
とヴォルフラムの手を引っ張って止める。
しかし、少女の腕力程度で止められるほどヴォルフラムの力は弱くない。
見かけ上はヴォルフラムの方がはるかに小柄で華奢なのに、軽々と少女の方が引きずられていく。
まったく少女の体重など感じていないようですらある。
「俺は面倒ごとに巻き込まれたくねぇからな。大事なところで口をつぐむような奴なんて、さっさと放るに限る」
そう言っている。
喋れば許す、というつもりないらしいことがそれでわかり、少女は絶望した。
このままでは先ほどの奴らに引き渡されてしまう。
そう思ったからだ。
しかし、そんな少女に手を差し伸べたのは、ヴォルフラムの仲間であった。
ヴォルフラムが店を出ようと扉を開き、外に出ようとしたところで、がつり、と顔面を、何もない空間にぶつけたのだ。
「いってぇ!? 何すんだ!」
ヴォルフラムが即座にそう叫んだのは、背後にいる一人の少女――狐耳のジュゼッペであった。
ジュゼッペは小さな杖を持って扉の方に向けており、彼女が魔術でもって不可視の壁を作り上げていることは明白であった。
「何すんだも何もないじゃろ。お前はもう少し人の話を聞く度量を見せい。そんなんだからもてんのじゃ」
そう言いながら、ジュゼッペはとことこと歩いてきて、少女の手を取り、そこに口づけをする。
ジュゼッペもまた、少女である。
少女が少女にそんなことをしているのは何か絵面的に不思議な感じがするが、ジュゼッペには特に不自然なつもりはないようであった。
「はじめましてじゃな、お嬢さん。わしの名は、ジュゼッペ。この街デアイドルにおいて、知らぬ者のおらぬ大賢者とはわしのことじゃ。何かお困りのことがおありなら助力するが……如何かな?」
と、その底知れぬ知性と深遠な理性の宿る瞳をきらりと少女に向けるさまは、確かに大賢者の趣があった。
少女はそんなジュゼッペに可能性を感じたのか、慌てて言う。
「は、はいっ。あの、私はアレ……じゃなくて、サンドラと申します。今、とても困っていて……大賢者さまにお助けいただけるのなら、ぜひ、お願いしたいと……」
「ふむふむ、サンドラ殿か。なるほどのう……もちろん、婦女子の願いじゃ。大賢者であるわしが、叶えるのはやぶさかではない。が、問題が一つあってのう……」
頷きながら、悩んだような仕草を見せるジュゼッペ。
それに不安そうな表情を見せるサンドラが、尋ねる。
「も、問題ですか……それは、一体なんでしょう?」
「うむ。こういってはなんじゃが、わしはこれでも冒険者でな。依頼を受け、それに報酬をいただく形で糊口を凌いでおるのじゃ。じゃからのう……」
ちらり、と意味ありげな視線を向ける。
その意味は明らかだ。
サンドラにも理解できた。
だから慌てていう。
「お金っ! お金でしたら、これで如何ですか!」
サンドラがそうしてテーブルに置いたのは、大粒の宝石が飾られた指輪である。
明らかに、デアイドルなんて言う辺境の、ジュゼッペごとき冒険者に支払うような報酬程度に収まるような品ではない。
ジュゼッペはそれを見た瞬間にこれは、と思ったのか、すぐに手に取って、それからサンドラの手に戻し、握らせた。
「……いや、金銭は足りておるのじゃ。それに、その指輪は何か思い出のある品と見受けた。そんなに簡単に手放していいものではなかろう?」
確かに、ジュゼッペの言葉は正しい、とサンドラは思う。
この品は、サンドラが母親からもらった大切な品であるからだ。
しかし、もしものときはためらわず手放すように、とも言われていた。
今がそのときであると思っての行動だったが、ジュゼッペにはすべて筒抜けだったようだ。
やはり、この方は大賢者さまなのだわ、と思ったサンドラ。
しかし、そんなジュゼッペをその場にいるサンドラ以外の人間がじとっとした目で見ていることに気づけば、サンドラの味方も変わっただろう。
ジュゼッペは続ける。
「わしが、欲しいのは、そういう物質的なものではないのじゃ。もっと、こう……精神が満たされる、そんなものを求めておる……分かるかな?」
「せ、精神、ですか? ええと……」
「ふむ、分からぬか……わしの視線の先をよく見てみるとよい」
ジュゼッペがため息を吐きつつ、一点を凝視する。
サンドラはその視線がどこに向かっているかを見て、それから、納得したように言った。
「なるほど、心ですね! でしたら、いくらでも! 私の心からの信頼を、貴方に!」
「……ふむ、そう、か……」
重々しく頷くジュゼッペ。
しかし、そんな彼に、後ろから、
「……馬鹿な爺さんだぜ。これだけ素直な娘だ。正直にその胸を触らせと言えば頷いたかもしれねぇ」
ヴォルフラムがそう言い、
「……あれで面子とかプライドとか無駄にあったりする爺さんだからな。そこまで明け透けには言えなかったんだろう。ま、策士策に溺れる、というところか。阿呆だな」
フランクが続けた。
「……まぁ、うちの店で変態行為に出られるのは困る。こうなってよかったな」
と店主ルイスが呟いた。
そんな三人の言葉をその老年になっても衰えることを知らない地獄耳で捉えつつ、しかし言い返せないでプルプルとしていたジュゼッペは、仕返しにとでも思ったのか、サンドラに言う。
「サンドラ殿。お主の心意気、しかと受け取った。古来、真の信頼を寄せる者にこそ、賢者は力を貸すともいう。わしは、お主に助力しよう。そして、わしの従者である二人……ヴォルフラムとフランクもじゃ!」




